智也は、夕食を食べ終わった後、またすぐに寝てしまった。その寝顔は、朝のように辛そうではなく、安らかだった。
「また、明日な」
巴は、そう小さな声で言って下に降りる。食器を洗い、定位置にテキパキと片付けていく。
作業をしながら思っているのは、やはり智也のこと。
智也を狂わせたのは、
それは、智也が中学三年生の五月だった。
夕方、巴とあこが学校から家の前まで帰ってきたとき、サイレンがうるさく鳴り響いていた。
「お姉ちゃん。なにかあったのかな……?」
「事故でもあったのかもな……」
巴は最初、他人事と思っていた。
ガタン
隣の智也の家のドアが、大きな音を立てて開いた。智也の父親だった。単身赴任先から帰って来ているみたいだ。
「こんにちは。おじさん。……どうかしたんですか?」
巴はいつも通り挨拶をした。しかし、智也の父親である
「……巴ちゃん。
聡子は、智也の母親の名前だ。巴は激しく動揺した。今、淳也は智子
「もしかして……智也と
淳也は頷いた。
そこから巴は、家にいた母親に言って車を出してもらい、そこに淳也も乗せて、総合病院に向かった。
「みんな、無事なんですか……?」
巴は、病院へ向かう車内で、淳也に恐る恐る聞いた。
「みんな重症で、集中治療室にいるらしい」
淳也は俯いてそう言った。巴は、智也たちが生きているということに安堵しつつも、重症であるということを聞き、胸が張り裂けそうな思いだった。
病院に辿り着いた淳也、巴、あこ、巴とあこの母はまず待合所で待機することとなった。しばらくすると、智也たちの家族である淳也だけが呼ばれた。淳也は、医者や看護師に連れられて足早に病状説明室と書かれた部屋に入って言った。
その後すぐに、蘭、ひまり、モカ、つぐみがやって来た。この病院に来るときの車の中で巴が連絡していたのだ。
「巴! おばさんたちは……?」
息を切らしながら蘭は問うてきた。
「……分からない。今、おじさんが説明を受けてる」
皆、椅子に座って静かに待った。重苦しい雰囲気がここ全体を包み込んでいた。
ガチャッ
病状説明室から淳也が出てきた。その顔には生気が無く、歩くのもままならないのか、看護師に支えてもらっている。
誰もそんな淳也に声をかけられなかった。淳也は、医者と看護師に連れられて、今度は集中治療室の中に入っていった。
また、しばらくの後、フラフラと集中治療室から出てきた淳也から皆に、智子と心優は亡くなり、智也は何とか生きているが、予断を許さない状況だと伝えられた。
皆、呆然としていた。朝に元気な姿を見ていた人達がいきなりいなくなったのだ。あまりに、ショックだった。
その後すぐに、巴たちは病院を後にした。智也は生きているとわかったが、集中治療室の中で、何もしてやれない。淳也の元には警察の人が来て話をするようだった。
これは、巴が後に聞いた話だ。
智子と心優、智也の三人は、どうやら車で買い物へ行った帰途だったらしい。対向車線の車が中央車線をはみ出してきて、正面衝突したのだ。どうやら、対向車線の車のドライバーが、飲酒運転をしていたらしい。そのドライバーも重症だったが、その後、意識を取り戻した後に逮捕された。
智也は事故から一週間後、集中治療室から一般病室に移された。だが、なかなか意識を取り戻さない。その間に智子と心優の葬儀も終わってしまった。
巴はAfterglowの皆と一緒に、毎日のように智也を見舞った。そして、智也の手を握って必死に祈るしかなかった。目を覚ましてくれ、と。
事故から二週間後、ようやく智也は意識を取り戻した。巴や皆、淳也は泣いて喜んだ。重症ではあったものの、智也の回復は意外にも早く、リハビリも順調に進んだ。スムーズに退院もできた。このまま、日常生活にも戻れると思われていた。
智也の問題は身体ではなく、心だった。退院してからも智也は、事故のトラウマで、たびたびフラッシュバックや悪夢に襲われるようになった。それに加え、母親の智子と妹の心優の死を一ヶ月経っても二ヶ月経っても受け入れられずにいた。
些細なことで驚いたり、怒ったり。そして、無気力に苛まれる智也は、前の明るかった智也とはまるで別人だった。
そんな状態の智也を一人暮らしさせておくわけにはいかないと、淳也は単身赴任先に智也を連れて行こうとした。しかし、これをなぜか智也が拒否した。そのため、淳也は宇田川家にやって来て、智也のことをお願いします、と土下座して頼み込んできた。その時に、巴は智也の家の合鍵を受け取っている。
今も智也は月に一回、淳也に連れられて精神科に通っている。少し症状は軽くなったかもしれないが、未だに智也は苦しみ続けている。
食器などの洗い物が終わった巴は、静かに智也の家を出た。