「ティファ、オレ春になったら、ミッドガルに行く」
ここは北方に位置する小さな村、ニブルヘイム。
空気をけがすものなど何ひとつない空は、宝石箱を豪快にひっくりかえしたように輝いていた。
そんな夜空の下にある古い給水塔の上で、一組の男女が向かい合っている。
男女といっても二人はまだ少年と少女だった。
世界的に有名な、あの幸福の黄色い鳥のようにぴんぴん奔放にはねた、見事な金髪を後ろでしばった少年の名は、クラウド・ストライフといった。
この少年は村の中ではよそ者、私生児などと多数の者からは煙たがられていたが、彼が山で狩ってくる獲物は大変見事で、一目置いているものも少数ながらいた。
愛らしい外見と素直な気性もあって、子どもや孫が都会に出てしまって寂しい思いをしている一部の老人にはとても可愛がられていた。
そんなクラウド少年は、大きな空色の瞳をいきいきと輝かせ、幼なじみの少女、ティファに力強く宣言する。
「オレ、ソルジャーになりたいんだ!」
ティファと呼ばれた少女は、はっと目を見開いた。
「ソルジャーって・・・軍人でしょう?大丈夫なの?」
・・・彼女が心配するのは無理もない。
クラウドはおそらく学校では一番前であろうとても小さな身長に、頻繁に山で猟をしているとは思えないほっそりとした体格をしていて、軍隊の厳しい訓練に耐えられるとは、とても想像できなかった。
不安要素は他にもある。
「それに、ミッドガルって遠いし、海も渡るのよ?」
ティファはたっぷりとした長い黒髪をさらさらと風に揺らしながら、クラウドへの心配を声にする。
・・・クラウドは、絶望的なまでに方向音痴なのだ。
もう山の隅々まで知り尽くしてしまった今となっては問題ないが、昔はうっかり何日も迷子になってしまって、帰ってこなかったことが何度もある。
そのためかすっかり山になじんでしまったところがあり、現在でも暇さえあれば山に入っているのだ。
おかげで彼が同じ年頃の者達と遊んでいるところなど、見たことはなかった。
「大丈夫。行商人のおじさんにコスモキャニオンまで連れて行ってもらうし、方位磁石と地図も買った」
ティファの心配をよそに、クラウドはそう言い切る。
そもそも地図の使い方など知っているのだろうか。
彼はこの村から出たことなど、1度もないというのに。
「それでも心配よ・・・それに都会って、とっても怖い所なのよ?クラウドみたいにかわいい子にとっては特に」
ティファの心配など、心に決めた目標に勢いづくクラウドには、全く届きそうもない。
「大丈夫、ケンカは負けない」
「ケンカもそうだけど、クラウド分かってる?軍隊って、男も襲われるところなのよ?こんな可愛い子、すぐ狙われちゃうわよ」
「ケンカは負けない」
・・・どうも伝わっている気がしない。
確かにクラウドは、ケンカが強い。
この前だってそこらの大人より体の大きなベンを、拳一発で圧倒してしまった。
しかしクラウドが飛び込もうとしているのは、あの数々の手練たちが集まるウータイとの戦争にも勝利した、神羅カンパニーの軍隊だ。
若く筋骨たくましい屈強な男たちの中には、愛らしい容姿のクラウドにあらぬ懸想を抱く者もいるだろう。
しかし、それを懇々と、粛々と、どれだけ根気強く言い聞かせても全く通じる気配がなく、ティファは頭痛を抱えた。
チョコボそっくりな見た目を裏切らず、彼はけっこうな鳥頭なのだ。
いよいよこれは危ないと察したティファは、止めるのがダメならばと今度はクラウドの両肩をつかみ、説得に徹する。
「いい!?絶対に一人で人気のないところに行っちゃいけないし、変な呼び出しにも応じちゃいけないし、怪しい人についてっちゃダメよ!?」
「ティファ、顔コワイ」
「私は美人だから怒ったらコワイのは当たり前なの!知らないおじさんにもついてっちゃいけないし、美味しいものあげるなんて言われても、絶対ダメだからね!」
その言葉に、クラウドはとたんに絶望をうかべる。
燃費がわるく、少し動けばすぐにお腹がすいてしまうクラウドは、ほっそりした見た目に反してとてもよく食べ、食いしん坊なのだ。
ティファや村の老人たちがちょくちょくお菓子をあげては可愛い可愛いとかまうため、美味しいものをくれる人はみんないい人だと思っている節がある。
ダメだ、これは危険すぎる。
食べ物をさしだせばとても気持ちよくかぶりついてくれるクラウドがつい可愛くて、うっかり餌付けしてしまっていたのが、まさかこんな危機に彼をさらしてしまうとは。
もっと強靭に心を律するべきであったと、ティファは遅い後悔を抱いた。
「・・・おいしいものくれても、食べちゃダメなのか?」
「ダメ!クラウドが食べられちゃうわよ!」
「うぅ・・・でも・・・」
「絶対にダメよ!!」
「・・・」
「そんな可愛い顔してもダメ!!」
くしゃりと泣きそうな表情をうかべたクラウドだったが、渋々、本当に渋々うなずくのにとんでもない時間がかかった。
食への欲求に弱すぎる。
こんな様子では食べ物を目の前にした瞬間、すぐに揺らいでしまうだろう。
ティファはますますクラウドの尻の危機を感じ、あれこれ注意事項を並べ立ていたら、うっかり夜が通りすぎてしまった。
おかげで翌朝二人して何をしていたのかと、大人たちにこってりしぼられる羽目になる。
ティファは本の中のヒロインのように、自分がピンチのときには助けに来てほしいなんてお願いしようと思っていたが、あまりのクラウドの危うさに血が昇ってしまい、さっぱり忘れてしまっていたのだった。
「寂しくなるねぇ、もうお山の肉は食べられなくなるのね」
「大丈夫だ、猟師のおじさんに言っといた」
「クラウドちゃん地図はちゃんと持ったかい?方位磁石は?お金は?」
「持った」
「クラウド、気をつけてね。無理しないで体に気をつけて、たまには手紙ちょうだいね?」
「うん、わかった。母さん」
出発の日、村の入り口に見送りの村人が何人か群がっていた。
主にクラウドを可愛がっていたおばちゃんや老人達だ。
その中にはクラウドにそっくりな金髪を束ねた、妙齢な女性も混じっていた。
クラウドの母、セシリアだ。
女手ひとつで大切にここまで育ててくれた、時には厳しく色々な事を教えてくれたセシリアが、クラウドは大好きだった。
ある日突然クラウドをお腹に宿し、この何もない村にやって来たセシリア。
美しく、未だにクラウドの父ただ一人を想い続ける彼女は、ずっと独身をつらぬき続けている。
よってたった一人の家族であるクラウドが旅立ってしまう今日から、彼女は一人で暮らさなければならない。
しかし彼女は寂しさを決して口には出さなかった。
クラウドが持つ体の問題。
もしかしたら、都会に行けばその解決法がみつかるかもしれない。
もしかしたら、それさえも受け入れクラウドを愛してくれるパートナーが見つかるかもしれない。
今日はそんな希望あふれる、愛しい息子の旅立ちの日。
クラウドには心配などさせず、温かい追い風を送ってやりたかった。
笑顔で彼を抱きしめるセシリア
笑顔で彼女を抱きしめかえすクラウド
今を迎えるまでに、本当に多くのことを2人で乗りこえてきた。
それを知っている者たちは、そっと彼らにバレないよう涙をぬぐったのだった。
「さ、坊主。そろそろ行くぞ」
「分かった」
「しっかりね、クラウド」
行商人が手綱を取り、少年が荷台に乗り込むとチョコボ車が走り出す。
クラウドは大きな夢に小さな胸を高鳴らせ、故郷をあとにした。