かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻14話  本気のための装束

 

「な……な……」

 倒れたまま、百見は。今日何度目かは分からないが、言葉にならない言葉を喉に詰まらせたまま、口だけを開け閉めしていた。

「何で……そうなるんだーーっ!!」

 

 スカートを整えていた賀来は大声に顔をしかめた。

「何だ、かすみのようなことを言う奴だな……いいか、簡単に説明してやる。今からアーラヴァカに、真の力を使ってもらう。そうなると当然、今より動き回ることになる」

 自分の胸に手を――賀来自身の小さな手を――当てる。

「我は別によいのだが。アーラヴァカが、スカートがめくれるのが嫌だと言ってな」

 

 鬼神の腕が胸の前で組まれ、低い声が上がる。

「――言語道断! うら若き乙女がはしたない!」

 

 賀来は肩をすくめ、自分の掌を上に向けてみせる。

「で、約束したわけだ。本気を出すときは短パンを履く、と」

 

 (ほう)けたように、自分の中身が流れ出てしまったかのように。百見は口を開けたまま、力なくただそこにいたが。

 やがて思い出したように声を上げた。

「いや……それはいい、まぁいいとしてだ! 何で今、ま、スカートを、ま――」

 

 賀来は小さくため息をつく。

「そなたもアーラヴァカと同じだな。知らぬようだから言ってやる、よいか――」

 息がかかるほど顔を近づけて、子供に教えるみたいにゆっくりと言った。

「見せパンはな。下着(パンツ)ではないのだぞ」

 

「…………」

 百見が何の表情も取れずにいると。

 

 賀来が百見から見て右を向く。右目を金に輝かせ、アーラヴァカが声を上げた。

「――いや、やはり納得がいかぬ。どう見てもあれはパンツではないか」

 

 向かって左へ向き直り、今度は賀来が言った。

「だから何を言っておる、パンツの上から履くのだぞ? どう考えてもズボンの一種であろうが」

 

 また右を向き、アーラヴァカが言う。

「――いやいや、あの形状はやはりパンツに相違あるまい。それにぞ、もしもパンツを履かないままあれを履いたらどういう扱いになるのだ。やはりパンツとして扱われるのではないか?」

 

 左を向いて賀来が言う。

「いやいやいや、そういうこと自体がないからな! それにあれだ、丈が短いからパンツみたいに見えるのであって、『スパッツの短いやつ』と考えればやはりあれはパンツではなく――」

 言葉の途中でまた右を向く。

「――いやしかし、スカートがまくれてしまったらやはりパンツだと見なされるのでは――」

 また左を向く。

「いや、そもそもパンツとはだな――」

 

「パンツパンツうるせええええぇぇっっ!!」

 かきむしるように耳を押さえながら、天を仰ぎ。たまらず百見は叫んでいた。

 目の端に――なぜかは全く分からないが――浮かんだ涙を拭い、肩を落とす。

「うるせえ……畜生……っ」

 

 

 その声に、賀来は身をすくませていたが。

「いや、すまなかった」

 百見の肩に、そっ、と手を載せ、優しく言った。

「そう思いたければ、それでもよいのだぞ。そなたが見たあれはパンツだと信じたければ――」

 

 百見は手を思い切り振り払い、まなじりが裂けそうなほどに目を見開く。

「そうじゃねええぇっ! パンツの話はいいんだよ! そもそもそこはどうでもいい――」

 

 賀来が腕を組み、鬼神の腕でほおづえをつく。

「人のパンツをどうでもいいとは……」

「――無礼な奴よ」

 

「話を戻すな! ……いいか、いいか整理しよう。僕の力、広目天の龍と水の力、これは敵に通じない」

 額の汗を拭い、荒い息を整えつつ、続ける。

「【広目一筆】のような筆跡を具現化させる技なら、通じるはずだが……」

 

「それだけで倒せるならよいがな。難しかろう、ゆえにこの我とアーラヴァカが戦おうというのだ」

 後を受けるように賀来が言い、鬼神の腕で胸を叩いた。

 

 百見がひどく顔をしかめたのに気づいたかどうか。賀来は両脚を強く踏みしめ、胸を張った。

 その両手が印を――左右の指を、互いの掌の内に差し込むようにして組む。そこから中指だけを立てて伸ばし、合わせる――結ぶ。

「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ・シャキンメイ・タラサンダン・オエンビ・ソワカ。(なんじ)荒野鬼神大将にして無比力夜叉、道の人より教えを受けし者にして、阿修羅・諸鬼神をも仏法に帰依せしめた明王――」

 目を閉じ、息を継いで続ける。

「その心乱し心臓を裂き、命ごと投げ棄ててくれんと、道の人に挑んだは汝。されど心臓(むね)裂けるほど心乱され、命ごと棄てて帰依(きえ)したは汝。我がことの如く我には解る、汝が心の揺らぎ、心臓の熱、全て棄てたるその想い。故に許そう、我が体ことごとく使い、我と共に道を往け。帰命頂礼(きみょうちょうらい)、アーラヴァカ――その名を改め、『大元帥明王(たいげんみょうおう)』!」

 

 青黒いもやが渦を巻き、声と共に吹き上がった。それは賀来の肩へと集まり、長く渦を巻き。見る間に、ぎちり、と強靭な、新たな一対の腕を形作った。賀来自身の腕と合わせて八臂(はっぴ)――八本の腕――。

 

 その体中から未だ、青黒いもやを吹き上げつつ。金の右目を光らせ、アーラヴァカは――大元帥明王(たいげんみょうおう)は――笑った。

「――さてと。手早く済ませてくれるわ……余計な時間を喰った、パンツのせいで」

 

 賀来がうなずき、声を上げた。

「そのとおりよ。さて百見、我が明王の活躍でもそこで眺めておるがよい。それと残念だが――」

 青鉄(あおがね)の如き明王の手が動き、スカートをめくり上げた。

 

「な――」

 百見が息を詰まらせていると。

 

 明王の別の手がその下、短パンに覆われた尻をはたいてみせる。

「いくら目をこらしたところで、これはパンツではないからな」

 賀来はたくましい腕の一つを器用に動かし、片目の下、涙袋を下へと引っ張る。そして思い切り舌を出し、あかんべぇをしてみせた。残りの腕全ては、その周りでピースサインを決める。

「ではな!」

 その後で、ようやく賀来は駆けていった。

 

 眼鏡がずり落ちたまま目を瞬かせ、その背を見送った後。百見はつぶやいた。

「パンツパンツ、うるせえ……」

 

 

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