アルケミアストーリー ーHiro's strange journeyー 作:旅太郎
目を覚ますと、そこには両手を腰に当てて身を低くさせながら、こちらを覗き込む赤毛の少女がいた。
怒っているのかは定かではないが若干、不機嫌そうな表情をしている。
「……やっと目を覚ましたわね。どれだけ待ちくたびれていたか分かる?」
分からない。
だってボクはこの少女を知らないからだ。
待たせていたとは、そんな馬鹿な。
イマイチ状況が読み取れず混乱してしまう。
ここは何処だ、ボクは誰なんだ?
「いい、よく聞くのよ! お父様とお母様に私は病気だから、それが治るまでこのヘンテコな場所にいなきゃならないって言われているの!」
少女はボクの両肩を掴みながら言った。
ヘンテコな場所とはここの事なのか?
一見、なんの変哲もない子供部屋のようにしか見えないが確かに妙だ。
固く閉ざされた扉が一つだけしかない。
窓なんてないし、それを覆うカーテンもない。
言われて見ればヘンテコだ。
まるで外部に中を見られないようにしている感じがして不気味だ。
「あそこに箱があるじゃない?」
少女は部屋の隅に指を指した。
山積みにされた大量の箱が置いてあった。
「食べ物とお水が入っているの。お父様が言うに一ヶ月分以上はあるから心配はいらないって。でもね、万が一それが全部なくなったとき」
少女は恐ろしい顔でボクを睨み付けた。
そして唇をなめて言った。
「アナタを非常食にするから覚悟しなさい!」
非常食?
なぜボクがそんなことに?
あまりにも恐ろしくて逃げようとしたのだが、身体が動かない。
まるで神経を断ち切られたかのように、身体の殆どの感覚がしないのだ。
床に座っている触感も、空気の匂いを嗅ぐための嗅覚も、機能を果たしていない。
幸いにも聴覚と視覚は無事だったけれど妙な感覚である。
まるで人形になった気分だ。
これでは、この少女からは逃げられないではないか。
「……なに嫌そうな顔をしているのよ?」
少女は怪訝そうに聞いてきた。
こんなフザけた状況になれば誰だって嫌に決まっているじゃないか。
それに誰なの、名前は?
「名前? ふん、そんなの教えても意味ないじゃない!」
両腕を組んで、まるで暴君のような態度をとる少女にボクは絶望していたよ。
どこまでが本当の話なのか分からない。
けど何日もこの少女とこの部屋で二人っきりにならなければ状況は、地獄以外の何でもなかった。
泣きたかったけど、涙は出てこなかった。
部屋に時計があり、時間ごとにその側にある絵が変わる仕組みになっていた。
午前だと太陽の絵に、午後だと夕陽の絵に、夜だと月の絵に変わる。
あれから少女と二日も過ごしてしまった。
朝から夜まで、ずっと騒がしく喋りかけてくる。
「昔、ウサギを飼っていたの。耳と尻尾がふかふかで、それはもう可愛いの一言よ! 人懐っこいし、あそこまで完璧な子はいなかったわ!」
何処の誰かも分からないウサギの話をされても興味を惹かれる要素なんて何もなかった。
この部屋から抜け出したくて仕方がないのだ。
話し掛けられるたびに、この少女に忌々しい感情を抱いてしまう。
早くここから出してくれ。
「でも……死んじゃったの」
少女は小さく、悲しそうな声で言った。
ウサギぐらい、動物一匹の死をここまで悲しむのなのか?
どうせこの少女が雑な扱いをしたのだから早死にしたのだろう。
「アナタは居なくならないでよね、絶対っ!」
めちゃくちゃ怖い目つきで睨み付けられた。
なにそれ……脅迫?
ますます、この少女が怖くなった。
さらに五日目。
最近、少女が真夜中で泣くことがある。
煩くて堪らないが注意をすると「うるさいなっ」と一喝される。
朝はあんなにも元気だったのに夜になると泣き虫にどうしてなるのか。
不思議でならなかった。
彼女の両親の言うとおり病気なのかもしれない。
肉体的ではなく精神的な面でのだ。
なら閉じ込めるのではなくカウンセリングに出すのも手だと思うんだが、肝心の両親がここにいないのでどうしようもない。
七日目。
もう一週間になる。
少しだけ、彼女のことが分かった。
どうして夜に泣くのか、ようやく理解ができたのだ。
寂しいのだろう、きっと。
ボクだけしかいないこの部屋にいることが彼女だって嫌なのだろう。
部屋から出られるのなら出たいのだ。
それでも扉が開くことはない。
時々、少女がドアノブを回すところを見たところがある。
外から鍵がかけられているのか開かないのだ。
「ねぇ、お父様とお母様はいつ扉を開けてくれるのかしら?」
ベッドの上で寝っ転がりボクを抱きしめながら少女は聞いてきた。
ボクが知るはずがないだろ。
だって完全な赤の他人だし、巻き込まれたこっちの身にもなってくれ。
「ワガママだったからかな? お父様とお母様はそれでも可愛がってくれていたけど、やっぱり迷惑だったから怒らせちゃったのか?」
不安そうな声で言った。
この少女のワガママっぷりは一週間ともに生活をして理解している。
捨てられたという可能性も否めない。
だけど、そうだとしたらわざわざ一ヶ月分の食料を置いていくのだろうか?
捨てたいのなら、さっさと処分するのが普通じゃないか?
他の人間に接触してはならない病気を少女は患ってしまい、それで外に出すことができなくなった方が納得がいく。
部屋にはトイレもシャワーお風呂も完備されている。
普通に生活のできる空間だ。
唯一の欠点は外が見れないことのみで、それさえ目を瞑れば問題はない。
だからボクは、そんなことはないと少女に言った。
「……そう、そうよね。私はちゃんと愛されているもん……ありがとう」
まさか少女に感謝されるとは思わなかった。
てっきり「アナタに言われなくても分かっているわよ!」と壁に叩きつけられるかもと覚悟していたけど、珍しいこともあるものだ。
十日目。
ボクは少女と本を読んでいた。
あまりにも暇なので読書で時間を潰すことにした。
だけど少女は難しい文字をあまり読むことができないらしく、分からないところを聞いてくる。
仕方ないので教えてあげたりするのだが、あまり読み書きが得意ではないのか、最終的にボクがまるごと一冊朗読することになったりする。
「ねぇ! どうして最後にお姫様と王子様も一緒に死んじゃうの! 納得がいかないわ!」
知るか、著者に聞け。
と前までのボクなら言っていただろうけど、確かに疑問である。
今、読んでいた本はよくある童話ものだ。
終盤、邪竜ファフニールを打ち倒した王子は力尽き倒れてしまう。
救われた姫は王子に寄り添い、毒を飲んで死にゆく王子とともに心中をした、という終わり方になっている。
子供向けにしてはかなりハードな内容になっているけど昔の作家は病んでいることが多い。
ビターエンドな物語が多かった時代なので、なにも珍しいことではない。
だけど、よくよく考えてみれば確かに納得のいかない終わり方としても捉えられる。
「お姫様は一緒に死ぬべきじゃないわ。だって、二人とも死んじゃったら勿体ないじゃない。せっかく助けてもらった命を大事にするべきよ……!」
それほど愛していたかもしれない。
「それでもよ!」
少女はそう言い切った。
その自信ものすごく羨ましいけど、世の中そんな上手くいくよう回っていない。
人は常に、自分なりの考えを持っている。
客観的には理解できない考えもだ。
でも彼女がそう思うのなら、それでもいいと思う。
答えは一つではない。
自分で導いてみるのも悪いことではない。
十五日目。
少女の泣く頻度が多くなっていた。
夜中だけではなく朝方にも嗚咽を漏らしながら泣き崩れることがある。
ボクは何かをしてあげることや気の利いた言葉をかけることができず、ただ困ったようにそれを見ることしかできなかった。
何時からだろうか、少女のために何かできることがないかと思うようになった。
初めは忌々しく思っていたのに何故だろうか。
ハッキリとは言えないがボクはもしかして、この少女に同情をしているというのか?
態度がでかく、気に入らないことがあれば怒り、暴力的なこの少女をボクが……。
二十日目。
いつも通り少女に本を読み聞かせる。
少しだけ元気を取り戻してくれた。
二十一日目。
食料はあと少し、少女は得意気に節約をすると高らかに宣言した。
予想にしか過ぎないけど、無くなったら扉が開かれ補給されるかもしれない。
二十三日目。
少女の胸の中に包まれていた。
今まで気付かなかったけど手があまりにも細すぎる。
よく見たら少女は明らかに痩せていた。
しっかりと食事をとっているはずなのに何故なのか。
「私ね、久しぶりに空が見たいわ。青くて……どうぶつの形をした雲がたくさん……あるのが……」
いつか二人で見に行こう。
少女と、約束を交わした。
二十六日目。
扉が開かれる様子がない。
もうすぐ一ヶ月が経過するというのに、一向に彼女の両親が現れる気配がしない。
そんな薄情なことが、あってたまるか。
三十日目。
少女は弱っていた。
食力がないらしいので、そっとしておいた。
大丈夫だ、きっと両親が来てくれるはずだ。
何度と何度も、少女を励ます。
「うん……そうよね……大好きなパパとママなんだもん……」
ボクは徐々に弱っていく彼女を見ていることしかできないのか?
この身体さえ動けば、助けられるというのに……。
三十五日目。
薄暗い部屋の真ん中で、少女は倒れたまま動かなくなった。
まるで一週間前も食事をとっていないかのように身体はやつれ、顔が青白かった。
なにか食べさせなければ。
そう思ったのだが食料はもう尽きていた。
もう、どうしようもないのだ。
「…………」
いや、まだだ。
まだここにボクがいるじゃないか。
少女はこうなることを初めから知っていたかもしれない、だからこそボクを非常食にすると言っていたんだ。
なら、食べてよ。
ボクを食べて元気になってくれよ。
「…………だめよ」
……!
まだ意識があることに一筋の希望が見えた。
大丈夫だ、きっと誰かが来てくれる。
そうすればキミも助かるから、少しの間でもいい。
ボクを食べて元気を取り戻してくれよ。
いつものでかい態度で笑ってくれよ。
「……ううん、誰も来てくれないわ……もう誰も」
どうして、そんなことが言い切れるんだよ。
あんなに両親と会いたがっていたじゃないか。
「……もう他にいらないの……十分だから……」
なにがだよ、なにも十分じゃない。
キミが元気を取り戻さなければ……ボクはもうどうすればいいのか。
「それでも……幸せだったわよ……?」
少女はか細い声で、そう言った。
今にでも、もう何処かに連れていかれるのではないかと思ってしまうほどに。
瞳に温かい何かが流れていた。
ポロポロと目元から溢れている。
「……あのね……あのとき言えなかったことなんだけど……」
彼女は冷たくなった腕でボクを抱き寄せ、そっと顔を近付けた。
「……私の……名前は――――」
小さく耳元に囁かれたのが、彼女の最後だった。
事切れた彼女の身体は、まるで無機質な人形のように動かなくなった。
少女は、死んだのだ。
同時に、固く閉ざされていた扉が開いた。
黒装束の集団が、もうすでに冷たくなった少女を見て呆気にとられていた。
部屋には少女以外に誰もいなかった。
まるで最初っから一人だったかのように。
「ボクを何もしてやれなかったんだ、ずっと傍にいたというのに……」
まるで彼女の悲しみに応えるように、白い尻尾が落ち込んでいた。
雪の積もった森の中は、やはり肌寒い。
それでも彼女は家族に話すことができないので外で聞いて欲しいと言った。
なので家の外にあったベンチに座ることになったのだが、あまりにも衝撃的な話だったので多少なりとも寒さを我慢して聞くことができた。
「ボクはこうやって家族まで作って、のうのうと生きちゃいました……最低ですよね、ヒロさん」
「……僕の意見になるんですが」
ベンチから立ち上がり、真っ白になった空を見上げる。
「少女は幸せだったと、思いますよ」
「どうして……そう言えるんですか……? ボクはただ見ていることしか出来なかったのに……」
「だって、ずっと傍にいてあげたじゃないですか」
「!?」
微かだけど彼女は尻尾を振ったように見えた。
「最後まで一人じゃなかった。人は孤独じゃ死ねない悲しいものなんです。だから、それだけでも十分報われたんだと思います」
いつしか彼女は泣いていた。
その場に崩れ、肩を震わせ、長き呪縛から解き放たれたかのように泣いた。
森の奥には集落があった。
とても親切な人ばかりで、まさか昔あんな悲惨な事件があったとは思えないほどである。
約十年前、魔女狩りというものが行われていた。
異端審問にかけられた少女や成人した女性が魔女の特徴に一つでも当てはまってしまったら処刑されるという理不尽な狩りのことだ。
もしかして、あの少女も狙われていたのかもしれない。
両親は彼女を守るためにも誰からも見つかることのない部屋に隠し、なにもかもが落ち着いたときに少女を部屋から出そうとした。
しかし、匿ったことで両親は殺されてしまった。
予想でしか過ぎないけどビターエンドどころではない、最悪の結末だ。
だけど少女は、多少なりとも救われた。
救われたはずだ、この人によって。
「もう、行くのですか?」
「はい。興味深いお話をありがとうございますソアラさん。誰にも言ったりはしないのでご安心を」
「それなら、お礼を言いたいのはこちらの方です。ヒロさんのおかげで、ようやく気付かされたのですから」
「……また、お話を聞きに来ます」
ソアラさんと別れる。
雪を踏むとザクザクと潰れる音がした。
いずれ、この森も晴れるようにと願っていた。
そうしたら、いつかまた此処に戻ってこよう。
青い空を、眺めるために。