かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

46 / 217
二ノ巻10話(後編)  夜と炎と

 

 帝釈天(たいしゃくてん)は短双剣を突き出す。

「――今一度問おう、我が金剛杵(ヴァジュラ)を取らぬか。さすればよし、さもなくば――」

 握り締める手が震え、刀身から上がる電光が耳障りな音を立てる。

「――神々の帝(シャクロー・デーヴァナム)たる我ばかりか……我が業を貴様に与えしあの御方に楯突(たてつ)くということ……! 左様な所業、決して許せるものでは――」

 

 その言葉の途中に。帝釈天(たいしゃくてん)の肩に、ぽん、と手が載せられる。

「よお」

 

 土にまみれ、いくつも穴の開いたジャージは焦げ。額から血を流した渦生が背後にいた。

「喋ってるとこ悪ぃんだけどよ。――燃え尽きろや。オン・クロダナウ・ウン・ジャク。燃えろ、燃えろ……燃えろ! 【炎浄・爆焔破】!」

 

 烏枢沙摩(うすさま)明王(みょうおう)の赤い手が、炎を宿して帝釈天(たいしゃくてん)の肩をつかむ。その手がさらに炎を上げたかと思うと、爆ぜ飛ぶように炎が噴き上がる。二体の怪物をもろともに飲み込む、赤黒い爆焔が。

 

 明王に体をつかまれたまま、炎の中で帝釈天(たいしゃくてん)がもがく。

「――が……があああっ!」

 

 煤にまみれた渦生がつぶやく。

「悪いな、逃がす気はねえよ。このまま焼き尽くして――」

 

 言う間に、帝釈天(たいしゃくてん)は何かを放った。渦生へではなく、頭上へ。その手にしていたものを。

 

 回転しながら飛んだ短双剣――金剛杵(ヴァジュラ)――は、見る間にその回転を早め。やがて空気を、大気をかき混ぜ、その場一面に厚い雲を生んだ。時折走る稲光と、その内に支え切れずぽつぽつとこぼれ落ちる、雨を(たた)えた黒雲を。

 

「――脅雨(おどしあめ)旱魃龍殺し(ヴリトラ・ハン)……」

 (したた)る雨足はたちまち強まり、つぶやく帝釈天(たいしゃくてん)の声をかき消す。桶を返したような水が、今や辺り一面に浴びせかけられていた。

 その雨勢の中に、燃え上がっていた炎はぶずぶずと音を立て、白い煙を上げてくすぶり消え始める。さらには、熱を帯びたような明王の赤い肌も、雨粒を受けるたびに湯気を上げて黒くくすぶり出し。苦しげに顔を歪めて、地に片膝をついた。地に突いた矛を杖に、その身をどうにか支える。

 

 にこりともせず帝釈天(たいしゃくてん)が言う。

「――雷神(すなわ)ち雨神。我を相手に炎で挑もうなどと、バター(ギイ)が火に挑もうとするが如き愚行」

 

 にこりともせず――明王と同じく、表情を歪めながらも――渦生がつぶやく。

「燃えろ」

 

 変わらず降りつける雨の中、その一言に再び炎が躍る。

「燃えろ。燃えろ。燃えろ燃えろ……燃えろ! 【炎浄・爆焔破】」

 

 くすぶる音を立てながら、滝のような雨に押されて揺らぎながら。それでも炎が勢いを増し、明王の肌が赤く熱を放ち。揺らめく火炎が再び帝釈天(たいしゃくてん)の体を飲み込む。

 

「――な……!? お、おのれ!」

 帝釈天(たいしゃくてん)が手をかざすと、金剛杵(ヴァジュラ)はその回転を速めた。雨足は音を上げて強まり、さらには黒雲から弾けた稲妻が、細く幾本か地に落ち。地面に溜まる水の上を青く走ったそれが、くるぶしまで水に埋まった渦生の脚を駆け上がる。さらに幾筋かの電光が閃き、渦生の体を直接打った。

 

「ぎ……!」

 

 電撃に身を震わせた渦生は体勢を崩す。炎は低い音を立ててくすぶり、赤い明王の姿も火勢と共にかき消えた。

 大きくよろめく渦生はそばにあったものにかろうじて抱きつき、足を踏みとどまらせた。そばに立つ、帝釈天(たいしゃくてん)の体にもたれかかって。

 

 帝釈天(たいしゃくてん)が唇を歪めて笑う。

「――ふん。窮鳥(きゅうちょう)懐に入らば猟師もこれを殺さず、とは言うが。戦神(いくさがみ)たる我に左様な慈悲を期待するならば……愚か!」

 

 その太い両腕で渦生の体を抱え、折り取るように力を込めた。

 

 が。渦生もまた、帝釈天(たいしゃくてん)の体を抱いていた。抱き締めるように、両手を相手の腰に回して。

 その背の向こうで組み合わせた指が、烏枢沙摩(うすさま)明王(みょうおう)の印を結ぶ。

「オン・クロダナウ・ウン・ジャク……燃えろ。燃えろ。燃えろ……【炎浄・爆焔破】!」

 

 渦生の手の上に重なるように、再び現れた明王(みょうおう)のヴィジョン。そこから轟音と共に焔が上がる。渦生と帝釈天(たいしゃくてん)とをもろともに覆って、赤く、黒く、燃え上がる。

 

「が……ああああああ!?」

 帝釈天(たいしゃくてん)は声を上げ、それでも渦生を抱える腕に力を込め。金剛杵(ヴァジュラ)の巻き起こす脅雨(おどしあめ)は強まり。

 

 それでも、渦生は声を上げた。そのたびごとに炎が強まる。

「【炎浄・爆焔破】、【炎浄・爆焔破】、【炎浄・爆焔破】! 燃えちまえ……【大・轟・炎・浄、爆焔覇】!」

 

 鼓膜も地も、降りしきる雨をも震わす爆音を上げて。帝釈天(たいしゃくてん)も渦生も明王も、白く爆焔に飲み込まれた。

 

「――な……あああがあああぁっっ!?」

 帝釈天(たいしゃくてん)の体を焔が覆い、黒く焦がし。やがてその身にひびが走る。そこから白く焔が吹き出し、噴き上げ。

 

 そして、ぴたりと雨はやんだ。

辺りに溜まる、小池のような水の中に。飛沫(しぶき)を上げて、帝釈天(たいしゃくてん)の体が倒れ伏す。そばに、金剛杵(ヴァジュラ)も音を立てて落ちた。

 

 水の溜まる辺りから身を引き、立っていた円次は言葉が出ず。目を瞬かせて渦生の方を見た。

 

 もう炎は散っていた。明王の姿も消えていた。血と(すす)にまみれた、渦生だけがそこにいた。

 

 渦生は口の端だけ上げて笑う。

「無事か」

 

 何も考えられず、円次はただうなずいた。

 

 渦生もただうなずいた。

「なら……いい」

そうして水の中へ、膝から崩れ落ちた。

 

「ちょ、おい!」

 駆け寄る円次がその体を抱え、肩を貸す形で水の外へ引きずる。地面の上に渦生を横たわらせた。

 

 そうしていた二人の背後に。

 影が揺らめいた。六本の腕を持った影が。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。