かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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二ノ巻14話(後編)

 

「――チイィィ!」

 阿修羅の三面は一斉に舌打ちをすると、さらなる連続突きを放った。

 機関銃の弾丸が当たるような音を立て、押し出す石畳に熱剣が打ち当たる。破片を散らし端を削り、穴を開け。

 分厚かった石畳が、阿修羅の体に打ちつけられたときには。せいぜいクラッカーほどの厚さになっていた。当然それは大した威力を発揮せず、さっくりと割れ落ちた。

 

「なんと……!」

 

 崇春が口を開ける間にも、阿修羅は牙を剥いて笑い。そして、片翼を広げたように大きく振りかぶる。崇春から見て右の三本腕を、焦熱を一際輝かせて。

 

「――ヂャアッ、【修羅惨条閃(しゅらさんじょうせん)】!」

 

 火の粉のような粒子を散らし、輝く軌跡を残して。どうにか身を引いた崇春の目前を、三本の熱剣が過ぎる。

 だが。

 

「――()ったァァ!」

 かわした、まさにその場所へ。上からなだれ落ちるように、向かって左の三本腕が振るわれる。左下から生えた腕は最も早く、崇春の右を塞ぐように。左中の腕はやや遅れ、崇春の正面へ。左上の腕はさらに遅れて、左の逃げ道を塞ぐ形。

 

南無三(なむさん)!」

 崇春はかわしはしなかった。最も早く殺到した、左下の腕を防いだ――

 

 ――いや。防ぐに留まらなかった。腕を振るい、迫り来る腕を――焦熱を上げる手首より先ではなく、腕を――横へといなした。もう二本の腕が迫り来る方向へ。

 

「――ぎ……ィィうああァァ!?」

 悲鳴を上げたのは阿修羅だった。左下の腕は横へといなされ、もう二本の腕から崇春をかばう形となった。二本の熱剣を、その腕で受けて。

 切断こそされていないものの、肉の半ばまでを断たれたその腕は。焦げつく音を立てて、脂の焼けるようなにおいを辺りに漂わせた。

 

 三面のいずれもが頬を震わせ、牙を(きし)らせる。

「――うぎィィイ! てんめえェェ……よくもオレの腕をォォ……!」

 

 崇春は首をかしげる。

「その腕を切ったのはお(んし)自身じゃが……。まあ、何じゃ。今までの動きで、お(んし)のことも大体見えてきたわい」

 

 阿修羅の目が、射抜くように崇春へと向けられる。

「――んだとォォ! うるせェェ……食らえ、食らえ()()ね! 【修羅千条剣(しゅらせんじょうけん)】!」

 連続で突き出される六本――いや、今は五本――の熱剣。防ぎきれなかったその何撃かが、崇春の肉を浅く裂き、黒く焦がす。

 

 腕を繰り出し防御しながらも、崇春の表情は変わらない。

「お(んし)の強みは何と言うても、その手の多さ。そして――」

 足を外へ踏み出し、体の位置を入れ替えながら。崇春は狙い澄ました一打を放つ。攻撃ではなく、防御の一打を。

 

 右上段から繰り出される阿修羅の腕、それを斜め下へと打ち払う。勢いを殺さずにいなされたその腕は、真正面へと突っ込んだ。阿修羅自身が繰り出す、他の腕による突きの。

「が……ああ~ァァっっ!?」

 

 裂かれ、煙を上げる腕を、残った腕で押さえる阿修羅へ。崇春は言葉を続けた。

「――お(んし)の弱みも、その手の多さよ。どうしようとその手の数、自在に振るうには邪魔じゃろう……互いの手が。強烈な熱を宿しちょるなら(なお)のことよ。手数の多さを活かして連続で振るおうにも、さっきの突きのような小さな動きにしかならん。それぞれの手の持ち場を離れられず、ほとんど正面しか突けず。しかも腰の入った強烈な一撃も放てぬ、武術でいう『手打ち』にしかならん。(ゆえ)に……見切ることも難しゅうはない」

 

 息をついて言葉を続ける。

「逆に、腰を入れた一撃も放ってはおったが。これも恐れるには(あたい)せぬ。腕が何本あろうと、足は二つに身は一つ……人間と同じよ。故に、足腰の力を利かせた攻撃を放つなら。左側の腕をまとめて振るい、次には右側をまとめて振るう……そういう動きになる。それさえ分かれば、防げぬものでもない」

 

 阿修羅の薄紅色の顔が、震えてさらに赤くなる。

「――んだとォォオオ! オレを()めてんじゃねェェぜコラァァ!」

 残る腕を大振りに繰り出そうとした、そのときには。

 

 すでに崇春は身をかがめていた。阿修羅の乗る、足下の石畳に手をかけて。

「スシュン流……【石畳(たたみ)返し】!」

 

「――ぶ……!」

 足下をひっくり返され、倒れる阿修羅。そこへ。

 

「からの――【石畳(たたみ)落とし】!」

 頭上に掲げた石畳を。そのまま叩きつけた、阿修羅へ。

 石畳は堅い音と共に粉々に砕け。しかし阿修羅はかぶりを振り、すぐに目を見開く――怪仏に()らない攻撃は、怪仏に対して大きな効果を示さない――が。

 

「受けよ……【スシュンパンチ】じゃあああ!」

 充分だった、三面の視界を塞ぐその一瞬で。崇春が間合いを詰めるには。

 繰り出す拳が三面の、正面を真正面からとらえる。

 

「――ぶぐゥゥ……!」

 叫びが上がるその内にも、さらなる拳が繰り出される。

「【スシュンパンチ】、【スシュンパンチ】!」

「――おぎっ!」

「――ぐぼォォ!」

 二面がそれぞれ横から打たれ、頬を歪ませる。

 

 崇春の動きは止まらなかった。

「【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】【スシュンパンチ】そして……これがとどめの! 【スシュンパンチ】じゃああああぁ!」

「――ごえええェェっっ!!?」

 (うめ)き声を上げながら。弾け飛ぶような勢いで、阿修羅は石畳の上を吹き飛ばされ。黒田の足下に倒れた。

 

 黒田は構えていた竹刀の、その先を今は地面に着け。口を開けてつぶやいた。

「ば……かな、僕の力を……阿修羅を。しかもなぜだ……なぜ、怪仏を殴り倒せる! 円次の、木刀だって、阿修羅には……」

 

 崇春は合掌する。それから右手を上に手の甲を合わせ、中指を絡め合わす。薬指のみを軽く立て、残りの指は全て自然に曲げる印を結んだ。

「オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ジハタエイ・ソワカ……この身、すでに『増長天(ぞうちょうてん)』なり」

 

 黒田はそのまま口を開けていたが。

 やがてその口を閉ざす、奥歯を噛み締める音を立てて。その唇の端から赤く――いや、闇の中に黒く――血が流れる。手にした竹刀が震え、音を立てる。

「許さない……許さないぞ崇春、円次と同じに……! 僕を倒した者、円次と互角に戦った者、阿修羅を倒した者ぉぉ……!」

 

 竹刀を構える。血を吹き出しながら言葉を放つ。

「許さないぞ……っ! 来い、阿修羅ぁぁ!」

 

 倒れ伏した阿修羅が、(だいだい)色の光を放つ。その体が同じ光の粒子となり、流されるように消えた――そして。

 流れるその光は、黒田の上に渦を巻いて。吸い込まれた、黒田の体と手にした竹刀に。

 その身からは湧き出るように溢れた、同じ輝きの粒子が。竹刀からも同じ粒子が、燃えるように立ち昇る。

その背後、光の隙間を縫うように地に落ちた影は。昇る光源に合わせて揺らめき、形を変えた。まるで、いくつもの腕を持つかのように。

 

 握り締める竹刀が震えて鳴る中、黒田は一息に吐き出した。

「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン!! 我が身、すでに『阿修羅王』なり……! 受けよ……阿修羅の(ちから)ァァ!」

 

 竹刀を上段に掲げる、その一瞬。黒田の背後で、ゆらり、と影が動く。まるで阿修羅がその腕を、全て上段へ掲げたように。

 

 一息に振り下ろす、その竹刀からは。(ほとばし)った、(だいだい)色の光の粒子が。刃物にも似た密度を持って。振り下ろしたその先へ、直線的に。

 

「ぬう!」

 崇春がどうにか身をかわした、その剣閃は。石畳を音を立てて割り、土煙を上げて地面を走り。その先の、石灯籠(どうろう)を裂いて倒した。

 

 灯籠《とうろう》の落ちる音が重く響いた後、黒田が竹刀を構え直す。

「【修羅剣閃(しゅらけんせん)】……これが僕の力、僕の(つるぎ)! 斬り伏せてやる、どんな物でも、どんな敵でも……! どうだ、これなら、貴様といえど――」

 

 その言葉には取り合わず。崇春は黒田に背を向けた。そのまま境内の入口、石段の方へと歩く。

 

 黒田が口を開ける。

「な……何だ、逃げるというのか! そんなことは――」

 

 歩きながら崇春は言う。

「そんなことはせん。ただ、お(んし)がその剣を使うんなら。わしも、武器(えもの)を使わせてもらおうと思うての。ちょうどええのがこの辺に――おお、これじゃ」

 

 石段の手前でしゃがみ込んだ。阿修羅が倒して地面に転がる、石鳥居の前で。

 鳥居に向け一礼し、合掌の後。先ほどと同じ印を結び、真言を唱えた。

「オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ジハタエイ・ソワカ、オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ジハタエイ・ソワカ。オン・ビロダキャ・ヤキシャ――」

 

 唱えながら。石造りの、柱の下の方に両手をかけた。太い指が震え、腕の筋肉が盛り上がり、血管の筋が浮かぶ。

「――ジハタエイ・ソワカ、オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ジハタエイ・ソワカ、オン・ビロダキャ――」

 根を張るように大きく開いた、崇春の脚が震える。震えながら、曲がっていたそれがゆっくりと、伸ばされる。

 

 黒田は口を開けていた。

「……な……」

 

 柱の下部はすでに地面から持ち上がっていた。ついていた砂がぱらぱらと音を立て、地面に落ちる。

 崇春は手をさらに下へ回し、柱を体全体で抱え込んだ。脚が、腕が、頬が震える。大きく剥いた白い歯が、噛み合って音を立てる。

「ふんぐぐぐむうううぅぅう……どおおおおりゃあああ!」

 (ぬき)笠木(かさぎ)と呼ばれる、鳥居上部を横に走る部分、それは鳥居が倒れたとき、すでに外れていた。

それらがついていた柱の上部が、地面を離れて浮き上がる。

 

 今、崇春は。地から柱を抱え上げ。天へと、それを掲げていた。

 

 そして。抱くように持っていた両腕の間を広げ、抱え方を変えた、いや。構えた。右手を上、左手を下に、切先を天に向けた姿勢。野球の打者の姿にも似た、剣術でいう八双(はっそう)の構え。

 

 その場で一度振るう、素振りのように。(くう)を裂く音を重く立てて。

 柱の先端は頭上の枝葉をかき分け、音を立てて破壊し。地に激突して重く、地響きを立てる。

それだけで、近くにあった石灯籠(どうろう)が、積み木のように崩れ落ちた。

 

 そしてまた、天へと柱を振り上げる。そしてまた、別の方へ向け振り下ろす。そしてまた振り上げて、素振りを何度か繰り返す。

「でぁぁあああ! いりゃあああああ!」

 

 そして。振り回した柱に落とされた枝が地に積もり、木の葉が宙を舞う中。切り開かれて広くなった夜空の下、崇春は構えを取り直す。

「待たせたの……肩慣らしは済んだわい。さて、わしの(つるぎ)とお(んし)(つるぎ)。どっちが強いか比べようかい」

 

 心なしか弱まった、輝く粒子をまとったまま。黒田は口を開けていた。その口が、さらに広がる。

「……えっ……?」

 

 崇春は柱を振り上げた。

「ゆくぞぉぉぉおおお! 必殺、【爆裂スシュン斬り】じゃああああい!」

 

 天へと向けた柱を、抱えたまま駆けた。一足ごとに地を震わせて。

 柱が、その勢いのままに振り下ろされる。

 

「な……ああああぁあぁぁあ!?」

 どうにか竹刀を振り上げる、黒田は目をつむっていた。

 

 

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