かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻31話  シバヅキ、その正体

 

 紫苑は手を差し伸べる。

「どうだい、谷﨑さん。僕たちと共に世を救おうじゃないか。力を貸してくれないか、君の力――怪仏・毘沙門天を」

 

 かすみは強くその目を見返す。

「お断りします。矛盾してます、あなたたちは。……帝釈天さんにも言ったことです、悲しみを生み出しながら、悲しみを無くそうだなんて。人を踏みにじりながら、人を救おうだなんて。矛盾してます」

 

 紫苑はむしろ嬉しげに何度かうなずく。

「なるほど、なるほど。なかなか論理的で明快な返答だ、頭がいいな君は。けれど、大事の前の小事、ということも世の中にはあってね。どうあっても、君の力はいただくよ。――と、そうだ」

 不意に眉を寄せる。

「一つ不思議に思ったんだ。頭のいい君が、なぜここに来た? なぜのこのこと顔を出したんだ、罠の可能性が高いと感じたここに」

 

「それは」

 本来はそれぞれ明王を倒した後、戻って生徒会室で合流するはずだった。退路が崩れていてそうできなかった、それもあるが。

 

 紡に視線を向け、それから顔をうつむけた。

「それは。……鈴下さんが、心配してたから。捕まった、紫苑さんのことを。……もしもそっちが本当だったら、シバヅキがあなたを(あや)めようとしているんだったら。……助けなきゃ、って、思ったから」

 

「な……」

 紡は目を大きく見開く。

 

 紫苑は口を開け、それから肩を揺すって笑った。

「は……はは、あぁっはっは! 面白い、面白いな君は、人がいいなぁ! そこまで罠の可能性を見切っておきながら、そうじゃない方に賭けるか、えぇ? まったくお人がよろしいよ!」

 

 息を整え、未だにこにこと笑ったまま言う。

「まあ、そこまで心配していただいて光栄だよ。お礼といってはなんだが、彼について話しておこうかな。シバヅキの、本当のことを」

 

 親指で指してみせたシバヅキは。未だ宙を抱き、ナイフを構えた姿勢のままでいた。その目はナイフの向いた先、虚空をにらんだままだった。

 

「シバヅキ、シバヅキさぁん? もういいよ、戻りたまえ」

 

 紫苑の声がのんびりと響く、それと同時に。ふ、とシバヅキの輪郭が揺らぎ、煙のように薄れ。かき消えた。身につけていた服と右手に持っていたナイフだけが残り、落ち。布のはためく音と刃が床に打ち当たる金属音を立てた。

 

 いや、もう一つ。左手、左手の手首から先だけが。かき消えはせず、ど、と肉の打ち当たる重い音を立てて。床に落ちた。

 

「……え」

 目の前の光景――シバヅキが消えたこと、それ以上に。左手だけが残ってそこにあること――を理解できず。かすみは口を開けていた。

 

「さて、と……。あまりやりたくはないんだがね……」

 つぶやきながら、紫苑がシバヅキのいた方へ歩き。消え残った手首には目もくれず、ナタのように大振りなナイフを取り上げ。

 

 腰を下ろし、床に自分の左手を押し当てると。右手のナイフを天高く振りかぶり、振り下ろした。自らの左手首へ。

 

 かすみは声も出せなかった、息は喉で詰まっていた。

 ただ口を開け、目を見開き。震えながら見ていた、紫苑の左手首が中ほどまでちぎれ、血をその顔まで吹き上げるのを。紫苑が再びナイフを振り上げ、同じ所に振り下ろすのを。その刀身の上に足を載せ、ごりごりごりと挽きちぎるのを。

 

 紡は無表情に――目を見開くでもなくそむけるでもなく――その光景を見ている。

 

「~~っ、つうう……」

 血飛沫の散った顔をしかめながら紫苑は立つ。そうして、手首から先を切り落とした左手を、かすみの方へ掲げてみせた。

 

 かすみは反射的に目をそむけたが。視線がそこを外れる前に、見えた。傷口がひどく泡立つのを。血が吹き出すのとは違う、沸騰するかのような不自然な動き。

 

 音を立てて泡立つそれは、熱を持つかのようにしゅうしゅうと音を上げ。そして蒸気のように吹き上げた、黒いもやを。怪仏が身にまとうようなそれを。

 黒いもやの向こうに見えた。沸き立つ血をこぼしながら、傷口からほの白く骨が伸びるのを。肉が赤く盛り上がり、その上をみりみりと皮膚が覆っていくのを。まるで植物の成長を早送りで見るように。

 そうして掌が、指が、元のとおりに生え出ていた。

 

 そればかりではなかった。そればかりではなかった、伸びていったのは――切断した手首、そこからだけではなく。

 

 切り落とされて転がる手、そちらからも。伸びていた、骨が。肉が、皮膚が。ごぼごぼと泡立つような音を立てながら。

 伸びていた、手首の傷口から前腕が。そこから形作られていった、ひじが。筋肉の膨らみを見せる上腕が、大きな関節の噛み合う肩が。

 その先、鎖骨が、赤く脈打つ内臓が、広い胸が形作られ。伸びゆく首の上に形成されたのは頭蓋骨、そこに盛り上がる肉と貼りつく皮膚が成したのは。

 紫苑その人と同じ顔。いや、栄養が足りないかのように荒れた髪、頬のこけた顔つきはシバヅキのそれか、顔を走る大きな傷跡がない他は。

 その目は何も見ていないかのように静かに開かれていたが。

 今、確かに瞬きをした。

 

「……、……っ」

 かすみは口元を押さえていた。込み上げる何か――吐き気か悲鳴か、それは分からなかったが――を押さえつけるように。ただ、押さえるその手も震えていた。まるで全身の体温を、生きる力すらも吸い取られたかのような感触があった。

 

 紫苑が両手を一つ――右手と今生え揃ったばかりの左手で――叩く。それが合図だったかのように、切り落とした左手から生え出たシバヅキが動きを止めた。左胸までを形作った、中途半端な胸像のような姿で、傾いたまま床の上にあった。

 

「いやいや、驚かせてしまったね。これがシバヅキの正体……端的に言えば僕の一部」

 紫苑は左手で首の後ろをかく。

「そういえば今朝、見たはずだね? 紡や僕が傷を受け、けれど見る間にそれが癒えていくところを。僕らの体は『特別』でね、どんな傷でもたちどころに治る。特に僕の方は、もしも肉体を切り離したなら『切り離された方も同様に治っていく』『そしてもう一人、僕を形作る』ほどにね。そのもう一人がつまり、シバヅキ」

 

 長くため息をついた。

「先ほども言ったとおり、百見くんが映像として見せた、僕と紡の出会いに嘘はないが。その先は嘘っぱちさ……僕が映像を途切れさせた後の、その先の話は基本嘘。僕らに都合のいい作り話」

 

 嘲るように、あるいはいぶかしむように眉を寄せる。

「一応聞くが、信じてたかい? 『怪仏・大自在天が僕の血を受けた泥をこね、人の体を形作り』『それに乗り移ったもの、それがシバヅキ』だなんて。荒唐無稽に過ぎるとは思わなかったかい」

 

「な……」

 かすみは震える手を握り締める。それでもどうにか、口元からは手を引き剥がした。歯が鳴るのを感じながらも口を開く。

「じゃあ……それじゃあ。『シバヅキが紫苑さんを、その血肉を狙っている』『それに他の生徒が巻き込まれないよう、あなたと鈴下さんは戦い続けている』、っていうのも」

 

 紫苑は鼻で息をつき、首を横に振る。

「無論嘘さ。シバヅキに自我など無い、僕の命令に従って単純な言動をする他は。そして我が『大暗黒天』の一部を、同体たる『大自在天』『伊舎那(いしゃな)天』として扱う他は。――だから、君には悪いが」

 

 見下ろすような目をして続けた。

「『共通の敵たるシバヅキを倒し、君たちと僕らが和解する』などというシナリオは。最初からどこにも存在しない」

 

 

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