「お兄ちゃん!」
まだ小学生であろうか、可愛らしい子が
「どうした?
智也は、心からの笑顔をして、心優の目線までしゃがんだ。
「こっち来て〜」
そう言って心優は走り出した。
「いきなり走ると危ないぞ〜」
智也の制止も聞かず、心優は走る。走る。
「こっちこっち〜早く!」
心優は振り返ってそう叫んでいる。智也もそこへ向かって走る。しかし、走っても、走っても、追いつけない。
「は〜や〜く〜!」
智也は、違和感を感じた。小学生の女の子である心優に追いつけない。それどころか、だんだん離れていっている始末だ。
「どういうことだ……」
わけが分からなかった。とにかく、無我夢中で走る。走る。でも、心優は、だんだん、だんだん、見えなくなっていく。
「心優!」
思いっきり叫ぶと、そこに見慣れた天井があった。今までの心優とのやり取りは、夢だったのだ。
「み……ゆ……」
じんわりと天井が霞んで見えた。気づいたからだ。ここは、
心優の居ない世界だと。
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「トモ兄遅いね〜」
あこと巴は、家の前で智也が出てくるのを待っていた。
「……まさか」
巴には、思い当たるところがあった。
「あこは先に行っててくれ」
そう巴はあこに言って、智也の家のドアの前に立った。そして、カバンから智也の家の合鍵を取り出した。智也の父親から渡させているものだ。それで解錠して、家の中に入る。
靴を脱ぎ、そのまま玄関横の階段を上がる。あがって右側に部屋が二つ並んでいる。迷わず、奥の部屋のドアを開けて入る。
智也が、ベッドの上でうずくまって、さめざめと泣いていた。
「……みゆ……みゆ」
か細い声で、妹の心優を呼んでいた。
「智也……」
巴は、ベッドの端に座って、智也の背中をさすってやる。智也は、月に数回ほど、この状態に陥ってしまう。その度に、巴はこうしてやった。巴は、何回も、何回も、優しく背中をさすってやる。
しばらくすると、泣き疲れたのか、智也は寝息を立て始めた。本来は智也も学校に行っている時間だが、おそらく今日は無理だろう。ベッド横の机に置いてある固定電話から、智也の通う豊崎学園高校に電話をかけ、智也の欠席を伝える。
「二限目には間に合うかなぁ……」
巴は時計を見てそうこぼした。月に数回ほどは、これで遅刻する。しかし、智也を助けられるのは巴だけなのだ。そういうわけで智也の父親に、家の合鍵を渡されているというのもある。
巴は、寝息を立て始めた智也に布団を掛け直し、学校に欠席の連絡をしたというメモ書きを残し、智也の家を後にした。
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目が覚めた。さっきよりは落ち着いている。さっきと言っても、おそらくは数時間前であろう。身体をゆっくりと起こす。
智也は、ベッド横の机のメモ書きを見て、罪悪感を感じずにはいられなかった。巴の字で、学校に欠席の連絡を入れてくれたことが書かれている。
時計を見ると、もうすぐ午後二時というところ。膝を抱え込んで三角座りをする。もう
頭に浮かんでくるのは、今もなぜあそこで死ななかったのか、なぜ、こんなに巴や父さんに迷惑かけてまで生きているのか……。
「……心優、母さん。どうすればいいの……?」
そのか細い声に、答える者は誰もなかった。
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ピンポーン
巴は、智也の家のインターホンを押してみた。しかし、応答はない。また、寝てしまったのだろうか。
また合鍵を使って入る。智也の部屋に入ると、智也はベッドの上で膝を抱えている。
「まだ寝てるのか……?」
ひとまずもう少しそっとしておくことにした。下に降りて冷蔵庫の中を覗いて見る。やはり、ほとんど食材は残っていなかった。大方、今日買うつもりだったのだろうが……。巴は、途中のスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れてから、簡単な夕食を作り始めた。
もうこんなことにも慣れて、この家の調味料や食器の位置も把握している。おそらく、智也は昼も食べていないだろうし、自炊する気力も今日は無いだろうから。
夕食を作り終えて、巴はもう一度智也の部屋に行った。先程と全く同じ姿勢で居た。
「お〜い。智也〜」
優しく肩を揺らす。
「……!」
ゴン!
想像以上に驚いた智也は、後ろの壁に頭を打ちつけてしまった。
「アタタ……」
「ごめん!」
「巴か……?」
智也は痛みに顔をしかめながら、巴に言う。
「今日も、学校、遅刻させちゃったか?」
「ほんの少しだから大丈夫だって!」
何も頭を打った痛みだけが、その顔の険しさを生み出しているわけではない。
「……ごめん」
「謝らなくっていいって。
ほら、智也。ご飯食べてないだろ?
作ったから食べてくれよ」
「……うん」
ゆっくりと智也はベッドから降りて立ち上がる。
下に降りてみると、食卓に湯気の立った美味しそうな食事が
「「いただきます」」
智也と巴は一緒に食べ始めた。
「食材……また買ってきてもらったみたいだな……。ごめん」
「そこはありがとうっていうんだぞ!」
ニカッと巴は笑って見せる。
「……ありがとう」
今まで感情の抜け落ちた顔でいた智也も、その瞬間だけ、ほんの少し、ほんの少しであるけども、柔らかく微笑んだ。