かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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六ノ巻13話  秘技

 

 多腕に刀を構えたまま、正観音(ライトカノン)がつぶやく。

「――な……にい……?」

 

 倒れたままどうにか顔を上げ、百見がつぶやく。こんな状況でも若干早口に。

「それがあったか……秘仏中の秘仏『双身毘沙門天』。二体の毘沙門天が背中を合わせた形で現されるそれは、ただ数が増えたというわけではない……一方は独鈷杵(どっこしょ)を手にした毘沙門天だが、もう一方は。宝輪を手にして同じ甲冑に身を固め、憤怒相(ふんぬそう)に顔を歪めてこそいるが、その正体は。毘沙門天の妻、あるいは妹とされる吉祥天……そのように伝えられている」

 

 (うめ)くように帝釈天が言う。

「――道理よ……二体もの怪仏との結縁(けちえん)も、双身一体(ゆえ)のことか。思えばいつぞや、あり得ぬ持物(じぶつ)を放って邪魔立てしてくれたものだが。あれも、その真なる姿(ゆえ)か……!」

 

 言われてかすみも思い出した。昨日、帝釈天と戦ったときも、今日、紫苑と戦ったときも。刀八毘沙門天は独鈷杵(どっこしょ)を、吉祥天は宝輪を放っていた。

 

 吉祥天は、にこりともせずうなずく。片手の宝棒を小脇に抱えると、懐から宝輪を取り出してみせた。

 

 帝釈天が歯噛みする。

「――だが、だからどうだというのだ。所詮(しょせん)は吉祥天、美と幸福の女神……鎧などまとったところで、戦神(いくさがみ)の真似事にもならぬわ!」

 

 そちらに耳を貸す様子もなく、吉祥天はかすみを見た。

「――いでや、御命(ごめい)じあれ」

 

「え?」

 

 吉祥天は射るような視線を向ける。

「――御命(ごめい)じあれ。如何様(いかよう)なりと御下命(ごかめい)あらば、()()御下知(ごげち)に従いましょうぞ」

 

 かすみは口を開きかけ、だがその動きが止まる。

 命じるべきことは決まっている。だが、彼女をどう呼んだものか。双身毘沙門天の片割れ、では長すぎるし失礼に思える。今さら吉祥天でもないだろうし、毘沙門天ではもう一体、刀八毘沙門天の方とまぎらわしい。

 ならば、その名は一つしかない。

 

「命じます。あの敵らを討ち倒し、私の仲間を護りなさい。行きなさい――私の怪仏、多聞天(たもんてん)

 帝釈天らを真っ直ぐに指差し、そう告げた。

 

 そこで不意に、吉祥天は――いや、多聞天は――口を開け。その紅い唇の端を持ち上げ、ほほ笑んだ。

「――承り申した。この多聞天、御仏の教えを多く聞くとてその名を負うものでは御座りますが。()()れにも増して、()が君の御下知(ごげち)を多く聞く者となりましょうぞ」

 

 かすみに向かって深く頭を下げた後、帝釈天らに向き直った。

「――其処(そこ)糞仏(くそぼとけ)ども、()が君の御下知(ごげち)である。()く滅せよ」

 宝輪を懐に収めた後。振るってみせた宝棒が、風を重く裂く。

 

 正観音(ライトカノン)がその拳を――戟と宝塔、八本の刀を握った手をそれぞれに――掲げ、震わせる。

「――おのれ、黙って聞いていれば! ヒーローたるこの私を糞呼ばわりだと、断じて許せん!」

 

 変わらず笑んだまま多聞天が言う。

「――黙れ糞。其処許(そこもと)こそ()()の君の姿、猿真似してくれよって、英雄(ひーろー)などとは片腹痛し。……そも、()の姿を取るのならば。持物(じぶつ)の何たるかも分かっていような?」

 

「――む……」

 正観音(ライトカノン)は自らが手にした、宝塔や戟に目を落とす。

 

 自らが手にした宝塔を示し、多聞天は言った。

「――先に()が語りしとおり、『仏説毘沙門天王功徳経(ぶっせつびしゃもんてんのうくどくきょう)』にはこう説かれる。()の宝塔、『普集功徳微妙(ふしゅうくどくみみょう)』には全ての経典()の数八万四千を蔵すると。――それ」

 その宝塔を相手に向け、事も無げに放ってみせた。

 

「――っと、お……ぉおおおおおおっ!!?」

 思わず複数の手を伸ばし、受け取った正観音(ライトカノン)だったが。その腕で受け止め切れず、引っ張られるように体勢を崩し。

 それでも止められず、宝塔は地に落ちた。あまりにも重い音、大黒柱を地面に突き立てたのような音を立てて。いくつもの手を巻き添えにしたまま、打ち込まれたように地にめり込んで。

 

「――な……な、あががががっっ!!?」

 

 手を引き抜こうと(うめ)き、身をよじらせる正観音(ライトカノン)をよそに。多聞天は静かに言った。

「――八万四千の経典ぞ、なかんずく大般若経などは六百巻超……然程(さほど)の数あるは稀にせよ、一つの経典が一巻で終わるとは限らぬ。()れらが、ぎうっ、と詰まって八万四千ぞ? 一(トン)や二(トン)で足りると思うな」

 

 宝棒を構える。

「――其処許(そこもと)持物(じぶつ)御頭(おつむり)同様、空っぽの御様子だが。()は違う。そして、()重石(おもし)が無くなった分……()()く、(こわ)いぞ」

 

「――何、だとぉ……!?」

 正観音(ライトカノン)がどうにか手を引っこ抜き、宝塔が横倒しに地へめり込んだときには。

 多聞天は敵へ、すでに宝棒を繰り出し始めていた。

 

「――いでや、()が舞の相手(ワキ)務めよ。――【滅多悶絶(めったもんぜつ)】」

 重く重く、風を震わせて宝棒が振るわれる。一度や二度ではなく、幾度となく幾度となく。数え切れぬほどの空を裂く音、肉を打ち骨にめり込む鈍い音。それが無数に重なり響いた。

 

 正観音(ライトカノン)は多腕を構え、あるいはそれを防ぎあるいは逆に斬り込もうとしたが。

「――な、くそ、あっ、がっあっ、あっあっあああぁっああぁ!!?」

 歪んだ、受けた刀が。へし折れた、打った戟の柄が。自らの宝塔はとっくに断ち割られ、空っぽの中身をさらしている。

 

「――おっ、おっ、おのれえええっ!!」

 残る腕の刀を振るうが。それも跳ね飛ばされて遠く地に落ち、あるいは砕き折られた。刀身が、そして腕が。

「――が……あああぁあああっっ!?」

 

 かすみは口を開けてそれを見ていた。

 強い。これほどの強さを秘めていたのか、多聞天――吉祥天――は。いや、おそらくは『双身毘沙門天』としての、真の姿を見い出したゆえの力なのだろう。

 そう考えると、今まで扱っていた刀八毘沙門天、あれもまた真の力を発揮してはいなかったはずだ。逆に言えば、その状態でもあれほどの力を振るったのか。

 そこまで考えて、さすがに背筋が寒くなる。

 

「――そこまでよ!」

 声を発したのは帝釈天だった。と同時に一筋の稲妻が走り、横合いから多聞天を打つ。

 

「――ぐ!」

 身を震わせ、多聞天は動きを止めた。

 

 その隙に帝釈天は手にしていた。跳ね飛ばされて地に突き立った刀――刀八毘沙門天の姿を取った正観音(ライトカノン)の刀を。

 上段へと掲げたそれを振り下ろす。多聞天へではない、かすみにでもない。

 すぐそばで倒れたままの、崇春の方へと。

 

 百見が目を見開くが、電撃の痺れが残っているのか、自分の身を起こすことすらできてはいない。

 

 崇春は目を開けていた。震える手を地面につき、起き上がろうとするが。到底間に合うとは思えない。

「――むぅうう……っ!」

 

「――()っ――」

 帝釈天のその声は。甲高い音にかき消された。

稲妻を思わせる音。雲の上で轟く遠雷ではなく、稲妻が落ちた後の響きでもなく。稲光(いなびかり)(ひらめ)き辺りを照らす、その一瞬の音のような。金属を鋭く打ち合わせたような響き、もしも閃光に音があるとするなら、このようなものになる――そんな音に。

 

 ――その音が響く、一瞬前。

 崇春との間、帝釈天の前に。平坂円次が立ち上がっていた。振るっていた、自らの剣を。

 それは互いに真っ向から斬り下ろす、何の変哲もない面打ちだった。

 円次と帝釈天、二人の頭上でその軌跡が交錯し、どちらの剣も弾かれるか、それとも相討ちとなるか。少なくとも、かすみの目にはそうなると見えた。

 が。刃と刃、擦れ違うように刀身の横腹が触れ合ったとき。わずかに、円次の刀が震えた。相手の刃を弾くように――。

 

 その音だった、稲妻を思わせて響いたのは。剣と剣とが触れ、擦れ、弾く、甲高い金属音。

 

 その響きが消えやらぬ中、帝釈天の刀は軌道を逸らされ。円次の肩口を浅く裂いたのみだった。

 そして、円次の刀は。帝釈天が繰り出した刀の本来の軌道に乗ったかのように、正中線(せいちゅうせん)を――人体の中心線を――通り。帝釈天の頭を、額を割り。その内へと、刃を押し入れていた。

 

「――……、……」

 声もなくよろめき、前のめりに伏す帝釈天。地についたその額の下から、赤黒く体液が流れ出た。

 

 見下ろしながら、円次は(ほう)けたように口を開けていた。

が、その場から二歩退き、刀を構え直す。倒れた帝釈天から目を離すことなく。

 

 近くで低い声がした。

「――残心(ざんしん)怠らぬ気構え、見事。何より先の一刀……秘伝、御見事」

 

 持国天。円次の怪仏であるそれは、なぜか今は鎧をまとってはおらず。袖と裾を絞った衣服の他は、目深(まぶか)にかぶった兜しか防具を身につけてはいなかった。

 

 構えを取ったまま円次がつぶやく。

「……ぬかせ」

 

 低く、淡々と持国天は続ける。

「――剣術諸流に(あい)通ずる秘伝あり。自らの剣撃の軸を保ちつつ、対手(あいて)の打つ軸を弾く秘技が。自らは斬り、対手(あいて)には斬られぬ奥義が。……一刀流諸派に()いて(いわ)く【切落(きりおと)し】。柳生新陰流に()いて(いわ)く【合撃《がっし》】。(しこう)して、比良坂(ひらさか)心到(しんとう)流に()いて(いわ)く――【(いな)つるび】。(すなわ)ち稲妻の太刀……重ねて、御見事」

 

「……うるせェぞ」

 それだけつぶやき、ようやく構えを解き。円次は落ちていた鞘を拾い、ベルトに差した。

「何が見事だ。今のァ、オレが死んでるところだ」

 

 制服の上着をずらす。その下には青い革鎧がのぞいていた。本来、持国天が身につけているはずのもの。

「あいつらの電撃を喰らう寸前。お前が現出させてくれたんだろ、この革鎧。……お陰で直撃よりゃ、なんぼかマシになった。時間をおけば、剣を振るえるぐらいにはよ」

 

 もはや伏したまま動かない帝釈天を見下ろし、拝むように片手を上げる。

「……じゃあな。明王と()ってたとき、オレの命乞いしてくれたとき。……ちょっと、嬉しかったぜ」

 

 

 その光景を横目に。多聞天は最後の一撃を、正観音(ライトカノン)へと振り下ろす。

 鈍い音を立てた後、怪仏はもう動かなかった。

 

 額の汗を拭い、多聞天は息をつく。

「――如何(いかが)、ご覧あったか。()が宝棒、『震多摩尼珠宝(しんだまにじゅほう)』の威力」

 かすみの方を向き、白い歯を見せて笑った。

 

「えー……はい、お見事……です」

 かすみは頬を引きつらせながらも、どうにか笑った。目を背ける。多聞天からも、原形を留めない敵の体からも。

 

 

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