かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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第24話  帰命頂礼(きみょうちょうらい)

 百見が口を開く。

「おそらく、大いに関係があるかと。さっきも言おうとしたんですが、見てもらった方が早いでしょうね。僕が地獄の幻に囚われていたときのこと……これか」

 広目天が筆を操り、斉藤の映像を元の大きさに縮めた。そして別の映像を、同じように視界へ広げる。

 

 それは地獄のような光景だった。霧に煙る中、辺り一面に針の山が立ち並び、血の池が泡立つ音が響く。

 そこには石の閻摩天が――崇春が倒したというそれが――、粗く削り出したような石の剣を持ち、憤怒(ふんぬ)の顔を見せていた。

 

 ――さて、地獄に迷うた咎人(とがびと)どもよ。受けるがよいわこの刑罰、焦熱地獄の火刑をのう!――

 閻摩が剣を振るうと、辺りの地面から炎が噴き上がる。

 小さく悲鳴を上げ、周りにいた生徒らが後ずさる。その中には口を引き結び、油断なく閻魔を見据える百見の姿もあった。

 閻摩の笑い声が響く。

――はははは! さあ誰から受ける、勤めるがよいわこの刑罰! ははは、は……は――

 不意にその声が止まる。

 

 そして、しばらく間を空けて。同じ声が、しかし落ち着いた響きで上がる。

 ――だが……今だけ特別、出血御奉仕……(なんじ)らの罰、取り消しにはできぬが。身代わりに受けよう、この我が。この地蔵菩薩がの――

 音を立てて、閻摩の顔にひびが走った。たちまちそれが割れ落ちて、下から現れたのは地蔵の柔和な顔だった。

 地蔵は手にしていた剣を捨てると、合掌して歩んだ。炎の中へ。

 ――一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため――

 巻き上がる炎の中でたたずみながら、地蔵は声を上げた。

 ――悔い、改めよ。さすれば(なんじ)らの罰、我が代わろう……ウス――

 生徒らは遠巻きに、黙ったままそれを見ていた。百見は地蔵を見据え、合掌していた。

 

 こちら側の百見が言う。

「と、まあこんな感じで。囚われていた間のことについては、僕や他の生徒も全然無事だったわけだが」

 かすみが言う。

「でも、本当に大丈夫だったんですか? いつもこうだったわけじゃないんじゃ……」

 かすみが地獄の幻に迷い込んだとき、針山などに苦しめられる生徒の姿が見えた。

 百見が答える。

「確かに少しは責め苦も受けたわけだが」

「やっぱり、苦しかったですよね……」

「ああ、大いに苦しめられたさ。一日五分ぐらい」

「そう五分も…………五分!?」

 

 百見は肩をすくめた。

「少なくとも僕が囚われていたときはそれぐらいだ。後は皆暇そうにしてたな……僕の方は離れて座禅か、経典を暗唱するかしていたが」

 崇春が嬉しげに笑う。

「おう、さすがは百見! 地獄で経を上げるなぞ、坊主の(かがみ)じゃい!」

 

「それはいいんだが。そもそも全員、一日の大半は意識を失うようにして眠っていた。怪仏の依代(よりしろ)である彼の生活もあるから、いつも僕たちに構ってはいられないだろうしね」

 

 崇春が腕を組む。

「むう。ということはじゃ、この(おとこ)……斉藤逸人(そると)

 

 全員が横たわる斉藤を見る。その顔は、石の地蔵のようだった。

「決して悪い(おとこ)ではなかった。むしろ、怪仏から意識に干渉を受けながらも、皆を苦しめまいとした」

 

 百見がうなずく。

「経典『延命地蔵菩薩経』や『地蔵菩薩本願経』には、苦しむ者があれば地蔵菩薩が代わってそれを受けよう、という『代受苦(だいじゅく)』の誓願が語られているが。まさにそのような光景だったよ」

 

 渦生が唸る。

「なるほど……それにその前の光景、こいつはいじめられてたが。怪仏の力を得たとて、そいつらに復讐するわけでもねえ……巻き込まれたのは賀来の書き込みにあった奴だけ、他の学校で被害が出てるって話も聞かねえ。いわば賀来のためにだけ、この力は使われてる」

 

「なるほどのう――」

 崇春が懐から数珠を取り出す。

「ガーライルと話している光景が、何故(なにゆえ)ここに残っていたか分からなんだが。あれもおそらく、怪仏を形造る(ごう)。ただし、閻摩天の『裁き』を求める、『復讐心』ではなく。同体たる地蔵菩薩に通ずる『救い』を与える『慈悲』の心。それが斉藤の……そして怪仏の中にあった」

 

 かすみはつぶやく。

「怪仏の、中に……」

 

 崇春は合掌し、祈るように目を閉じる。

「良かったのう、怪仏よ。汝の中に仏あり。汝、すでに救われたり。帰命頂礼(きみょうちょうらい)――帰依(きえ)し礼拝し(たてまつ)る――地蔵菩薩。帰命頂礼(きみょうちょうらい)閻摩(えんま)天」

 百見も合掌し、渦生も続く。かすみも遅れてそれにならった。

 

 息をついて合掌を解き、百見が言う。

「さて。そろそろ始末をつけようか。いつものとおり、あれでね」

「おう」

「うむ」

 渦生と崇春がうなずく。

 

 かすみは分からずに三人の顔を見回す。

「始末、って」

 

 百見が印を結び、片目だけ開けて笑いかける。

「何、心配は要らない。――オン・ビロバキシャ・ナギャ・ジハタ・エイ・ソワカ」

 広目天が腕を掲げ、空間に何度も筆を振るった。斉藤の内から空間へ広げた墨――怪仏を形造る業であり、その映像――を、拭い去るように何度も。

 やがて、辺りに映し出されていた映像は全て消え去る。そしてその筆には、滴るほどにたっぷりと墨が含まれていた。

 

 愛用の本、白紙のページを広げて百見が言う。

「広目天、【神筆写仏(しゃぶつ)】!」

 

 筆が本の上に、素早く滑らかに走っていく。その先が力強くも繊細な線を描き出し、何かを形造っていく。

程なくして。白紙のページの上には、墨で描かれた絵があった。古代中国風の冠を被った閻摩天。ただ、その顔は地蔵菩薩のように柔和だった。

 

「怪仏・閻摩天。これにて封じた」

 百見がそう言い、音を立てて本を閉じる。

 

 渦生が言う。

「よくやってくれた。百見、それに崇春」

「がっはっは! なあに、わしにかかりゃあざっとこんなもんじゃい!」

 百見が背表紙で軽く崇春を叩く。

「君は馬鹿か。僕らだけじゃあない、他によくやってくれた人がいるだろう」

 かすみの方に向き直り、頭を下げる。

「谷﨑さん。すまなかった、巻き込んでしまった形だが……よく頑張ってくれた」

 崇春も深く頭を下げる。

 かすみはさえぎるように両手を出し、首を横に振る。

「いえ、私は何も……」

 

 そう言ったとき気づいた。かすみなどよりずっと貢献した人のことに。

「それを言うなら、賀来さん。あの人が子供の頃の斉藤さんにかけた言葉、あれがなかったら……」

 おそらく無事では済まなかった。百見も、倒れた生徒らも。

 

 百見は息をつく。

「なるほどね。認めたくはないが、確かにそうか。……後で礼にでも行くとしようか。最高のバームクーヘンを買って、ね」

 

 かすみは苦笑する。

「いや、だからそれは……。ともかく、賀来さんのおかげですよ。優しいんですね、本当は」

 もちろんそのときの呪いが利いたり、いじめられていたのがそれで解決したりはしなかったのだろうが。それでも斉藤には、救いに感じられたのだろう。少なくとも今、復讐をしない程に。

 

 と、そう考えていたとき。百見の傍らに立っていた、広目天の筆から墨が滴る。

 畳の上に落ちたそれは、先ほどと同じように白黒の映像を映し出した。

 

 その光景は、どうやら学校の廊下のようだった。行き交う生徒たちは皆、見覚えのある制服を着ている。かすみたちの通う、斑野(まだらの)高校の制服。

 

「え?」

 かすみがつぶやく間にも、もっと見覚えのある者が映像の廊下を歩いた。くせ毛の波打つ、銀髪交じりのツインテール。鞄には首を括られたウサギや、骸骨デザインのマスコット。

 

 崇春が言う。

「むう? あれはガーライルではないか」

 

 賀来が通り過ぎた後ろから、生徒たちの立ち話しが聞こえた。

 

 ――ていうか、何なの? アレ――

 ――中学の頃は普通だったんだけどねー。高校デビューっていうの?――

 ――デビューったって……アレに? わざわざアレに?――

 笑い声が響く。

 賀来は一度立ち止まり、それから足早に歩いた。角を曲がった後で拳を握りしめ、つぶやく。

 ――おのれ、おのれ奴らめ……! 魔王女たるこの私、いや我、カラベラ・ドゥ・イルシオン=フォン・プランセス・ドゥ・ディアーブルスに向かって、なんたる侮辱を……!――

 

 隠れるように柱の陰に入るとスマートフォンを取り出した。歯を噛みしめた憤怒の形相で操作する。

 ――呪われよ、呪われよ呪われよ奴らめ! 死ね、死ね死ね死ね死ねぇぇい!――

 それからふと指を止め、表情も素に戻る。

 ――いや、死ぬのはちょっと……。そうだ、落ちろ! 地獄に! 二ヶ月ぐらい! 二ヶ月ぐらい! ふ……ふはは、はーはっはっは! 呪われよ!――

 その様子を、通りかかった斉藤が足を止めて見ていた。遠巻きに――。

 

「…………」

 かすみも、誰もが黙っていたが。

 

 やがて、渦生が映像を指差した。

「優しいか? こいつ」

 かすみは黙って目をそらせた。

 

 しばらくの後、百見が咳払いする。閻摩天の描かれたページを再び開いた。

「とりあえず。広目天、それも頼む」

 広目天は筆をさばき、拭き取るように映像を消す。(いか)つい鬼神は(いかめ)しい顔のまま、その墨で閻摩天の顔に描き足した。漫画の表現のような、垂れる冷や汗を。

 

「ん……」

 百見は何か考えるように、その筆を――絵ではなく筆を――見ていたが。

 

 崇春が大きく手を叩く。

「さて、これにて一件落着じゃあ! いっちょ、パーティーと行くかい!」

 

「え」

 それより斉藤を起こして話を聞くとか、賀来に連絡して説明するとか、やることがあると思ったが。

 

 渦生が野太い声を上げた。

「うーし、肉パーティーだ! 解決した祝いだ、俺が肉をおごるぞ!」

「よっしゃあああ!」

 崇春が快哉を上げ、百見が肩をすくめる。それで、かすみも流されるようにうなずいた。

 

 渦生が笑顔でうなずいた。

「じゃ、夕飯どきにはここ集合な。準備は俺に任せろ」

 

 かすみは遠慮がちに言う。

「あの、でも。斉藤さんのこととか――」

 

 それには答えず、渦生は笑顔のまま手を突き出す。手の平を上に向けて開いて。

「で、一人千円な」

「えぇ!? ……あの、おごりとか言ったのは」

 

 渦生は眉を寄せる。

「いや、肉は俺のおごりだが。バーベキューだぞ、炭代とか飲み物代とかあんだろうが。心配すんな、買い物とか火(おこ)しとか全部やっといてやるから――」

 畳の上で小さくうなって身じろぎした、斉藤を目で示す。

「他は頼んだぞ。そいつのこととか賀来のこと、全部」

 渦生の大きな手が、重くかすみの肩にのしかかる。

 

 

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