かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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第18話  崇春を信じて

 

 何だこれは。確かに賀来は呪いをかけて、それでも怪仏ではない? だとしたら、怪仏は誰だ? 別に誰かいるとして、なぜ賀来の呪いのとおりに、生徒たちを眠らせた? 

 

 渦生が早口に言う。

『待てよお前ら、いいか、落ち着け、いいか。とにかく俺がそっちに行く、動くなよ落ち着け! ああ百見も連れてくから少しかかるが……とにかく落ち着け、いいな!』

 直後電話は切れ、ツー、ツー、という断電音だけが響き続けた。

 

「……」

 無言のままかすみは思った。渦生さん自身がまず落ち着けていない。

 

 それにしても、これからどうしたらいい? 渦生さんが来るのを待って、いやしかし、来たところでどうなるのか。今日で解決だと思っていたのに、いつまで続くんだこれは、それに次に狙われるのはまたかすみ自身なのでは――携帯を持ったままの手は震え、ぐるぐると思考が回り、そのくせ一向に先へ進まない。

 

 そのとき、崇春は腕を組んでうなずく。

「なるほどのう……さすがは渦生さんじゃ、ええことを言うわい。ともかく、落ち着こうかの」

 どっこらしょ、と近くの庭石に腰を下ろす。そうしてまた腕組みをし、目をつむった。

 

 しばらく後で目を見開く。

「むう? どうしたんじゃ、お(んし)らも落ち着け。ゆっくり座って考えてみんか」

 

 思えば、落ち着けと言われて落ち着いた人を初めて見た気もするが。

「あ……はい」

 かすみも崇春の横に――辺りには他に、腰かけられる場所もなかったので――腰を下ろす。その動きに押し出されたみたいに、胸の奥から長く息をついた。

 

 携帯をポケットにしまう。見れば、手の震えはもう止まっていた。どうやらかすみ自身が二例目らしかった――落ち着けと言われて落ち着いた人の、目撃例の。

 それが少しおかしくて、笑って崇春の方を見たが。庭石の反対側では同様に賀来も、崇春の隣に腰を下ろしていた。それでなぜだか、頬が引きつる。

 

 意識して深呼吸をし――それからさらに数秒待って――、平静な口調で言った。

「で、とりあえず落ち着きましたけど……どうしましょうか」

「むう?」

 崇春は首をひねり、目を瞬かせた。

賀来は崇春とかすみの顔を交互に見ている。

 

 だめだこれは。正直なところそう思い、深く息をつく。そして思った――そうだ、本当にだめだこれでは――。私が、何とかしないと。

 小さく咳払いをし、背筋を伸ばして言ってみる。

「まず、ですね。今回のことは賀来さんの意志じゃない、として。でも賀来さんの書き込みどおりに呪いが――で、いいんですかね――起こってます。で、賀来さん」

 前に身を乗り出し、賀来の顔をのぞき込む。

「この書き込み、他に見てる人は?」

 

 賀来はかすみの目を見た後、視線をうつむける。

「いない、はずだ……フォロワーなんかもいないし、大体私は自慢じゃないが……友だちとか、いない」

 その言葉にのしかかられるような重みを感じ。かすみの視線まで、思わず地面の方を向いた。

 

 賀来は両手を突き出し、慌てたように首を横に振る。

「いやっ、違うんだ、違うその、我が友とするに足るほどの者を、今までは見い出し得なかったというだけで、そう今までは、で――」

 

 賀来はさらに何か喋っていたが、聞き流しながらかすみは考える――どうやらこの方面から追っていくのは無理だ、ならどうするか――。

 

 崇春が腕を組んだまま言う。

「しかし。いったい何故、百見はやられたんじゃ……奴がやられるなぞ、正直考えられん」

 確かにそうだ。以前地蔵と戦ったときでも、むしろ百見が圧倒していた。なのに、なぜ。

 

 とりあえず思いつく可能性を、指折り言ってみる。

「敵が実は、力を隠していた? でも、だったらあの時逃げる必要もないし……それかすごく遠くから、警戒できないほど遠くから、狙撃みたいにして攻撃したとか……だとしても、怪我ができますよね」

 百見の体には見たところ外傷はなかった。

 かすみは唸り、三人共に視線をうつむける。

 

 ふと思いつき、言ってみる。

「ミステリーなら……こういうとき、知人が犯人で。無警戒に招き入れたところを不意打ちされた、とかですよね」

 

 とはいえ。この場合、転校生の百見に知人らしい知人がそもそもいない。かすみと崇春をのぞけば渦生と、()いていえば品ノ川先生か。渦生のことは、崇春は信頼しているようだが。かすみから見ればつき合いが少な過ぎ、何ともいえない。

 もっともそれは品ノ川先生も同じで、担任になってから一ヶ月ほどだ。倒れた子たちに対して割とドライで、怪しいといえば怪しいのかもしれないが。とはいえ、どちらがそうともそうでないともいえない。

 結局何も分からない。そう思って、かすみは大きくため息をついた。

 

 が。崇春は眉間に強くしわを寄せ、何か考える表情をしていた。

「谷﨑。……今、何ちゅうた」

「え? ミステリーなら知人が犯人で、って」

「その後じゃ!」

「え、無警戒に招き入れたところを――」

 崇春は一つ膝を打つ。

「それじゃあ! すると、あの筆跡(ふであと)は……まさか、奴か? しかし何故……何にせよ、奴じゃ」

 つぶやくなり、錫杖を手に駆け出した。

 

「ちょ、崇春さん! どうしたんです」

 走りながら崇春が言う。

「すぐに帰れ……いや、渦生さんを待っとれ! ええか、そこを動くなよ!」

 止めようとしたが、校舎に入った崇春の姿はすぐに見えなくなった。

 

「えーと……」

 崇春の方へ伸ばしかけていた手のまま、賀来の方を見る。

 賀来は崇春の去った方を見ていたが、かすみと目が合って視線をそらせる。

「……」

 

「……」

 一言で言えば、気まずい。

 ため息をつく。見上げれば、空まで灰色に曇っていた。空気は重く湿っている。また、霧が出るかもしれない。

 

 不意に賀来が言った。

「あの……ごめん、なさい」

 そちらに顔を向けると、賀来はうつむいたまま続けた。

「ごめんなさい……呪っちゃって。こんな、何か、どうでもいいことで、呪っちゃって。こんなことに、なって」

 

 まったくだ。そう思って、わずかに頬が引きつりかけたが。

考えてみれば、呪ったのは彼女であっても、襲ったのは彼女でないなら。賀来にどこまで責任があるのか? 

 分からない。考えても分からない。もちろんそれは、本当の犯人の意図が分からない以上当然ではあるのだが。

 ただ。全てが明らかになったとして、そのときにどこまで責任があるのか。その『どこまで』の線を彼女に引くのは、最終的には彼女自身だろう。そう考えると、責めたところで今どうなるものでもない。

 そう考えて、息をついた。

 

「いいですよ」

 そう言えた。言った後で笑えてきた。

「私のことなら別に、何ともなってないわけですし。他の人のことはともかくとしても、そっちを私に謝られても。……だから、いいですよ」

 

 無事なのはもちろん崇春と百見のお陰だし、未だ目覚めていない生徒たちと百見のことを思えば、むしろ責めるべき点があるのかも知れないが。

 だが、崇春も百見も言っていた。恨みに恨みを返すべきではないと。大体、賀来がかすみを恨んでいたとしても。それで今困っているのは、かすみよりも賀来の方だ。

 

「ごめんなさい……」

 賀来はいっそう顔をうつむけた。

 かすみは笑いかける。

「いいんですって。大体ほら、崇春さんに何か、考えがあるみたいですし。きっと、何とかしてくれますよ」

 何を考えているのかは分からないが。実際のところ、あの人といると――驚きはしても――、不安にはなれない。

 

 かすみは眉を寄せてみせる。

「ところで。正直、それより気になるんですけど……私、誰の本をスルーしてたんですか?」

 

 賀来が口を開ける。

「え。あー……上枝真州(うええだしんしゅう)先生の漫画と、埋枕伯(うめまくらはく)先生の本と。手にとってパラパラッて見て、すぐに戻してたから……」

「ん? え、二人ともめっちゃ好きですけど私」

 

「え?」

「いや、上枝先生のは新刊かと思ったら持ってるやつだったんで。埋枕先生のは、伝奇ものは好きなんですけど格闘技の話だったんで、置いたんですけど」

「あー……いやいやいや、でも、でもあの、埋枕先生はなんていうか、格闘ものにこそ濃厚な埋枕哲学が漂って……そう、たまらぬ男、なのだよ」

「なるほど、たまらぬ男、なんですよね」

 二人で作家の印象的なフレーズを引用し合って。それで二人で、笑った。

「あ、それと後、萩野真琴(はぎのまこと)先生の漫画もすぐ戻してたから……」

「ん? あー、その人のは覚えてないや……多分普通にスルーしてました」

「いやいやいや、それ絶対もったいない――」

 

 それから二人で話して――知っている作家の良いところを挙げ合い、知らない作家の良い作品を推し合い――そうして、待っていた。崇春を信じて。

 

 

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