かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻24話  共闘、なるか

 

 正観音(ライトカノン)はカードを取り、何度もバックルに差し込んでいる。何度そうしたところで稼動音も、調子のいい音声も聞こえはしなかった。

「――クソ、なぜだ千手観音(センジュ)、応答しろ馬頭観音(バトー)! それどころか、正観音(わたし)本来の力まで……!?」

 

 降三世(ごうさんぜ)明王は八腕の武器を構え、その様子を見下ろしていたが。やにわに足を上げ、先ほどのような前蹴りを繰り出した。

 

「――ごおっ!?」

 まともに受けた正観音(ライトカノン)の体が後ろへと吹っ飛び、畳の上を滑る。

 

 降三世(ごうさんぜ)は鼻息をついた。

「――ふん、貴様はすでに無力……殺すまでもないのである。そこで指をくわえて見ておるがいいわ」

 そうして三面で歯を剥いて笑い、向き直る。円次と、横並びで離れた位置にいる帝釈天に。

「――さあて、次はどちらであるか? 帝釈天・そこのサムライ・両方で来る、いずれでも構わんのである。(ごう)()()()!」

 

 円次と同じく身構え、敵の方を見たまま帝釈天が声を発する。身に着けていたスーツはすでに脱ぎ捨て、唐風の甲冑姿となっていた。

「――平坂円次よ。我が雷撃を射て隙を作る、その機を捉えて(なんじ)が斬れ」

 

 円次はわずかにそちらへ目をやったが。取り合わずに無言で足をにじらせ、降三世(ごうさんぜ)との間合いを詰める。

 

 帝釈天が円次に顔を向けた。

「――聞かぬか! 汝が我らを警戒するのは分かる、いや……当然の仕儀よ」

 かぶりを振って続けた。

「――確かに我ら、(やいば)向け()うた仲……とはいえそれは、互いの意がすれ(ちご)うた故。だが今や、当面の目的は一致しておるはず! 『紫苑殿を救出する』、その一事において!」

 

 円次は構えを崩さず鼻で笑う。

「で? 囚われのお姫様助けてメデタシメデタシ、って話でもねェだろ。黒田と品ノ川に怪仏憑けてくれやがったこと、忘れちゃいねェ……東条助けたとこで、始まンのは話し合いか? 殺し合いじゃねェのか」

 言った後で力を込め、歯噛みする。――そうだ忘れてはいない、二人のことを。必ず返させてやる、その借りを。

 

 意識して緩やかに息を吐き、続けて言った。

「で、だ。そのことをてめェが見越してねェわけがねェ。……『全員集合まで待ってやる義理はない。あわよくばこの男を今ここで、明王ともろともに』。だろ、(いくさ)の怪仏」

 

「――ぬ……!」

 帝釈天は声を詰まらせた。

 が、やがて息をこぼして笑う。

「――ぬぬ、はは……くっははは! 流石(さすが)流石(さすが)よ平坂円次! まったく人の悪い男ぞ! 斬った張ったに関してだけは、誰より智恵の回ることよ」

 

 不意に真顔になると続けた。

「――だが、ぞ。それは一つの選択肢に過ぎぬ、状況は如何(いか)ようにも変わり得る。紫苑殿と汝らの間に話し合いが成立する、その可能性も充分あると我は見ておる。そうなればむしろ、汝を討つのは対話の弊害にしかならぬ。何より、まずはこの明王を倒さねば話にもならぬわ。……よいわ」

 

 す、と構えを解き、武器たる金剛杵(ヴァジュラ)を持った手を懐に入れ。帝釈天は前へと歩いた。明王の方へと。

「――背中から討たれるのが怖いなら、我から先に()こう。汝は好きな折に攻めるがよい」

 顔だけ向け、歯を見せて笑う。

「――願わくば、我は斬ってくれるなよ」

 

「な……」

 円次が身構えたまま、行動を決めかねている間にも帝釈天は進んでゆく。

 

 降三世(ごうさんぜ)は構えた八腕を揺すって笑う。

「――(ごう)~っ()()()! 長い作戦会議ご苦労であったが、結局は仲間割れか!」

 

 帝釈天は身構えもせず言う。

「――なんの、そもそも仲間ではない。どころか、奴はただの臆病者。こちらから願い下げよ」

 

 円次の頬が反射的に引きつる。

 

 降三世(ごうさんぜ)は戟を持つ手を、後ろへと引き絞る。

「――共に来る・どちらも来ない・一人ずつ来る……吾輩としてはどれでもよいのである。我輩の力にてその力封じ、無力と化したところを削り殺すまで。さあ……行――」

 

 そのとき、笑みをたたえたまま。帝釈天は懐から手を取り出した。

「【脅雨(おどしあめ)旱魃龍殺し(ヴリトラ・ハン)】」

 

 その手の上で独楽(こま)のように、金剛杵(ヴァジュラ)が激しく回転していた。やがて掌から浮き上がったそれは自身の表面に水滴をたたえ、空気をかき混ぜ。ほどなく、辺りに霧を立ち込めさせた。雲のような分厚い霧、帝釈天の姿を包み込み隠す、煙幕のような霧を。

 

「――何い!?」

 後ずさる降三世(ごうさんぜ)の足下に、霧の中から二筋の雷撃が飛び来る。能力を封じるその足の動きを、逆に封じようとするかのような攻撃。

「――むうん!」

 剣と金剛鈴が振るわれ、電撃は軽々と散らされた。

 

「――()った」

 雲の上部を突き破って跳んだ、帝釈天の巨体が宙を舞う。手には金剛杵(ヴァジュラ)から伸びる電光の剣。先ほどの雷撃はただの囮、この攻撃が本命か。

 

 だが。驚いたように目を剥いたのは、降三世(ごうさんぜ)の正面のみ。左面は別の方を向いていたものの、右の面は霧全体から目を離しておらず。帝釈天の動きを捉え、笑った。

 

「――【降魔降伏覆魔脚(ごうまごうぶくふくまきゃく)】!」

 片足が上げられ、地まで突き抜こうとするかのように激しく、畳へと打ちつけられる。

 同時。その衝撃に一帯の畳が浮き上がり、真上へと吹き飛んだ。

 

「――な、ああぁっ!?」

 宙にあった帝釈天にかわす(すべ)はなく、次々と畳に打ち据えられて落下する。

 そこを待ち受けていたように。地に落ちるより早く、降三世(ごうさんぜ)の前蹴りが帝釈天を打った。

「――【降魔降伏降三世脚(ごうまごうぶくごうさんぜきゃく)】! ……決まったのである」

 

 電源の切れたような音と共に帝釈天の体を鈍い光が走って消える。金剛杵(ヴァジュラ)の帯びた電撃も、同時に消え去っていた。

「――しまった……!」

 調子の悪い家電製品をそうするように、光の消えた金剛杵(ヴァジュラ)を何度も叩く帝釈天。

 

 その体を降三世(ごうさんぜ)が蹴り飛ばす。そして、円次の方を振り向いた。

「――さて・さて・さて。次は貴様である、臆病者よ」

 

 円次は言葉を発することなく、構えを崩さずそこにいた。

 明王が帝釈天を攻撃する隙に斬り込まなかったのは、臆したからではない。気づいていたからだ、敵の三面の一つ、左面が常に、円次の様子をうかがっていたことを。そして弓矢をつがえた二腕と素手のうち二腕が、円次へ向けられていたことを。

 隙を突くも何も、この敵に隙などなかった。

 

 明王の三面が円次を見、八腕が全てその刃と貫手の先を向ける。いよいよもって隙などない。

 が。手ならある、この敵を斬る手が。使いたい手ではないが。

 

 脈拍がわずかに速まるのを感じ、敵を見据えたまま。円次は静かに唇をなめる。

 

 

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