かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻二十一話  強靭、剛腕、金剛たる者

 

 斑野(まだらの)高校玄関、その屋内正面に位置する場所。二階まで吹き抜け構造となり、明り取りの窓が天井まで続いた広いロビー。

今や、その場所の全てが揺れていた。

 

 ロビーの中央で三面六臂(ろっぴ)、正面の顔のみ五眼の巨体が、いら立ったように地を踏み締める。

「――遅い! 遅い遅い、うだああっ遅いっ!」

 

 ふくらはぎに太ももに、膨れ上がった筋肉を(そな)えた脚は丸太のような太さだった。それが床を、叩きつけるように何度も踏む。その度に床がひび割れ、辺りに置かれた長椅子が震えながら動く。壁が揺れ、光を全体に取り込む構造の、広い窓が音を立てて震える。背後の床に置かれた、自らの背丈ほどもある大剣、腕ほどもある三鈷杵(さんこしょ)――三又の短双剣――もまた震えていた。

 

 三つの顔がまるでのこぎりでも挽くかのように、ごりごりと歯を噛み鳴らす。

「――ええいっ遅いっ! とっとと来んかあの生意気なガキめっ、それともオレに恐れをなしたかっ!」

 六本の腕が次々と、辺りの長椅子をつかみ上げる。一組の腕は頭上にそれをかつぎ上げ、もう一組は胸の前に。残る一組の腕は腰の前で、それぞれ長椅子を抱え上げた。

 

「――ふんんぬぐぐぐ、うだああああっっ!」

 三面の歯が噛み締められ、六腕のそれを支える肩の、胸の筋肉が、血管を浮き上がらせながら膨れ上がる。

 頭上の長椅子は潰れる音を立て、金属の骨組みを歪ませながら、くの字のように折り曲げられ。やがて、縦一文字に押し潰された。

 胸の前の長椅子は逆に、両側へと引かれ。合成革の破れる音と、骨組みがわずかに引き伸ばされた後、ばぎり、と割れる音を立て。真っ二つに裂かれていた。

 腰の前の長椅子はまるで、雑巾でも絞るように。無理に捻られ、ねじ上げられ。引きちぎられるような音を立てて、渦を巻いた形へと変えられていた。

 

 原型を留めぬ長椅子を手に、その怪仏は天井を向いて吼えた。

「――うだあああああっっ! 遅い! 遅いわあああっ!」

 叫び声に窓が揺れる。その震動が収まる前に、怪仏は手にした椅子の破片を次々と投げた。それらは床に打ち当たってひびを入れ、あるいは階段の手すりを砕き。あるいは壁に突き刺さって、そのまま落ちてこなかった。

 

 

 ロビーへ向かう入口の陰から、わずかに顔だけをのぞかせて。紡は頬を引きつらせた。

「戦うの、あれかぁ……」

 

 隣にいるかすみの方を見る。

「だいたいあれだよ。あいつが待ってるのって、ケンカ売ってた平坂くんじゃないのか? 我々が行ったら余計ブチ切れないか……」

 

 かすみは答えなかった。前へと歩いた。

 

「ちょ、待てよ、待ちたまえよ! もうちょいものを考えてから行動を――」

 

 紡の声を背中越しに聞きながら、前へと歩いた。姿勢を正し、歩調を緩めず、敵の前へと。

 巨体を見上げ、声を上げる。

「すみません。何明王さんか、ちょっと覚えてませんが……この先を通して下さい。いえ、そもそも解放して下さい。東条紫苑さんと、私たちをこの場所から」

 

 小走りに後を追ってきた、紡が小声で悲鳴を上げる。

「なぁ……に、言ってるんだ君は! そんなこと言って聞かれるワケが――」

 

 それでもかすみは、明王から視線をそらさなかった。

 思えば今朝、戦い始めた紫苑と至寂らの元へ向かおうとしていたとき。百見は言ってくれた。敵の狙いがかすみの力、毘沙門天である以上、かすみは戦うべきではないと。敵から離れた場所で待つべきだと、それまでの間、百見が守ると。

 

 けれど今、百見はいない。崇春も平坂らも。

 だから今、明王の巨体を見上げ、唾を飲み込みながら思う。

 ――だがら、私が戦うしかない。

 

「――んだぁ?」

 怪仏の、正面の五眼――左右一対の目が上下に二組、そして額に一つ、縦長の瞳――がかすみをにらむ。牙の伸びる口が大きく開かれた。

「――うだあああぁぁっ! このオレは金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王! 忘れるなっ、四大明王が最強の怪仏よ! 何だ貴様はっ、あのガキはおらんのかっ!」

 

 叫んだ後。正面の口が、ふ、と緩む。

「――しかし、だ。このオレに正面から挑もうとは面白い奴。名を聞いておこう」

 

 口の中が渇くのを感じながら、かすみが言葉を発そうとしたとき。

 

「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」

 傍らで、紡が印を結んでいた。歯を剥き出し、セルフレームの眼鏡越しに明王をにらむ。

「ええいもういい、どうせ時間など無い。貴様に名乗る名もまた無いが、ただ一つだけ教えておこう……我が怪仏は妙音弁才天! 水利と豊穣、音曲と弁舌、財徳と学才。そして防護と戦勝(つかさど)りし武神! 見るがいい琵琶(びわ)持つ二()のそれではなく、蛇神(じゃしん)(いただ)(つるぎ)持つ八臂(はっぴ)の姿! 受けるがいい、【八臂(はっぴ)なる蛇神(へびがみ)の水牙】!」

 

 印を構える紡の足下から霧が立ち昇る。それは白く濃く集い、やがて背後で水流となった。

 八又に分かれた大蛇が鎌首をもたげる姿にも似て、孤を描いて噴き上がるそれが。なだれ落ちるように敵へと殺到した。

 剣の如き八筋の波は床面を斬り裂きながら駆け、金剛夜叉に打ち当たる。それが上げる飛沫の中に、怪仏の巨体は埋もれていった。

 

 拳を腰に当てて胸を張り、ふすん、と紡は鼻息をついた。

「見たかい、我が妙音弁才天、武神の側面たる本気(ガチ)の力」

 かすみの方を見る。

「君たちと対峙したときは周囲を騒がさぬよう、【(つか)みどころ無き言葉の壁】で音声を抑えることに力を取られていたが。その必要がない今、ちょっと集中すればこんなものさ」

 

 かすみは目を瞬かせていたが。肩を落とし息をついた。

「……ありがとう、ございます」

 正直、安堵していた。紡が戦ってくれて、いや、自分が戦わずに済んで。

敵が自分に向かってこずに済んで、いや、それ以上に。あの力、呑み込まれそうに大きな力を、使わずに済んで。

 

 紡は眼鏡をつまんでかけ直し、前を向く。

「なに、やるならやるさ、私だって……紫苑のためだ。さて、先へ――」

 

「――うだああああぁっっ!」

 雄叫びと共に、子供の腰回りほどもありそうな太い六腕が振るわれ。波が、飛沫が打ち払われた。

 その中から姿を見せた金剛夜叉の巨体には水が滴っているものの、傷一つついてはいなかった。

 

「な……」

 

 目を見開く紡を見下ろし、金剛夜叉は自らの胸を腕を腹を叩く。鋼のように堅く筋肉の盛り上がるそれらは、ごうん、と、金属を叩いたかのような音を立てた。

「――バカめ! 我が名『金剛』が示すものは『ダイヤモンド』『それが象徴する絶対の堅牢性』『永久不滅』!」

 三組の腕を腰、肩、胸の前で掲げ、ぐ、と筋肉を隆起させてポーズを取った。

「――殴って堅し! 受けて堅し! 鍛えに鍛えしこの肉体(からだ)、守るも攻めるも四大明王最強! その程度の攻撃など効きもせぬわっ」

 

 明王は背後に手を回し、置いていた武器を取る。バーベルを思わせるほど分厚く長い大剣。自らの腕ほどもある三鈷杵も、ダンベルのような質量を感じさせた。宝輪と、鐘にも似た金剛(れい)も同様だった。それらが置かれていた床はひび割れ、めり込んだ跡を残していた。

 

 笑みを消し、三面全ての目で紡をにらむ。

「――女子(おなご)など見逃してくれようかとも思ったが……向かってくるなら容赦はせん! うだあああっ、まとめて! ブチ抜き! ブチ殺してくれるわっ!」

 

 足音も重く、しかし速く。六腕の巨体が紡の前に迫り来る。

 振り下ろされた武器はしかし、重く響く音を立てて受け止められていた。

 立ちはだかるように、紡と金剛夜叉の間に立ったかすみ。その前に()ばれ出でた、純黒の鎧に身を包んだ巨躯。毘沙門天の掲げた三叉戟(さんさげき)と宝塔によって。

 

 武具を受け止められたまま、金剛夜叉は楽しげに眉を上げる。

「――ほほう! これが噂の毘沙門天、四天王にて最強の怪仏! どれほどか味見してやるわっ!」

 

 印を結んだかすみは、唇を引き結んだまま。わずかに眉を寄せ、金剛夜叉を視線で射抜く。その手は震え、乾いた唇は張りついて開かなかったが。

 

 かすみの背丈に倍する巨体で、金剛夜叉を見下ろす毘沙門天は。まるで初めて()んだ時のまま、憤怒し続けているかのように頬を歪め、歯を(きし)らせている。今にもその怒りによって、自身を破裂させてしまいそうに。

 

 その背中からはひょっこりと、吉祥天が顔をのぞかせ。敵に向かって舌を突き出し、あかんべえをした。

 それからかすみの方を見下ろし、のん気にウインクをしてみせた。

 

 

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