深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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第4話「或る事件」

 数日後、あたしはとある喫茶店にいた。

 木目調の壁と、控えめな照明。BGMにはゆったりとした音楽が流れている。あたしは音楽に疎いのでよく分からないが、おそらくジャズだろう。

 人はまばらで、ふたりがけの席はほとんど埋まっていない。店のマスターも暇そうに皿洗いをしており、ゆっくりと時間が流れていた。

 あたしの対面にはひとりの女性がいる。ナチュラルブラウンの髪に茶色い瞳の女性。化粧こそ薄いものの、顔立ちは整っており、所作もスマートだった。あたしなんかとは比べ者にならないほどの美人だ。

 女性の名は雨宮海乃(あまみやうみの)。あたしの先輩にあたる人で、現在は大学3年生。先輩といっても、学校での交流はなかった。ただ、同じ高校に通っていたのは事実だし、海乃ちゃんはあたしの近所に住んでいるから、感覚としては先輩というより近所のお姉さんという方が近い。

 海乃ちゃんはコーヒーをひとくち飲んで、「急に呼び出してごめんね」と謝罪の言葉を口にした。

 

「ううん、大丈夫。あたしも暇だったし」

 

 ここ数日間は未神姉妹とも顔を合わせ辛く、ひとりでぼんやりしている事が多かった。だから海乃ちゃんの呼び出しはいい気分転換になるなと、この時はそう思っていた。

 

「それより何があったの?海乃ちゃんがあたしを呼び出すなんて珍しい……」

 

 あたしがそう言うと、海乃ちゃんは真剣な表情になり、思いもよらぬ事を言った。

 

「実はね、魔法少女の事で相談があるんだけど……」

「……え?」

 

 一瞬、海乃ちゃんの口から出た言葉の意味が分からなかった。

 それが咀嚼され、意味のあるものに変化した時……あたしの口からは間抜けな声が出ていた。

 

「な、なんで海乃ちゃんが魔法少女の事を……」

「わたしも魔法少女だから。楓ちゃんが魔法少女に近い存在になった事は未神さんからきいているわ」

 

 海乃ちゃんは魔法少女の指輪をあたしに見せた。確かに、未神姉妹が持っていたものと同じ指輪だ。

 近所のお姉さんというイメージしかなかっただけに、その事実は衝撃的だった。

 

「まさか、海乃ちゃんが魔法少女だったなんて……」

「隠していてごめんね。でも、こればかりは言えない事だったから……」

 

 海乃ちゃんは申し訳なさそうな表情でこちらを見たあと、「それで、続きなんだけど……」と話を戻した。

 

「今朝のニュースって見た?」

「え?いや、あたしニュース見ないから……」

「……ニュースくらい見ておいた方がいいよ。まあそんな事より、見てないならこっちの方が早いか」

 

 海乃ちゃんは横に置いていたバッグから一冊のノートを取りだし、パラパラと捲ってあたしに見せた。

 新聞記事が切り抜かれ、スクラップされている。その中で海乃ちゃんが見せてくれたのは、今朝の新聞の切り抜きだった。

 

「えっとなになに……?少女死亡事件……」

 

 記事に書かれていたのは、この街で少女が次々に亡くなっているという事件だった。それならまだ珍しくもないのだが、この事件にはとある特徴があるのだという。

 

「死人が突如生き返った……って、どういう事?」

 

 今までに亡くなっているのは七人。だが、そのうちの一人は死亡が確認され、葬式を執り行なっている時に突如復活したのだという。

 

「魔法少女が関与している事件だと、わたしは思っているわ。事件の被害者が少女だけだというのも気になるし、何より死者が蘇るなんて明らかに魔法の仕業だからね」

「注意して……って事?」

 

 あたしの言葉に、海乃ちゃんは「それもあるけど、本題はまた別」と言ってまたコーヒーをひとくち飲んだ。つられてあたしも注文したオレンジジュースをひとくち飲む。

 

「……わたしはこの事件を調査しようと思っているの。誰かが止めないと被害者は増え続けるだろうから……」

 

 それでね、と海乃ちゃんは続けた。

 

「もし良ければ、楓ちゃんにわたしの助手をしてほしいの」

「あたしに?」

 

 驚いて海乃ちゃんの方を見たが、冗談を言っている様子ではなさそうだった。

 

「楓ちゃん、魔女との戦いがトラウマになってるんだよね?調査を手伝ってくれればグリーフシードは融通できるし、悪い話じゃないと思うけど……」

「それは……」

 

 確かにそうだ。

 殺されかけた時以来、あたしが魔女との戦いを恐れているのは事実だし、かといってグリーフシードを得られないと、万が一の時に魔力を使えなくなってしまう。それだけは避けたいところだった。

 

「でも、あたしなんかが役に立てる事があるのかな……」

 

 卑下でもなんでもなく、本心から出た問いだった。

 魔女との戦いを恐れ、逃げ出そうとしたようなこんなあたしが、役に立てるのだろうか。

 それに対して、海乃ちゃんは優しく言った。

 

「自分を卑下しなくても、できる事はきっとある。だからそんなに卑屈にならなくても大丈夫よ」

 

 卑下していると思われたようだが、それも仕方がないか……と思う。

 どのみちあたしは魔女とは戦えない。なら、別の事で役に立ったほうがいいんじゃないか?

 それが、玲さんと朽葉に報いる事に繋がるんじゃないか?

 そう思ったあたしは、暫く考えた後、海乃ちゃんに頷いた。

 

「……あたしでいいなら、よろしくお願いします」

 

 それを見た海乃ちゃんは「ありがとう」とあたしに微笑んだ。

 

 

 ……こうしてあたしは、世間を騒がす事件に関わっていく事になる。

 この選択が、どんな結末に繋がるのかも知らぬまま。

 

 

「な、なんで……こんな……っ!」

 

 楓が海乃と話していた、ちょうどその頃。

 とある魔女結界で、ひとりの魔法少女が怯えた表情を浮かべていた。

 彼女の前には魔女や使い魔がいる。だが、それらは全て横倒しになり、動いていない。結界は解除されていないので、まだ生きてはいる事は確実だ。単に気絶しているだけではあるが、その光景は異様といえば異様だった。

 魔法少女を怯えさせているのは魔女ではなく、その隣に立つ人影だった。黒いローブを着ており、その顔には白い仮面が装着されている。魔法少女のようだが、それ以上の事は分からない。

 人影の後ろは壁だったが、その壁には異様なものが張り付いていた。罅の入った銀色の胸当てに、あちこちが破れた灰色のスカート、手と足には装甲を纏っているが、こちらもボロボロだった。

 それは、軽装の鎧を纏った魔法少女だった。少し前までは魔女相手に果敢に剣を振るっていた彼女は、しかし壁に磔られ、血を流している。ぐったりとしており、意識はないようだ。

 磔られた魔法少女は、怯えている魔法少女の友人だった。一緒に魔女退治をしようと結界に飛び込み、倒す寸前でローブの人影に妨害されたのだ。

 

「ひ、酷いよ……あなたも魔法少女でしょ!?なのになんで、攻撃してくるの!?」

 

 怯えている魔法少女は深緑色のローブに樫の杖という、魔法使いのような出で立ちをしていた。先程までは魔女相手に魔法を振るっていた少女は、しかし腰を抜かして震えている。

 ローブの人影は磔にされている魔法少女に近づく。それを見て立ち向かう勇気が生まれたのか、怯えていた魔法少女が杖を振り上げ、必死に魔力の弾を放つ。

 しかし、その一撃は人影に辿り着く前に霧散した。人影は動きを止めることなく、磔にされている魔法少女に近付き──魔力を込めた拳で、少女の左胸を抉りとった。

 引き抜かれた手には、歪な形をした心臓と共に、緑色の輝きがあった。胸当ての内側に隠されていたソウルジェムだった。

 ローブの人影は心臓を興味なさそうに投げ捨て、ソウルジェムを握りしめたまま、もうひとりの魔法少女の方へと向かう。

 自分に危険が及ぶ事を察知したのか、少女は逃げようとしたが……その前に、頭部が異様に膨らんで爆ぜた。ローブの人影が音もなく少女に忍び寄り、首元に付いているソウルジェムに手を触れた事で起こった現象だった。

 頭部を失った躰が崩れ落ちる。人影はソウルジェムを回収すると、魔女には目もくれずに歩き出した。

 

 翌朝、ふたりの少女が行方不明になったという話が町中を駆け巡った。

 だが、正体不明の悪意が密かに活動を続けている事は、誰も分からなかった。

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