かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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六ノ巻エピローグ・1  悟りと、あと急な法事

 

 そうして。

 その日かすみたちは皆、学校を休んだ。急な法事で。

 いや、急な法事って何だ。かすみはそう思ったが、百見はとにかく学校にそう説明していた。実家の寺の法事に人手が足りなくなった、その手伝いにかすみたちも来てもらう、と。

 

 もっとも、法事というのもあながち嘘ではなかった。至寂が結界を解き、全員が異界から戻った後。渦生は南贍部宗(なんせんぶしゅう)本山へ、至急の連絡を入れていた。大まかな状況と、斑野(まだらの)町における一連の怪仏事件の黒幕たる者がここにいることを。

 そして何より、その者にこそ助けが必要であることを。

 

 そう時を隔てずこちらへ到着した――昨晩のうちに渦生から報告と、念のため支援を要請していたそうだ――本山の調伏師(ちょうぶくし)らによって、紫苑と紡の怪仏の力は幾重にも、厳重に封じられた。

 ただ、二人と怪仏が一体化している以上、怪仏のみを引き剥がすことは不可能だった。また、生命活動に支障をきたすおそれもあり、全てを完全に封じることは出来なかった。

 

 それでもとにかく、二人は怪仏の力を行使することはできなくなり。生命力を吸い取る力も抑制された。試しに針で指を突いてみると、血の止まるのが人より心持ち早い、その程度に。

 調伏師(ちょうぶくし)らによれば、不老や不死に関しても生命力を吸い取る力に依存している可能性が高く、それらもおそらく抑制されるのではないか、ということだった。

 しかし今までにこのような事例の記録は心当たりがなく、確実なことは言えない、今後調べていく必要がある――そんな風にも言われた。今のところは。

 

 

 

 怪仏と、怪仏を使う者を処罰するいかなる法も戒律もない。

 もっとも、調伏師(ちょうぶくし)が力を悪用しないよう、南贍部宗(なんせんぶしゅう)内部にはそうしたものも存在するそうだが。外部に適用できるものではない。

 至寂は怪仏の力と調伏師の資格を剥奪され、本山にて謹慎。今後の処置を待つ身となった。

 紫苑と紡は怪仏の力の封印、紫苑が扱っていた大黒袋と、その中に在った多数の怪仏の剥奪と封印。その他には何もなかった。ただ今後、本山の手による彼らの体質の調査や、定期的な封印の確認の必要はあるとのことだった。

 

 かすみたちが結縁(けちえん)した怪仏らには、意外にも何の処置もなかった。

 万が一紫苑と紡の封印が解けてしまったときのため、怪仏の力を扱える者を身近に置いておくべき、というのが渦生の意見だった。

 南贍部宗(なんせんぶしゅう)本山もそれを()れ、怪仏事件への対処のために転校してきた百見も、そのまま斑野(まだらの)高校へ通うこととなった。

 

 全てが元のとおりだった。崇春がいないことを除いては。

 

 

 

 数日後。

 早朝に目を覚ましたかすみは、早い時間に家を出た。人の気配のない通学路を歩く。

 思えば、あの日も早朝に出た。黒幕だと目星のついた紫苑へと当たるため、皆で早朝から出発した。そして、あの戦い。そして、崇春が。

 あのときから、たった数日。

 

 うつむいて歩いていたとき、不意に声をかけられた。意外な人から。

 

「やー……どうも。谷﨑さんも朝練ですか、ってそんなワケないですよね。僕じゃないんだから」

 黒いジャージを着込み、竹刀袋を背負った男。剣道部の黒田だった。

 

 かすみ自身はあれから特に親しくしているというわけでもない――賀来はなぜか馬が合うのか、彼と話しているのを見かけた――が。あいさつの後、連れ立って行くこととなった。

 

 歩きながら黒田が言う。

「あーそうだ、ちょうど聞きたかったんですけど。あれ、見たんでしょ。谷﨑さんも」

 

「え?」

 

「執着から離れた世界。開いたんでしょ、悟り」

 

「え……」

 

「崇春くんの記憶、それをあの怪仏が見たとき。同じ景色を見たはずです。でしょ?」

 

 なぜそれを知っているのか、知っていたとしてなぜそんなことを言うのか。測りかねて黙っていると、黒田は言った。

「僕も見たんです、同じ景色。巻き込まれたんです、あなたと同じに。だから」

 び、と親指で自身を指す。

「悟り、開きました。僕も」

 

 詳しく聞いてみれば。百見が【震筆写実】で崇春の記憶を大日金輪に体験させた際、それとつながっている紫苑、紡も当然それを体験した。

 そして大日金輪を構成していた阿修羅と多聞天、その結縁者(けちえんじゃ)である黒田とかすみもまた、大日金輪とつながっており。結果として同じ体験をすることとなったらしい、と。

 

「ただ、斉藤くんや品ノ川先生にも聞いてみたんですけど、そっちはそういうのなかったみたいなんですよ。あの人たちのはどうも、至寂って人が怪仏との縁を断ち切った上で回収した、ってことらしいですね」

 

 笑って、親指で自分とかすみを交互に指す。

「そういうことで、悟り仲間ですよ僕ら」

 

 別に嬉しくはない。

 

 黒田は肩をすくめた。

「嬉しくもない、って顔ですけど。ま、そーですよね。僕だって別に悟りとか開きたかったワケでもないし、急に巻き込まれて、ねえ? ……でも、なんだろう」

 遠くを見るような目で言う。

「あの景色、自分のいない世界の中で、何もかもがほぐれたような……解きほぐされたような気持ちだった、縛られていた何もかもから。いや、むしろ自分こそがその、縛っていたものだったみたいな……何ていうか、『結び目』? みたいな」

 

「結び目?」

 

「ほら、紐の『結び目』ってあるけど、『結び目というもの』があるわけじゃないでしょ。ただ紐がそういう形になってるだけで、ほどいたらどこにも無くなる。『自分』っていうのもそういうものかなあ、って。……僕自身も、執着やら人からの影響やら経験やら、そういう結び目をほどいていったら。『僕なんてもの』はどこにも無くなる。……実際、そうやって無くなったんだ。あのとき、僕は」

 

 かすみはうつむいていた。

 黒田の言う感覚は理解できた、ほとんどそのまま。そうだ、そのときはそうだった。執着が無い、自分が無い、自分とこの世の境目が無い。まさにその感覚だった。

 それでも、今のかすみはそんな感覚とはほど遠かった。

 その感覚を体験した後の今、かすみの中を占めるのは。いなくなった崇春のことだけ。

 

 ――あの戦いの後、誰もが崇春の安否を気づかった、百見に尋ねた。消え去る前に封印した崇春を、元に戻せるのかと。

 百見は視線をそらすようにうつむき、首を横に振った。

 悟りを開いた怪仏は消滅する。今はそれを無理やり封印したに過ぎない。封を解けば、その瞬間に崇春は消滅する、と――。

 

 いっそう顔をうつむけるかすみを気にした風もなく、黒田は話を続けていた。

「けどですね。結び直したんです」

 

「……え?」

 

 目を瞬かせるかすみに目をやることもなく、黒田は拳を握っていた。強く。

「……勝ちたい、あいつに。円次に。まあそもそも、その執着があったせいで怪仏なんて()けられたんですけどね。それでも、この執着だけは捨てられない。捨てたくない。『その執着は、思考は、僕自身ではない。そもそも僕自身などというものは無い』それは感覚として分かったんですけど」

 ほほ笑んだ。

「でも、やっぱり。『自分で結んだ、その想いこそが僕自身』なんだと思うんです。だから、その執着の結び目だけは。固く固く結び直した」

 黒田は両手に目を落とした。その手はまるで紐を引き、固く結び目を作ろうとしているかのように、強く握り締められていた。

「……勝ちたい。勝ってみせる、あいつに。そして――」

 

 そこでかすみの視線に気づいたように口を開け、視線をそらして首の後ろをかいた。

「あー……いや、ごめんなさい、何か一人で……」

 

 かすみはまだ目を瞬かせていた。

 ――そうか。それでも、いいのか。執着をまた、選び取っても。

 

 視線をそらせ、話題を変えるように黒田が言う。

「そういえば、あの二人とも話したんですけど」

 

「あの二人?」

 

「東条さんと鈴下さん」

 

 かすみの顔が正直引きつる。

「……そ、そうですか」

 

 その二人。よりによってその二人、一連の黒幕。

 あの日以降、かすみたちは彼らと関わっていない。結果として崇春の死の――限りなくそれに近い状態の――原因となった彼らと。

 あるいは間違っているのかも知れない、崇春が言っていたように彼らをこそ救うべきなのかも知れない。少なくとも、もし崇春が生きていたなら、彼は真っ先に二人と話しに行っていただろう。

 それでも、少なくともかすみは、彼らと向き合えてはいない。

 

「いや、だって悟りとか何これ、って思うじゃないです? だから、同じ体験をした人の話聞いとこうと思って。そもそも本当に同じ体験なのかも確かめたかったし」

 屈託なく黒田は話していたが、そこで顔をうつむけた。

「……謝ってました、二人とも。最初から分かってた、って。ただの八つ当たり、執着するような、ましてや実行していいことじゃない、って。皆を、崇春くんを、巻き込んですまない、って」

 

 かすみが何か言うより先に、黒田が足を止めた。真っ直ぐかすみへと向き合う。

「僕も以前、崇春くんに救われました。その意味じゃ、あの二人と同じです。……僕の場合は最終的、助けてくれたのは円次だったけど」

 はにかむように視線をそらせた後、再び向き合う。

「崇春くんは。彼は、いい男でした。……お察しします」

 それだけ言って、深く頭を下げ。足を止めたかすみを置いて、足早に去っていった。

 

 そのまま立ち尽くして、どれほど経った頃か。

 かすみの立つその道を、猛スピードで走ってくる車があった。小型のパトカー。

 ブレーキ音も高く、かすみの真横で急停止したそれから渦生が足早に下りてくる。

「谷﨑! こんなとこにいたか、乗れ!」

 

 かすみの腕をつかみ、強引に後部座席へと押し込める。

「ちょ、え!? 何、何ですかいったい」

 

「悟りを開いたにしては落ち着きが足りないね。野狐禅(やこぜん)に過ぎなかったかな」

 隣の座席でそう言ったのは百見だった。かすみの顔も見ないまま、無表情で続ける。

「谷﨑さん、急な法事だ。手伝ってくれ」

 

 

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