かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

154 / 217
五ノ巻22話  離しはしない

 

 金剛夜叉は鼻で笑う。

「――うだあぁぁ……何だ、武神とは名ばかりか。女子(おなご)はべらせ、そもそも女子(おなご)使役(しえき)されるとは。乳臭さの抜けぬ奴っ、貴様など斬っては武器(えもの)(けが)れよっ!」

 

 六本の腕のうち、武器を持たない二腕を振るう。

「――素手にて充分! 受けよ、【重撃重爆金剛壊拳】!」

 連続で繰り出される二つの拳はまるで、六腕全てを使って打ったかのように無数の残像を残していた。それらが一撃ごとに重い音を立て、毘沙門天の純黒の鎧へと打ち当たる。そのたびに床が揺れ、ひびを入れられた鎧の欠片が散り。拳の圧に窓が震えた。

 

 それでも毘沙門天は小揺るぎもしない。

 印を構えたかすみは、唇をなめて湿した後。ぎこちなく、その舌を動かせた。

「オン……シチロクリ・ソワカ――オン、ベイシラマンダヤ・ソワカ」

 

 ぴくり、と毘沙門天の肩が震えた。そして、かすみの方をゆっくりと振り向く。牙を剥いたその顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

 同時、かすみの内に言葉が響く。鼓膜の奥、頭の中、胸の底で絡みつくように――もっとだ、もっと力が要る全てを引き裂く力、叩き潰す力、何もかもを、そうだ力が全てを踏みつけ押し通る力、踏みにじり壊し押し退ける力。そうだ斬り裂け全ての敵を、叩き壊せ何もかもを。阻む全てを――。

 

 その言葉は確かにかすみの声。いや、地の底から轟くような響きは毘沙門天のものだろうか。

 それらの音は混じり合い、渦を巻き、かすみの中を駆け巡る――そうだ力が要る、そうだ時間はない、そうだ()ぼうあの力を、そうだ()ぶのだ、討ち、()るために。汝の力汝の怪仏、我を刀八(とうばつ)毘沙門天を――。

 

 

 かすみは印を崩し、耳を塞ぎ頭を押さえていた。顔を歪め、震えながら。

 そのままの姿勢で歩いた、歯を食いしばって毘沙門天の方へと。

 

 そうして、蹴った。毘沙門天を思い切り。

 乾いた音がロビーに響いた。

 

「え」

 紡がつぶやくのも聞かず、かすみはもう一度蹴った。

 毘沙門天は目を見開き、大口を開けていた。憤怒の表情も歪んだ笑みも忘れたかのようだった。

 その背中では吉祥天が目を見張り、両手で口を押さえていた。

 

 かすみは歯を噛み締め、それから声を張り上げる。

「うるさい。聞きなさい……聞け慕何(ばか)っ!」

 

 さらにもう一度蹴り、それから印を組み直す。

 言葉を胸の奥から絞り出す。頭に響く言葉ではなく、それらの言葉は自らの内に渦巻くままにして。かすみ自身の言葉を発した、毘沙門天の背を見上げながら。

「あなたは違う、私じゃあない。けれど私の一部はあなた。あなたの一部は確かに、私」

 

 目をそらすように顔をうつむけた。それでもかすみは、また顔を上げる。

「あなたが私の(ごう)ならば。私と共においでなさい、放す必要などはない。私も決して離しはしない、あなたの手綱(たづな)を握ったまま。狂える馬があなたなら、その鞍上(あんじょう)に乗るのが私。使うのは私、使われるのがあなた。飼うのは私、飼われるのがあなた」

 

 今までは崇春が、百見が守ってくれた。平坂も学校を守るため戦うと言ってくれていた。

 けれど今、彼らはいない。紡の力も通じはしなかった、それに彼女は味方ではない、いつまでも頼るわけにはいかない。

 なら、今ここで。取るべき道は一つしかない。

 

 かすみは毘沙門天の目を真っ直ぐに見る。

「来なさい、私の真なる怪仏。これしか道がないのなら……あなたと共に、駆けてみせる。崇春(あの人)たちがそうするように」

 

 頬に力を込め、腹の底から声を張り上げた。

「来い! 討つ者、全てを()る者! 阻む全てを討伐しなさい、私と共に戦いなさい! 帰命頂礼(きみょうちょうらい)――刀八(とうばつ)、毘沙門天!」

 

 毘沙門天は口を開け、目を見開く。

 歯を噛み締め、震える。震える、震える。そこだけ地震が起こったかのように、激しく。

 やがて震動に自身が耐えかねたように、裂けた、皮膚が。首が顔が肩が背が、みちり、と音を立てて。

 

 金剛夜叉が拳を止める。

「――何っ!?」

 

 毘沙門天はなおも震える。

 腕の周りで裂けた皮膚の間、肩や背中の肉の奥から。めぎり、めぎりと絞るような、裂くような音を立て、何かが生え出る――新たな腕。骨すら()し斬れそうな分厚い刀を、その手に握った八本の腕。

 かすみを見下ろす目が、赤黒く涙をこぼし。その顔の横から同じ色の体液をこぼして、同じ顔が、ずるり、と生え出る。同じ涙をこぼしながら、元の顔はかすみを、残る三面は敵を、貫くようににらんでいた。

 

 かすみは静かに命ずる。

「やりなさい」

 

 振るう、刀八毘沙門天は八本の刀を。体から生え出たまま、赤黒い体液に濡れたそれを。八腕がそれぞれ意思を持つかのようにばらばらに、しかし自らの腕を振るいちぎろうとするかのような力を込めて。

 その半分ほどは金剛夜叉の掲げた武器に阻まれたが、残る半分が体へと打ち当たる。鈍い金属音を立て、金剛夜叉の体から火花が散った。

 

 金剛夜叉は笑う。

「――ふんっ! 少々驚いたがその程度の刃、効きもせんわっ! 教えてやろう……武器(えもの)とはこう使うのよっ!」

 六腕のうち四腕に持った、大剣、三鈷杵(さんこしょ)、宝輪に金剛(れい)(うな)るような音を上げ、それらを連続で振るう。

 

 かすみは印を崩さず、声を上げた。

「やりなさい!」

 

 振るった、毘沙門天は八つの刀を、元の二腕の戟も、塔すら。

 振るった、金剛夜叉は四つの武器を、残る二腕の拳を。

 幾度も幾度も繰り出されるそれらが打ち当たり、重い金属音を上げる。そのたび火花が吹き上がる。飛沫のように、あるいは飛び散る血潮のように。

 空を切る音が響き、金剛鈴の打ち当たる音が割れ鐘のように轟く。

 

「――うだぁっ!?」

 嵐のような打ち合いから、先に身を引いたのは金剛夜叉だった。

 四腕の武具はひび割れ刃こぼれし、自慢の肉体にも幾つも幾つも、骨に達するほどの斬り込みが走り。そこから水銀にも似た、鈍く輝く体液がこぼれ落ちていた。

 

 六腕を震わせ、信じられないものを見るように自らの体に目を落とす。

「――なんだあっ……! バカな、このオレの金剛不壊(ふえ)の肉体が……!」

 

 刀八毘沙門天はなおも、内なる怒りを抑えかねているかのように震え。荒い息を四つの顔で繰り返しつつ、八本の刀を掲げて敵へと歩む。

 

「――ぐっ……!」

 金剛夜叉は跳び退き、距離を取った。武器を持たない二腕が印を組む――両手の指を内側へ差し込むように組み、両親指は伸ばして揃える。人差指はわずかに曲げて浮かし、小指は緩く曲げて外へ出す――。

 

「――オン・バザラ・ヤキシャ・ウン!」

 その真言と共に、六腕から炎が吹き上がる。紅蓮の色を通り越し、溶鉱炉で溶けゆく金属にも似た、白に近い輝きの炎。

 その輝きが腕を覆い、体さえも覆う。見ればその炎の下、口を開けていた傷はどれも、どろりと溶けたような体液が粘りつき、塞がれてしまっていた。

 

「――このオレこと四大明王北方守護者・金剛夜叉明王。だが宗派によってはその位置に烏枢沙摩(うすさま)明王が()てられることがあり、さらには同一視される場合もある」

 三面の口で歯を見せて笑う。

「――故にっ! 金剛不壊(ふえ)たる肉体、そして金剛力に加え! 浄炎の力持つ火の権化、烏枢沙摩(うすさま)明王と同じ火焔! これが真のオレの力、最強を越えた最強の力よっ!」

 

 白く炎を噴き上がらせ、全ての武器を掲げ構えた。その刃もまた熱され、白く輝いている。

「――鍛煉(きた)えに精煉(きた)えし金剛体、()りも()ったりこの炎! 受けられるなら受けてみよっ、【金剛煉華浄炎火斬(こんごうれんげじょうえんかざん)】っ!!」

 火の粉をなびかせ突進するその巨体は、真っ白な炎に包まれていた。まるでゆらめく刃紋を(そな)えた、一振りの巨大な刀のようだった。

 

 足を踏ん張り歯を噛み締め、かすみは声を張り上げた。

「毘沙門天っ! やりなさい!!」

 

 刀八毘沙門天は八振り全ての刀を掲げる。塔も戟もそこへ重ねた。まるで一振りの刀であるかのように。

 その足下から、体から腕から染み出すように、黒いもやが立ち昇る。層をなし渦を巻いたそれが、掲げた腕を駆け登り、重ねた武具へと絡みつく。

 黒いもやは今や、黒い気流と化して吹き荒び、巨大な刀のような姿を形作っていた。

 四面の歯を食いしばる毘沙門天は、その重さに耐えかねたかのように腕を震わせたが。

 

 支えるように、その背に吉祥天が寄り添い。背後を守り合うように背をつけた。そうしてなぜだか、吉祥天はかすみを見て。片目をつむり、両拳の親指を立ててみせる。

 

 その表情に、かすみは目を瞬かせたが。

 すぐに息を大きく吸い込む。胸の内に響いたその力の名を、叫んだ。

「やりなさい……【刀八(とうばつ)毘沙門天・絶刀伐牙(ぜっとうばつが)】!!」

 

 駆け、そして跳び込みながら、巨大な刀を振るう毘沙門天は。黒い気流をまとうその姿は、一振りの巨大な刀のようだった。さながら、向かってくる金剛夜叉と同じく。しかしその白い炎を、たやすく呑み込むほどにも巨大な。

 

 声もなく、断ち斬った音もなく。金剛夜叉はその炎ごと武器ごと二つに断たれ。分かたれたその体も武器も、黒い気流に呑み込まれ、微塵(みじん)に砕かれ。消えていった。

 

 勢い余ったその気流は辺りの床を打ち割り、付近に置かれた長椅子を巻き込んで砕き。さらには前方一面、天井まで続く窓へと打ち当たる。引きちぎるような破壊音を立て、ガラスが、窓枠が、壁さえも砕け落ちる。

 だが外へと突き破ることはできず。窓が砕け落ちた後に残った、薄墨色の結界の壁。それがひび割れ、破れんばかりに外へと大きく膨らんだ形に歪み。そこで、毘沙門天は止まっていた。

 

 すがりつくように壁に背をつけ、紡は口を開けていた。

「これが……刀八毘沙門天の力……あの結界すら、ここまで変形させる、だって……?」

 

 生徒会室で崇春が力を振るったときのことを、かすみは言われて思い出した。崇春の力でさえ、薄墨色の壁はびくともしなかった。どうやらそれと同じ結界が、外へと繋がる窓などの中には仕込まれているようだが。刀八毘沙門天はそれを、ここまで。

 天井まで続く結界の歪みとひびを見上げながら、かすみの背筋が冷たく震えた。

 

 と、見る間に。結界は枝を踏み折るような音を立て、内側へと戻り始める。ひび割れた箇所も合わさり、傷などなかったかのように塞がっていく。

 窓や校舎の壁こそ崩れ落ちたままだったが。薄墨色の結界は再び、傷一つなくそびえ立っていた。

 

 毘沙門天の力を使ったせいか、体に重く疲労がのしかかるのを感じ、かすみはひざに手をつく。荒い呼吸を整えながら思った。

 さっきの力を――体力的に相当無理はあるだろうが――連続で使えば、あるいは結界の壁を破れるかもしれない。だが、その後どうすべきかが分かっていない。崇春らの場所も紫苑とシバヅキの居場所も。少なくとも今、無理に消耗してまで壁の破壊を試みる理由はなかった。

 

 未だ壁に背をつけたまま、遠くから紡が言った。

「しかしまさか、いきなり刀八毘沙門天を使うとは……ムチャクチャをするな君は」

 

 呼吸の下からかすみは言う。

「それぐらい、やらなきゃ……時間も、ないですし。私がやらなきゃ、ですし。それに」

 額の汗を――疲労によるものか、あるいは冷や汗か――拭う。

「昨日みたいに、後から勝手に出てこられるより。こっちから()んだ方がマシです。多分」

 

 周囲の破壊痕を見渡し、頬をひくつかせた後で紡は言う。

「そう、かなあ……そもそもあれだ、我が妙音弁才天の洗脳詩(ことば)――【詩情、温情持つ女神の音声(おんじょう)】――を敵に流し込んでやれば早かっ――」

 

 かすみは真顔で紡を見やる。

「それ、私にまでかけるつもりじゃないですよね。覚えてます、昨日あなたがしようとしたこと」

 

 紡は頬を引きつらせつつほほ笑んだ。視線をそらして言う。

「あー、とにかく、だ。急ごう、紫苑が危ない。シバヅキが何をする気かは分からない点も多いが……放っておいていいことはないはずだ、私たちにも、君たちにとっても」

 

 かすみはうなずく。

 先に駆け出した紡の後を追って、歩を進め出す。

 そのとおりだ、紫苑を早く助けなければ。

 けれどまだ何か、考えるべきことはなかったか――その思考が足音と、荒い呼吸の中に薄れていく。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。