かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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六ノ巻4話  黒幕の目的は

 

 かすみたちがグラウンドへ下りたときには、すでに崇春と斎藤が至寂に対峙していた。グラウンドの端、裏門の前。天へと頭をつくかのようにそびえる、薄墨色の結界の下で。

 

何故(なにゆえ)東条に味方する……いや。そんなことはどうでもええ」

 崇春は歯を噛み締め、拳を握る。

「そこをどいてくれい! 至寂さんが結界を作ったっちゅうんなら、今すぐ解いて道を開けてくれい!」

 

 至寂はゆっくりと首を横に振る。

「承服致しかねます。拙僧は一人の仏法者として、この門を護らねばなりません」

 

「何じゃと……?」

 

 そうするうち、かすみたちも崇春らの下へとたどり着く。

 

 渦生が前へ出る。頭からかぶった血のにじむタオルに半ば顔が隠れ、表情をうかがい知ることはできない。それでも、隙間からのぞいた口は歯を噛み締めていた。

「てめぇ……何のつもりだ」

 

 震える声で続けた。

「いや……あぁそうだ、冗談、だろ。てめぇは昔からそうだ、頭はいいのにセンスはねぇんだ、空気も読めずに変な時に変なことを、ったく、人の頭を血が出るほど後ろからどつくのがギャグだとでも――」

 

「いいえ」

 至寂がかぶりを振る。目を伏せて。

「冗談ではないのです。そうであれば、どれほど良かったか知れませんが」

 

「あぁあ!!?」

 かぶっていたタオルをつかみ、地に叩きつけた渦生の顔は。震えていた、耐えるように。それでもこらえ切れず、まるで弾け飛ぶ寸前であるかのように。

 

「てめぇ……! てめぇ、てめぇ……っ! 自分が何してっか分かってんだろうな、あぁあ!?」

 

 至寂はゆっくりとうなずいた。

「はい。紫苑殿のお味方をし、世を救う。それだけで――」

 

「ブチ殺すぞっっ!!」

 ひきちぎれそうに頬を震わせ、渦生は叫ぶ。

「何が世を救うだっ、怪仏の力を使っておいて何だそりゃあ! 忘れてんじゃねぇだろなあ、あの人がどうなったか! そんな大それた望みじゃない、嫁さんに無事に子供をを産んで欲しい、息子が無事に生まれて欲しい、たったそれだけに怪仏を使った……師匠が、どうなったかよ……!」

 

 うつむいたまま、至寂の表情は変わらない。

「師が、どうなったか。(わたくし)が殺した……そう言いたいのですね」

 

 口を開けた、渦生の動きが止まった。が、言う。

「そうだ……っ」

 

 かすみは思い出していた。今朝早くに紫苑と出会い、戦いとなった後。話し合いのために学校へと向かう途中に、至寂が語った過去のこと。

 

 

 

 ――至寂によれば十三年か十四年前。渦生と至寂の師である僧、その妻が子供を身ごもるも、母子共にその身が危ぶまれていた。

 師僧は妻子のために宗派の禁を破り、封印されていたある怪仏を持ち出した。安産の力を持つとされる『荼枳尼天(だきにてん)』。

 

 だが、その際。伝承において「その力で荼枳尼天(だきにてん)を封じた」とされる『大暗黒天』の封印までもが、引かれるように解けてしまった。そして、大暗黒天の『大黒袋』に封じられていた、数多くの怪仏までもが解き放たれた。

 

 渦生や他の調伏師が怪仏らと戦ううちに、至寂は怪仏・大暗黒天に憑かれた師と、荼枳尼天(だきにてん)に憑かれたその妻に対峙。

 戦いの後、至寂は寺へと持ち帰った。斬り落とされた男の腕、女の腕。赤子の腕。怪仏に憑かれた師とその妻子のものであろうそれを――。

 

 

 

 至寂はゆっくりと首を横に振る。泣きそうな目をして。

「いいえ。(わたくし)は確かに師を殺した。けれど。生きておいでですよ、師は。……ある意味では」

 

「……あ? どういう――」

 

 渦生がその先を口にする前に、至寂が言った。

「あなたを不意討ちしたことについては謝罪致します。ですが、他に致しようはありませんでした。歓喜天(かんぎてん)との戦いの際、かの怪仏の力の半分。その正体に気づいたあなたを放ってはおけなかった」

 

 小さく息を継いで続ける。

「かの者の使った力のうち、水流と九頭龍化の力は確かに、歓喜天単独の力ではなく。その前身、ヒンドゥー教のガネーシャの力でもありません。『双身歓喜天』、二体の歓喜天が抱き合った姿。そのうち一体は――」

 

 百見がつぶやく。

「『十一面観音』。……伝承にはこうあります。一国を支配し暴虐を尽くした象頭人身の魔王ビナヤカ、その暴挙を止めるため、十一面観音は同じく象頭人身の美女と化した。そして、その身を委ねる代償として、ビナヤカに仏法を遵守しその守護者となるように求めた。契約は果たされ、魔王と菩薩は一体の護法神『双身歓喜天』となった、と」

 

 渦生が後を受ける。

「ああ。だとしたら納得がいく、歓喜天と無関係な『水流』と『九頭龍』の力。現在ではほとんど忘れ去られた信仰だが、かつて十一面観音は『水運・海運』の神仏(かみ)と見なされていた……空海や最澄が遣唐使船に乗り、唐へと渡る際にも十一面観音へ祈願した、あるいは十一面観音が奇瑞(きずい)を現したという伝承がある。さらには北陸の霊山、白山(はくさん)に住まうとされる『九頭龍』は十一面観音の化身と伝えられている」

 

 至寂はうなずいた。

「そして。『シバヅキの配下であるはずの華森』が、『紫苑殿の配下である正観音(ライトカノン)、その同体たる十一面観音』の力を使う。――つまりは『シバヅキと紫苑殿はつながっている、敵対などしていない』。あなたは、いち早くそう気づいてしまった」

 

「ああ。……だがよ、思わなかったぜ。てめぇまでそっちについてやがるとはな……!」

 渦生は軋むような音を立てて歯噛みする。印を結び、歯を剥き出した口で真言を唱える。

「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリ・シュシュリ・ソワカ! 来いや烏枢沙摩(うすさま)、そのバカ野郎をブチ――」

 

「待った」

 声を上げたのは百見だった。二人の間に立って続ける。

「待って下さい。――至寂さん、あなたほどの人がそちらにつくなどと、怪仏を悪用する者につくなどと……そこがあまりにもおかしい。何か理由があるはずです。それに、そもそも彼は何をしようと?」

 

 異界に造られた学校や町並、そびえる壁に視線を向けた後で続けた。

「これほど大がかりな仕掛けを用意してまで谷﨑さんと我々を分離した、そして毘沙門天を奪った。その目的はおそらくだが『三面大黒天を創ることではない』。……谷﨑さんの話では『あと五体の怪仏』、それを取りに行くということだった。それらでいったい何をしようと?」

 

 平坂が至寂の横に控えた、正観音(ライトカノン)に目を向ける。

「そういや、そこの奴らが言ってたぜ。東条に確か、バトー、ニョイリン、カンギテンだの……その化身を捧げるとか何とか」

 

 斎藤が重く口を開く。

「ウス……面目ない、ス……オレも、閻摩(えんま)天の力、奪われた、ス……。正確には、同体である地蔵……それを求めてた、とか聞いた、ス」

 

 百見の表情がこわばる。

「とすれば、すでに四体も手に入れられたということか……しかし、その怪仏で何を――」

 

 至寂はほほ笑む。

「おおむねあなたのご推察どおりですよ。『怪仏の力のその先』を、あのお方は得ようとしておいでです。三面大黒天などはそのついで……いつ捨て去ってもよいのです。目的の中途で得た、いわば副産物に過ぎません」

 天を仰いで続けた。

「『業曼荼羅(ごうまんだら)』。怪仏らによってそれを創り上げ、その力にてこの世を書き換える。そうしてこの世を救う……それが、あのお方の目的です」

 

 至寂は目を閉じ、手を合わせた。祈るように、拝むように。あるいは弔うかのように。

 

 

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