かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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三ノ巻『たどる双路の怪仏探し』 1話  探し求むは帝釈天

 

 ついに尻尾(しっぽ)をつかんだ――そのはずだ。

 斑野(まだらの)高校に頻発(ひんぱつ)する怪仏(かいぶつ)事件、その黒幕たる人物。そいつの尻尾を。

 

 正確には。黒幕が何者なのかを知る人物が――いや、知る存在が――判明したのだ。

 当の黒幕が配下とした怪仏・帝釈天(たいしゃくてん)

本来ならばその本体となるはずだった――そして怪仏の意のままに操られるはずだった――平坂円次に拒まれて、いわば野良(のら)――と言っていいのか――となった怪仏。

 

 どこにいるのか、どうやって情報を引き出すべきなのか――協力を取りつけるのか、それとも力ずくにでも――は、まだ分からないが。ともかく、黒幕まで後一歩。それで、それで全てが解決する。

 

 なのに。

 

 百見(ひゃっけん)が真顔のまま、片手を口に沿えて声を上げた――こんな元気な百見の声は聞いたことがない――。

渦生(うずき)さんのー! ハイ! ちょっと・いーとこ・見てみったい! ハイ!」

 

 それ、一気! 一気! のコールと手拍子が辺りから上がり。渦生は手にした瓶ビールの底を、月の薄く光る空に向け――もう片方の手は腰に当てて――、ぐぐい、と喉の奥へ流し込む。

 

「くっはああ! しゃあおらぁぁ!」

 (こころよ)さげに目をつむる渦生は身を震わせて雄叫(おたけ)びを上げ、空になった瓶の口を地に向けてみせた。

 

 地面に敷いたレジャーシートにあぐらをかく崇春(すしゅん)は、コップ――アルコールではない、入っているのはお茶だ――を持った手を片手で叩き、拍手を送る。

「おおう、さすが渦生さんよ! 大した男前じゃわい!」

 

 少し離れたところでは大柄な斉藤逸人(そると)が、バーベキューコンロの上で脂の(したた)る音を立てる、肉を次々と取っては大皿によそっていた。

「ウス……こっち、焼けた……ス!」

 

「な――」

 渦生の住む駐在所の裏庭、脂を受けた炭火が月も霞むほどに白く煙を上げる中。

かくり、と、かすみは口を開けていた。

「――な、なんでですかーーーーーっっ!! 何やってんですかこれ、みんなちょっと――」

 

 斉藤が、びくり、と身を震わせ、他の全員――崇春、百見、渦生、それに賀来(がらい)と平坂――が、目だけを向けてかすみを見た後。

 

 百見が左手を持ち上げ、腕時計のボタンを押す。

「四十一分二十七秒四六」

「な……何がですか」

「肉パーティの準備を始めてから、今のリアクションが来るまでの時間だが――」

 鼻から長く息をつき、百見はかぶりを振る。

「――遅い。君の腕も落ちたものだね」

「何の話ですかーーーっ!?」

 

 持っていたお茶のコップを近くのテーブルに置き――つい流れで手にしてしまっていた――、かすみはなおも声を上げる。

「いいですか? 黒幕の正体がもうちょっとで分かるんですよ? その大事なときにですね、何をのんきに――」

 

 膝を叩いて崇春が立ち上がる。

「うむっ! さすが谷﨑(たにさき)よ、ええことを言うわい」

 

 かすみは思わず息をつく。さすが崇春、何だかんだといってもちゃんと考えて――

 

悠長(ゆうちょう)にやっちょったら盛り上がるもんも盛り上がらんというわけじゃな! よぅし、次に一気呑みで目立つんはわしじゃい!」

「違いますからーーーーっっ!!」

 

 大体一気呑みは危険だし、それ以前に未成年の飲酒はだめだ――いや、言いたいのはそういうことでもないのだが――。

 一応その辺りを考えてはいるのか、崇春の手にしたボトルは酒類ではなかった。スシュン(ざけ)――と本人が称している、カルピス――のボトルだった。本来は薄めて飲む、原液の。

 

「それはそれで大丈夫なんですかーー!? カロリーとか!」

 

 崇春は口の両端を上げて笑い、ラベルを指差す。

『カロリー十五パーセントオフ』

 

「それでもたいがいですからーーー! って……」

 バーベキューの煙にむせ、何度か咳をする。荒くなっていた呼吸を意識して緩め、上下していた肩の動きが収まったころ。再び口を開いた。

 

「だから、ですね。肉とか焼いてる場合じゃ――」

 

「オレも同感だな」

 そう言ったのは平坂円次。離れた辺りで折り畳み椅子に腰かけ、大盛りに肉の載った皿をうんざりしたように横目で見ていた。

 

 かすみの鼓動が若干落ち着く。つい先日――というか昨日――守護仏の力を得たばかりだというのに。しっかり考えてくれて――

 

 パック入りの塩辛をつまみながら平坂は言う。

「悪ィけど、オレぁ肉そんなになー。魚介類のが好みなンだが」

 渦生が自分の額をはたく。

「マジか! スマンな、今度やるとき買うわ、エビとか貝とか」

「それもいいがよ、(あゆ)焼こうぜ鮎。あとイカ」

 

 かすみの首から力が抜け、肩が思い切り下がる。地にぶち当たりそうな勢いで。

気づけば自然、眉根が力なく寄り、目尻が緩む。口元が不恰好に持ち上がった。喉の奥から小さく(うめ)きが漏れる。

 

 芯の抜けた足腰を支えようとするように、よろめきながらすがりついた。椅子に座ってテーブルに頬杖をついていた、賀来(がらい)へと。

「賀来さん、賀来さーん! ヒドいです、ヒドいんですよみんなもう!」

 

 賀来は特に表情もなく、かすみの頭をぽんぽんとはたく。

「よしよし。そうかそうか、大変であったな」

 

 かすみは小さく息をついた。とりあえず身をかがめ、賀来の手に身を任せる。

「ええもう、みんな全然真面目に考えてくれないんですよ、まるで他人事みたいに……」

 

 何度もうなずきながら、賀来は頭をなでてくる。

「うむうむそうかご苦労であった、このカラベラ・ドゥ・イルシオン=フォン・プランセス・ドゥ・ディアーブルス……『魔王女たるカラベラ』が自らねぎらおうぞ。我が使い魔たるかすみ……」

 そこで目を見開き、一つ手を叩く。

「いや、そうか! 我が使い魔『呪われたる霞(カースド・ミスティ)』、『呪われたる霞(カースド・ミスティ)』よ!」

 

 誰が使い魔だ、とか、名前の縁起が悪すぎるとか。言いたいことは色々あったが、その気力もなく。かすみはただ身をかがめ、賀来の膝に両手と頭を載せた。

 それでもとにかく、なでてくる手はなめらかだった。また息をつき、目を浅く閉じる。

 

 本当にみんな何をやっているのだ。今日の昼間、帝釈天が情報を握っていることに気づけたというのに。当の帝釈天を探しもせず――そもそも怪仏が、姿をかき消した後どうしているのかは想像もつかないが――、百見たちが守護仏を()ぶような、真言(しんごん)を唱えてみたりすらしていない。

 

 かすみは強く歯噛みをする。

 もう少し、もう少しなのだ。黒幕さえなんとかできれば、怪仏事件なんて起こらない。そうしたら、やっと――

 

「あっ……」

 不意に賀来が喉の奥で声を上げた。なでていた手が止まる。

 

 どうしたんです――そう聞くより早く、賀来の手が再び動き出す。かすみの髪の上、頭の上を執拗(しつよう)に往復する。絨毯(じゅうたん)の質感を確かめて値踏みするかのように。

 

 目を見開いて賀来は言う。

「お前……お前の髪、超なで心地いいな……なんか、『まふっ』てする……指吸い込まれそう、それでいて最後の最後、絶妙に押し返してきて……ぁ……これ、ぃあっ……手放せない……っ」

 

 賀来の両手が、かすみの頭を――髪の生え際から上を――両側からつかむ。

 かすみの目を真っ直ぐ見て、それから照れたようにそっぽを向いて、言ってきた。

「……その、かすみさえよければ、だが……生涯、飼育してもいい?」

「未知の恐怖!」

 

 かすみは身を(ひるがえ)し、最後の一人――炭火でひたすら肉を焼く斉藤――の元へ走る。

「斉藤さん、斉藤さん! ちょ、何とかして下さいよあの子!」

 

「……っス」

 斉藤はそれだけつぶやいて差し出した。大盛りの焼いた肉を。紙皿に割り箸を添えて。

「え」

 さらにそこへ、山盛りに野菜を載せる。

「ウス……バランス、っス……栄養、摂るといい、ス」

「ど、どうも」

 

 何度目か分からないため息をついて、とりあえず野菜を口に運ぶ。

 よく噛みながら考えた。まったく、これからのことを考えるも何も、もうメンバー自体がめちゃくちゃだ。普通なのは斉藤ぐらい――

 そこまで思ったところで頭に視線を感じ、ふとその方向に目をやる。

 

 斉藤が、じっ、とかすみの頭を見ていた。

 

 斉藤はすぐに前を向き、また肉を焼き始めたが。視線だけはかすみの頭へ、じっ、と向けられていた。

 

 そちらへかすみが目を向けると、斉藤の目は焼き網の上へと向いたが。またかすみが目をそらすと、その動きに引っ張られるかのように、斉藤の目がこちらを向く。

 

 箸を持つかすみの体が固まる。

 もしかしてだが。嫉妬されている、賀来のことで。

 

 ――駄目だ。このメンバー、駄目だ――。

 

 思ったかすみの腹の奥が、それから肩が揺れる。もはや逆に笑いが出てくる。

 目の端に涙がにじむのを感じながら、箸で、わさり、と肉や野菜をつかんだ。大きく開けた口にそのまま突っ込む。もぎり、もぎりと噛みしめた。

 もうヤケクソで、栄養を摂るしかなかった。

 

 賀来がかすみを指差して笑った。

「なんだそれは、欲張りすぎであろう! リスみたいになっておるぞ」

 

 頬袋に木の実を詰め込むリス。その姿をイメージしつつ、口の中のものを噛むしかないかすみ。

 

 賀来は首をかしげ――銀髪交じりのツインテールが柔らかく揺れた――、ほほえむ。

「まったく。可愛らしいな、かすみは」

 

 崇春が腕を組み、力強くうなずく。

「うむっ! なんちゅうてもリスは可愛いけぇのう! 実に可愛らしいわい!」

 

 他の男性陣もまばらにうなずく。

「まあ、ものの見方は人それぞれだからね」

「おーかわいいかわいい、写真撮っといてやろうか?」

「ぜってェ後で怒られンだろそれ」

「……っス」

 

「………………」

 かすみはそのまま天を仰いだ。

 薄青く暗い空の中、月だけが優しく光っていた。

 眺めながら、もぎもぎ、と、口の中のものを噛み続けるしかできなかった。

 

 

 

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