かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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二ノ巻『闇に響くは修羅天剣』 序章 修羅  第1話 怪仏の影

 

 闇の中、ばちり、ばちりと音がする。火花の散るような音がする。

 しかしそこに明かりはなかった。(はじ)けるような音だけが、立ち木の間に響いていた。焼けつくような熱を帯びて。

 

 それは叩きつけられていた。立ち木の中の一本の木、人の首ほどの太さの木に。天へ振りかぶられた竹刀(しない)が。斜めへ向けて断ち斬るように。

 ばちり、と音を立て跳ね返ったそれは、また天へと振りかぶられ。反対側の斜め下へ、風を切りながら振り落とされた。

 

 振るうのは、(はかま)()いた道着の男。獣のように荒い息が、しゅう、しゅう、と音を立てる。(きし)るような歯噛(はが)みの音が、時折それに混ざっていた。

 

 そうだ、男は歯噛みしていた。白い歯を()いて、闇の中。その手の竹刀も、折れるかと見えるほどに握り締められ、震えていた。

 

 やがて。男の後ろに影が()き立つ。闇の中でもなお濃く黒く、揺らめいたその影は。六本の腕を備えていた。

 

 竹刀の音がやみ、静寂(しじま)が闇に満ちたとき。六本腕のその影が、ゆらり、と動いて天を差した。男の手もまた、掲げるように竹刀を振りかぶる。

 

その竹刀から音がした。みちり、みちり、と音がした。まるで握り潰すような、弓の(つる)をちぎれんばかりに引き絞るような。

 

 ()ぜ飛ぶような音がした。人を超えた剛力でもって、竹刀を叩きつけたような。

 

 果たして、立ち木はへし折れていた。ゆらめく影の中で振り抜いていた、その手の竹刀ともろともに。

 

 枝葉を鳴らして倒れる木の前、ゆらめく影に()まれたまま。男は白く歯を()いた。ようやく、(わら)うように。

 

 

 ――それを、陰から二人は見ていた。

 谷﨑(たにさき)かすみと賀来(がらい)留美子は――。

 

 

 

 

【二ノ巻『修羅天剣』第1話 怪仏の影】

 

 夜の最中(さなか)鎮守(ちんじゅ)の森の、真っ暗闇の木立(こだち)の中を。かがんだ四人が縦に連なり、息を殺して抜き足差し足。

けれど誰かが小枝を踏み折り、思わず小さく悲鳴を上げた――四人の一人、谷﨑(たにさき)かすみは。

 

 火がつくように、後ろの一人が高い声を上げる――

「ちょおお!? 何っ、やめっ、気づかれるだろ!」

――銀髪の混じるツインテールを震わせた、賀来(がらい)留美子。

 

 二人の前にいた者が小さくため息をついた。賀来を指差し、口の動きだけで言う――『それは君もだ、カラベラ嬢』

 ――銀縁眼鏡を指で押し上げた、百見(ひゃっけん)こと岸山一見(かずみ)。大げさに肩をすくめ、かぶりを振ってみせる。

 

 その動作が気に(さわ)ったか、賀来が大きく歯を()いたが。

 かすみは慌てて人差指を自分の口の前に立て、しーっ、と息を漏らした。

 

 それでどうにか、何も言わずに収まった。

 

 が。その三人の前を行く、大きな背中の男の方から。すうぅ、と息を吸い込む音がした。

 

「頼もおおおおぉぉぉうっっっ!!」

 

 鎮守の森の静寂(しじま)を震わせ、野太い声が辺りに響いた。驚いたのか、何羽かの鳥が木から飛び立ち、枝葉を揺らす。

 その男――はち切れそうな筋肉をぼろぼろの僧衣に押し込めた、崇春(すしゅん)こと丸藤崇春(まるとうたかはる)――は、さらに言葉を続ける。

 

夜分(やぶん)(あい)すまぬことなれど、無礼を承知で申すわい! そこにおるのは怪仏(かいぶつ)――」

 

 かすみが崇春を指差して、ぱくぱくと口を動かし。賀来が口を開けて固まる中。

百見が、手にした本の背表紙で崇春を叩いた。

「君は馬鹿かっ! 何やってる、静かに近寄っていた意味が分かっているのか!」

 

 打たれた後頭部をさすりつつ、崇春は言う。

「何言うちょんじゃ、忍び寄ったところでどうにもならんわい。どうせ、正面から向き合わにゃいかんのじゃ。怪仏とは……人の(ごう)とはの」

 

 崇春がそう言う間にも。茂みの向こう、(やしろ)の前で。地に足を()る音がした。返事はなく、ただわずかに歩を進めた音が。

 

誰かがいる。おそらくかすみと賀来の見た、怪仏(かいぶつ)が。

 

 

 

 

 斑野(まだらの)高校の帰り道。本屋と古本屋、レンタルDVD屋まではしごして――一軒一軒はかなり離れている、無人駅しかない田舎のことだ――かすみと賀来は帰っていた。

 それぞれ戦利品の素晴らしさを()し合いながら、靴を鳴らして夜道を帰る。ぽつりぽつりとしか街灯のない、田んぼの間の一車線の道。

 やがてその道は、背丈ほどに積まれた石垣の横へと差しかかる。その真ん中には道から上がる、同じく石積みの階段。その先には苔生(こけむ)した石の鳥居と、こんもりと膨らむ闇のような、鎮守の森。名も知らぬ小さな神社。

 

 そういえば、この間の怪仏(かいぶつ)騒動。崇春がかすみを守るため、野宿していた場所――神社ではなくお堂だが――は、ちょっと似た感じだったな、と思いつつ、かすみが神社を見上げていると。

 

 その奥から音がした。まるで火花の()ぜるような。

 

 その高く鳴る音に、二人同時に身をすくませ。それから、目を見合わせる。

 何でしょうね、と、かすみが言う前に。賀来は石段を上っていた。

 

「え、ちょ……」

 

 かすみの声と、止めるように思わず出した手を気にした様子もなく。鳥居の向こうを見据えたまま賀来は言う。考えるようにあごに手を当てて。

「神社の森、夜、そして甲高い音……これはおそらく――」

 その手を一つ振ると同時、人差指を立てて言う。

「――あれだ、ワラ人形の、ほら……(うし)(こく)参り? というやつだ! え、凄いな、どんな感じで? 誰がやってんの――」

 振り向き、白い歯を見せた。

「――気になる! いや、そう、魔術的に、魔王女たる我としてはな!」

 

 嬉しげに緩む賀来の頬とは対照的に、かすみの頬は引きつった。

 いや、前の怪仏騒ぎ。遠因のいくらかは、あなたのやった呪い――それ自体に効果はなかったにせよ――ですからね? 

 

 夜闇のせいかどうなのか、かすみの表情に気づいた様子もなく。賀来はいそいそと石段を駆け上がる。帰りを急ぐシンデレラだって、ここまで素早くは階段を駆けられまい。

 

「かすみ、我に続け! 後学(こうがく)のためだ、呪い見学としゃれ込もうぞ!」

「ちょ、待っ、えええ!?」

 

 ともかく必死に、賀来の――その手の鞄で揺れる、蛍光色の骨格模型の――後を追う。

 

 そして二人は見た。竹刀を振るう何者かと、六本の腕を備えた影が、木を一息に断ち斬るのを。

 

 

 

 

 ――そしてその後。二人はすぐにその場を離れ、崇春と百見に連絡を取った。

 伝法渦生(でんぽううずき)にも電話はかけたが――仕事中なのか酔って寝ているのか――つながらなかった。斉藤逸人(そると)にも声をかけようかと思ったが、柔道の猛者(もさ)にせよ怪仏に対する力はない。心苦しかったが、やめておいた。

 

 

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