少女は
どう見ても小学生にしか見えないが、海乃ちゃんと同い年らしい。つまりはあたしより年上という事になるのだが、年上の雰囲気は微塵も感じられない。
魔法少女ではないらしいが、魔法少女の存在を認知しており、時折情報提供を行っているとの事だった。
「──それで、少女失踪事件について、何か知っている事があれば教えて欲しいんだけど……」
あたしと海乃ちゃんは従業員の休憩スペースだったのであろう狭い部屋に案内され、テーブルを挟んで瑠海ちゃんと向かい合っていた。
目の前には紙コップに入った水が置かれている。ただの水道水らしく、瑠海ちゃんによるとそれが自分に出来る精一杯のもてなし、との事だった。
海乃ちゃんが事情を説明すると、瑠海ちゃんはなるほどと頷き、水をひとくち飲んだ。
「その事件ならあたしも知っている。情報は提供するが、その代わり──」
ん、と無言で手を差し出す瑠海ちゃん。
握手でもするのかなと思っていたら、海乃ちゃんがバッグから財布を取り出し、千円札を二枚、その手に握らせた。
「お金払うの?」
思わずそう呟くと、瑠海ちゃんがこちらをじろりと見て、
「あんた、見慣れない顔だな。雨宮の助手か?」
「え?あ、うん。恵海楓っていいます」
「じゃあ恵海、ひとつ教えておいてやる。物事には常に対価が必要なんだ。ノーリスクで叶えられる望みなんてない。そしてあたしに情報を要求する場合、その相場は三千円と決まっている」
「は、はぁ……そうなんだ」
三千円という金額が妥当なものなのかは分からない。少なくともあたしにとっては大金だし、海乃ちゃんだって学生の身だ。痛い出費には違いなかった。
そんなあたしの考えを読んだわけでもないだろうが、瑠海ちゃんはふっと笑ってこう付け加えた。
「安心しろ。知っている情報は提供する。信用で成り立つ商売だからな。下手に自分の首を締めるような事はしないよ」
それなら安心かな、と思ってしまうあたり、あたしは他人を信用しすぎなのかもしれない。
瑠海ちゃんは受け取ったお金をポケットに突っ込むと、メガネの位置を調節してからこう言った。
「で、何がききたい」
「知ってる事をすべて」
「じゃあ概要からだな」
ひと息ついて、瑠海ちゃんは話し始めた。
*
少女死亡事件。
この街に住む少女が次々と亡くなっている事件で、これまでに七人の少女が亡くなっている。
しかしそのうちのひとりは葬式中に突如息を吹き返し、現在も生存している。
ここまではあたしたちが知っている情報だったが、瑠海ちゃんはそれ以上の情報を持っていた。
「少女の死因に共通点は見られない。化け物にやられたとしか思えないくらい遺体が損壊しているものや、眠るように死んでいたものがあるからな。警察は関連性なしという結論に落ち着きそうだ」
「でも、短期間の間に女の子ばかりが殺されているのは異様だよ」
あたしがそう指摘すると、瑠海ちゃんは「別にそうでもないさ」とあっさり答えた。
「この国における少女の死亡率ってのは男子のそれよりも高い。分かってるかもしれないが、魔法少女なんてものがこの世に存在するせいだな」
「それは……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
あたしは魔法少女もどきになる前、そういった事件とは無縁の存在だった。テレビでやっているニュースでも女の子の死亡事件が頻繁に放送されているというわけではないし、少し前のあたしだったら信用しなかっただろう。
だが、今なら納得できる。平和の陰で、少女たちがその命を散らしているのは確かなのだ。
だが、それは大事に至る事なく消えていく。今回の事件も、しばらくしたら忘れ去られるのだろう。
「……ま、そんな感じで事件自体は大した盛り上がりもなく終わりそうだが……実は、この事件で殺された少女にはもうひとつの共通点がある。全員が魔法少女だって事だ」
「やっぱりか……」
海乃ちゃんがメモを取りながら頷いた。
「ま、順当に考えれば魔女にやられたと考えるのが自然なんだが……魔女と戦ったとひと目で分かるものもあれば、本当に原因不明なものもある。もしかしたら、騒動に乗じて魔法少女を殺している愉快犯みたいなヤツがいるかもな」
「どうしてそんな事を……」
「魔法少女の世界にも色々あるんだよ。グリーフシードの奪い合いとかな。魔法少女が減った方が取り分も増えるって訳だ」
誰だって死にたくはないからな──そう瑠海ちゃんは言って、水をまたひとくち飲んだ。
「じゃあ、人間の仕業だと思っておいた方がいいって事だね」
海乃ちゃんが呟くと、瑠海ちゃんは「そうだな」と呟いた。
「というか最初からそれを予想して動いていたんだろう?」
「……まあね。それより瑠海ちゃん、葬式中に蘇ったっていう魔法少女については何か知らない?」
海乃ちゃんの質問に、瑠海ちゃんは彼女の顔をじっと見る。
「……お前が予想していた通りだと思うけどな」
「でも、瑠海ちゃんの情報の方が正確だよ。それに、楓ちゃんも知っておかなきゃいけない事だし」
「いいのか?見たところ、恵海は何も知らないようだが」
「何も知らないからこそ教えなくちゃいけない事だと思う」
ふたりのやりとりに、あたしはついていけない。
と、瑠海ちゃんがこちらに視線を移して、
「恵海」
「な、なに?」
「これからアンタは、とても重要な事を知る事になる。どうか、気を強く持ってくれ」
「わ、わかった……」
真剣な雰囲気に気圧されながらあたしが頷くと、瑠海ちゃんは一息ついて、
「実は、魔法少女は──」
そう、話し始めた。
恐らく、とても重要な事を話そうとしていたのだろう。
しかし、その話が本格的に始まる前に、あたしはとある異変を感じ取った。
「──っ!?」
突如、躰が熱を持ったように熱くなる。
次いで、以前は感じる事が出来なかった反応も。
「これは……魔力反応?」
未神家で調整を受けた際、玲さんは魔力反応を感知できるようにしてくれていた。実際に使用するのは今回が初めてだが、日常ではまず感じる事がない感覚だったので、直感的に魔力反応だと判断する。
「話の途中なのに……」
「わたしが行くわ。楓ちゃんはここにいて」
海乃ちゃんがそう言って立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
一瞬、鉛筆削りの魔女にやられた時の記憶がよぎる。
魔女と戦えば、また同じ目に遭うかもしれない。それどころか、今度こそ殺される事だってありえる。
実際、あたしはそれが嫌で逃げ出そうとしていたのだ。ここは海乃ちゃんに任せて、自分は話をきいたほうがいい。
それは分かっている。なのに、気づいたらあたしはこう言っていた。
「あたしも行くよ。役に立つかは分からないけど……それでも、時間稼ぎくらいにはなるかもしれないし」
自分で口にした言葉に、自分で驚く。
だけど、もう引き下がれない。
魔法少女になろうとしたのはあたしなのだ。それで死ぬのはあたしの責任だし、そこに後悔があってはならない。
海乃ちゃんはかなり強い魔法少女らしい。だが、どれだけ強くても死は平等に訪れてしまう。
あたしが行かなかったから海乃ちゃんが死んだなんて事になったら、間違いなく後悔する。
怖いけど、逃げたいけど、覚悟を決めないといけないのだ。
「楓ちゃん……」
海乃ちゃんは心配そうにあたしを見る。
しかし、あたしの決意が固い事を悟ると、ふっと微笑んで言った。
「……分かった。楓ちゃんはわたしが護るよ。だから、わたしの背中は楓ちゃんが護って」
「うん!」
海乃ちゃんの信頼を受け、あたしの心中に希望が生まれる。
目の前に置かれていた水を勢いよく飲み干し、あたしは立ち上がった。
「ごめん、瑠海ちゃん……ちょっと行ってくる!」
「無茶だけはするなよ」
瑠海ちゃんはひらひらと手を振り、あたしたちを送り出してくれた。
あたしたちはコンビニを飛び出し、魔女の結界へと向かった。
*
楓と海乃が部屋を飛び出していくのを見送りながら、瑠海は水をひとくち飲んだ。
それからメモ帳を取りだし、少女死亡事件の事をまとめたページを開いてその中身を確認する。
一頻り読んでから視線を宙にさまよわせ、独り言を呟いた。
「やっぱり、この事件の犯人は……」
*
魔女の結界に辿り着いた時、海乃ちゃんが小さく声を上げた。
「既に誰か入ってる……」
「えっ?」
あたしも慌てて魔力反応を確認する。確かに、複数の魔力が混ざりあっていた。
「どうしよう……邪魔にならないかな」
後から入ってきたあたしたちが先に入った魔法少女とかち合った場合、グリーフシードを横取りしようとする輩に見えてしまうかもしれない。瑠海ちゃんがさっき言っていたように、魔法少女間ではグリーフシードの奪い合いが日常茶飯事になっているようなので、誤解されるのは避けたかった。
魔法少女の敵は魔女だ。魔法少女同士で争いたくはない。
海乃ちゃんは少しばかり考える素振りを見せた後、再び魔力反応を探る。
そして険しい表情になってこう言った。
「魔法少女の魔力反応が少しずつ弱くなってる……多分、苦戦しているね」
助太刀しよう──そう言って海乃ちゃんは巫女服を思わせる姿に変身し、結界に飛び込んでいった。
あたしも魔力を解放し、慌ててその後を追った。
*
結界は炎で構成されていた。熱いし息苦しい上に視界は遮られているので、敵の姿は見えない。なので、あたしたちは魔力反応を探りながら進んでいった。
しばらく進むと、薄らと人影が見えた。苦悶の声がきこえてくるあたり、苦戦しているのは確からしい。
恐怖を捩じ伏せ、あたしは駆け出そうとする。と、海乃ちゃんがそれを静止して、得物である大幣を構えた。
「楓ちゃん、わたしのそばを離れないでね」
瞬間、海乃ちゃんを中心に洪水が発生。瞬く間に辺りを鎮火し、使い魔を押し流していった。
水蒸気によりますます視界が塞がれる。しかしそれはすぐに晴れ、結界の様子と魔法少女の姿が明らかになった。
火山地帯を思わせる荒んだ大地。辺りには火で出来た小人のような使い魔がひっくり返っており、次々と消滅しているところだった。
魔法少女はファンタジー作品に登場する盗賊のような衣装を纏っており、その傍らには得物と思われる巨大なハンマーが転がっている。
そして何より……その少女は、あたしの知り合いだった。
「まさか……あんたも魔法少女だったの!?」
「テメェ……なんでこんなところにいやがる」
向こうもあたしを見て、驚きの表情を浮かべる。
明るく染めた髪に、鋭い目。
その魔法少女はあたしのクラスメイトであり、朽葉をいじめていた少女……仲程
Q、仲程って誰?
A、プロローグに登場していたいじめっ子です。