かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

188 / 217
六ノ巻22話  至寂、その意思

 

 辺りに沈黙が満ちていたとき。体を起こし、地面に座り込んだ賀来が、ぽつりと言った。

「まあ、何にせよ。良かったな、これで」

 

 かすみもどうにか身を起こし、うなずく。傍らでは多聞天が同様に起き上がっていた。

 

 百見が口を開く。

「……正直、あまりにも情報の多い情景だった。だがとにかく、今は――」

 

「東条紫苑。奴を追い、止めねばならん」

 言ったのは崇春だった。めり込んでいた壁から助け出されたのか、斎藤の大きな背におぶわれて近くに来ていた。

 

 かすみは思わず立ち上がる。

「崇春さん!」

 

 賀来もひざに手をつき――アーラヴァカの多腕を展開させて地面につき、体を支えながら――、立ち上がった。

「斎藤くん。大丈夫か、そなたも巻き込まれてはいないか」

 

 斉藤は無言でうなずく。

 

 賀来は笑った。

「良かった。であれば我も、アーラヴァカと共に戦った甲斐があるというものよ。な、アーラヴァカ」

 

 賀来の身に宿る怪仏は何も言わず、賀来の顔でそっぽを向いた。ただ、金色に光る右目が斉藤を見ていた。

 

 崇春は半ば崩れ落ちるように、斎藤の背から地面に降りる。そして、花が開くような印を結び、地に押しつけた。

「オン・ビロダキシャ・ウン! 【増長天恵(ぞうちょうてんけい)】!」

 

 透き通るような金色の光がそこから溢れた。その光がかすみの体をなで、あるいは身の内にさえも沁み込む。植物の葉に触れたような、わずかに冷たくも柔らかな感触が体の中を過ぎる。

 その感覚と光が消えたとき。かすみの傷――多聞天を通じて受けた打撃や、影の宝塔を落とされた痛み――が、消えていた。

 

 他の皆も同様らしかったが。

崇春の体だけが、支えを失ったように、どう、と地に倒れた。

 

「崇春さん!」

「大丈夫か!」

 かすみと賀来が駆け寄る中。

 

 百見は小さく息をつき、あきらめたようにかぶりを振った。

「その力。使えば、君の存在を削ることになる……だが、今はそれをやるしかない。よく、やってくれた」

 

 その言葉の意味をかすみが考えるより早く、百見は次の話題を口にした。

「至寂さん。見せていただいた情景からあなたの過去は分かりました、東条紫苑の出生のことも。ただ、分からない。東条紫苑がなぜ、死を超克しようとするのか。そしてあなたが、なぜそれに賛同したのか」

 

 顔をうつむけていた至寂は――見れば、その右ひじは正しい向きに曲がっていた。崇春が共に治したのか――口を開く。

「……(わたくし)はただ、あの御方の望みのままに動いただけ。あの御方への償いのために。……師を、奥方を、その御子を私は討った。『本来の紫苑』が生まれ出る機会を奪った。本来の彼ら、家族をも」

 

 崇春がどうにか身を起こす。眉根を寄せ、かすれるような呼吸の下から言った。

「むう……? そもそもどういうことじゃ、東条の目的は何なんじゃ? いや……まず、いったい何者なんじゃ。東条紫苑という存在は」

 

 至寂の見た情景と、生まれ出た紫苑自身の言葉からすれば。

 生まれ出る前の紫苑自身が傷を受けて死に(ひん)し。それを護るために、彼に憑いていた大暗黒天が紫苑の母と父と、母に憑いていた荼枳尼天(だきにてん)とを吸収。それらと大暗黒天自身と、紫苑とが一体となった。そんな存在だということだったが。

 

 だとしても、彼はいったい何者だろうか? 生まれたばかりの赤ん坊があれほど喋るはずもない、ならばあのとき話していたのは誰だ。いったい誰の意識が彼の体の内で思考し、彼を喋らせていたのか? 

 大暗黒天? あるいは一体となった父か母か、母の方に憑いていた怪仏か? 

 

 至寂は目を閉じ、首を横に振る。

「……それは、(わたくし)から言うべきでもないこと。どうぞ、御本人の口からお聞き下さい。(わたくし)はただ、償いたかったまでのこと……彼の望みが仏法に(かな)うか、この世がいったいどうなるかなど……どうでもよかった」

 

 渦生が口を開く。

「至寂よぉ。……師匠は師匠でやらかしてる、事情はあれど。お前はお前でやらかしたし、俺がお前の立場でも師匠を殺す気で戦った……似たようなことをやらかしたはずだ」

 

「ですが……っ」

 

 締めるように渦生は言い放つ。

「だからよ。今どうこう言えることじゃねぇ、全部終わったら本山に行こう。南贍部宗(なんせんぶしゅう)本山へ、全部言いに」

 

 至寂は目をつむる。

「ええ……そう、ですね。そも、あのとき(わたくし)は虚偽を報告していました。全ては怪仏に乗っ取られた師がしたことだと。そこで(わたくし)が、怪仏と一体化してしまった師とその妻子を討った、と。証拠として持ち帰った腕――怪仏と融合したかのような三本の腕――は、紫苑殿がその力で自らの腕を成長させ変化させて斬り落とした、まがい物です」

 

 かすみも目にした、再生の力。屋上で対峙したとき、紫苑は自らの手を斬り落としてはまた手を生やしていた。

 そのようにして、父、母、子と三通りの腕を作り出したということか。

 

 円次が口を挟む。

「その辺は後でいーだろ、とっとと追わねェとマズいだろ、東条! いや、そもそも今さら間に合うのかよ……?」

 

 紫苑が阿修羅を封じている神社へ向かったとして――怪仏と結縁者(けちえんじゃ)のみを閉じ込めるこの異界の町へ、封印されたままの阿修羅もおそらく来ているはずだ――、かなりの時間を稼がれてしまった。

 阿修羅の封印を解き、業曼荼羅(ごうまんだら)を完成させるのにどれほどの時間がかかるかは分からないが。少なくとも、どう頑張っても紫苑の方が先に神社へ着いているはずだ。

 

「いや、手がねぇこともねぇ」

 渦生が親指で指したのは。校門の陰に顔をのぞかせていた、渦生愛用の軽四貨物車。

「この異界に来るのは怪仏と結縁者だけじゃねぇ。結縁者(俺たち)が身につけてる衣服、手にしてる物も同様に来てる。華森とかいう奴に攻撃されたとき、この異界が現出されたとき……お前は車に手をかけてくれてたんだな、至寂」

 

 渦生たちのそのときの状況は、かすみには分からないが。あるいはこうなる可能性も考え、そうしてくれていた。そういうことだろうか。

 

 至寂は視線をそらす。

「……さて、どうでしたか。それより、門を塞ぐ結界はすでに解きました……追うのなら、急ぎなさい」

 

 斉藤の手を借りて立ち上がった崇春が言う。

「至寂さん。至寂さんも一緒に来てくれんか、東条を止めるために」

 

 至寂は目を見開いたが。すぐに目を閉じ、かぶりを振った。

「いいえ。今さら顔向けなどできません、あの御方に……貴方たちにも」

 

 車へ駆け出しつつ、渦生が振り向く。

「至寂! ……すまなかった。俺が、お前から逃げてた。全部終わったら、一杯やろう。飽きるまで呑んで、それが終わって酔いが醒めたら――クソみてぇな二日酔いだろうが――本山に行こう。一緒によ」

 

 

 崇春が重くうなずく。

「うむ。そのときはわしらも、東条紫苑も、一緒にの」

 

 至寂は顔を上げ、口を開きかけたが。

 

 次の言葉を待たず、崇春らは車へと駆けた。かすみも。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。