かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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六ノ巻10話  親友、相討つ

 

 印を結んだ至寂が言い放つ。

両頭愛染(りょうずあいぜん)、振るいなさい般若(はんにゃ)の利剣! 【不動倶利迦羅九徹剣(ふどうくりからきゅうてつけん)】!」

 

 両頭愛染(りょうずあいぜん)の六腕のうち、青い一組が振りかぶられる。大剣を握るたくましいそれは、これまでも至寂が操っていた不動明王のもの。

 

 渦生もまた印を結ぶ。

「大層なカッコになってもそれかよオイ、バカの一つ覚えだな! 【大轟火弾・金剛災】!」

 

 赤熱した戟の刃から、身の丈ほども直径のある火弾が放たれた。向かい来る大剣と打ち当たり、押し合う。

 

 その間に渦生と烏枢沙摩(うすさま)明王は、敵の横へと回り込んだ。

「決めろや烏枢沙摩(うすさま)! 【大轟炎波・豪爛瀑《ごうらんばく》】!」

 

 横殴りに振るわれた戟が炎を放つ。身の丈を軽々と越え、目を射るように白く輝く炎が至寂を、両頭愛染(りょうずあいぜん)を押し包んだ。

 

 その炎の中から、しかし静かに声が上がった。

「【不動業焼迦楼羅炎(ふどうごうしょうかるらえん)】」

 

 炎の中から。それを破るように、炎が上がった。

真っ赤な炎。烏枢沙摩(うすさま)の放った白い炎ではなく、並の炎の(だいだい)色でもなく。血に似た真っ赤な色だった、ちょうど至寂の怪仏、愛染明王の肌と同じく。

 その炎が広がった、まるで大きな鳥が翼を打つように。火の鳥は大きく首をもたげ、渦生へとそのくちばしを向ける。翼を一打ち羽ばたかせ、覆いかぶさるようにそちらへと向かい。

 

 消えた。何かに吹き飛ばされたのではなく、ただそこで消えた。まるでガスを止められたコンロの火のように。

 

「な……」

 目を見開いた渦生は、一瞬後にひどく顔をしかめた。

「何のつもりだ。何で消した、今の炎。……情けをかけようってのか。今さら……!」

 

 至寂は真っ直ぐ顔を上げ、視線は決して渦生に向けなかった。

「そちらこそどういうつもりです。……先程の間があれば、炎の波など放つ必要はない。危険を冒してでもそのまま斬り込み、刃を(わたくし)自身の首へと繰り出せば済むこと。……そも、貴方たちに時間がないことは承知のはずです」

 

 そのまま二人はにらみ合う。だが、すぐにお互い視線をずらし、顔だけを向け合っていた。

 

 そのとき。

 ばん、と重く殴ったような音が響いた。

 

 二人がそちらへ視線を向けると。

 そこには大元帥(たいげん)明王の三十六腕を展開した賀来がいた。その手全てが一斉に打ち合わされ、今は拝むような形だった。

 

 明王ではなく賀来が言う。

「あの、頼む! 頼むから、お願いだからやめようこれ……二人だってしたくないんだろ、だろ? な、その……ですけど。だから……やめよう、これ?」

 

 あいまいに視線をさ迷わせた後、合掌したまま頭を下げる。

「やめよう、友だちだろ? 二人は。こんなことしちゃダメだ、良くないって……あれだ、ちょっと一緒にご飯でも食べて、お腹いっぱいになってから話し合えばだな、気分も変わって――」

 

「は」

 そう、笑うように息をついたのは渦生だった。

 

「は。は。は、は、は、はは……は、ははは」

 太い歯を剥き出し、身を震わせ。額に手を当て、身をのけ反らせて笑っていた。

「はは、傑作だなオイ、至寂ちゃんよぉ……そんなんで水に流せってよ、このお嬢ちゃんはよ」

 

 引きつったようにその頬を歪める。

「許せるかボケ……またやらかそうってのか性懲(しょうこ)りもなくよ、師匠殺したてめぇがよぉ……!」

 

 至寂は動きを止めていた。

もはや笑みもせず、無表情に渦生を見やる。

「そのとおり、(わたくし)はやり通します。……師匠殺しの(わたくし)は。その(わたくし)に一言の文句を言うでもなく、黙って調伏師(ちょうぶくし)も僧もやめた、どこかの変節漢(へんせつかん)とは違って。そうでしょう沙羅……いえ、還俗(げんぞく)された渦生さん」

 

 渦生の頬が、ぴくり、と震える。

 

 二人の間には何の言葉もなく。

 ただ互いの明王の背負う炎が、焦げつくほどに燃え盛る。その音だけが風に響いた。

 

 その間でおろおろと二人を見回し、賀来は三十六の手を、所在なさげに二人に向けていた。押しとどめるように。

 

 やがて渦生が言った。視線は敵へと据えたままで。

「ありがとよ、ガーライルよぉ……おかげで、やらなきゃいけねぇと解った。死んだ、そのバカに殺された師匠の分までよぉ……!」

 

 至寂もまた、固く笑う。

「そう思いたいなら思うがいいでしょう、止められるものなら止めるがいい。沙羅……いや渦生! 来なさい、(わたくし)の本気を見せて差し上げます……!」

 

 燃え盛る二つの炎を横目に。ツインテールの髪をつかむかのように、賀来は頭を抱えて身を反らせる。

「だーっっ!? だ・か・ら! 頼むから、聞けってぇぇぇ!!」

 

「オン・クロダナウ・ウン・ジャク! 放って・燃やして・焼き尽くせ! 【大轟連弾・金剛大災(こんごうたいさい)】!」

 烏枢沙摩(うすさま)明王は燃え盛る戟を振り回し、身の丈に近い直径の火弾を三連続で放つ。

 

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン、ウン・タキ・ウン・ジャク・ウン・シッチ! 【両頭九徹(りょうずきゅうてつ)――】」

 両頭愛染の体のうち青い腕、不動明王のそれが大剣を振るう。三連続で繰り出されたそれは火弾を全て両断した。

 そして、鈍色(にびいろ)に重く輝く刀身の内に。散った火炎が、吸い込まれた。

 

「何!?」

 

「【――愛染業焔(あいぜんごうえん)】!」

 愛染明王の赤い顔が、か、と目を見開く。同時、その背に負う火炎が、空を(あぶ)るように勢いを増した。刀身から吸収した火をそこへくべたかのように。

 

 まるで内なる怒りに耐えかねるかのように、両頭愛染は身をよじらせ。赤い腕で、五鈷杵(ごこしょ)――五又に広がる刃を持つ短双剣――を地に叩きつけた。背から自らの肩と腕を焼きつつ、そこへと渡った炎が膨れ上がる。

 爆発音にも近い震動を立て、湧き上がった炎は。渦生と烏枢沙摩(うすさま)を完全に呑み込んだ。

 

 だが、炎の一部が中から膨れ上がった。

 そう見える間に火を打ち払い、その中から賀来が飛び出してきた。大元帥(たいげん)明王の三十六腕、その大半を拳として繰り出し、炎を払って道を開き。残るいくつかの手で渦生と烏枢沙摩(うすさま)を抱えていた。

 

「――息災(そくさい)か、渦生とやら」

 離れた場所に着地し、渦生らを下ろし。右目を金色に光らせ、大元帥(たいげん)明王の低い声がそうつぶやいた。

 

「……すまん。助かった」

 渦生がそうつぶやくのを聞いた後。

 

 視線を落とし、今度は賀来が言う。

「うー……正直、やりたくはないのだが……」

 至寂へと目を向ける。

 

 至寂は変わらず、渦生を見据えていた。

ただ、背後の両頭愛染は。先ほどの火で焼け焦げた赤い腕を、青い腕がきつく押さえていた。火傷の痛みをこらえるように。あるいは、その腕のしたことをとがめるかのように。

 

 賀来はつぶやく。視線を落として。

「……やる、私も。そうでなきゃ、大変なことになるみたいだし……よく分からないが。だいたい……友だち同士、戦わせたくない」

 

 今度は大元帥(たいげん)明王が、静かに声を響かせる。

「――であれば迷うな、魔王女よ。(うぬ)と我はつながっておる、(うぬ)の迷いは我を惑わす。……いかにその体、我に任せようとも。その心の向き一つとならずば、我が力も十全には出せぬ」

 

「うー……」

 歯車の軋むような声を賀来は上げる。

 

 それをよそに、二人の男は変わらず、刺すような視線を互いに向ける。

 

 

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