かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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六ノ巻25話  師弟熱戦

 

 そのとき、紡が横から声を上げた。

「あのですねー、ちょっとちょっと。男子だけで話進めんのやめて欲しいんですけど」

 人差指と親指で眼鏡をつまんでかけ直し、黒田に言う。

「だいたい君ね、ムダなんだよ。紫苑や私は、だね――」

 

 弁才天の片手を挙げ、紫苑は制する。

「いいんだ。やらせてあげようじゃないか」

 

 紫苑も紡も体質上、どんな傷を受けようとたちどころに治る――周囲の者の生命力、敵のそれをも吸い取って――。

 ゆえに、どんなに攻撃を受けようとも。その打撃を受けるのは結局敵自身でしかない。

 

「無論、彼らが僕を追い込めるとは思っていないがね。せっかく手にした三面大黒天の力、手放す前にもう少し振るってみるのもいい」

 

 紡が口を出す気持ちも分かる。紫苑と紡に敗北はあり得ないが、不安要素は存在し得る。

 ここで時間を稼がれて――そして、万が一崇春らが至寂らを倒して――合流されてしまうこと。

 そうして、阿修羅を――紫苑ではなく阿修羅を――『討たれるか、厳重に封印されてしまう』こと。

 

 至寂も崇春らと知らぬ仲ではない。一度は説得のため、紫苑の目論見を――ある程度までは――説明するだろう。つまり崇春らは、紫苑の目的のためにはあと一体の怪仏、阿修羅が必要だと知るだろう。

 それを踏まえて、もしも阿修羅を奪われたなら。紫苑の望みは叶わない――少なくとも、封印された阿修羅を再び取り返すか、討たれた阿修羅が自然に業を得て再生したものを手に入れるまでは。それも数ヶ月後か数年後か、どこに現れるかも分からない――。

 

 だから、ここは手早く叩き潰す。

 

 そう思う間に、黒田が目の前にいた。

「な――」

 

「面っっ!!」

 

 黒田の繰り出す面打ちを、どうにか弁才天の持つ鎌と、毘沙門天の宝塔を掲げて防ぐ。竹刀が帯びる熱気にそれらが焦げ、融けたかのように黒いもやとなってほどけかける。

 

「ぐ……」

 紫苑が歯噛みする間にも、黒田は身を引きながら次の攻撃を放ってくる。橙色の粒子を軌跡として残す、胴打ちを。

 

 毘沙門天の腕が動き、戟の柄でそれを受けるも。焦げる音を立てて柄が崩れ落ち、竹刀が紫苑の胴に触れた。

 

「がぁ……っ!?」

 戟の柄でかなり勢いを殺すことはできた、竹刀は肌の表面に触れただけだった。それでも、その身の焦げる――焼けるのではなく、黒い炭と化す――感触があり。遅れて、肉の焼けるようなにおいがした。

 

 紫苑は頬を歪めつつ大きく跳び退く――素早いが重さに欠ける、斬るのではなく『高速で打ち、叩く』剣道の動き。それに加わったのが『触れただけで焼き切る高熱の刃』。厄介なまでに完璧な相性の良さ――。

 

 そして。紫苑の動きに合わせたように、黒田も跳び込み、追ってきていた。

「面っっ!」

 

 紫苑の顔が引きつる。

しかし、音を立てて歯を噛み締める。もう足を引きはせず、踏みとどまった。

「なめ、るなっっ!」

 

 右肩から黒いもやが燃え立つように吹き上がる。いくつもの流れに分かれたそれが寄り集まり、実体を取った。手に手に太刀を握る、刀八毘沙門天の(たけ)き八腕。

 そのうち四腕の刀を重ねて竹刀を受け、残り四腕を黒田へと斬り下ろす。左右から回り込む四筋の斬撃、もはや受けることもかわすことも不可能。

 

 それが、止められた。

 

「――オイオイオイィィ、突っ込みスギだぜ達己(たつみ)ィィ」

 阿修羅の四腕。黒田の肩から吹き上がる(だいだい)色の粒子が形作ったそれらが、それぞれ手にした持物(じぶつ)で刀を受け止めていた。刀、剣、そして何か(たま)のような光の塊。一つは燃えるような(だいだい)色、もう一つは凍るように青白い光を周囲に投げかけていた。

 

 顔を見せることなく、阿修羅の声がさらに響く。

「――ま、オレ様が()けてやッから丁度いいんだがよォォ。その調子よ、攻め攻めで行こうぜェェ!」

 

押忍(オス)! そぉらああぁ!」

 黒田は素早く竹刀を引き、そこから連続で打ち込んだ。

 

 それをどうにか刀八毘沙門天の八刀でいなし、紫苑は今度こそ大きく距離を取る。

「……そんな持物(じぶつ)を隠していたとはね。僕の下にいたときにはなかったと記憶しているが」

 

 けッ、と阿修羅の声が響く。

「――当たり前だぜ、隠してたんだからよォォ。今日は気分がいいんでよ、特別出血ご開帳デーよォォ。とはいえ不勉強が過ぎンだろ、阿修羅の持物(じぶつ)っつったら予想つくだろうによォォ」

 

 国宝たる阿修羅像を始めとして、阿修羅の作像例には持物(じぶつ)が失われているものが多い。だが、仏画として描かれるその持物(じぶつ)はほぼ決まっているといえた。刀、剣、杖、あるいは弓矢といった武具、そして。

「『日輪(にちりん)』『月輪(がちりん)』……太陽と月、か」

 

 阿修羅の腕がその二つを掲げる。燃えるような光を放つ宝珠と、凍るような輝きをこぼす宝珠。

「――そのとおりよォォ。『日精摩尼(にっしょうまに)』『月精摩尼(げっしょうまに)』あるいは『火頗胝(かはてい)』『水頗胝(すいはてい)』……日と月、陽と陰を象徴する二つを併せ持つってコトはよォォ。世界そのものを持つってコトよ」

 

 残り二腕が、武器を持ったまま中指を立ててみせる。

「――つまり! このオレ様が! 最強ってコトだろがァァ!」

 

 紫苑は剣と共に、弁才天と毘沙門天の多腕を構える。これ以上お喋りにつき合ってやる時間はない。

「だったら良かっただろうがね。伝承上では帝釈天に敗れている、そのことについてはどうお考えかな」

 

 阿修羅の二腕が刀と剣を振り上げる。

「――はァァ!? そりゃあオマエそれはっ、つまんねェェこと言ってんじゃねェェ! だいたい怪仏同士ならこの前オレが勝ったし――」

 

 紫苑はもはやつき合うことなく、自らの左手を突き出した。

「オン・イシャナエイ・ソワカ、オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ。受けよ【鬼門からの風】、【八臂(はっぴ)なる蛇神(へびがみ)の水牙】」

 

 紫苑の左手、その先の空間で風が渦を巻き、猛風となって黒田へ向かう。

一方、弁才天が突き出す宝珠からは水が溢れ、奔流となってその足下へと駆けた。

 

 上下二段の同時攻撃、これは防がれるかも知れないが。防ぐのがやっとのはず、そこから反撃には移れまい。そこを刀八毘沙門天で斬る――阿修羅を倒してしまわないよう、加減するのがむしろ難しそうだが――。

 

 阿修羅が声を張り上げる。

「――達己、進めェェ! アレはオレに任せろ、【修羅日精烈(しゅらにっしょうれつ)】!」

 阿修羅の手が日精摩尼(にっしょうまに)を突き出す。燃える日のような光がいっそう強まり、白く白く輝いた。

 次の瞬間。ご、と鳴る音と共に吹き上がっていた。熱を帯びた空気が、上昇気流となって。

 紫苑の放った風の流れさえも上へとねじ曲げ、押し流していく。

 

「【修羅月精結(しゅらげっしょうけつ)】!」

 阿修羅の片手が月精摩尼(げっしょうまに)を突き出す。凍る月のような光がいっそう強まり、白く白く輝いた。

 その光が、弁才天の放った水流へと放たれる。枝を踏み折るような、ガラスを押し割るような音を立て、水流は凍りついていった。

 

「な……!」

 紫苑が目を見開く間にも。黒田は師の言葉どおり、こちらへ跳び込んでいた。

 

「おおおおっっ! 【修羅遍焦剣(しゅらへんじょうけん)】!!」

 (だいだい)色の粒子をまとう竹刀が、紫苑目がけて振り下ろされる。

 

「く……!」

 その一撃は刀八毘沙門天の多腕で防ぐも、続けて次々と打ち込まれる。受けたその刀が腕が、焦げたように黒くもやを上げる。さらには阿修羅の残る二腕も、刀と剣を繰り出してくる。

 

 だが。紫苑は足を止めたまま、激しく八腕で打ち合いつつ、静かに呼吸を整える。

 しょせんはたった三振りの武器、刀八毘沙門天の敵ではない。反撃に移る――今。

 

「毘沙門天! 【屍山崩落(しざんほうらく)】!」

 刀八毘沙門天に(そな)わっているのは八腕ではない。その腕は、十本。

 残る二腕のうち、片方が戟を地面に突き刺す。そしてそれを掘り起こし、放り上げた。地面を、土の巨大な塊を。その上に立つ黒田ごと、宙へと。

 

「な、あああっ!?」

 文字通り足下をすくわれた、黒田は空中で体勢を崩した。

 足下の地面はいくつもの土くれに砕け、もはや支えになどならない。黒田は宙でもがくように手をばたつかせるのみで、何の対応も取れてはいない。

 

 刀八毘沙門天の戟を、水を滴らせる弁才天の鎌を、青白い破壊光を帯びた紫苑の手を、黒田へと向ける。

 

 が。そのとき、阿修羅の一腕が何かを(ほう)った。投げつけるのではなく、紫苑へ向けて捨てるように。

 それは氷の塊だった。水流がそのまま凍ったかのような、一抱えもある氷。先ほどの攻防で弁才天の水流を凍らせて防いでいたが、その氷をいつの間にか手にしていたのか。

 

 阿修羅の宝珠、その一つが燃えるように輝いた。

「――返すぜ。【修羅日精烈(しゅらにっしょうれつ)】」

 その光が氷を溶かし、空中で水へと還す――そう見えたのは一瞬だった。

 たちまちにそれはさらなる温度を与えられ、姿を変える。高熱を帯びた白い蒸気へ。紫苑の眼前で、その顔を包み込んで。

 

「がぁっ!!? な……!」

 視界が白くさえぎられると同時。顔を包み込む、焼けつくような高熱。紫苑は反射的に目をつむり、身を引いていた。

 

 紫苑は体勢を立て直しつつも未だ目元を押さえ、目をつむっていた――蒸気による火傷はすでに回復しつつあるが、痛みがないわけではない――。

 その最中(さなか)、声だけが聞こえた。

 

「――くたばってる場合かっ、行け達――」

「当たり前ですっっ!」

 

 紫苑がようやく目を開けた、そのときには。

 

「面っっ!!」

 地を蹴った黒田の繰り出す一撃が、(だいだい)色の輝きをまとったそれが。頭上を守ろうと掲げた毘沙門天の多腕を斬り裂き。紫苑の脳天を打っていた。

 

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