一日遅れて誠に申し訳ない(五体投地)
楽玲同棲済みユニバース
「春だねえ……」
「春ですねえ……」
うららかな日差しが程よい暖かさを見せる、川沿いに伸びる桜並木のプロムナード。
俺と玲さんは備え付けのベンチに並んで座り、のんびりと陽気を甘受していた。
「………」
「………」
会話が続かなかろうとのどかな陽気が全てを許してくれるので、無言の時間もまるで苦にならない。精神がアンチエイジングしている気がする。
でもなんか言いたいなあ。でも暖かくて何も思いつかないなあ。
うーん。
「……春だねえ」
「……春ですねえ」
引くほど会話の中身が無かろうと川のせせらぎが全てを水に流してくれる。
「あ、見て玲さん。柵の上に小鳥が停まってるよ」
「ふふ、かわいいですね」
二匹の小鳥は小さく鳴きながら互いに身体を寄せ合っていたかと思うと、また慌ただしく空へと羽ばたいた。
行方を追って見上げた瞬間、一陣の風が遊歩道を駆け抜ける。桜の枝がゆさゆさと揺れて、無数の花びらが空と俺達の周りを舞う。
「おお……」
「わあ……」
気まぐれな風が起こした一瞬の絶景に目を奪われ、感嘆の声が自ずと上がる。
「春だねえ……」
「春ですねえ……」
会話が無限ループに入ろうと無数の花弁を携えたピンクの風が、全てを何処かへと持ち去ってくれる。
こうしてのんびりしているのは、特に理由があっての事じゃない。二人で買い物した帰り道、玲さんが「少しゆっくり帰りませんか?」と言い出したので腰を下ろした結果、こんな調子で動く気力が陽気にドレインされてしまっただけだ。
家に帰れば新作のクソゲーが待っているのだが、今日は玲さんの好きに付き合ってあげたい。なんせ玲さんの誕生日だからな。
それにしても。
「俺、玲さんと付き合ってからこういう時間を楽しめるようになってきた気がする」
「それは、良いこと……で、良いのでしょうか?」
「多分? 感受性が広がるっていうか、視野が広がったっていうか? ゲームしか知らなかった頃の俺のリアルは、まあ狭かったからなあ」
学校が終われば一直線に帰宅、寄り道してもロックロールくらい。休日はゲームするかゲーム買うかの二択だ。別にそれが悪いだなんて思っちゃいないが、リアルにも目を向ける事で得られたものは確かにある。
「その切っ掛けには武田氏とかいるけど、玲さんの影響もすごく大きいから。うん……ありがとうね、玲さん」
「そっ、その、ど、どういたしまして……! で、でも! そういう話であれば、私の方が、楽郎くんに世界を広げてもらったと言いますか……!」
「そういえばそうだっけ。じゃあ俺達は互いに世界を拡げ合った仲って訳だ」
「そ、そうですね!」
「………ははっ」
「………ふふっ」
実に晴れやかな気分だ。特に不調でも無かったが身体が軽い。これはゲームプレイのパフォーマンスも期待できそうだ。
「じゃあ、帰ろっか」
「はいっ。――ぁ」
俺と玲さんはベンチから立ち上がる。だが、玲さんは立ちくらみを起こしたのかふらりとバランスを崩し堤防の坂へ―――
「あぶっ」
俺は咄嗟に玲さんの手を掴んだものの、その為に身を乗り出した状態で引き上げるなど出来るはずもなく。
俺と玲さんはゴロゴロと仲良く堤防を転がり、より川に近い一段下まで落ちてしまった。
「いてて……大丈夫? 玲さん」
全身が痛むが、動けないほどではないしぎこちなさもない。痛み以上の怪我は無さそうだ。
「わ、私は大丈夫ですが、楽郎くんはっ!?」
「俺も平気。ちょっと痛いだけ」
服についた土やら草やらを払って立ち、玲さんも立たせる。が。
「痛っ」
立とうとした玲さんが足からかくんと落ちる。
「捻挫? それともまさか……」
「い、いえ! 軽い捻挫みたいです。少し待てば治まるかと」
尻もちをついた玲さんはあははと力なく笑う。その笑顔に胸がちくりと痛んだ。
「じゃあ、はい」
「へ?」
玲さんに背を向けてしゃがみ、手を後ろに伸ばす。
「ら、楽郎くん!?」
「おぶるよ。ほら乗って」
「そ、そんな事は流石に……私はその、重いですし…!」
「俺にとっちゃ玲さんの体重なんてりんご4個分と同じだからへーきへーき」
「で、でもっ、楽郎くんに疲れさせる訳には……」
「今日は玲さんの誕生日でしょ? 俺を馬車馬よろしくするくらいで良いの」
「っ……」
少しの間が空いて、俺の背におずおずと一人分の重量が伸し掛かる。だが、不思議と心地よい重さだった。そう思うのも春の陽気にアテられたからかもな。
少し難儀したがなんとか玲さんの腿を抱えて立ち上がり、家路を行き始める。
しばらく無言で歩いていたのだが、日が暮れ始めた頃。
聞こうか聞くまいか迷っていたが、やっぱり聞くことにした。
「……玲さんさ」
「はい?」
「その、もしかして……俺が手を出さないほうが良かった?」
あの一瞬、玲さんは立ちくらみから復帰してバランスを取ろうとしているようにも見えた。俺が玲さんの手を取った事で、却ってそのルートを潰してしまったのではないか。
「………」
背中から、答えは返ってこない。沈黙こそが答えなのかと思いかけた。
「どうでしょう。もしもを考えても仕方ないと思います」
「まあ、そうだけども」
「一人で立て直せたかもしれませんし、捻挫だけでは済まなかったかもしれません。でも、私は後悔してません」
何かを察して、太陽が緩やかに朱く染まる。
「だって、楽郎くんに手を差し伸べてもらって、今もこうして、背中に乗せてくれて。良くないって分かっててもこの気持ちは誤魔化せません」
「………」
「今日は、今までで最高の誕生日です」
「………そっか」
……誰そ彼に俺の顔が隠れてくれて良かったよホント。