平凡な住宅街に所在する、朽ちかけた一軒家。
外壁はヒビが入っており、庭の草は伸び放題。といっても右隣の家は空き地で、左隣の家はこの家同様にボロボロなため、苦情を言う人はあまりいなかった。
壊れた呼び鈴の隣にある表札には「未神」とある。車はなく、家人が外出しているのか、そもそも車を持っていないかは判然としない。
外見に反して、家の中は小綺麗だった。家具は少ないが、きちんと整理整頓が施されている。
そして、その中の一室からは……少し艶かしい声が漏れていた。
「んっ……は……ぁっ……」
「そう、力を抜いて……大丈夫、痛くはしないわ」
「でも、おねえちゃ、これ……っ……躰が……熱くなって……っ」
「仕方ないわよ。ほら、我慢して。次はもうちょっと強めにするわよ」
「あ……あぁっ!」
嬌声。次いで、躰が跳ねてベッドが軋む音。
荒い吐息がきこえ、それに消え入りそうな呻きが混ざる。その呻きは少しばかりの快楽と恥が混ざる、扇情的なものだった。
「……あのー、お願いした身でアレだけど、やっぱり帰った方がいいですか?」
「気にする事はないわ。もう少しで終わるから」
そう言って、未神玲はベッドに寝かせた妹──未神朽葉のソウルジェムに触れる。
その度に朽葉の躰は跳ね、口からは喘ぎ声が漏れた。
扉の陰からそれを見て気まずそうにしているのは、恵海楓と雨宮海乃。楓は顔を赤くし、海乃は平然としているように見えて、その額には汗が浮いていた。
……この状況が成立したのは、15分前に楓と玲が交わした会話がきっかけだった。
*
喫茶店を出た後、あたしはその横にある電話ボックスを利用し、玲さんに電話を掛けた。
顔を合わせ辛い事もあり、少し躊躇われる事だったが……調整を頼もうと思ったのだ。
事件に関わる以上、コンディションは最適な方がいい──そう思っての事だった。
以前に朽葉から貰っていた電話番号に掛けると、ややあってから相手が電話に出た。
『はい、未神です』
「もしもし……玲さんですか?恵海です」
『あら、恵海さん。どうしたの?電話を掛けてくるなんて珍しいわね』
「その……実は調整を頼もうと思いまして」
電話に出た玲さんの様子はいつもと変わらない。
それに安心しながら、あたしは事件の事やそれに自分が関わる事を掻い摘んで話した。
話し終わると、玲さんは「事情は分かったわ」と言った後、少し考えてから場所を指定してきた。
「なら、今から私の家に来れるかしら?今は朽葉を調整しているところだから、少し待たせてしまうけれど」
「あ、それは大丈夫です」
「なら決まりね。住所を教えるけど、そこにメモはあるかしら?」
「ええと……」
あたしは持っていたショルダーバッグからメモ帳とペンを取り出すと、玲さんが口にした住所を書き留めた。
通話を終え、電話ボックスから出る。外で待っていた海乃ちゃんに事情を説明すると「わたしも行く」と言ったので、ふたりで未神家を目指す事にした。
そして未神家に到着し、玲さんが朽葉の調整をしているところに出くわしたというわけだった。
*
調整が終わると、朽葉はくてんと弛緩した。まだ息は少し荒く、頬も赤い。
「これ……大丈夫なんですか?」
「ちょっと強めにやったからこうなってるだけよ。大丈夫」
玲さんはなんでもないように答えた。彼女がこう言っている以上、本当に大丈夫なんだろうけど……少し心配ではある。
いや、そんな事よりも──
「……なんで朽葉、服着てないんですか?」
朽葉が着ているのは純白の下着のみで、服は着ていなかった。そんな状態で顔を真っ赤にしながらくてんと弛緩してるものだから、こちらまでどきどきしてしまう。
視線を下げると、思いがけず量感のある膨らみが目に入った。普段は地味だし目立たないのだが、こうして見ると朽葉は意外とスタイルがいい。
「いつも調整の時は服を脱いでいるのよ。特に今の時期は暑いし、朽葉は調整中に汗をかくのを嫌がるから」
朽葉から必死に目を逸らそうとするあたしを面白いものを見るように眺めながら、玲さんが言う。
「朽葉はソウルジェムが露出しているからいいけど、恵海さんはそうじゃないし……むしろ脱いだ方が施術はやりやすいかもしれないわね」
「な、なるほど……」
そう言われると弱い。
こちらは施術をしてもらっている身だ。玲さんがやりやすいようにするのは当然だろう。
迷ったが、あたしは着ていたTシャツとジーンズを脱ぎ、下着姿となった。
玲さんのみならず、朽葉や海乃ちゃんまでまじまじと見てくるものだから恥ずかしい。
「あ、あんまり見ないでよ……」
「……制服越しだと分かりにくいけど、意外とスタイルいいのね」
玲さんが感心したような口調で言った。あたしの隣では海乃ちゃんがなぜか自慢げに頷いている。
貶されている訳ではないし、むしろ褒められていると言ってもいいくらいなので嬉しかったけど、あたしは早口で「早く始めてください……」と呟く事しかできなかった。
「なら、そこの寝台に横になって」
玲さんの促しに従い、あたしはベッドに横になる。
それから調整を受け……終わってからは、朽葉と同じような状態になっていた。
……やっぱり恥ずかしい。
*
調整が終わった後、あたしたちは未神家のリビングで談笑していた。
といっても、話題は和やかなものとは言い難いものだった。少女失踪事件についての話だったからだ。
玲さんと朽葉はあたしと違ってニュースを真面目に見ていたらしく、事件についてある程度の事は知っていた。しかし、それが魔法少女によるものだというところまでは想像していなかったらしく、海乃ちゃんの話をきいて驚いていた。
「でも、仮に魔法少女が犯人だとしたら、動機が分からないよね」
朽葉の言葉に、玲さんも同意する。
「理由のない犯罪というケースもあるけれど、そこは調査していくしかないわね。雨宮さん、被害者の身元は判明したのかしら?」
「まだ分からない。ニュースでも匿名で報道されていたから……」
そこはこれから楓ちゃんと調べていくつもりだよ──そう海乃ちゃんは言って、出された麦茶をひとくち飲んだ。
「恵海さん、本当に大丈夫?」
不意に、朽葉があたしの方を見てきいてきた。
「大丈夫って、何が?」
「その……仮に犯人が魔法少女だとしたら、戦闘になるかもしれないし、心配だなって……」
確かに、その懸念はあたしにもある。
魔女との戦闘さえこなせないあたしに魔法少女との戦闘ができるかと言われると難しいし、そもそも海乃ちゃんが優秀なのであまり役に立たないかもしれない。
だけど……
「……大丈夫かと言われるとそうでもないけど、でも、あたしがやらないと。いつまでも玲さんと朽葉にお世話になっている訳にはいかないからね」
心配してくれてありがとう──あたしはそう言って、朽葉の頭を撫でた。
さらさらとした髪の感触と温もりが伝わってきて、不安が少し薄れる。
「とにかく、被害者の身元くらいは調べないとね。楓ちゃん、この後時間ある?」
「うん、大丈夫だよ」
学校はもう少しで夏休みだし、急ぐべき課題もない。
あたしと海乃ちゃんはもう少し調査をする事にして、そろそろお暇する事にした。
「ちょっと待って」
グラスを片付け、席を立ったあたしたちを、玲さんはそう言って引き止めた。
「どうしたの?」
「手がかりは何ひとつないんでしょう?なら、この町の情報屋を訪ねてみたらどうかしら」
「情報屋?」
何かの警察小説に出てくるような単語を耳にして、あたしは首を傾げる。
だが、海乃ちゃんには心当たりがあったらしく、「なるほどね……」と思案し始めた。
「……そうだね、確かにあの子なら何か知ってるかも」
ありがとう、未神さん──海乃ちゃんは玲さんに礼を言ってから、あたしの方を向いて「じゃあ、行こっか」と微笑んだ。
「あ、はい!玲さん、調整ありがとうございました!」
「またいつでもいらっしゃい」
「気をつけてね」
微笑む玲さんと少し心配そうな朽葉に見送られながら、あたしたちは未神家を出た。
*
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
楓と海乃が出ていった後、朽葉が玲を見て不思議そうな顔をした。
「凄く嬉しそうだけど……何かあったの?」
本人は顔に出しているつもりはなかったのだが、朽葉から見ると嬉しそうに見えたらしい。玲が感情を顔に出すのは珍しい事なのだが。
玲は微笑んで、「なんでもないわ」と言った。
「……ただ、
*
海乃ちゃんに連れられてやってきたのは、駅前にあるコンビニエンスストアだった。
いや、正確には「コンビニエンスストアだった建物」と言うべきだろう。シャッターが閉まっていたし、看板は消えて読めなくなっている。駅前はそこそこ活気に溢れている場所なのだが、その中で唯一閉店しているコンビニエンスストアは異様な雰囲気を放っていた。
海乃ちゃんはシャッターを軽く叩き、「
きこえているのかなと思っていると、シャッターがガラガラと開き、ガラスが割れた窓とドアが現れた。そこから見える店内は空っぽで、人がいるとは思えない。
だが……店内にはひとりの少女がいた。
淡黄色の髪を二つ結びにし、メガネをかけている。服装は夏だというのにジャージだった。
いや、そんな事より……
「海乃ちゃん、もしかしてこの子が情報屋?」
「ええ、そうよ」
海乃ちゃんはさらりと答えるが……あたしは驚いたままだった。
なぜなら少女の躰は小さく、どう見ても小学生にしか見えなかったからだ。
少女はフンと鼻を鳴らし、あたしたちを……というか海乃ちゃんを見てこう言った。
「……で、今回はどんな厄介事を持ち込んできたんだ?雨宮」