かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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三ノ巻2話(後編)

 

 なおも素早く上半身を振り回しつつ、賀来は声を上げた。うつむいたまま、崇春の方に。

「なあ、あのときは……その、嬉しかったぞ。我が……伴侶(はんりょ)よ?」

 

 かすみは(おそ)る恐る崇春に目を――今絶対に斉藤の方は見たくない――、向ける。

 

 そのときちょうど。百見が、真顔のまま声を上げていた。

「崇春のー! ハイ! ちょっと・いーとこ・見てみったい! ハイ!」

 

 崇春がジョッキにスシュン酒――カルピス原液――と強炭酸水を勢いよく注ぎ入れる。

押忍(おす)! (おとこ)崇春、一気にいただきますわい!」

 渦生や平坂が手拍子する中、ジョッキを天に掲げるように、一息に飲み干す。

 空になったジョッキを、音を立ててテーブルに置いた。同時、盛大なげっぷを漏らす。

「げっふうぅぅ! うむ、実に美味かったわ! がっはっはっは!」

 

 賀来の上半身の運動は止まり。照れたような笑顔はそのままの形で固まる。目だけがしきりに瞬きをしていた。

 油の切れた機械のような動きで口を開く。

「え……~~っと……。その、だな、崇春? 我の、勘違いでなければよいのだが……我らはその、付き……合って? いるのだよ、な?」

 

「む?」

 崇春は目を瞬かせる。

「何の話かよう分からんが……いや、実際何の話をしておるんじゃ?」

 

 何かをつかもうとするように突き出した賀来の手が小刻みに震え出すのを見て。とっさにかすみは説明し出した、付き合う云々(うんぬん)の言動があったことについて。

 

 音を立て、大きな拳を分厚い掌に打ち下ろし。崇春は言った。

「おう、あったのうそんなことが! すっかり忘れとったわい!」

 

 がっはっは、と笑う崇春を見て、さすがに賀来の――なぜかかすみも――、表情が固まる。

 

 そのままの表情で賀来がつぶやく。

「忘……れた……?」

 

「あの時は怪仏を止めるため必死での。何と言うたかよく覚えとらんが……誤解を招く物言いがあったなら、すまなんだ」

 そう言い、崇春は小さく頭を下げたが。

 

 賀来の目はそれを映してはいなかっただろう。しきりに瞬くその目は、どこにも焦点を合わせていなかった。

 

 崇春はたくましい腕を組み、太い眉をきりりと寄せて続けた。

「そもそもじゃ。わしとて仏法者の端くれ……仏道の戒律を守る者よ。不淫戒を守る以上、伴侶(はんりょ)などとは思いもよらぬこと」

 

「え……」

 つぶやく賀来の声は細かった。消え入りそうに、冬風に飲み込まれた虫の声のように。

 

 崇春は気にした風もなく続ける。

「まあ、なんじゃ! 結果的には思いの他、妙な具合に目立ってしまったということじゃのう!」

 

 固まっていた賀来の顔が、はっきりと引きつる――ひびの入る音さえ聞こえた気がした――。

「目立つ……だと……」

 震えていた、膝の上の両手が。握り締めていた、制服のスカートをぐじゃぐじゃと乱して。

 足音も高く立ち上がる。その両手は、細い肩は今も、いっそう震えていた。

「目立つ……? 何がだ……それはお前の話だろう。だったらお前、お前は! 私のことなど、何も考えていないんだな!」

 

「な……」

 崇春が大きな口を開くが、言葉はそこで止まったままだ。

 

 賀来はなおも言う。両の拳を握りしめながら。

「おのれ崇春! 嘘だったのかあれは……私の作ったみそ汁を毎日食べたいと、求婚までしたのは嘘だったのか!!」

 

 崇春が大きな目を剥く。

「むうう!? そ、そりゃなんちゅうか、さすがに誤解が――」

 

「黙れ!」

 賀来はテーブル上のビニール袋、マカロンの入ったそれをひったくるように取る。

 そのまま、流れるような動きで。噛みしめた歯を剥き出しにしながら。投げつけた、崇春の顔面へ。

 

「むぶっ!?」

 崇春は顔の前に手を掲げたが。袋から溢れた色とりどりの散弾が、手の間を抜けて顔面を打った。

 

 投げた姿勢のまま、賀来は大きく肩を上下させていた。

「おのれ……おのれ崇春! 我を、私の心を(もてあそ)びおって! ――バカっ! バーーーーーーッカ!!」

 叩きつけるようにそう言って、賀来はきびすを返した。そのまま全速力で駆け、裏口を抜けて敷地の外へ走り去る。

 

 すぐにかすみは立ち上がり、後を追ったが。

 裏口の手前で急ブレーキをかけ、体を反転させざま崇春を指差す。

「崇春さん!」

 

 走り出しかけていた崇春が、身を震わせて止まる。

 

 かすみは指を指したまま、言ってやった。頬に力を込め口を広げ、腹の底から思い切り。

「ばーーーーーーっか!!」

 

「む……うう!?」

 目を瞬かせるばかりの崇春と、同じく固まった男性陣を目の端で見て。

 また身を(ひるがえ)し、賀来を追う。

 

 

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