深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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第3話「無力な少女」

 魔女の突進を回避し、拳を叩き込む。

 普通の使い魔ならそれで倒せるし、魔女でも怯ませる事ができる筈だったが、この魔女は頑丈だった。胴体が少しへこんだだけで、ダメージを与えた様子はない。

 それは朽葉も同じらしく、薙刀を振るうが魔女には効いていない様子だった。玲さんに至っては使い魔に妨害され、魔女の元に近付く事すらできていない。

 魔女の攻撃を回避し、効きもしない攻撃を繰り出し、また攻撃を回避する──その繰り返しで、次第にあたしたちは疲弊していった。

 それに対して、魔女はまだまだ元気そうだった。自分の縄張りを荒らした不届き者を排除すべく、使い魔を巻き込みながら暴れている。

 躰中に生えた針が光る。あんなもので貫かれたらズタズタになってしまう。

 と思っていたら、魔女が勢いよく針を飛ばしてきた。全方位への攻撃だったので、魔女の側面から跳躍して薙刀を振り下ろそうとしていた朽葉は回避しきれなかった。咄嗟に薙刀でガードしようとしたが、薙刀は防御には向いていない。最悪の事態こそ免れたものの、朽葉は吹き飛ばされてしまった。

 

「朽葉!」

 

 あたしは叫んだが、針を回避するので精一杯だったので朽葉に駆け寄る事はできなかった。

 針は太く、鋭い。あたしの防御なんて簡単に貫いてしまうだろう。

 冷や汗をかきながら、あたしはがむしゃらに針を回避した。

 なかなか敵を倒せないのでイラついたのだろう。魔女は怒り狂ったように暴れ回り、近くにいた不運な使い魔が何匹か踏み潰された。

 それから大きく口を開き、凄まじい勢いで物を吸い込み始めた。

 鉛筆削りというより、掃除機のようだ。朽葉は薙刀を地面に突き立て、何とか耐えていたし、玲さんも使い魔をうまく利用しながら吸い込みを防いでいる。

 だが、あたしには防ぐ術がなかった。躰が浮き上がり、ものすごい勢いで魔女の口へと運ばれていく。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 悲鳴をあげるあたしの視界に、魔女の口が迫る。

 このままだと食べられる!──そう思い、じたばたともがいたが……予想に反して、魔女はあたしを丸呑みにはしなかった。

 

「あぐっ……」

 

 半分ほど口の中に入ったところで、魔女は口を閉じた。

 おなかが圧迫され、呻き声と共に血を吐く。

 目の前は真っ暗で、何も分からない。外界の音も遮断されていた。

 丸呑みにされていないなら、まだ助かるチャンスはある──そう思い、もがこうとした、その時……嫌な予感が脳裏をよぎった。

 魔女は鉛筆削りの形をしている。そして今のあたしは鉛筆削りに突っ込まれた鉛筆のようなものだ。

 じゃあ、この後、あたしは………

 

 ……答えは、すぐにもたらされた。

 抜け出そうともがいていた躰が、口内に生えていた刃によって削られていったのだ。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

 

 とてつもない激痛が走り、絶叫する。

 ごりごりと削られていくあたしの破片が、大量の血とともに下へと落ちていく。普通の鉛筆削りでいうところの削りカスを溜める箇所。そこが、この魔女の胃袋だった。

 普通の人間ならとっくに死んでいるであろう状況。それでも、あたしは生きていた。

 でも、このままだと死ぬだろう。

 魔法少女になれたのに、何も成せないまま……。

 

 やがて、意識が遠くなっていく。

 ほとんど働かない思考の中、最後に思ったのは残された仲間への謝罪でも、魔法少女として何も成せないという後悔でもなく、やっと痛みから解放されるという安堵だった。

 

 

 楓が魔女に捕食され、躰を削られていくのを見て、朽葉は魔女に突進した。

 しかし、使い魔に遮られてままならない。焦燥感がこみ上げ、乱雑に薙刀を振るうが……あまりにも雑な攻撃だったため、使い魔に防がれてしまった。

 

(このままだと、恵海さんが……!)

 

 なかなか倒れない使い魔に苛立ち、冷静になろうと思っていてもますます攻撃が雑になってしまう。

 そんな朽葉を救い、突破口を切り開いたのは玲だった。

 玲はいつの間にか一匹の使い魔の魂に触れ、その躰ごと操っていた。玲が腕を振り下ろす度に操られた使い魔が吹っ飛んでいき、ボウリングのビンを倒すかのように使い魔を吹き飛ばしていった。

 玲は使い魔を一掃すると、立ち尽くしていた朽葉に言う。

 

「ぼんやりしていないで早く行きなさい」

「でも、わたしの力じゃあの魔女に傷をつけられないよ……!」

 

 朽葉が慌てて言うと、玲はため息をついて、

 

「薙刀でやるのがいけないのよ。恵海さんを助けたいなら、自分の腕が壊れるくらいの勢いで殴りつけなさい。軽く調整してあげるから」

 

 そう言うと、朽葉のソウルジェムに触れ、魔力を注ぎ込んだ。

 

「あ、ありがとう……行ってくるね」

 

 朽葉は脚に魔力を溜め、それを解き放って加速。瞬く間に魔女の元へと辿り着き、その勢いで魔女を殴った。

 硬い。このままだと、こちらの手が砕けてしまいそうだ。

 だが……諦める訳にはいかなかった。

 朽葉はがむしゃらに魔女を殴りつける。それに苛立ったのか、魔女が反撃してくるが……それに怯む事はなかった。

 楓はまだ捕食されている。何とかして口を開かせる事ができれば解放できるが、魔女は頑として口を開かない。

 どうすれば……朽葉がそう思った時、魔女に変化があった。

 口内で小規模な爆発が起き、魔女が苦しげに口を開いたのだ。 

 魔女は悶え、楓を吐き出す。

 朽葉は慌てて楓を受け止めた。躰は削られ、酷い有様ではあったが……まだ死んではいない。

 楓にはソウルジェムが存在しない(厳密には、目に見える位置にない)ため、穢れの溜まり具合は分からない。朽葉はとりあえず楓をグリーフシードで浄化しようとして、どうすればいいか分からないことに気付いた。

 迷ったが、ひとまず楓を安全圏まで退避させる。当然、魔女はそれを追いかけようとしたが……その前に玲が立ち塞がった。

 魔女は玲を捕食しようと口を開く。先程のような吸い込みに、しかし玲は抗う術をもたない。

 彼女の躰が吸い込まれ、捕食される……直前、玲は二本の釘を取り出し、一本を魔女の口内に投擲した。

 体内はそこまで硬くなかったらしく、喉に刺さった異物に魔女は動きを止める。

 玲は地面に着地すると、今度は藁人形と金槌を取り出した。

 藁人形に釘を押し当て、金槌を振り上げる。無防備な獲物を前に、チャンスとばかりに魔女が襲い掛かるが……玲は動じなかった。

 

「無駄よ」

 

 そんな声と共に、金槌を振り下ろす。

 瞬間、魔女が悶え苦しんだ。

 玲は構わずに金槌を振り下ろす。

 金槌が釘を打つ度に魔女は苦しみ、悲鳴をあげた。

 釘を打ち終えた時には、魔女は横倒しになっていた。

 

「侵入成功。さて、魂の在処は……」

 

 玲は目を閉じ、魔力を探る。

 そして魔力を込めた釘が魂を貫いているのを確認すると、にこりと笑みを浮かべた。

 

「もう遅い時間だし、終わらせちゃいましょうか」

 

 そう呟いて、指を鳴らす。

 すると、釘に込められていた魔力が暴発し、一瞬で魂を破壊した。

 魔女はグリーフシードを残して消滅し、結界も解除された。

 玲は変身を解くと、楓を治療している朽葉に歩み寄ってこうきいた。

 

「恵海さんは大丈夫?」

 

 その声に朽葉は治療の手を止め、頷く。

 

「うん。ソウルジェムの浄化はしたし、躰とか制服も直したよ」

「そう。お疲れ様」

 

 朽葉の固有魔法は「修復」である。物を直す魔法で、それは人体にも適用される。

 

「ただ、しばらく目は覚まさないと思うけど……」

「無理もないわね。初めての戦闘であんな酷い事をされたら誰だって閉じこもりたくなるわよ」

 

 楓は目を覚まさない。その寝顔もまた、安らかなものとはいえなかった。

 

「……恵海さん、魔法少女やめちゃうのかな」

 

 ふと、朽葉がぽつりと呟いた。

 

「どうして?」

「だって、躰を削られるなんて……普通の子じゃ耐えられないよ。わたしたちでも、あんな傷は負った事がないのに……」

「……それはどうかしらね」

「え?」

 

 朽葉は玲を見る。

 玲は楓に視線を向けたまま、思い出すような口振りでこう言った。

 

「朽葉が魔女を攻撃した時、口の中で爆発が起きたでしょう?あれは恵海さんがやったのよ」

「恵海さんが……?」

「魔力を溜めて、一気に爆発させたのよ。もちろん、本人にも被害は及ぶけど……それでも、あの状況にありながら恵海さんは諦めなかった」

 

 最も、無意識でやった事みたいだけどね──そう呟いて、玲は楓の頬をそっと撫でる。

 

「あの状況下で諦めずに反撃した人が、魔法少女を辞めるかしら?」

 

 玲の呟きに、朽葉は答えられなかった。

 ふたりの視線の先で、楓は少しだけ表情を歪め、寝息を立てていた。

 

 

 ……目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。

 シミだらけの天井にはあたしが好きなバンドのポスターが貼ってある。ここは──あたしの自室だ。

 昼寝でもしてたんだっけと思いながら、ゆっくりと躰を起こす。なぜか、寝間着を着ていた。

 そこで、自分がどうなったのかを思い出した。

 削られていく自分の躰、絶叫しながら考えた事、意識を失う直前、躰の中で魔力が膨らんで、そして──

 

「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 か細い悲鳴が漏れる。

 パニックに陥ったまま部屋の中をぐるりと見渡して……ベッドの脇に、一枚のメモがあるのを見つけた。

 震える指でそれをつまみ、中身を読む。

 メモの内容は短かった。

 

 

『魔女は倒した。怪我も朽葉が治した。今はとりあえず、何も考えないでゆっくり休んで』

 

 

 丁寧な字で書かれたそれには書き手の名前がなかったが、内容を見て玲さんだと想像がついた。

 寝間着を捲りあげ、自分の躰を見ると、どこにも傷はなかった。

 それを見て力が抜け、あたしはぼんやりと天井を見つめる。

 あたしは玲さんと朽葉に助けられたんだ。

 何の役にも立てなかった。もしかしたら、ふたりを危険に晒したかもしれない。

 罪悪感と……それ以上に恐怖が湧き上がってくる。

 

 あたしは、何も分かっていなかった。

 魔法少女になるって、こういう事だったんだ。

 

 罪悪感に包まれ、だけど恐怖に呑まれないようにしながら、あたしはぎゅっと身を縮める。

 窓の外を見ると、先の見えない暗闇が広がっていた。




キャラクター紹介②
未神朽葉
高校二年生で、未神玲の妹。
気弱で大人しく、心優しい少女。
魔法少女としての服装は純白の修道服で、武器は薙刀。ソウルジェムは胸のロザリオで、シンボルは十字架。
固有魔法は「修復」
物を直す魔法で、人体も直せる。
契約時の願いは「壊れてしまったおもちゃを直したい」

見た目のイメージ(Picrewの「妙子式2」で製作)

【挿絵表示】
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