深き悪夢の前奏曲   作:転寝

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第8話「それは突然に」

 翌日は土曜日で、学校は休みだった。

 本当なら朽葉に会いたかったのだが、未神家に電話をかけたところ、「今日は隣の県にある祖母の家に行くから会えない」と玲さんに言われた。

 仕方がないので、簡単に事情を説明し、朽葉を見張ってもらうように頼んだ。妹に人殺しの疑惑が持ち上がっている事に玲さんは驚いたようだったが、あたしの言葉が冗談ではない事を察してくれたようで、監視をしておくと言ってくれた。

 朝食をとってしまうとやる事がなくなってしまったので、リビングでダラダラする。普段なら口うるさく注意される行為ではあったが両親は仕事でいないため、咎める者はいなかった。

 土曜朝のテレビはろくなものがない。どこもワイドショーをやっている。現役高校生にとってはいささか退屈な番組構成だ。

 適当にザッピングし、知っているアナウンサーが出ていたワイドショーを見る事に決める。ちょうどニュースの時間らしく、アナウンサーが真面目な表情で原稿を読んでいた。

 

『……次のニュースです。〇〇県冬天(ふゆぞら)市で、またも行方不明事件が発生しました』

 

 ぼんやりと見ていたテレビから突然そんなニュースが流れてきたので、驚いて身を起こす。

 アナウンサーは無感情に、市内に住む少女ふたりが謎の失踪を遂げたというニュースを読み上げた。

 画面が切り替わり、市内でのインタビューの様子が放映される。人がふたり失踪しているという状況にも関わらず、テレビに出れた事に興奮した様子の女子高生がインタビューを受けていた。

 在り来りなニュース、どこにでもある光景。

 しかし、それは紛れもなく少女死亡事件の一部としてあたしの中に記憶された。

 すぐに海乃ちゃんに連絡をとる。呼び出し音がほとんど鳴らないうちに電話が繋がり、海乃ちゃんの声がきこえてきた。

 

「もしもし海乃ちゃん? 楓だけど、今大丈夫?」

『うん、大丈夫だよ……もしかしてニュース見た?』

「うん。また犠牲者が出たって……今日は学校休みだし、これから調べてみる」

『なら、わたしも一緒に行ってもいい? 大学は休みだし、ひとりよりふたりのほうがいいと思うから……』

 

 その言葉を予想していたあたしは申し出を快諾し、三十分後に待ち合わせをする事にした。

 身支度を整えている最中、同じ言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。

 

(ねぇ朽葉……本当に、あんたがやったの?)

 

 ……いくら考えても、その答えは出なかったのだけれども。

 

   *   *   *

 

 三十分後。

 あたしは海乃ちゃんと合流し、ひとまず瑠海ちゃんの元へと向かう事を決めた。彼女は情報屋だし、あたしたちが知らない事を知っている可能性は高いからだ。

 瑠海ちゃんの住居までは歩いて行ける距離だったので、会話をしながら歩く。

 

「いなくなったのはふたりって言ってたよね……という事は、これで九人目か」

「しかも全員が仲程の関係者……流石に、次に狙われるのは仲程かその取り巻きだろうなぁ……」

 

 仲程の関係者にどれだけ魔法少女がいるのかは分からない。だが九人も死んでいる(または行方不明になっている)くらいなので、そろそろ本命が狙われてもおかしくはない。

 ニュースを見ているかは定かではないが、今頃は仲程にも情報が伝わっているはずだ。大丈夫かなと少し心配になった。

 そうこうしているうちに瑠海ちゃんの住居──潰れたコンビニエンスストアに到着した。昨日のように海乃ちゃんがシャッターを叩き、「瑠海ちゃん、雨宮だけど……起きてる?」と声をかける。

 しかし、瑠海ちゃんが出てくる様子はない。今日は土曜日なのでまだ寝ている可能性も高いだろうが、時刻は十一時だ。流石にもう起きているだろう。

 電話をしてみたらと海乃ちゃんに言ってみたが、「瑠海ちゃんは電話を持ってないから」と返されたのでどうにもならなかった。

 

「どうしよう……」

「うーん……出直すしかないね」

 

 まぁ、そうなるだろうな………。

 仕方がないので、あたしたちは少女たちが失踪した現場に向かう事にした。

 ふたりが最後に目撃された場所はここからそう遠くない空き地だったという情報はニュースで見て知っていた。あたしも海乃ちゃんもこの町で生まれ育っているので、そこまでの道はある程度分かる。なので、迷うことなく辿り着く事ができた。

 そこは何の変哲もない空き地だった。規制線が張られ、警察が辺りを調べ回っているが、手掛かりは見つかっていないようだ。

 職務質問をされると嫌なので、あたしと海乃ちゃんは遠くから空き地を見ていた。

 

「手掛かり、見つからないみたいだね」

「結界の中で殺されているか何処か別の場所に連れていかれたかの二択だろうしね。多分、何も見つからないと思う」

 

 海乃ちゃんは少女たちが生きているとは思っていないようだった。これが少女死亡事件の一環だとすれば、生存は絶望的だといえるだろう。

 結局、空き地では魔力の痕跡ひとつ見つける事ができなかった。これからどうしようと海乃ちゃんに話しかけようとした時、あたしたちの前から誰かが歩いてくる事に気づいた。

 淡黄色の髪を二つ結びにし、メガネをかけている少女。その小柄な姿には見覚えがあった。

 

「瑠海ちゃん……?」

 

 瑠海ちゃんはふらふらと歩いてくる。その姿からは生気が感じられず、誰がどう見ても普通の状況ではなかった。

 瑠海ちゃんを見て、海乃ちゃんが驚いた表情を浮かべる。しかしその表情はすぐに険しいものへと変わった。

 

「魔女の口づけを受けてる」

 

 その呟きに、あたしも目を凝らしてみる。

 すると、瑠海ちゃんの首元に魔女の口づけが浮かんでいるのが見えた。つまり今、瑠海ちゃんは魔女に魅入られている事になる。

 

「……楓ちゃん、踏ん張ってね」

「えっ? あ、うん」

 

 あたしは目を固く瞑り、自分の存在を世界に繋ぎ止める。

 瞬間、脳を揺さぶられるような衝撃と共に意識が飛びかけた。海乃ちゃんが魔力の波を放ったのだ。

 あたしは防備をしていたから何とか耐えたが、瑠海ちゃんはまともに受け、気絶した。

 目を開けると、倒れた瑠海ちゃんの背後に魔女の結界が現れたのが見えた。

 あたしと海乃ちゃんは頷き合うと、結界へと突入した。

 

 

 結界内は霧で満ちていた。

 視界が遮られており、どこに何があるのか全く分からない。いつどこから攻撃が飛んでくるかが分からないので、あたしは警戒しながら一歩ずつ進んでいった。

 

「楓ちゃん、大丈夫?」

 

 海乃ちゃんの声がきこえる。といっても表情は全く分からないのだけれども。

 

「大丈夫……魔力反応を探ってみたけれど、どうやら使い魔はいないみたいだね」

「でも、注意して。とりあえず最深部を目指そう」

 

 あたしは「わかった」と頷き、霧の中を宛もなく歩き続けた。

 魔女の魔力反応はあるが、微小なうえに位置が掴みにくい。それでもあたしたちは歩いていき、魔女の魔力反応があるであろう場所へと到達した。不気味な事に、使い魔は一体も出なかった。

 

「この先だね」

「うん。でも、結構弱ってるね……もしかしてもう誰かにやられる寸前だったり?」

「それならいいんだけど……」

 

 目の前にあるのはどうやら扉のようだ。触れると錆が手に付くので、かなり古いものだろう。

 あたしは手探りでドアノブを探り当て、扉を開く。静かに侵入できればいいんだろうけれど、扉は軋んだ音を立てた。奇襲は失敗だ。

 中も霧に満たされていた。当然何も見えないので、魔力反応を頼りにしながら進む。

 すると……

 

「えっ?」

 

 あたしは思わず声を上げた。先程までひとつだった魔力反応が急に増えたのだ。

 そして奇妙なのは、それらが全て同一の魔力反応である事(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。魔女と使い魔は魔力反応が微妙に異なるのだが、この魔力反応は魔女の大きさでありながら全て同一だった。

 

「使い魔が一斉に成長した……?」

「ありえないよ。もしここに使い魔がいたなら、魔力反応を感知するはずだし」

 

 あたしの呟きに、海乃ちゃんが首を横に振って答える。

 そうしているうちにも魔力反応は増えていく。

 海乃ちゃんが洪水を発生させると反応は一気に消えたが、しばらくするとまた増えた。

 攻撃はしてこず、ただ魔力反応の増減で存在を探るのみ。いつしかあたしたちは疲弊していたが、それでも魔力反応は消えなかった。

 

「キリがないよ……!」

「なにか、この状況を打破できる方法は……」

 

 あたしは言わずもがなで、海乃ちゃんの声にも疲弊が滲んでいる。

 このままだと自滅する……そう危惧した時、風向きが変わった。

 世界が歪み、その形を失っていく。それはまさしく、魔女が倒れて結界が消失する時の挙動そのものだった。

 だけど、あたしたちは魔女を倒せていない。何度も全体攻撃を加えていたので、それで倒れたという可能性もあるが、結界が消える瞬間も魔力反応は現れていた。だとすると、逃げられたのだろうか。

 世界が消失し、元いた場所へと再構成される。

 魔女を取り逃したかもしれないという危機感よりも疲労が勝り、あたしはその場にへたりこんだ。

 

「はぁ……逃がしちゃったな。そういえば瑠海ちゃんはどうした……」

 

 考えている事をそのまま口に出しながら瑠海ちゃんが倒れている場所に目を向けたあたしは……そこで、言葉を失った。

 

 瑠海ちゃんは倒れていた。それは結界に入る前と変わらない。

 だけど、明確に変化している部分があった。

 瑠海ちゃんの周辺は赤く染まっている。

 それは液体で、瑠海ちゃんの躰から出たものだった。

 うつ伏せに倒れているはずの躰は仰向けになっていて、その腹はこじ開けられていた。

 教科書で見た事がある臓器が、教科書では絶対に見れないであろう姿を晒している。

 その色が網膜に焼き付いて、記憶に刻み込まれた。

 瑠海ちゃんの隣には凶行の道具となったであろうナイフが置かれている。

 その刃も持ち手も、赤く彩られていて。

 嫌でも、現実を認識するしかなかった。

 

「る……み……ちゃん……」

 

 喉から掠れた声が出る。

 それを自分の声と認識できないまま、あたしは崩れ落ちた。

 隣にいる海乃ちゃんは立っていたが、目の前の惨劇に呆然としていた。

 結界にいたのは四十分ほど。その間、瑠海ちゃんが気絶していたのは分かる。

 だが、その間に犯行を行い立ち去ったのなら、何かしら痕跡が残されているはず。それに、ここは人が通らないという訳でもないので、目撃者が通報していてもおかしくはない。

 だが、周辺に痕跡はなかったし、誰かが通報したという事もないようだった。

 

「で、電話……救急車……」

 

 掠れた声で呟いて、それが無意味である事を悟る。

 誰がどう見ても死んでいる。呼ぶべきは警察だろう。

 自分の中の冷静な部分がそう言って、それに従った躰がノロノロと動き出す。

 と、今まで黙っていた海乃ちゃんが掠れた声で呟いた。

 

「これ……ナイフに朽葉ちゃんの魔力反応がある」

「え……」

 

 まさか、そんな。

 だけど、探ってみると確かに朽葉の魔力を感じた。

 今日は朽葉は隣の県にいるはずだ。あたしが混乱し始めた、その時……頭の中で、きき覚えのある声がきこえた。

 

(明日の十時、県内にあるデイドリームランドで会いましょう。ひとりだけで来てね)

 

 玲さんの声だった。

 テレパシーである事はすぐ分かったが、内容を理解するのには時間がかかった。

 デイドリームランドは県内にある遊園地だ。玲さんはそこで会おうと言ってきた。

 なぜ、隣の県にいるはずの玲さんや朽葉のメッセージや痕跡があるのか、それは分からない。

 だけど、明日、その疑問は氷解する……それだけは、確かだった。

 

 何があるかは分からない。

 だけど、行かなくてはならない。

 あたしが求める真実が、そこで待っている。

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