楽玲オンリーシャンフロ短編集   作:東雲。

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クリスマス記念のSSです。
サンラクサンには軽率にヒロインちゃんにスパダリムーブしてほしい気持ちで書きました。

大学生楽玲同棲済ユニバース。


ただ名前を呼びたいだけ

 クリスマス特有のイルミネーションがキラキラと眩しい夜の街並みを、玲さんと手を繋いで歩く。今日はイブだが、なんかもうイブの方が本番と言わんばかりの人と街の盛り上がりっぷりが肌で感じられる。

 軽く見渡せば、俺たちとさして変わらない年頃のカップルがお揃いのニットを被っていたり、ミトンみたいな手袋に包んだ手を握り合って歩いていたり。思い思いに今日を満喫していたようだ。

 数年前の俺に言っても信じないだろうな。『お前は遠くない将来に学年の高嶺の花と交際を始め、クリスマスデートするような関係になる』などとは。

 

 今日の予定自体はほとんど終わり、後は家に帰ってゆっくりするだけ。中々充実した一日を過ごした実感はあるがさて、いい加減ぼんやりと周囲や過去にピントをぼやかしてないで恋人を見よう。正確には、恋人の挙動不審を。

 玲さんの挙動がおかしいのはいつものことと言えば、失礼ながらあながち否定もできないが、今日は少し毛色が違っていた。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「どしたの玲さん?」

「な、ん…あ、いえ、イ…イルミネーション、綺麗っです、ね!」

「お、おう…そうだね、綺麗だ」

 

 今日だけでこんな感じのやり取りを既に三回繰り返している。一回や二回なら特に気に留めないが、仏の顔も三度までとも言う。流石に玲さんに何かしら思惑があると考えるのが妥当だ。

 じゃあその思惑は何なのだろうか。本人に聞けば速いが、ここは華麗に玲さんの考えを読み解いてポイント的なものを稼いでみたい。

 

 まずは情報の整理だな。これまでのやり取りを思い返してみる。

 

 

 朝に家を出る時。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「ん?」

「え、えと…よ、呼んでみただけ、です……」

「? …まあいいか。行こうか、玲さん」

 

 昼に飯を食べた後。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「うん」

「あ、その……ご飯、お、美味しかったですね…!」

「まさか飯食ってビックリする日がくるとは思わなかったなぁ…。値段はしたけど」

 

 夕方に観光スポットで一休みしてたい焼きを食べていた時。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「…玲さん?」

「いえ、そのっ……今日は、楽しかったです。楽郎くんと一緒に、クリスマスを過ごせるなんて……夢みたい、でした」

「大丈夫。これは現実だし、俺も楽しかったよ」

 

 

 共通点は『俺の名前を呼んで』、『一瞬言葉に詰まり』、『くっつけたように「くん」をつける』こと。その後の部分は時と場合でバラバラだから気にしなくて良さそう。ひょっとして玲さん、俺を呼び捨てにしたいのだろうか。

 

 肌を刺すような冬風が街を吹き抜け、街路樹の枯れ葉が路肩でくるくると舞う。マフラー、コートetcで首から下の防寒対策は万全だが、顔はどうしようもない。空いた手で顔を覆って風を凌ぐも、無防備な耳がピリピリと痺れのようなものを訴える。

 

「うわ寒っ……玲さん大丈夫?」

「は、はい……す、少し急ぎましょうか…」

「だね」

 

 大自然の前に人の文明など無力。今の一吹きで眼の前のイルミネーションより暖かい自宅が断然恋しくなった。

 少し歩調を速める。今の風に甘い空気を吹き飛ばされたのか、すれ違う人々もきゃあきゃあと囃しながら駆け足気味になっていた。で、なんだっけ…そうだ、玲さんが俺を呼び捨てにしようとしているんだった。

 

 まあ別に、呼びたいのなら好きに呼んでくれて良いのだが…玲さんにはあまり似合わないイメージだ。性格的にも合わないと思う。即ち――第三者の入れ知恵。

 思い当たる節はペンシルゴンか、斎賀姉か、岩巻さんか。ともあれ玲さんを経由して俺を動揺させ、それが酒の肴とか笑顔の源になるのは承服しかねる。よって先手を打つ。

 

「玲さん」

「は、はいっ」

「もしかしてだけどさ、俺の呼び方変えようとしてる?」

「っ!!」

 

 ハイ図星。わかりやすくて助かる。

 

「え、え。そ、そそそんなことは」

「それも入れ知恵されたでしょ。……岩巻さんかな?」

「ど、どうして…!?」

 

 三択のカマがクリティカル。今日は調子良いかもしれん。

 動揺で玲さんの足が更に早くなる。俺の手はしっかりと握ったままなので子供にリードを引っ張られる犬みたいな気分を覚えながら、俺は玲さんの隣をキープする。

 

「なんて唆された?」

「そ、唆されたなんて……そ、その、『カ』……『ップルになって結構経つし、そろそろ渾名で呼んでみるとかも一興よ?』みたいな、ことを……」

「一興て」

 

 見世物扱いじゃねーか。あの人俺達がくっつくまでは玲さんのアシストをしてくれてたっぽいが、いざくっついたら結構俺達()遊ぼうとしてるな?

 

「でも、その、私、渾名とかつけたことなくて、楽郎くんに似合う渾名が思いつかず…」

「それで、呼び捨てにしようと、した、っと」

 

 玲さんのネーミングセンス、結構硬派だからな…ニックネームには向いていなさそうだ。

 

「最初は、敬称を外すのも親密さの証だと思ったんです、けど……呼び捨てという考え方を完全に失念していて、その、あの、ごめんなさい…!」

「それは、いいっけど…! スタミナの差を見せつけてくるの勘弁して…っ!」

 

 なんで走りながらこんな流暢に喋り続けられるんだこの人。斎賀家凄いな!

 ようやく足を止めてくれた玲さんの隣でなんとか息を整える。我ながらちょっと情けない。

 

「あ、ああっごめんなさい! 私つい…!」

「い、いや、大丈夫……ふう、よし落ち着いた」

 

 気がつけば家の前まで着いていたらしい。早めに帰れて安心したのもつかの間、走っている間にかいた汗が風に冷やされ、体感温度の低下が加速する。

 いかん歯の根が合わなくなってきた。

 

「は、ははは早く入ろう玲さん」

「そ、そそ、そうですね…!」

 

 

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 冷えた身体を風呂で温めた後の寝る前の歯磨き。

 しかしそうか呼び名かぁ。『玲さん』が俺の中でも収まりが良いから使い続けてたけど、変えてみるのもアリっちゃあアリだ。とはいえ、俺もネーミングセンスに自信があるわけではないのでいざ考えるとなると第一候補に呼び捨てが上がってきちまうな……。

 

「………」

 

 やってみるか。

 リビングに向かうと、先に風呂に入っていた玲さんがソファで待っていた。ここで大事なのはギャップだ。さも当然のように発せなければ二の舞になり意味がなくなる。深呼吸して動揺を鎮めて…。

 

「玲」

「………はひ?」

 

 こっちの覚悟に対してなんとも間の抜けた反応にちょっと吹き出しそうになったのを堪える。その一方で顔はしっかり林檎みたいになってるあたり、聞き逃された訳では無かったらしい。

 

「ほら、玲さんもやろうとしたんだし、俺がやってもいいじゃん?」

「い、いえ、それはそう…ですけど……」

「玲」

「ふひゃあ」

 

 別にトーンを特別変えている訳ではないんだけど、なんか凄いクリーンヒットしているようだ。ちょっと楽しくなってきたし追い込んでやろう。

 

「どうしたの? 口元がにやけているよ――玲」

「ん゛っ、こ、これはその、違くて…」

 

 ハッハッハこりゃ岩巻さんに感謝しなきゃなんねえな! 玲さんが慌てふためくのを見るのは実に楽しい。これまであの手この手で色々とやってきたが、こんなお手軽な方法があったとは…!

 

「玲」

「ひゃうっ」

 

……

 

「玲」

「んんぅっ」

 

……

…………

 

「玲」

「―――っ♡」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「………」

 

 小鳥の囀り、カーテンの隙間から差し込む光。目を覚ました俺は、とりあえず朝風呂をキメるべく部屋を出る。

 先に起きていた玲さんはキッチンに立って朝食を用意しているところだった。少し羨ましくなるレベルのタフネスだ。俺も身体鍛えようかなぁ。

 

「! お、おはようございます…お風呂、もう入れます…よ」

「あ、うん…ありがと、玲――!!」

「!!」

 

 瞬間、俺(と玲さん)の脳裏に蘇る昨晩の記憶。完全に調子に乗って呼び捨て連呼しまくった記憶。

 間が良いのか悪いのか、ポットが湯気と共に甲高い音を立てる。何かを暗喩されたみたいで顔面が一気に熱を帯びる。

 

「………」

「………」

 

 えーっと、どうしようこれ。

 

「じゃ、じゃあ風呂、入らせてもらうね」

「あ、ど、どうぞ……」

 

 暫くの間、俺と玲さんは互いの名前を呼ぶのを避けて会話をするようになった。




二人の教訓:呼び捨ては軽率にするもんじゃない
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