かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

157 / 217
五ノ巻25話  戦いの結末

 

 円次は切先をひざの高さほどまで下げ、構えを下段に変える。

 そこから狙う技がある、というわけではない。竹刀ならともかく、鉄の塊たる真剣を宙へ突き出し続けておく――構える――という行為は、それだけでそれなり以上の体力を消耗する。それを軽減する一つの手としては下段の構えが有効であった――宮本武蔵の記した『五輪書(ごりんのしょ)』にもそうあった、現代語訳を黒田から借りて読んだことがある――。

 

 そこからさらに切先を右へずらし、自然な(くらい)を取る。

「能力を封じる能力、か……なるほど、地味だが超厄介だな」

 口の端を吊り上げてみせた。

「ま、そこの厄介者どもが片づいて清々(せいせい)したぜ。後はオレの能力が決まるか、てめェの封じ技が決まるか、その勝負ッてとこか……おっと、だからってボサッとしてたら叩ッ斬るがよ」

 

 無論、円次に――その守護仏たる持国天に――能力などない。

 数多(あまた)の人の業重なり、重なる重みに歪んだ想いと、力とを得た怪仏とは違う。円次一人の小さな業の具現。ゆえに『怪仏であること』『ゆえにその武器が怪仏に通用すること』の他、何の特別な力もない。本地たる円次に腕力や体力、頑強さの類を与えるといったことも――おそらく崇春などは、そうして増長天の力を借りているのだろうが――ない。

 だから、もしも刃物の一撃を、頭か胸か腹に喰らえば。その時点で円次は死ぬ。

 

 だが、それゆえに円次はハッタリを口にした。少しでも揺さぶりをかけ、相手の蹴りを引き出すために。

 二本腕だろうが八本腕だろうが、それを支える脚は二本。蹴りを出すならその一本をわざわざ差し出し、バランスを崩してくれる格好になる。蹴り足を斬るか胴を斬るか、体を支えて動けない軸足を刈るか。タイミングを見切りさえできれば、お好きなところをどうぞ、といったところ。

 

「――ふ」

 なぜか降三世(ごうさんぜ)が息をこぼした。三面全ての顔で。

 

「何がおかしい」

 

 降三世(ごうさんぜ)は笑みを浮かべたまま、武器を構えて間合いを詰める。

「――なに、少々滑稽だったのである、その強がりがなあ……いつまで続くものであるかな!」

 一本の腕が戟を繰り出す。

 

 円次はそれを右へと打ち払った。そのまま刀身で戟の柄を圧しつつ、刃を相手へ滑らせる。

 そのまま刃を返して敵の胴を斬り上げる【橋掛(はしがけ)】、もしくは戟を返して抵抗するなら、刃を返し上段から斬る【橋立(はしだて)】。そのどちらかで斬るつもりだった、が。

 

 まただ、まただった。直剣と金剛(れい)が交差し、円次の刀を受け止める。武器を持たない三つの手が同時、鋭い貫手(ぬきて)を繰り出す。

 刀を引き、素手と剣の間合いから離れる。そこへ放たれた矢を間一髪、横っ跳びでどうにかかわせた。

 相手が体勢を立て直す前に再び斬り込むつもりだったが。そのときにはもう、明王は戟を構えていた。それが再び突き出される。

 

「くそッ!」

 その穂先を打ち払い、何度も足を継いで跳びすさる。着地するそこにまた矢、しかし自ら足を滑らせ、倒れ込むようにしてかわせた。(やじり)に裂かれた髪の端が宙を舞う。

 

 同じだ、同じだった。先ほどまでの戦いと。

 剣道三倍段――『素手の武術で剣を制するには、相手の三倍の段が必要』と解されることが多いが。元は『剣で槍を制するには、相手の三倍の段が必要』という意味といわれている――、その槍、この場合は戟をかいくぐる必要があり。その先では剣と金剛鈴が防御に専念、二つの武器で刀を食い止める。そこから突き来る素手の三腕、身を引いても弓矢の追撃。

 逆に円次が手を止めていれば、向こうから矢を射かけ戟を突くだろう。こちらの間合いの外から。

 

 遠距離、中距離、防御に近距離。八腕を的確に使い分け、攻防に分厚い手段を備えたこの敵は。まるで単発銃隊を長槍隊で護衛する、中近世欧州の軍隊。

 まさにこの明王は、一体のみで構成された軍隊だった。

 

 円次は自らの手を見る。ただ一刀を両手で握ったその腕を――腕が二本しかないことを恨めしく思ったのは生まれて初めてだ――。

 頬を引きつらせつつ構えを変える。左足を前にし、両手で持った刀を立てた野球の打者のような姿。そこから切先を斜め前へと倒し、攻防へすぐに転じられる姿勢【中段・霞の構え】。

 それからわずかに身をかがめ、脇に引き絞っていた刀を体の前へ出す。まるで刃に身を隠すような【入身正眼(いりみせいがん)の構え】。だがその刀身は、身を覆うにはあまりにもか細い。

 

 降三世(ごうさんぜ)が肩を揺すって笑う。

「――()()()降三世(ごうさんぜ)降三世(ごうさんぜ)! 臆したかサムライよ、腰が引けておるのである!」

 

 円次は努めて表情を変えず、突如その構えのまま突進した。

「使うぜ、オレの能力(ちから)!」

 

 突然かつ何の脈絡もない行動、だが。だからこそ相手は反応せざるを得ないはず。『能力封じの能力』を活かすべき場面はまさにそこ、敵に能力を活かされる前なのだから。

 

 が。

「――(ごう)あぁっ!」

 降三世(ごうさんぜ)が繰り出したのは突き。先ほどと同じ、戟による攻撃――封印の蹴りではない。

 

「な!?」

 円次は刀で弾く、その隙に斬り込む。そこから先は同じだった。二つの武器が刀を受け止め、貫手が繰り出され弓矢の追撃。

 どうにか全てをかわし切り、大きく間合いを取って。肩を大きく上下させ、荒い呼吸の下で思う。

 

 おかしい。

 なぜ蹴りを出さない。能力を封じる能力、能力を使うと言った相手になぜ使わない。別にいきなり繰り出す必要はない、刀を受け止めた後に貫手の間合いで出してもいい。それも、ない。

 勘づいているのか、こちらに能力などないことを? だがいったいどの時点で、どうして。

 ――いや。もしや、そもそも――

 

 後ずさる円次のかかとが何かに当たる。揺らいだそれは(ふすま)。作法室の入口、靴脱ぎ場へ続く(ふすま)だった。今そこは開け放たれたままで、廊下が向こうに見えていた。

 

 ふすぅ、と鼻で息をつき、円次は肩を落とした。

「参った」

 かぶりを振って言う。

「降参だ。降参だよ降参、八本も腕ある奴に勝てるかッての」

 

 刀を鞘に納め、ベルトから抜く。正座し、敵意がないと示すよう――右手で抜くことができないよう――自分の右側に置き、正座した。

 畳に手をつき、頭を下げる。

「参りました」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。