深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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プロローグ

 窓際にぽつんと、写真立てが置いてある。

 写真は何処かの遊園地で撮られたもので、着ぐるみと一緒に、三人の少女が笑顔で写っている。

 これだけ見ると何の変哲もない写真に見える。遊園地に遊びに行った記念に写真を撮るという、よくあるシチュエーションだ。

 だが……この写真にはもうひとつ、重要な意味があった。この写真は、もう戻る事ができない過去を内包しているのだ。

 三人が大人になった時に、酒を酌み交わしながら「あの頃は楽しかったね」なんていう会話をする事はできない。

 この写真が撮られてから程なくして三人の関係は破綻し、二度と戻る事はなかった。

 やり直せないほどの断絶があり、三人はバラバラになった。

 そのきっかけとなったのは、有り触れた……しかし悲劇的な事件。

 

 ──三人のうちひとりが、亡くなった事だった。

 

 

 あたしがその少女をはじめて見たのは、放課後の教室での事だった。

 一度帰宅してから、翌日に提出する課題を忘れてきた事に気付き、泣く泣く引き返してきた所だった。

 季節は夏。日が落ちるまでにはまだまだ時間があり、あたしが戻ってきた時も斜陽が室内に差し込んでいた。

 そして、そんな光に包まれながら……三人の少女が、ひとりの少女を取り囲んでいた。

 取り囲む少女たちはクラスの上位に位置している子たちで、一見すると非行は見られないが、その実態は影でよろしくない事を行っているような……そんな生徒だった。

 取り囲まれている少女にも見覚えがあった。クラスの下位に位置している生徒で、気弱な性格が災いしていじめのターゲットになっているような子だった。

 取り囲む少女たちは心無い言葉を浴びせ続けている。彼女たちからしてみれば罪の意識などはなく、単なる娯楽の一種なのだろう。

 このまま見て見ぬふりをする事も出来た。スクールカースト下位の生徒を助けたところで得られるものはないし、むしろ新たな標的にされる可能性もある。今後の高校生活を穏やかに送りたいならば、見て見ぬふりをするのが賢明な選択だといえるだろう。

 だけど……あたしはそうしなかった。自分の中の正義感がそうさせたのか、或いは単に憐憫の気持ちが生まれたのか、それは自分にも分からない。とにかく見て見ぬふりはできなかった。

 気付くと「やめなよ!」と声を掛けていた。

 

「あぁ?なんだ恵海(めぐみ)か……」

 

 少女たちはあたしの姿を認めると「またコイツか」と言わんばかりの表情を作った。あたしはよくこういうトラブルに首を突っ込むので、悪い意味で認知されているのだろう。

 

「弱いものいじめをして楽しいの?」

「楽しくなきゃやらねぇよこんな事。弱肉強食って言葉あるだろ?その通りの事をしているだけじゃねぇか」

 

 ひとりの少女がそう言った。髪を明るい色に染めており、その目はギラギラと輝いている。確か名前は…仲程(なかほど)だったか。

 スクールカーストの最上位に位置する少女だ。他の少女は仲程の取り巻きで、彼女の命令でいじめに加担しているようだった。

 

「それでも、弱いものいじめはよくないよ!むしろ、弱いものを助けるのが正しい形だと思うけど」

「正しさに拘りすぎなんだよテメェは。別にアタシがコイツをいじめたところで何もねぇし、誰も困らないじゃねぇか」

「それでも、だよ……」

 

 自分が正しさに拘っている事は自覚している。そういう気質なのだ。仕方がない。

 その一方で、このまま正しさを説いたところで意味がないだろうと思ったのも事実だった。そこで、代案を出す事にした。

 

「……なら、あたしを代わりにイジメなよ。そうすれば誰も文句は言わない。あたしも言わないからさ」

 

 その言葉に、取り囲まれていた少女が目を見開く。

 少女たちも「何言ってんだコイツ」という目であたしを見た。

 

「お前、頭イカれてんのか?」

「イカれてなんかないよ。真面目に言ってる」

「なんでこんなヤツに肩入れするんだよ」

「見過ごせないからだよ。それとも何?その子じゃなきゃいけない理由があるの?」

 

 あたしがそう言うと、少女たちは押し黙った。

 短い沈黙の後、仲程が「……ちっ、めんどくせぇ」と吐き捨て、教室を出て行った。それに合わせるように他の少女たちも教室を出て行き、後にはあたしといじめられていた子が残されるだけとなった。

 

「大丈夫?」

 

 あたしが声を掛けると、少女はおずおずとこちらを見た。

 左目を覆う長い黒髪に、白いカチューシャを付けた少女。露出した右目は綺麗な橙色だったが、その視線は怯えるようなものだった。

 

「えっと……確か未神(みかみ)さんだったよね。未神朽葉(くちは)さん」

 

 未神朽葉……それが少女の名前だった。

 同じクラスではあったが、交流は全くと言っていいほどなかった。存在感が薄く、あまり目立たない生徒なので、それ故にいじめの対象となっていたのだろう。

 朽葉さんは怯えながら頷いた。明らかに警戒されていると分かったので、あたしは彼女の緊張を(ほぐ)すように話し掛けた。

 

「安心して。あたしは未神さんの味方だよ……何処か痛いところはない?」

「う、うん……大丈夫」

 

 朽葉さんが小さな声でそう答えたので、安堵する。

 その時、教室のドアが開いた。先程の連中が戻ってきたのかと思い、咄嗟に身構えたが……教室の中に入ってきたのは、ひとりの女生徒だった。

 長い黒髪に赤い目。背は高く、美人ではあったが何処か冷たい雰囲気を纏う少女だった。

 誰だろう、と思ううちに、朽葉さんが少女を見て声をあげた。

 

「お姉ちゃん……」

「え、お姉ちゃん?」

 

 驚いて、ふたりの顔を見比べる。

 姉妹にしてはあまり似ていない気もすると思ったが、口にせず。代わりに「未神さん、お姉さんがいたんだ」と朽葉さんに言った。

 

「ええ、そうよ……朽葉を助けてくれてありがとう」

 

 答えたのは少女だった。彼女はあたしに微笑むと、こう名乗った。

 

「私は未神(れい)。よろしくね」

「う、うん。よろしく……あ、あたしは恵海(かえで)

「恵海さんね。朽葉はいつもこうやっていじめられているから、これからも助けてくれると嬉しいわ」

「もちろん!あたしに出来る事ならなんでもするよ」

「ふふ、頼もしいわね。ほら朽葉、しっかりお礼を言いなさい」

 

 玲さんにそう言われ、朽葉さんはたどたどしく「あ、ありがとう……」とお礼を言った。

 気にしないでとばかりにひらひらと手を振って、「それじゃあ、あたしはそろそろ行くよ」と自分の机から課題を回収した。

 

「じゃあ、またね」

 

 あたしはそう言うと、教室を後にした。

 玲さんが来たし、もう大丈夫だと思ったからだった。

 

 

 明日、朽葉さんに話し掛けてみようかなぁ……そんな事を考えながら通い慣れた道を歩いていた時、不意に周りの景色が歪んで……気付いた時には、不思議な空間に入り込んでいた。

 前衛的なアートのような色とりどりの空間に、文房具を思い切り歪めたような不思議な生物が跋扈している。それを幻覚だと勘違いしなかったのは、いつの間にか忍び寄ってきた鋏の化け物に右脚を切断されたからだった。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!」

 

 激痛が襲いかかり、あたしは絶叫した。血が大量に吹き出し、意識が遠くなる。

 殺される……だとか、あたしはもうすぐ死ぬんだな……とか、そういうありきたりな感情はなかった。そういったものが湧いてくる前に、想像力のスイッチを切ったからだ。そしてそれは自分の死をあっさりと受け入れる事でもあった。

 あたしはそのまま意識を失った。

 最後に見たのは、こちらに近付いてくる大勢の化け物だった。

 

 

 もう二度と目を開けられないと思っていたのに、あたしは意識を取り戻す事ができた。

 視界に入ったのは段々と夜に変わっていく空と、先程助けた少女──朽葉さんの顔だった。

 

「未神さん……?」

 

 掠れた声に、朽葉さんは「よかった……」とホッとした声で呟いた。

 

「大丈夫?どこか痛いところとかない?」

「痛いところ……って、そうだ、あたしの脚!」

 

 ハッとして、自分の脚を見る。そこには右脚がなかった……と思いきや、両脚がきちんと揃っていた。もちろん、痛みもない。

 

「え……」

 

 びっくりして、自分の脚をじっと見つめる。すると朽葉さんが「ちゃんと治ってるみたいだね……よかった」と胸を撫で下ろした。

 

「ちゃんと治ってるって……まさか、未神さんが治してくれたの?」

 

 あたしがそうきくと、朽葉さんはハッとなり、「な、なんでもないよ!」と早口で言った。

 何か隠してるな……と思っていると、「隠さなくてもいいんじゃないかしら?」と言う声がした。あたしのものでも朽葉さんのものでもない、第三者の声だった。

 

「お姉ちゃん……」

「脚を切断された事を知覚しているって事は、結界での事を覚えているって事になる。今ここにキュゥべえはいないから分からないけれど、もしかしたら恵海さんにも素質はあるんじゃないかしら?」

 

 そう言って、声の主──玲さんはこちらへと歩いてきた。

 

「玲さん……」

「でも、お姉ちゃん……あまり他の人には話さない方が……」

「もしかしたら、受け入れてくれるかもしれないじゃない……じゃあ、こうしましょ」

 

 玲さんは「キュゥべえ、いるなら出てきて」と少し大きな声で言う。

 すると、「キミがボクを呼ぶなんて珍しいね」という声と共に、不思議な小動物が姿を現した。耳長で四足歩行の、犬とも猫ともつかない奇妙な生物。その赤い目が、あたしをじっと見る。

 

「え、何この子!喋った……よね?でも、口動いてなかった気が……」

「ボクはキュゥべえ。キミは玲と朽葉の友人かい?」

 

 頭の中でそんな声がきこえた。少年のような声だった。

 あたしが混乱しながら頷くと、小動物──キュゥべえは「それで、ボクに何の用だい?」ときいた。

 

「キュゥべえ、恵海さんに魔法少女の事について説明してあげて」

 

 魔法少女?

 酷く場違いな言葉に首を傾げると、キュゥべえがすぐに説明してくれた。

 彼(?)が言うには──先程の化け物は悪しき魔女の使い魔で、玲さんと朽葉さんは魔女や使い魔と戦う魔法少女であるとの事だった。

 あたしは知らず知らずのうちに魔女の根城──結界に入り込んでしまったのだという。普段だったら信じられないと笑い飛ばすところだったが、先程の体験がそれを許さない。

 あたしは自分が知らなかった世界の事を知り、自分が普段過ごしている日常が魔法少女たちの戦いの元で成り立っている事を知った。

 衝撃を受けたあたしは、やや上ずった声でこうきいた。

 

「じ、じゃあ、あたしも魔法少女になれるの?」

「キュゥべえが見えるなら可能性はあるんじゃないかな……」

「そうね。素質はあると思うけれど……」

 

 朽葉さんと玲さんはそう言った。

 もし、あたしも魔法少女になれるなら……魔女や使い魔と戦う事ができるかもしれない。

 いつ結界に迷い込むかは分からない。そんな時に身を守る力があれば安心できるし、魔女を倒す事は日常を守る事にも繋がる。このチャンスを、逃したくないと思った。

 キュゥべえはじっとあたしを見る。

 そして──静かな声で、こう言った。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()




初めましての方は初めまして。
そうでない方はお久しぶりです。
転寝と申します。よろしくお願いします。
目次にも書きましたが、この作品は、作者の別作品である「ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜」や「反町渚の希望と絶望」と世界観を共有しており、「ある少女の物語」から二十年ほど前のお話となっております。
時系列としては本作→反町渚の希望と絶望→ある少女の物語 といった感じです。
全てを読めばほのかに面白くなると思われますが、もちろん単体でも読める作品にするつもりです。ご安心ください。
それでは、次回以降もよろしくお願いします。
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