かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

22 / 217
第22話  勝利 ~しかし、諸行無常に落下中~

 

「だーかーら! 落ち着いて話せよいいかテメエ、崇春はどこ行きやがった!」

 

 全く落ち着いていない渦生(うずき)――今日は仕事の制服ではなくジャージ姿だ――の言葉を、唾が飛んでこないよう距離を置いてかすみは聞いていた。耳を覆いたい衝動に駆られながら。

 

「いや、ですから……崇春さんはここで待つように言って、校内へ走っていって。それっきりです」

「つまり……あいつは何やってんだ、正体の目星がついたってのか!?」

 

 到着してから三度目の同じ質問に、小さく息をついて顔をそらす。校舎の方を見た――それにしても本当に。どうしているんだろう、あの人は――。

 と、そのとき。目を向けた方、裏庭に面した校舎の三階から。激しい音と共に、窓ガラスが外へ向けてぶち破られていた。

 

「え」

 

 すでに傾きかかった日の、黄色味を帯びた光の中。かすみにはスローモーションのように見えた、宙に舞う煌めく雨のようなガラスの小片、回転しながら落ちていく、鏡のように光る大きな破片。それらの中心に人がいた。

 

 拳を振り抜いた姿勢の、僧形の男――崇春。ただ、その体はいたる所から血を流し、衣は擦り切れ、焦げている。そして崇春が拳で打ち抜いた先、そこには大きな人の形をした、石造りの何かがあった。おそらくそれは地蔵なのだろうが、頭の部分は打ち砕かれたのか残っていなかった――だが何か、人の頭らしきものが見えた、まるで着ぐるみみたいに、地蔵の中に入っていたかのように――。

 

「あ」

「ああ?」

 賀来(がらい)渦生(うずき)もかすみと同じ方向へ視線を向け。同じように固まっていた。

 

「……む?」

 崇春自身の視線もまた、固まっていた。下を見て。かすみと目が合って。

 

「む、うううぅぅ――っっ!?」

 スローモーションはそこまでで、拳を突き出した姿勢のまま、全てが自由落下していくそのとき。

 

 かすみの後ろから声が聞こえた。ここ数日聞き慣れた――そして昨晩から聞いていない――真っ直ぐによく通る声。

「崇春! 使え、あの力!」

 

 その声が響くと同時、あるいはそれより早く。崇春の両手は何か、花が開いたような形に組み合わされていた。落下しながら、そのままの姿勢で声を放つ。

「オン・ビロダキシャ・ウン!」

 

 ざわ、と音がした。いや、ざわめく感覚が通り過ぎた――髪の毛から爪先まで、細胞の全てを――。その感覚はほんの一瞬で、気のせいだったようにさえ、かすみには思えたが。

 

 ざわざわざわ、と音がしていた。辺りから、かすみの周囲、足元の地面から、裏庭中から。全ての草が、植え込みが庭木が、震えていた。いや、震えているのではない。動いて――伸びていた。

 草は懸命に背伸びをするかのように葉を茎を伸ばし。木は力を持て余したかのように膨らませた根を、地面を割って盛り上がらせる。そして、ちょうど崇春の下付近――いや、今まさに落下していくその周囲――にある木々は。明らかに不自然に、まるで鞭を振るうような速さで、その枝葉を崇春の方へと伸ばし。その体――と、一緒に落ちてきた石造りの何か――に巻きつける。

 それらの勢いと重さに枝が、木の幹がしなり、音を立てて軋み、葉を散らし。それでも確かに、崇春らを受け止めていた。

 

 口を開けて見ていたかすみの後ろから、足音と共に声が聞こえた。先ほど崇春へ投げかけられたのと同じ声。

「ヴィルーダカこと増長天(ぞうちょうてん)。その名は『恵みを増大させる者』『発芽した穀物』『成長させる者』を意味する。武力にて四方の一、南方を守護すると同時に、成長と恵みを与える者……すなわち強く優しき者。それが彼……の守護仏さ」

 

 かすみは振り向いた。崇春の方は気になるが、それはともかくとしてどうしても、笑顔になる。

「百見さん! 大丈夫ですか」

 

 渦生が裏門のすぐ前に停めていた、車から降りて。百見はこちらへ歩いてきていた。渦生が着せていたのだろう、じじむさい色の半纏(はんてん)を着込んだまま。

 

「ああ、大事ないさ。それよりも向こうだ」

 わずかに笑みを見せてそう言った後、かすみの横を通ってその向こうへ駆けていく。

 

 そちらでは渦生の手を貸り、崇春――と地蔵らしきもの――が枝から地面へと降りていた。

 

 かすみもそちらに駆け寄る。

「崇春さん! 大丈夫ですか、怪我は、それにその――」

 地蔵はいったい誰だったのか、それに今回の原因とはいえ、その人も無事でいるのか。聞きたいことは多く、それが喉で詰まって全ては出てこなかったが。

 

 答えようとする様子もなく、天を仰いで崇春は笑った。

「がっはっは! またしても目立ってしもうたわい、【芽立増長(がりゅうぞうちょう)】の力での。四天王が一、『芽立(めだ)つ者』こと増長天(ぞうちょうてん)の、この崇春がのう!」

 

 大見得を切るようなポーズを取った崇春の、血を流す頭へ――おそらく本を持ってきていないので――百見がチョップを叩き込む。

「崇春! 君は馬鹿かっ! 早くこの場を離れるぞ、もう一つの力を使え。南贍部洲(なんせんぶしゅう)の守護者としての」

 

 言いながら半纏(はんてん)を脱ぎ、地蔵の上にかけた。そのせいで、石の体から突き出た顔はかすみには見えなかった。おそらく、後ろでおたおたと崇春たちを見回している賀来にも。

 

 崇春はうなずくと、再び花が開くような印を結んだ。

「うむ……オン・ビロダキシャ・ウン! 南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王(ごおう)たる増長天(ぞうちょうてん)の名において、深く謝すと共に請願(せいがん)致す――還り給え、【還元供養(かんげんくよう)】」

 

 その場に起こった動きはスローモーションではなかった。むしろ早送り、いや早戻し。

 まるで時が巻き戻るように、枝葉を伸ばしていた木々はそれをすぼめ、元へと還り。辺りに散らばっていたガラス片は、宙へ浮き上がるとパズルのように次々とつながりながら、これも落ちていた窓枠へとはまる。傷一つなくなった窓は宙へと舞い、元あった窓へと収まる。錠さえもきちんと締めて。

 

 口を開けて見ていると、横から渦生が言う。

「谷﨑何やってる、持て!」

「え?」

 

 渦生に背をどやされて気づいたが。崇春たちはすでに抱えていた、横たわる大きな地蔵の腕や腰を。

 それでとにかく、かすみも脚を持つ。

 

「ちょ、え、何これ、何?」

 そう言う賀来は何か問いたげに、中途半端に手を上げたまま。崇春たちを見回してはいたが、地蔵を持とうとはしなかった――地蔵の話自体聞いて間もないし、無理はないだろうが――。

 

 渦生が声を上げる。

「よし行くぞ、車に運べ! 早く!」

 

 物音に気づいたのか、残っていた生徒らがぱらぱらと顔を出し、こちらを見る中。引きずるように地蔵を運び、とにもかくにも車――パトカーではない、貨物車風のバン――の後部座席に押し込む。

 

 渦生が言う。

「よし乗れ! あとガーライル、お前は帰れ!」

「えぇ!?」

崇春たちを見回しながら後ろをついてきた、賀来が声を上げたが。誰も取り合わずドアを閉めた。

 

 急発進する中、窓を開けてかすみは叫ぶ。

「とりあえず後で、後で連絡しますからー!」

 呼び止めるように手を向けたまま、遠ざかる賀来はずっとこちらを見ていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。