──三日後
魔女に襲われた日から、あたしは未神姉妹と行動を共にする事が多くなった。
いざ話してみると、ふたりとはすぐに仲良くなれた。妹──朽葉は気弱で大人しい性格だったが、魔女を倒すのも躊躇するほどの、とても心優しい子だった。魔法少女には向いていない人格なのだろうが、あたしは彼女に好感が持てた。
魔法少女は単なる殺戮者ではない……その事を実感できたからだ。
一方、姉──玲さんはいつも落ち着いていて、魔女との戦いでも一切の躊躇なく得物を振るっていた。普通の女の子……というには大人びている気もしたけれど、玲さんの冷静さがあたしには羨ましかった。あたしは冷静さを欠く事がよくあったからだ。
ちなみに、あたしが朽葉の事を呼び捨てで呼んでいるのは玲さんにお願いされたからだ。朽葉の友達になってほしい──そのお願いをされる前にはもう、あたしは朽葉の事を友達だと思っていたのだけれど……ともかくそういうわけで、朽葉の事は呼び捨てで呼んでいる。本人は最初は戸惑っていたみたいだけど、特に嫌がる素振りは見せなかったのでほっとした。
玲さんをさん付けで読んでいるのは、彼女の年齢があたしのひとつ上だからという単純な理由だったりする……これもまあ、余談といえば余談だ。
そんな訳で、あたしには新しい知り合いが増えた。
知り合ってから三日。ふたりとも、あたしにとても良くしてくれたが……それには友達だからという理由の他に、もうひとつ理由があるような気がする。
その理由というのは──あたしが魔法少女の才能を持っていなかったとキュゥべえに告げられた事だった。
*
「……無理だ。キミには才能がない」
三日前の夕方、キュゥべえはあたしに向けてハッキリとそう言った。
あたしは驚いて「どうして?」ときき返した。朽葉と玲さんにあって、あたしにはないものは色々あるだろうが……まさか魔法少女の才能がないとは思わなかった。
「正確に言えば、才能というより因果の大きさだね。魔法少女になれる少女は、それなりの大きさの因果を抱えている。でも、キミは魔法少女になれるほどの因果を抱えていない」
「そうなんだ……」
因果と言われてもよく分からなかったが、とにかくあたしは魔法少女になれないらしい。
誰でもなれるものではない──薄々気付いてはいたが、面と向かって言われると少し落ち込む。
「まあ、うん、仕方ないよね……」
「すまないね」
キュゥべえはそう言って謝った。最も、表情は変わらないのでどう思っているのかは分からないのだけれど。
魔法少女になれないとなると、自衛する手段がない。また魔女の結界に引きずり込まれでもしたらおしまいだ。
そんな事を考えて、軽く身震いする。
すると、「……大丈夫」と言う声と共に、あたしの右手が握られた。その温もりは、朽葉のものだった。
「……わたしが、恵海さんを護るよ」
真摯な声で、朽葉は言う。
先程までいじめられていた子とは思えないほど、真っ直ぐで真剣な目。それを見た時、理由もなく安心感が湧き上がってきた。
「……うん、ありがとう」
あたしは左手で朽葉の手を包み込む。
とても、あたたかかった。
*
その日の授業が終わり、放課後になるとあたしは図書室に向かった。
本を読むのは好きだ。ひとりでいる時に暇を潰せるし、物語の世界に浸って想像力を駆使するのは楽しい。
今まで借りていた本を返却し、何かいい本はないかなと本棚の森をさまよっていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「玲さん」
声を掛けると、玲さんは振り向いて「恵海さんも本を借りに来たの?」ときいてきた。
「はい。でも、読みたい本が見つからなくて……」
図書室にある本は粗方読み尽くした──という事はなく、まだ読んでいない本ばかりなのだけれど……琴線に触れるような本は粗方読み尽くしてしまったので、何を借りようか迷っていた。
玲さんは「なら、私が本を選んであげるわ」と微笑み、あたしの趣向をきいた。
それから本棚の森に消えていき、一分もしないうちに一冊の本を持ってきた。
受け取り、タイトルを見る。有名なミステリー小説で、確か映画化もされていた筈だ。
「恵海さんが好きそうなシーンがあったから選んでみたのよ。お気に召すといいのだけれど」
「ありがとうございます!今まで読んだ事がなかったので、読んでみますね」
あたしが貸し出しの手続きを済ませる様子を、玲さんは楽しそうに見ていた。
「玲さんは何も借りないんですか?」
手続きが終わったところであたしがきくと、玲さんは「ええ、大丈夫よ」と言った。
「だって、ここにあった本は粗方読み尽くしたから……」
「え、そうなんですか」
読み尽くしたって……。
高校の三年間でそんな事ができる人、いたんだ……。
「退屈だったわ」と微笑みながら話す玲さんは人を超えた何かのような風格を漂わせている。あたしがそれに呑まれていると、「そういえば朽葉は一緒じゃないのかしら?」と玲さんが話題を変えてきた。
「あ、朽葉は委員会で遅くなるみたいです。お姉ちゃんに会ったら先に帰ってもらうように伝えてほしいって言っていました」
「そう……じゃあ、一緒に帰る?」
「はい!」
あたしは玲さんと一緒に、図書室を後にした。
*
「玲さん、朽葉といつも一緒に帰っているんですか?」
茜色に染まる通学路を歩きながら、あたしは玲さんに気になった事をきいてみた。
「基本的には一緒に帰るようにしているわ。勿論、今日みたいにどちらかの都合が合わない事もあるけれど」
「へぇ……あたしはひとりっ子なので、そういうの憧れますね。妹がいると毎日楽しそうだなぁ」
「それは人によるわね。この年齢になると、兄弟姉妹とはあまり話さないという人もいるみたいだし。私たちが変わっているのよ」
玲さんは前を向いたまま、淡々と言う。
「……それに朽葉は、私がいないと何もできないから」
だから、言葉に織り混ぜられた感情に、あたしは気付けなかった。
ここで気付いていれば、何かが変わったのかもしれないけれど。
*
その後、玲さんは何か考え事をしていたみたいで、歩みが遅くなっていた。
あたしもあたしで少し早足で歩きすぎた結果、玲さんより前に出てしまった。
少し立ち止まり、振り向こうとしたその時── 不意に、玲さんがきいてきた。
「そういえば……恵海さんは、まだ魔法少女になりたいと思っているの?」
突然の質問に少し戸惑った。その質問はあたしの中にある言語化できない感情を指し示していたからだ。
それでも頭の中で言葉を組み立て、あたしはその感情を無理矢理言語化しようと試みる。
「えっと……正直に言ってしまうと、なりたい気持ちはありますね。魔女や使い魔なんてものを知ってしまったし、それから身を守りたいという気持ちがあるので……それに、そういったものに対抗する力をあたしが身につければ、周りの人が魔女に襲われていた時に助ける事もできるし……」
でも、あたしには才能がない。
だから、諦めるしかないんです。
そう心で付け加えた時、玲さんが「……覚悟は、ある?」ときいてきた。
「えっ?」
「本当に魔法少女になる覚悟はあるの?自分には才能がないのをいい事に、綺麗事を言っているという訳ではなくて?」
玲さんの目は真剣だった。その迫力に気圧されそうになりながら、それでもあたしは躊躇いなく頷いた。
「覚悟はあります。確かに魔女や使い魔と戦うのは怖いし、命を落とす可能性もある。だけどさっきの言葉は綺麗事ではなく、あたしの本心です」
「……そう、分かったわ」
何故、そんな事をきいてきたのだろう。
あたしが疑問を口に出そうとした時、玲さんが思いもよらぬ事を言った。
「……
どういう事なのかきこうとした時、不意に視界が暗転した。
躰に力が入らず、その場に倒れ込む。
貧血か何かだろうか……そう思いながら、あたしは意識を失った。
*
目が覚めると、見た事がない天井が見えた。
視界に入るものから推測するに、どこかの工場のようだった。周りは仄かに明るいが、窓から見える景色は夕闇に染まっている。
そして……周りを見渡してみて、初めて自分が寝台に縛り付けられている事に気付いた。
「な、何これ……!」
あたしは十字に磔られたような体勢だった。藻掻くが、手首と足首を縛り付けている鎖はびくともしない。
「ごめんなさいね。驚かせちゃったかしら」
きこえてきた声に横を向く。
玲さんが立っていた。深紅のドレスの上に黒いローブを羽織っており、その格好を見てこれが魔法少女衣装なんだ、と妙に納得した。
「玲さん、これは……」
「施術中に暴れられては困るからね。少し乱暴だけど、こうさせてもらったわ」
その言葉に、意識を失う前にきいた言葉が甦る。
玲さんは、あたしを魔法少女にすると言っていた。
でも、どうやって……。
「施術って……本当に、あたしは魔法少女になれるんですか?」
「
「魔法少女と同等の存在?」
どういう事だろうと思っていると、玲さんは「力を抜いて、楽にしていてね」と言った。
言われた通り、力を抜く。どうやっても逆らえないし、何より──このチャンスを逃したくはなかった。
あたしの準備が整った事を確認すると、玲さんは囁いた。
「じゃあ、始めるわ」
その言葉と共に。
玲さんは、あたしの胸に手を突っ込んだ。
「へっ?」
玲さんの手は、あたしの胸の中に入っている。そうとしか言いようがない。
つまり、表面をすり抜け、心臓に触れられているのだ。びっくりして、あたしは悲鳴をあげた。
「動かないで」
玲さんはあたしの耳元でそう囁き……躰の中を掻き回し始めた。
何も感じない。だが、目に映るのは玲さんの腕があたしの躰に入り込み、何かを探している光景だ。
あまりの事に気絶しそうになった、その時……玲さんは目的のものを見つけた。
「これが恵海さんの
その囁きと共に、むず痒いような、痛いような……そんな感覚を覚える。
「ん……あっ……」
躰が跳ね、喘ぎ声が漏れる。
色々と誤解されそうなシチュエーションだったが、ここにはあたしと玲さんだけしかいない。
最も、恥ずかしいという気持ちは湧き上がってこなかった。絶え間なく奇妙な感覚に襲われる為、それどころではなかったからだ。
「ぁ……くぅ………っ」
あたしの中で、何かが形を変えていく。
より強い形に、進化を遂げていく。
それを感じながら、あたしはひたすらに耐えていた。
*
ものの数分で、施術は終わった。
「お疲れ様」
その言葉と共に、あたしはぐったりする。
脚が震えて上手く立てない。何もしていない筈なのに、どっと疲れていた。
「これで……あたしは、魔法少女に……?」
「試してみる?」
玲さんはどこからともなく鉄の塊を取り出した。明らかに重いと分かるものを軽々と運ぶ姿に、魔法少女と人間の差を思い知らされる。
「これを素手で貫いてみて」
「そんな無茶な……」
冗談かと思ったが、玲さんの微笑みに嘘の影は見当たらない。
それとも、魔法少女となると軽々と貫けるものなのか。
あたしはふらふらと立ち上がり、鉄の塊を見る。
かなりでかい。あたしの胸くらいまである。ピカピカに磨きあげられた表面に、信じられないという表情を浮かべたあたしの姿が映り込んでいる。
「今ならできるはずよ」
本当かなぁ……と思いつつ、あたしは身構え、腰が入っているとは言い難い正拳突きを放った。
手が砕けると思ったので、大分手加減してしまった。普通なら絶対に割れない。
だが……。
「えっ」
あたしの一撃は、鉄の塊を粉々に粉砕していた。
それを見て、玲さんがその微笑みを深くする。
「成功ね。これで恵海さんは魔力を手に入れた……魔法少女と同等の存在に成ったのよ」
魔力を扱う、擬似的な魔法少女。
こうして、あたしは人の域を超え……だけど魔法少女には及ばない半端者になってしまったのだった。
キャラクター紹介①
恵海楓
本作の主人公で、高校二年生。魔法少女の才能を持たない少女。
しかし、未神玲の施術により魔力を手に入れ、魔法少女もどきとなる。
お人好しな性格で、トラブルに首を突っ込む事が多い。
見た目のイメージ(Picrewの「*なっこ式*女子メーカー」で製作)
【挿絵表示】