かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

187 / 217
六ノ巻21話  裏技

 

「裏技……? 奥の手、だと」

 そうつぶやいた後、至寂は顔を歪めていた。

「ある訳がない、そんなもの……よしんばあったところで! この(わたし)が、叩き潰す!」

 

 へ、と渦生は息をつく。

「おーおーずいぶんやる気だな至寂ちゃんよぉ。熱くなっちゃ勝てるモンも勝てねぇぜ、忘れたのか? ヒマ潰しの博打(バクチ)でよぉ、俺がいくらむしってやったか。小銭しか賭けてねぇとはいえ、小銭で済む額じゃなかったぜ」

 

「黙れ!!」

 言い放ち、至寂は印を結ぶ。

「もう話すことはない、永遠に黙らせてやる……永遠にだ……!」

 

 渦生は肩をすくめてみせる。

「マジメだな、優等生。それじゃ勝てねぇっつってんだろ」

 

 真っ直ぐに至寂を指差す。

「先に言っといてやる。俺の手はな、絶対の防御であり絶対の攻撃だ。俺の烏枢沙摩(うすさま)明王は、宗派によっちゃ五大明王の一、北方守護の一尊とされるのは当然知ってるな。そして解釈によっちゃ、金剛不壊(ふえ)の『金剛夜叉(やしゃ)明王』と同体とも、よ」

 

 その名はかすみにも覚えがあった。かすみが戦った四大明王の一体。

 確かにそれは強靭堅固な肉体を誇り、烏枢沙摩(うすさま)明王を同体とするがゆえの火炎を操っていた。

 

「つまりは、だ。当然あるぜ、烏枢沙摩(うすさま)にもその力が。何者にも破壊されない、金剛不壊(ふえ)のその力が。……やってみろよ」

 

 表情を消し、渦生は続ける。

「やってみろよ、あぁ? 偽物(パチモン)しか出せねぇその力でよ、本物破ってみせろやできるもんならよぉ! 俺の本気の本気(ガチマジ)を越えられるんならよぉ、逃げねぇでやってみろや!」

 

 びき、と――音を立てたように錯覚するほど強く――至寂の頬が引きつる。

「逃げる、だと……? 逃げたのは貴方だろうが何も言わず! (わたし)に、何も、聞きもせずに!! ……もういい」

 

 至寂の表情が固まる。引きつったままで。

「もういい。ここで全て終わらせてやる、貴方を潰して! 我が両頭愛染の力は絶対にして無二。何者だろうと越えて潰す!」

 

 渦生は口の端だけで笑う。

「いいぜ、来いよ。俺も手加減しねぇ……逃げたりしねぇ、今度はよ」

 

 渦生の後ろから百見が声をかける。

「渦生さん……これで、いいんですね」

 

 そちらに目をやりはせず、至寂を見据えたまま渦生はうなずく。

「おお。……行くぜ至寂!!」

 

 同じく渦生を見据えて至寂は叫ぶ。

「ええ、行くぞ沙羅ぁ!!」

 

 渦生は走った。印を結びはせず、短距離走のように手を振るって駆ける。烏枢沙摩(うすさま)明王を()ぶための真言を叫びながら。

「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリシュ・シュリ・ソワカ!」

 

 至寂は印を結んでいた。

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン……ウン・タキ・ウン・ジャク・ウン・シッチ! やりなさい両頭愛染、【両頭煩悩(りょうずぼんのう)即業煩悩(そくごうぼんのう)】!」

 

 両頭愛染の赤い腕が弓の弦を引き絞り、天へ向けて鏑矢(かぶらや)を放った。矢は中空で燃え上がり、動きを止める。

 赤く丸く、小さな夕日のように姿を融かしたそれは、向かい来る渦生へと赤い日差しを投げかける。

 

 暴くような光に長く渦生の影が伸び、影が伸び。影が伸びた。

 それだけだった。

 

「……な、に……」

 影から怪仏が立ち上がらない。渦生の烏枢沙摩(うすさま)明王を模したものが、現れない。

その事態にその場の誰もが、そして至寂が気づいたときには。

 

「おるぁあああっっ!!」

 渦生の拳が、至寂の顔面を打ち抜いていた。

 

「ぶぐっっ!!?」

 地に叩きつけられたような勢いで倒れた至寂は、それでもすぐに顔を上げたが。

 

「るあああああっっ!!」

 渦生がその上から、何度も何度も拳を浴びせ。

 立ち上がろうとする至寂の右腕を取り、ひじを伸ばしつつも肩を関節と逆側に曲げ。その脚に自分の脚を絡ませ、跳ね上げ。

 半ば押し倒すようにして投げた。関節を()めた至寂の腕に、自らの体を乗せたまま。

 嫌な、湿った音が聞こえたのは気のせいだったろうか。

 

 もつれるように倒れていた二人のうち、やがて渦生が立ち上がる。

 

 至寂はそのまま倒れていた。その口から(うめ)きが漏れる。

「うっ……あっ、あぁが……っ!」

 

 左手で押さえた右腕、そのひじが力なく垂れていた。本来曲がるべき関節の向きとは別の方向を向いて。

 

 目をそらすことなく至寂を見、渦生は口を開いた。

「右ひじの脱臼(だっきゅう)……それでもう右腕は動かせねぇ。全部終わって、病院に行くまではな」

 しゃがんでその目をのぞき込む。

「その手で印は結べねぇ。不動三鈷(さんこ)印なら右手一本でも結べるが、その右手だ……もう、怪仏は()べねぇ。そうだろ」

 

 かすみは目を瞬かせる。

 怪仏を()ぶのに、印や真言は必ずしも必要ではない。

 ()ぶための意識の引き金として結縁者(けちえんじゃ)は印を結び、真言を唱えるが。逆に言えば、意識さえできるならそれらを実行する必要はない。

 

 至寂は目を瞬かせていた後、長く息をつき。言った。

「……ええ。不動も、愛染の印も結ぶことはできません……怪仏を()ぶことはできません。(わたし)の、負けです」

 

 身を起こした賀来がつぶやく。

「ああ……そういうことにした、ってことか」

 

 つまり。二人の間で折り合いがついた、そういうことか。

 

 横たわったまま、痛みに耐える早い息の下から。歯を噛み締めていた至寂が口を開く。

「それにしても。……まさか貴方が」

 

 目をつむり、大きく息をついた。痛みのせいか時折頬を歪めてはいたが、それを除けば、穏やかな顔をしていた。

「貴方が、業を捨て去るとは。……我が両頭愛染の力は相手の業を引きずり出し、相手自身と対峙させる。たとえ貴方が怪仏を()ばずにいたところで、否応なく引きずり出すはずでした。それを越えるとは、つまり――」

 

 もう一度大きく息をついた。目をつむる。

「悟りを開いたのですね、貴方は。今、ここで」

 

 渦生は視線をそらし、不精ひげの残る頬をかいた。

「あ~~、いや。いやいや、ねぇだろ、無理だって。よりによって俺がよぉ、悟るとかよぉ。やったのは、あいつに頼んだことだけだ」

 視線の先には百見がいた。

 

 愛用の白紙本を携えた百見は、そのページをめくって示した。

 炎をまとって見得を切るように片足を上げた、烏枢沙摩(うすさま)明王を描いた箇所を。

 

 渦生は言う。

「俺の怪仏。お前の方に向かう前に、封じてもらった。百見に」

 

「え」

 かくり、と至寂の口が開く。

「えええええっっ!? そんな、そんっ……、それ、だけ」

 

 渦生は重くうなずく。

「ああ。それだけだ」

 

 思えば、渦生が百見を自分の後ろへ来させ、何事かささやいたとき。あの時点でそれを頼んだのだろう。

 そして、百見はそれを行なっていたのだろう。皆の注意が渦生と至寂のやり取りに集中していたとき、こっそりと。

 

 至寂が何か言う前に、顔を寄せて渦生は言った。

「言ったな。お前の負けだって、怪仏はもう()べねぇ、って」

 

 何度か目を瞬かせ。首に力を込めて上げていた頭を、ごち、と音を立てて大地に預け。

 目を閉じ、至寂は鼻から息をついた。

 

「ええ。言いましたよ。負けだ、って」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。