深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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第9話「最初で最後の思い出を」

 デイドリームランドはそこそこ活気がある遊園地だ。

 オープンしてから二年ほどしか経っておらず、遊園地としては新しい方だといえる。客入りのピークは開業直後で、そのあとは緩やかに下降傾向にはあるものの、経営が傾いているわけではない。スタッフの努力もあり、ここ最近はなんとか踏みとどまっているようだった。

 そんなデイドリームランドのジェットコースターで、あたしは絶叫していた。となりには朽葉がおり、後ろには玲さんがいる。といっても手を上げて絶叫しているのはあたしだけで、朽葉は引き攣った表情を浮かべながら縮こまっている。玲さんに至ってはどうなっているのか分からないが、あの人が手を上げて楽しんでいる姿など想像もできないので、恐らく余裕の表情を保っているのだろう。

 視界が目まぐるしく動き、脳の処理が追いつかなくなってくる。物凄い音と風圧に揉まれながら、あたしはここに来た目的を思い出す。

 昨日、瑠海ちゃんの死体を見つけた直後、玲さんからテレパシーで「明日の十時、県内にあるデイドリームランドで会いましょう。ひとりだけで来てね」と告げられた。

 瑠海ちゃんの死体に朽葉の魔力反応が残っていた事もあり、真実を明らかにするためにデイドリームランドに足を運んだのだが……そこであたしを待っていたのは、目をキラキラさせた朽葉と、微笑む玲さんだった。

 

「あ、おはよう! 恵海さん!」

「お、おはよう……」

 

 朽葉は明らかにテンションが高かった。こんな姿、普段は見た事がなかったので新鮮ではあったけれど、いまはそれどころじゃない。

 あたしは玲さんのほうを向くと、真剣な表情で言った。

 

「玲さんも、おはようございます。……それで、昨日の事なんですけど」

「おはよう、恵海さん。話ならいつでもできるから、いまは朽葉の相手をしてくれないかしら?」

「へっ?」

 

 予想とは全く異なる展開に、あたしは目を丸くする。

 玲さんは朽葉を横目で見ると、いつものように微笑みを浮かべて言う。

 

「実は、私も朽葉もこういったところに来るのは初めてなの。それで昨日からあんな感じではしゃいでいるのよ」

「そうなんですか……」

 

 思えば、朽葉や玲さんとどこかに出かけた事はない。知り合って日が浅いというのもあるけれど、学校外で会う時は魔法少女関連の用事がある時だけだった。

 一昨日に未神家を訪れた時、両親はいなかった。もちろん共働きで家にいないという事も有り得るのだけれど、朽葉と玲さんは初めからふたりで暮らしていたかのように振る舞っていたし、あの家からはどこか空っぽな印象を受けた。

 他人でしかないあたしが首を突っ込む事ではないのは分かっているけれど、それでも朽葉のあのはしゃぎようからは、未神家の複雑な家族関係が垣間見えるような気がする。

 加えて、朽葉はいじめられていたし、玲さんは群れるタイプのようには見えない。だからこそ、今この非日常が物珍しく、楽しいのだろう。

 

「……わかりました」

 

 悩む間もなく、あたしは頷いた。

 話ならいつでもきける。今は、思い出を作る方が大事だ。

 

「やった〜〜〜!!!」

 

 あたしの返事を確認した朽葉は大喜びし、あたしの腕を引っ張って歩き始めた。

 その後ろから玲さんも着いてくる。表情までは分からなかったけれど、きっといつもより嬉しそうな顔をしているのだろう。

 そしてあたしたちは最初にジェットコースターに乗る事になり……あたしだけがグロッキーになったというわけだ。

 我ながら情けない……。

 

   *   *   *

 

「恵海さん、大丈夫?」

 

 ジェットコースターに乗った後、ベンチで撃沈していたあたしの元に朽葉がやってきた。手に持っていたペットボトルを差し出し、心配そうにこちらを見つめてくる。

 

「だいじょうぶ……おえっ」

 

 あたしは涙目で嘔吐きながら、ペットボトルの水を飲む。ひんやりしたものが胃に入り、少しばかり落ち着いた感じがした。

 特別乗り物に弱いという事はないし、むしろこういったものは大好きなんだけど……もしかしたら、無意識に気を張っていたのかもしれない。

 あたしがここに来たのは遊ぶためではなく、真実をきき出すためだ。そんな思いが奥底に留まり続けていて緊張したから、いつもはなんて事ないジェットコースターで酔ったのだろう。

 

「少し休んだ方がいいんじゃないかしら?」

 

 玲さんもこちらにやってきた。もちろんいつも通りの涼しい顔で、汗ひとつかいていない。

 

「いえ、大丈夫です……それにしても、玲さんはともかく、朽葉も意外と平気なんだね」

 

 朽葉は怖がってはいたものの、ダウンする事はなかった。もしかしたら、意外と強い子なのかもしれない。

 

「激しく動くのは魔女退治で慣れてるし、それに楽しかったから……」

 

 朽葉は頬を上気させながらそう言った。よほど楽しかったらしく、珍しく興奮している。

 ダウンしたかいがあったなと思い、あたしは自然と微笑んだ。

 

「次は何に乗るの?」

「うーん、恵海さんがこんな状態だし、次は優しめの乗り物に乗りたいな」

「別に気を遣わなくてもいいのに……」

 

 あたしが言うと、朽葉は「だめだよ、せっかく来たし、みんなで楽しみたいから……」とこちらに顔を寄せてくる。普段のおずおずとした様子とは大違いだけど、もしかしたらこちらが本当の朽葉なのかもしれない。

 とはいえ、その申し出はありがたかった。目的は別にあるとはいえ、こうして遊びに行く事は滅多にない。どうせなら楽しみたかった。

 

「じゃぁ、メリーゴーランドに乗らない? そのくらいならあたしも大丈夫だから」

「わたしは大丈夫だよ。お姉ちゃんは?」

「ふたりに任せるわ」

 

 それで話がまとまり、あたしたちはメリーゴーランドに乗る事になった。

 各々が選んだ馬に乗ると、華やかな音楽と共に回転し始める。あたしたちの他にも親子連れやカップルが何人か乗っていて、みんな楽しそうに笑っていた。

 そんな幸せな時間を過ごすうちに、いつの間にか本来の目的を忘れていた。

 メリーゴーランドの後も、お化け屋敷に行ったり、ゴーカートに乗ったり、コーヒーカップでゆったりしたり……お化け屋敷で腰を抜かした事を除けば、有意義な時間を過ごせていたと思う。

 お昼時になってお腹が空いたら、遊園地の中にあるレストランでご飯を食べた。街中にあるレストランより値段が高いと分かっていてもお金を出せてしまうのは、遊園地の経営戦略のなせる技だといえるが、そんな事は気にならないほどご飯は美味しかった。きくところによると料理に力を入れ、リピーターを増やす狙いがあるんだとか。

 あたしと玲さんはランチプレートを注文したが、朽葉はお子様ランチを注文していた。別に高校生が注文してはいけないという決まりはないのだけれど、それでも店員に風変わりな目で見られていた。普段の朽葉なら絶対にこんな事はしないのだが、今日は特別との事だった。

 

「でも、なんでお子様ランチ?」

 

 あたしの質問に答えたのは玲さんだった。

 

「憧れがあったのだと思うわ。お子様ランチなんて、一度も食べさせてあげた事がなかったから」

「そうなんですか……」

 

 お子様ランチを食べ終え、チキンライスの上に刺さっていた国旗を嬉しそうに眺める朽葉を見る。

 そのうちに表現できない感情が湧き上がってきて、気づいたらその頭を撫でていた。

 

「わっ、どうしたの?」

「なんとなく、撫でたくなっただけ」

 

 さらさらの髪と確かな温もりは、幼い子供のようだった。

 本当に、この子が人を殺したのだろうか。

 忘れかけていた目的を思い起こすと同時に、何度も考えていた疑問が浮かぶ。

 瑠海ちゃんを残酷な手口で殺した犯人と朽葉を結びつけるのは、どうやっても難しい。

 そんな冷酷な事ができるのは、むしろ──

 

 ……そこまで考えて、無理やり思考を止めた。

 疑いたくなかったし、じきに分かる事だと思ったからだった。

 

   *   *   *

 

 ご飯を食べた後、あたしたちは観覧車に乗る事になった。これは朽葉の希望で、ずっと乗りたいと思っていたらしい。

 観覧車は遊園地のシンボルのようなもので、それなりに待ち時間も長かった。適当に雑談しながら暇を潰していると、スタッフさんがこちらに近づいてきて、笑顔でこう言った。

 

「よろしければ、待っている間にお写真を撮りませんか?」

「写真?」

「はい。観覧車は当園の名物でして、待ち時間が長い事で有名です。その間に写真を撮って少しでも楽しんでいただけたらという事で、今年から始めたサービスなんですよ」

「でも、それだと列から抜ける事になって、さらに待つ事になるんじゃ……」

 

 朽葉の疑問は最もだったが、スタッフさんは笑顔のままそれに答える。

 

「もちろん、撮影に時間がかかる場合は他のお客様を優先する事もあります。ですが撮影自体はすぐに終わるので、短時間なら場所の確保もできます」

 

 見ると、他の客も写真を撮っている。今年から始めたと言っていたし、まだまだ試験段階のサービスだが、どうやら好評のようだ。

 

「どうする?」

 

 ふたりの方を見ると、朽葉は「撮りたい!」と即答し、玲さんは「朽葉がいいなら」と頷いた。

 

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「かしこまりました。では、こちらにどうぞ」

 

 スタッフさんに誘導され、あたしたちは列から抜ける。そして観覧車の前に立つと、どこからともなく着ぐるみが現れて隣に並んだ。真ん中は朽葉で、その両隣があたしと玲さん、両端が着ぐるみという構図になる。

 

「では、撮りますよ」

 

 スタッフさんがカメラを構える。

 あたしは隣にいた朽葉の肩を抱き寄せ、ピースサインをした。玲さんも朽葉との距離を縮め、三人でほとんど密着するような形になる。

 カシャリというシャッター音がして、撮影は終わった。写真を確認したスタッフさんは満足そうな表情になり、「確認をお願いします」と撮った写真を見せてくれた。

 着ぐるみと一緒に写るあたしたちが、眩しいほどの笑顔を浮かべている写真──それを見た朽葉は嬉しそうに頬を紅潮させ、微笑んだ。

 あたしも自然と頬が緩むのを感じた。ここに来る前は重苦しい気持ちを背負っていたのに、今は思い出ができた事を喜んでいる。

 こんな時間が、ずっと続けばいいのに──心から、そう思った。

 

 

 ……だけど、幸せは長くは続かなかった。

 順番が来て乗り込んだ観覧車の中、景色にはしゃぐ朽葉を横目に見ながら、玲さんはあたしにこうきいた。

 

「恵海さんは、朽葉が少女死亡事件の犯人だと思っているのでしょう?」

 

 あたしが躊躇いながらも頷くと、玲さんはくすりと笑って、

 

「半分正解ね。実行したのは朽葉だけど、計画したのは私だもの」

 

 なんでもないように、そう言った。




キャラクター紹介③
未神玲
高校三年生で、未神朽葉の姉。
冷静沈着で、何を考えているのか読めない事が多い。
魔法少女としての服装は深紅のドレスの上に黒いローブを羽織るというもの。武器は不明だが、本編では金槌と釘を使用していた。ソウルジェムはブローチで、シンボルは逆さになった十字架。
固有魔法は「魂の操作」
対象の魂に触れ、それを自在に操る事ができる魔法。
契約時の願いは不明。

見た目のイメージ(Picrewの「ちり子式 ふわ髪女の子メーカー」で製作)

【挿絵表示】

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