「それで、恵海さんは魔法少女になれたんだ」
「まあ、擬似的なものらしいけどね」
翌日のお昼休み、あたしは朽葉に昨日起きた事を話していた。
朽葉はあたしの対面に座っていたが、話をきくのに夢中だったらしく、手の中のサンドイッチはひとくちだけ食べられたまま進んでいない。食べ終わってからでもよかったかなぁと思っていると、朽葉が「でも、珍しいな」と呟いた。
「珍しい?」
「お姉ちゃんがあの魔法を誰かに使うの、あまり見た事がないから」
「そうなの?」
「うん、よっぽど恵海さんが気に入ったのかも」
朽葉はそう言って微笑み、それから思い出したようにサンドイッチを食べ始めた。
玲さんは今ここにはいない。今日はクラスメイトとお昼を食べているらしかった。
サンドイッチを食べ進める朽葉を見ながら、あたしは昨日の事を思い出す。
*
どういう原理で魔法少女もどきになれたのかをきいたあたしに、玲さんはこう言った。
「私の固有魔法……魂を操る魔法によるものよ」
魂を操る魔法。
対象の魂に触れ、それを自在に操る事ができる魔法との事だった。
その魔法であたしの魂に触れた玲さんは、そこに魔力を注ぎ込み、強靭なものにした。
そして、魂に魔力が宿り、魔力を得たあたしは魔法少女と同等の存在になった……という訳だ。
「でも、魔力が空っぽになったらどうなるんですか?」
「その場合は戦えなくなるだけよ。だから、魔力が足りなくなったら私に言ってくれれば補充するわ」
魔法少女はソウルジェムが穢れて真っ黒にならない限り、魔力を自分で生み出せる。
だけど、半端者なあたしにはその機能はないので、魔力を玲さんから補充する必要がある。それは丁度、ガソリンと車、そしてガソリンスタンドの関係に似ている。
車はガソリンがないと走れないが、ガソリンを自分で生み出す事はできない。ガソリンスタンドでガソリンを補充しないといけない……と、例えるならこんなところだろう。
「それと、グリーフシードがないと穢れが溜まるのは通常の魔法少女と同じだから気をつけてね。恵海さんは常に変身しているような状態だから、穢れの蓄積も若干早いと思うわ」
通常の魔法少女ならば、変身を解く事でオンオフを切り替える事ができる。だけど、あたしはそうもいかないようだった。
こうして見ると、意外と穴だらけではある。そう、例えるならこれは──
「なんだか、プロトタイプみたいですね」
「プロトタイプ?」
「魔法少女システムの試作品って、こんな感じだったのかなぁって」
魔法少女のシステムにプロトタイプなんて概念があるのかどうかは知らないし、キュゥべえにきかないと分からない。だけど、何となくそんな感じがした。
あたしの言葉をきいて、玲さんは少し驚いたような表情を見せた。とても珍しい事だった。
「プロトタイプ……言い得て妙ね。だって実際、恵海さんは私が作った魔法少女システムのプロトタイプそのものだもの」
「えっ?」
私が作った魔法少女システム?
どういう事だと首を傾げていると、玲さんは内緒話をするように顔を寄せ、こう囁いた。
「……私は自分の手で魔法少女を作り出したいの。そして恵海さんは、その第一歩となる存在なのよ」
「魔法少女を作るって……つまり、キュゥべえに成り代わるって事ですか?」
「そうとも言えるわね。独自の魔法少女システムを作り出せば、もっと魔法少女が増える。そうなれば魔女による被害も減るかもしれないって、そう思ったのよ」
「なるほど……」
「もちろん、魔法少女になる子たちには迷惑を掛けてしまう事になる……でも、最近は魔女も増えているからね。戦力は多い方がいいのよ」
キュゥべえのように魔法少女を生み出そうなんて、普通の魔法少女にはできない事だ。魂を操る魔法を持つ玲さんだからこそ出来ることだといえる。
玲さんはその魔法を使って、人々の平和の為に戦っているんだ。
あたしもそうなりたいと、素直に思った。
「……恵海さん、どうしたの?そんなにじっと見て」
「え?いや、あはは……あたしも玲さんみたいになりたいなぁって思って」
「そう……嬉しいわ、ありがとう」
玲さんは嬉しそうに笑う。
その表情もまた、珍しいものだった。
*
朽葉がサンドイッチを食べ終えた頃には、予鈴が鳴る10分前となっていた。
あたしと朽葉が連れ立って教室に戻ると、何人かのクラスメイトがこちらを見た。仲程とその取り巻きたちだった。
あたしが朽葉と友達になって以降、仲程たちが絡んでくる事は少なくなっていた。それはいい事なんだろうけど、変わりにひそひそ話やこっちを見てニヤニヤと笑う事が増えた。
居心地が悪いと思わせる事で、相手の精神を悪化させる行為。場合によっては、単純な暴力や言葉の暴力よりも相手を傷付ける事ができる。
実際、朽葉は居心地が悪そうだった。自分がどうして注目されているのが分からないと、人はだんだん精神をすり減らしていく。仲程たちの行為は、下手な暴力よりも効果があったといえるだろう。
あたしは朽葉に「気にする事はないよ」と囁いた。朽葉は頷いたが、その仕草はどこか弱々しいものだった。
*
放課後になり、あたしは未神姉妹と一緒に下校していた。
あたしはイラスト部に所属していたが、部活があるのは週に1回だ。今日はない日だったので、普通に下校していた。ちなみに、未神姉妹は部活に入っていない。
三人で談笑しながら歩いていると、玲さんが急に立ち止まった。次いで、朽葉もハッとした表情を浮かべる。
「どうしたの?」
あたしがきくと、朽葉が緊張した面持ちで「……魔女の気配がする」と呟いた。
「えっ?」
あたしは驚き、きょろきょろと辺りを見回す。しかし魔女の気配は感じない。
その様子を見て、玲さんがあたしに言った。
「……そういえば、魔力を探知する機能は付けていなかったわね。後で調整するから、とりあえず今は私たちに着いてきて」
「は、はい……分かりました」
ふたりは顔を見合わせると、気配がしたのであろう方向へと駆け出す。
あたしもあわてて、後を追った。
*
薄暗い路地裏に、魔女の結界を見つけた。
ふたりはすぐさま変身する。玲さんは昨日も見た深紅のドレスの上に黒いローブを羽織った服装で、朽葉は純白の修道服に身を包んでいた。
あたしは鞄を地面に置くと、深呼吸する。
自分の内にある衝動を解放するように気持ちを昂らせていくと、徐々に躰が暖かくなってきた。
「すごい……本当に魔力を使えてる……」
朽葉があたしを見て驚いた表情を浮かべる。
玲さんは微笑み、「先に行っているわね」と結界の中に飛び込んでいった。
それに続いて、朽葉も飛び込んでいく。
あたしは魔力の出力を安定させると、「よしっ!」と気合いを入れ、結界へと飛び込んでいった。
*
前衛的なアートのような色とりどりの空間に、文房具を思い切り歪めたような不思議な生物が跋扈している──その結界は、あたしが初めて入り込み、そして死にかけた結界だった。
未神姉妹は既に戦い始めている。朽葉は薙刀を振り回し、一度に多くの使い魔を相手取っていたし、玲さんに至っては何をしているのか分からなかった。何度も使い魔の大群に飲み込まれていたが、直ぐに使い魔たちは崩れ落ちて消滅してしまい、玲さんは涼しい表情を浮かべたまま次の大群に飲み込まれる……その繰り返しだった。
ふたりの奮闘を見て、あたしの闘争心にも火がついた。
心臓を起点に流れるエネルギーの本流を右手に集め、近くの使い魔に殴りかかる。荒々しい攻撃ではあったが、その一撃は使い魔を容易く屠り去った。
後ろから近付いてきた使い魔を、今度は蹴りで撃破する。それでもまだ近づいてくるので、腕を広げてぶんぶんと振り回した。
あたしは武道の経験なんてないし、命を掛けるほどの修羅場にも無縁の存在だった。トラブルに首を突っ込み、自衛の為に拳を振るった事はあったけれど、それだって子供の喧嘩の域を出ない。
だが、今は軽々と動けていた。躰は本当にあたしのものかと思うほどに軽く、自分でも信じられないような動きができた。
使い魔の攻撃をバク宙で躱し、更に襲いかかってきたところを足払いで転ばせる。そして態勢を崩したところに本気の拳を叩き込んだ。
そうやって倒していると、次第に拳では埒が明かなくなってくる。漫画やアニメみたいに波動砲みたいなものを撃てればいいのだけれど、あたしにできる事は魔力を拳に纏わせる事くらいなので不可能だ。
それでも根気強く倒していると、やがて使い魔が一掃された。初めての戦闘だったという事もあり、精神的に疲れてはいたものの、躰は全くといっていいほど疲れていないし、傷も掠り傷程度だった。損害は少ないといえる。
「初めてにしては上出来ね」
玲さんがこちらに近付いてきた。まだまだ余裕だと言わんばかりの微笑みを浮かべながら、あたしに向かって言う。
「すごく躰が軽かったです……!このまま魔女も倒しちゃいますか?あたし、まだまだいけますよ!」
意気込むあたしに「頼もしいわね」と微笑む玲さん。その後ろから、朽葉がひょっこりと顔をのぞかせた。
「恵海さん、大丈夫だった?」
「あたしは大丈夫だよ、朽葉も大丈夫?」
「うん。それにしてもすごいね……初めてなのに、物怖じしないで戦えるなんて」
「物怖じしない訳じゃなかったけど……多分、一回使い魔に殺されかけてるからかなぁ」
そんな会話をしていると、玲さんが「おしゃべりは終わった後でね。今は魔女を倒しましょう」と言ったので、あたしと朽葉は再び気を引き締めた。
念の為に周りに使い魔がいない事を確認してから、あたしたちは結界の最奥部へと進んだ。
*
結界の最深部は使い魔で溢れていた。
その多さにも驚いたけど、何よりも目を引いたのは魔女の姿だった。
使い魔は文房具を歪にしたような奇妙な見た目だったから、魔女もそんな感じなんだろうなと思っていた。
だが、今目の前にいるのは──
「鉛筆削り……?」
全身に針が生え、キャタピラが付属した巨大な鉛筆削り──それが、魔女の見た目だった。
そのインパクトに呑まれかけたあたしに構わず、自分の居場所を荒らされた魔女は勢いよく襲い掛かってきた。
あたしたちもすぐさまそれを迎撃し……あたしにとって初めての魔女戦が始まった。