深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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第7話「手がかりを求めて(後編)」

 仲程はあたしを睨みつけ、低い声できいた。

 

「テメェも魔法少女だったのか? その割には服装が普通みたいだが」

「話すと長くなるけど、まあ魔法少女みたいなものと思ってくれていいよ……立てる?」

 

 仲程はかなり消耗しているようだった。しかし、あたしが差し出した手は乱暴に振り払われる。

 

「必要ねぇよ。とっとと失せろ。これはアタシの獲物だ」

「そんな事言ってられないでしょ……あたしはグリーフシードはいらないから、そこにいる人にきいて、いらないようだったらあんたにあげるよ」

「……チッ、調子狂うぜ」

 

 仲程はそう吐き捨てるとよろよろと立ち上がり、得物を拾う。

 

「楓ちゃん、その子は?」

 

 海乃ちゃんが近付いてきてそうきいた。

 

「仲程亜由香。あたしのクラスメイトだよ」

「テメェは……雨宮海乃か。なんで恵海なんかとつるんでんだ」

 

 仲程は海乃ちゃんを見て驚いたようだった。

 

「海乃ちゃんを知ってるの?」

「この街の魔法少女でその名を知らなきゃモグリだ。実力者だしな」

 

 海乃ちゃんは苦笑して、「そこまで有名になったつもりはないんだけどな」と呟いた。

 

「何にせよ、無事でよかった。わたしたちは先に進むけど、仲程さんはどうする?」

「横取りしようったってそうはいかねぇぞ。グリーフシードはアタシのものだ……アタシはまだ殺される訳にはいかないからな」

 

 最後の言葉は小さく呟かれたものだった。

 どういう意味なのかきこうとするが、それより早く仲程は歩き出した。

 

「あ、ちょっと仲程! 殺されるってどういう事!?」

「どうもこうもねぇよ。テメェには関係ねぇ事だ」

 

 仲程はそのまま歩き去っていく。

 あたしと海乃ちゃんは顔を見合わせて、すぐにその後を追った。正直、仲程の事はあまり好きではないが、かといって見殺しにする訳にもいかない。

 魔女や使い魔に対する恐怖はいつの間にか薄れていき、あたしたちは結界の最深部を目指して進んでいった。

 

   *   *   *

 

 結界の最深部は耐え難いほどの熱さだった。いるだけで肌が焼かれ、熱を持った痛みが全身を駆け巡る。

 そんな中に、魔女の姿があった。ドロドロに溶けた躰はマグマで構成されている。例えるならば、マグマで出来たスライムのような見た目をしていた。

 シューシューと煙を吹き出し、魔女は迫ってきた。鈍足の機関車のようで動きはとても遅かったが、その脅威は計り知れない。

 幸いにも、的は大きい。なので海乃ちゃんは洪水を発生させ、魔女にぶつけた。

 水蒸気が立ち込める。ダメージはあるようだが、倒れるには程遠い。

 現在、この場で攻撃できるのは海乃ちゃんしかいない。あたしは素手だし、仲程も接近戦しかこなせない。遠距離攻撃ができるのは海乃ちゃんだけだった。

 連続で洪水を発生させる海乃ちゃんを鬱陶しいと思ったのだろう。魔女は口を開け、そこから熱線を放ってきた。何かの映画でこんな怪獣を見た事がある気がするが、実際に目にすると一歩も動けない。あたしだったら即座に焼き尽くされるだろう。

 海乃ちゃんは軽々と熱線を回避し、再び洪水を発生させる。

 その繰り返しだった。あたしも仲程も、見ている事しか出来ない。

 と、流石に埒が明かないと判断したのか、魔女が怪獣のような声で叫んだ。

 それに呼応して使い魔がわらわらと寄ってきて、海乃ちゃんに襲いかかる。背後からの攻撃だったし、魔女との戦闘に集中していた海乃ちゃんには避ける術はない……そう、魔女は思っていたのかもしれない。

 しかし、あたしと仲程がその背中を守ったため、魔女の攻撃は不発に終わった。

 

「助かるよ!」

 

 海乃ちゃんはにっこりと笑い、戦闘を再開させる。

 あたしは「任せて!」と叫び、魔力を腕に纏って使い魔をぶん殴る。

 そんなあたしの姿を見て、仲程が驚いていた。

 

「素手で殴るとかアホすぎるだろコイツ……」

「仕方ないでしょ! 他に武器がないんだから……」

 

 というか、そう言っている仲程もハンマーを振り回しながら素手での攻撃を織り交ぜていたので、人の事は言えない。

 ちなみに仲程の固有魔法は「連撃」だった。攻撃をすればするほど破壊力が上がっていくという恐ろしい魔法だ。

 そんな魔法を持っていながら使い魔に苦戦していたのは圧倒的な数の差のせいだったらしく、今は軽々と使い魔を撃破していた。

 奮戦するあたしたちの背後で、海乃ちゃんは冷静に魔女を追い詰めていく。一撃のダメージは微々たるものだが、それを確実に蓄積させていく事で魔女をあと一歩のところまで追い詰めていた。

 それに焦りを感じた魔女は、最後の手段に出た。

 

「──っ!」

「海乃ちゃん!」

 

 魔女はスライムのような躰を伸ばし、海乃ちゃんを捕らえた。単調な攻撃の間に差し込まれた行動に、海乃ちゃんの反応が遅れたのだ。

 マグマで構成されている魔女の躰が想像を絶する熱さだという事は、誰の目にも明らかだった。いくら魔法少女といえども、それ相応の苦痛を味わう事になる。

 しかし、海乃ちゃんはにっこりと笑った。

 

(……大丈夫だよ、楓ちゃん)

 

 声は届かないが、唇がそう動いた。

 大丈夫なわけがない、そう思い、意を決してあたしが魔女に突撃しようとした、その時──

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 一瞬にして魔女の躰が凍りついた。

 マグマすらも凍らす絶対零度の氷が魔女の芯まで侵食し、氷の彫像へと変えていた。

 そしてそれを粉々に破壊し、何事もなかったかのように現れる海乃ちゃん。あたしたちを見ると、「怪我はない? 大丈夫?」と心配そうな顔になった。

 

「あたしは大丈夫だよ……ってそうじゃなくて! 海乃ちゃんこそ大丈夫なの!?」

「わたしは大丈夫。魔法少女はあのくらいじゃ死なないからね」

「そ、そうなんだ……」

 

 思えば、あたしも鉛筆削りの魔女に削られたが生きていた。半端者なあたしでさえ耐久力はあるのだから、魔法少女がとんでもない耐久力を持っていてもおかしくはない。

 

「そういえば、さっき氷の魔法を使ってたけど、海乃ちゃんは水の魔法以外にも魔法を使えるの?」

 

 あたしの質問に答えたのは仲程だった。

 

「派生魔法だろ。魔力の扱い方をある程度熟知していれば使えるが、まさかあんなレベルで使いこなせるとは……」

 

 敵に回したくはねぇなと仲程は呟いて、小さく顔を顰めた。

 そんな仲程に、海乃ちゃんはグリーフシードを投げる。マグマの魔女のものだ。

 仲程がそれをキャッチすると結界が解除され、元の路地裏に戻った。

 仲程はフンと鼻を鳴らし、踵を返そうとする。あたしは慌ててその背中に声をかけた。

 

「ちょっと待ってよ! 殺されるってどういう事なの?」

「しつこいヤツだな」

 

 仲程は振り返り、うんざりした様子であたしを見た。

 

「もしかして、世間で話題になっている少女死亡事件と何か関係があるの?」

「知ってどうするんだよ」

「あたしたち、その事件を追っているんだ。なにか力になれるかもしれない」

 

 仲程はじっとこちらを見ていたが、やがて吐き捨てるように呟いた。

 

「……後悔するぞ」

「どういう事?」

「確かにアタシは少女死亡事件に関わってるし犯人の目星もついている。だけど、犯人を教えたところでアンタは信じないだろうし、言っても無駄なんだよ」

「犯人を知っているの?」

 

 海乃ちゃんが真剣な表情できいた。

 

「言っても恵海は信じないと思うがな」

「そんなの、言われないと分からないよ」

 

 あたしがそう言うと、仲程は薄く笑い──

 

「犯人が、未神朽葉(・・・・)だとしてもか?」

 

 その言葉が咀嚼され、意味を理解するまで、少しの時間を要した。

 

「そんな……」

「そう言うからには、理由があるんだよね?」

 

 海乃ちゃんが険しい表情でそうきいた。

 

「ああ。といっても、半分はアタシたちの自業自得みたいなものだけどな」

 

 仲程は自虐的な笑みを浮かべる。

 あたしはまだぼんやりしていて、思考がこんがらがったままだった。

 

「自業自得って?」

「単純な話さ。恵海なら分かると思うが、アタシたち……アタシがいつも一緒につるんでる仲間たちはみんな魔法少女なんだ。くだらない願いであの白タヌキと契約しちまったバカな魔法少女たちだよ」

「アイツらが……」

「で、あたしたちは魔女との戦いやらなんやらのストレスを未神にぶつけていた。その時はまだ、アイツが魔法少女だとは知らなかったけどな」

 

 仲程とその取り巻きを思い出す。

 あたしが魔法少女を知る前から、彼女たちは戦い続けていたのだ。

 最も、それが朽葉をいじめていい理由にはならないけれど……。

 

「で、それに耐えられなくなった未神はあたしたちを攻撃し始めたってわけだ」

「でも、いじめをしていた子たちは殺されてないよ?」

 

 あたしが指摘すると、仲程は怒りの籠った口調でこう説明した。

 

「外堀から埋めていくつもりだったんだよ。アイツはどうやってか知らないが、アタシの交友関係を調べあげた。それでその中から魔法少女になっているヤツを選んで、次々に殺していったんだ」

「じゃあ、殺された魔法少女たちは……」

「アタシのダチだ。っていっても、もう繋がりが切れたヤツの方が多いけどな」

 

 という事は、仲程に恐怖を植え付けるためにわざわざ少女たちを殺している事になる。

 そんな残忍な犯人像と朽葉の印象は、どうやっても符合しなかった。

 と、そこで海乃ちゃんがこうきいた。

 

「ひとりだけ葬式中に蘇った魔法少女がいるって話だけど、その子も仲程さんの友達なの?」

「そうだよ。なんで蘇ったのかは知らねぇがな……ちなみにだが、話をきこうとしても無駄だぞ」

「どうして?」

「自殺したからだよ」

 

 仲程はあっけらかんと答えた。

 

「アタシたちも詳しく話をきこうとしたが、その最中に死にやがった。ただ、犯人の顔は見ていたみたいでな。それで未神だと分かったって訳だ」

 

 そう言った後、仲程は鋭い視線を向けてこう言った。

 

「アタシは絶対に殺されない。未神にそう伝えとけ」

 

 その言葉を置き土産に、仲程は素早く壁を蹴りながら上へと登っていき、あっという間に姿を消した。

 

「海乃ちゃん……」

 

 あたしの口から出たのは情けない声だった。

 まさか、朽葉が殺人を犯していたなんて……。

 出会ってから日は浅いし、あたしが知らない朽葉がいてもおかしくない事は分かっている。

 だけど、それでも朽葉はそんな事をしない子だと思っていた。

 だけど、仲程の話が本当だとするなら……

 

「あたし、朽葉と話してみる」

 

 震えて、情けない声だったけど。

 何とかそれを言う事ができた。

 

「……できるの?」

 

 海乃ちゃんはあたしを見て、静かにそうきいた。

 なったばかりとはいえ、朽葉はあたしの友達だ。友達に「お前は人を殺したのか」ときく事ができるのか──言外に、海乃ちゃんはそう言っていた。

 

「……仲程が嘘をついている可能性もある。アイツは朽葉をいじめていたし、陥れるために言ったのかもしれない。だから、朽葉にきいてみるよ。きいてみて、真実を明らかにする」

 

 あたしは覚悟を決めてそう言った。

 海乃ちゃんはそんなあたしを見て微笑むと、頷いてくれた。

 

 

 あたしにできる事はこれしかない。

 だから、動くのだ。

 道に点々と落ちているパン屑、その先に何があるのか、確かめるために──

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