「バレンタイン、かぁ…むぐ」
登校中の町並みにも少しばかり甘い雰囲気を感じられたこの日はもう既に放課後。俺は学生鞄から今日クラスメイトに貰った一口サイズのチョコレートを口に放り込みながら校門へ向かう。
ある意味では毎年恒例の状況であったが、一つだけ。そう一つだけいつもと違うことがある。
この学生鞄の中には、貰いもの以外の菓子が入っているのだ。
それが今現在俺の手元にあるということは、まだ渡せていないという事である。
違うんだ。言い訳をさせていただきたい。
俺と
まあ実際付き合っては居るわけで、いっそ隠すことをやめれば良いのかもしれないが、バレたら面倒事になるのは火を見るよりも明らか。
そう、衆目の中で渡す事は非常にリスキーで、故にタイミングを見計らっていたわけである。
別にビビってないし、チキってもないし、まして日和っている訳がないのだ。
まあ、などとほざいている間にこのザマではあるのだが。
だってしょうがねえじゃん! 瑠美に相談して勧められた時は「良いね」と思ったけど、日を跨いで冷静になった頭で考えたら、だいぶ恥ずかしいプレゼントをしようとしていることに気付いちまったんだよぉ!
事ここに至っては仕方無い。処理する甘味が一つ増えるだけのことだ。数日は甘いものに困らないなハッハッハ。
「俺、こんなに臆病だったかなぁ…」
「あ、あの!」
校門を横切った途端横合いから掛けられた声に、僅かに体が浮く。冗談抜きで心臓が口から出るかと思った。この半年間で大分聞き馴染んだ声。
だのに、最近はどうにも緊張してしまう声。
彼女の前では、俺は挙動不審に陥ってしまう。これが有名な惚れた弱みってヤツ?
「れ、玲……さん?」
「は、はゃい! そ、その……一緒に帰れれば、と………」
状況を整理しよう。
Q:玲さんは何故俺を待っていた?
A:俺と一緒に帰るため。
Q:何故俺と一緒に帰る?
A:俺に用事があるから。
Q:玲さんから俺への用事とは何だ?
A:期待しても、良いのだろうか。
咳払いで冷静さを買う。随分と
「げふん。い、良いよ。か…帰ろう、か?」
すいませんこの冷静さ不良品なんですけど。クーリングオフできませんか?
「っ、は、はい!」
その顔が俺の心拍を上げるのだ。わかっているのだろうか玲さんは。
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家路を歩き始めて数分。まともな冷静さを買うことができた俺は、ゲーム周りの他愛のない雑談の中でようやく切り出すことができた。
「今日は…何か、俺に用があった、り?」
「ど! どど、どうしてそう思われたのでしょうか!?」
『どうしても何も、校門前で俺を待ってたなら俺に用事があると見るのが普通だろがーーーい!』…などと言えたなら、どんなに気が楽か。三ヶ月くらい前の俺なら言えたような気がするのが不思議でならない。
「い、いやァ……なんとなく、そう思って…?」
「な、なんとなく、ですか……」
いかん、バッドコミュニケーションの文字がうっすら見え始めた…! このまま玲さん側の用事について話すのは危険だと
必要なのはそう、話題の転換!
「そ、そういえば玲さんに渡そうと思ってたものがあって――」
全身が固まる。何故……よりにもよってジョーカーをここで切った、俺。
頼む玲さん、聞き逃してくれ―――!
「わ、私に!? わわわ、渡したいもの、ですかっ!!?」
「あ、ああ、うん。まあその、日頃の感謝を……込めて…?」
首の裏辺りで冷や汗が大量に発生しているのを自覚しながら、鞄の中の菓子を手探る。
大丈夫だろうか。日頃の感謝とか言ったが、玲さん的には感謝されるような事では無かったりするかもしれない。だとしたら恩着せがましいなどと思われてしまうのでは…!?
「日、日頃の感謝だなんてそんな! むしろ私の方がお世話になってるくらいですから! わ、私こそ、せめてもの御礼を…!」
想定外の事態! だ、だがまだ立て直せる。こちとら筋金入りのクソゲーマーだぞ!
…全然、関係なくない?
「わかった! なら交換! 交換にしようか!」
「な、なるほど! そうですね!!」
ごく普通の住宅街で、お互いに鞄に手を突っ込み、ピンと張り詰めた空気の中動かない。
さながら西部劇の早撃ち勝負という所か。『機』を見切り、先に取り出したほうが…勝者となる。
はて。さっきから思考の方向性が右往左往しているような。
―――遠くで、犬の鳴き声が聞こえた。
「「これ、バレンタイン(です)!」」
ラッピングされた小さな箱を、同時に相手に突き出す。
なるほど、玲さんの用事もバレンタインだったか。そっかぁ。良い意味で期待通りではあったな。
俺の脳裏で『杞憂』の二文字が反復横跳びで煽ってくるが無視する。熟語の分際でしゃしゃるな。
ん、ということは俺玲さんからチョコ貰ったのか。
「…………」
目を何度か瞬かせる。
マジで?
「――ふっ」
学友共から何が何でも隠し通さなければならない秘密、増えちまったなぁ。
「ありがとう。なんつーかその…うん、大切に食べるよ」
「こ、こちらこそ! 家宝にします!!」
「……食べてね?」
店売りの、しかも食べ物を家宝にされても正直困る…。
「じゃ、じゃあまた明日」
「は、はい! また明日、ですっ!」
心残りである贈り物も出来た。玲さんからチョコも貰えた。
―――うん、良い日になったな。今年のバレンタインは。
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そろそろかと思っていた頃にやってきた彼女を迎え入れる。その喜色満面の表情を見れば、今日の作戦の成否も自ずとわかってくるものだ。
「ま、真奈さん! 真奈さん!」
「どーしたの玲ちゃん、真奈さんは逃げないわよー」
「こ、これ! らくろっ、くん、からっっ…! バレ、タインで…!」
「どうどう。深呼吸しようね玲ちゃん」
過呼吸を起こしそうなレベルで興奮している玲ちゃんをなだめ、宝物のように胸に抱いた包装済みの小箱を受け取る。
(…意外といいトコのモノ買ってるわね。誰かに相談したのかしら)
自分の記憶を探ろうとせずともすぐに出てくる、評判の良い有名菓子店だ。
脳にクソゲーカセット刺さった彼が、異性へのプレゼントに造詣が深いとは思えない。彼のクソゲー基準の交友関係は与り知る所ではないが、中にはこういうのに詳しい人との繋がりもあるのだろう。
人に頼る事は間違いではない。自分なりのプレゼントというのについ気を取られてしまうが、それで相手を喜ばせられなければ虚しさが残るのみだ。彼が自分の尖った性質を理解した上で、不得手な事柄で身近な誰かを頼るなら、全然良いと思う。
(ちなみに、何を買ったのかしら)
流石に彼女を差し置いて包装を開けるわけにはいかないが、底面の情報を見れば大凡の中身は分かる。そう考え、ちらりと下から覗いてみる。
(………あら、あら)
これはまた、陽務クンも随分と大きく出たものだ。次に店に来た時はこのネタでからかってあげるとしよう。
深呼吸を終えた彼女に、そっと箱を返す。
「ふふ、玲ちゃん。何のお菓子を貰ったのかしら?」
「あ、え、そ、そういえば貰ったことに夢中で……わ、忘れてました!」
「まあ、玲ちゃんはそういう娘よね…」
私の口から教えるべきだろうか。
一瞬そんなことを考えたが、やはり止めておこう。
自分で気付いてこそでしょうし。
「さーて、ロックロールは店じまいだから、早く帰って食べちゃうことね!」
「えっ、えぇ!?」
悲鳴を上げる彼女の背中を押していく。貰ったものを思えば彼女の彼の間に感じ取れる甘ったるい空気感に、少し胸焼けしてしまったまであるからだ。
彼女を家路に向かわせ、店じまいの支度を始める。
「……『
今夜の晩酌は、少しだけ苦く、笑えるくらいに甘くなりそうだ。
・マロングラッセ
『永遠の愛を誓う証』として男性から女性への贈り物に用いられる…らしい。
特に巷で語られるエピソードの信憑性は軽く調べた所いまいちなので、信じるのは程々に。