鉄拳のアイアンメイデン ~Fragment prologue~   作:百々目

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第2話

世界はいつだって残酷だ。

だって、世界は人に平等で、残酷で、そして理不尽なことでいっぱいだから。

だから、神様なんてこの世にはいないのだと人は言う。

 

しかし、私、市ノ瀬美郷はその言葉を否定する。

なぜなら神様は残念なことに存在するからだ。

 

 

もっとも、人にとって都合がいいかと問われると別とも答えるが。

私は、そう思いながら机に突っ伏す。ひんやりと冷たいその感触に思わず顔がにやけてしまう。

 

 

「やめてよ、その顔。ただでさえ不細工なのに、目も当てられないじゃない」

「はいはい、そいつは申し訳……って、誰が不細工よ」

「私の視力がおかしくなければ、少なくとも机に突っ伏してへしゃげた顔は見られたものではないわね」

 

 

そういって厭味ったらしく手鏡でこちらの顔を映してきた。相変わらず性格悪いと思いながら、私は同僚の顔をにらみつけた。

 

 

そんな私の視線に意を返すこともなく、伊波継姫は目の前の書類業務を黙々とこなしていく。パソコン画面をまるで親の敵を見るかのごとく視線を鋭くさせてはいるものの、長い付き合いでこれが彼女の素なのだということはわかる。

 

 

切れ長に伸びた意思の強い瞳はまるで黒真珠のようであり、腰まで伸びる青みがかった黒髪は太陽の光さえも吸い込んでしまいそうなほどだ。手足はすらりと長く、その神秘的な容姿ともあってかモデルとして街中でスカウトを受けたことは片手では足りないとも聞く。

 

 

しかし、そんな触れれば折れてしまいそうな見た目と反し、その内側には鍛えられた鋼のような筋肉が隠されている。そのことは彼女とともに戦い、時に争ったからこそよく知っている。立ち姿は可憐でも、胸の内に秘める激情から抜き身の日本刀だとも周囲から言われる。

 

 

それが私の頼もしい同僚、伊波継姫だ。

 

 

「つぐっちゃん、私は思うわけよ。うら若き女子校生が何が楽しくて休みの日にこうしてパチパチキーボードを打ちながらパソコンとにらめっこしてるのかなって」

 「そうね、美郷がもう少し真面目に仕事してくれたら、私も今日は久しぶりのオフを満喫できたのだけれど?」

 

 

そう言外に誰のせいかと非難の目を向ける、付き合いも長くなってきた同僚の視線から目をそらす。

 

ただでさえ、その視線の冷たさから、学校や職場でも氷の女王などと揶揄されるくらいに彼女は目つきが悪い。それが連日の寝不足も相まってその鋭さは普段の三割ましくらいになっている。

 

 

「あ~つぐっちゃん様、のど乾きませんか? 私めがひとっ走りして一つ、飲み物でも買ってきやしょうか?」

 

その視線の恐ろしさと、突き合わせてしまっていることの申し訳なさから私は彼女のパシリになることに決めた。ご主人様、この哀れな間抜けになんなりと申しつけ下され。

 

 

「モンスターのグリーン」

「……間を置かずにその解答って、それ、徹夜3日目のサラリーマンみたい」

「……誰のせいで、最近寝不足になっているとでも? この始末書馬鹿」

「急いで献上させて頂きますのでしばしお待ちを!」

 

吊り上がった眉尻をさらに細くし、ギラリとにらみつけるその視線の圧に耐え切れず、私は急いでご所望の品を買いに走り出した。今の私の使命感はメロスよりも壮大だ。誰もほめてはくれんだろうけれど。

 

 

私は自販機の前でご所望の品を選びつつ、ついでに自分の分の飲み物を買う。宇宙人がCMに出ているので有名なブラックコーヒーのほうだ。微糖コーヒーは肥満の友達、スタバのコーヒーとかその最たるものだろう。ダイエットを念仏のごとく唱えながらも楽し気に飲む女性代表とも言える友人の顔が思い浮かぶ。

 

 

「女の子の感性、やっぱり時々なれないわ~」

「そういうお前も、一応分類上は女だぞ、セミちゃん」

 

私が思わず自販機前でぼやいていると、見知った男が話しかけてきた。

 

「まあ、私ほどの美少女ともなると、感性も他とは違ってくるんですよ」

「ただの中身がおっさんなだけぼふぉ!!」

「アンタは一言余計よ、タケ」

 

 

腹を押さえながら苦し気に呻く男、周防尊を私は蔑むように見つめた。

短く刈り上げられたスポーツ刈りの髪、彫りの深い深い顔立ちに整った顔立ち、背も180cmに届こうかという程の高身長。鍛えられた肉体は見世物ではなく、戦うために鍛えたものだということを私は知っている。顔も良くて背も高い、学校でも異性から人気があるが、こいつに彼女ができたという話は聞いたことがない。

 

恋愛に興味がないのかと以前に聞いたことがあるが、その際に溜息をつきながらひどく残念な物を見る目で見られたことは確かだ。解せぬ。

 

ちなみにセミちゃんというのはこいつが呼ぶ私のあだ名だ。一ノ瀬美里だから間をとってセミとか、私は土の中で一生のほとんどを過ごす節足動物かと思うが、言われ慣れすぎて

今更変えるのもということで今に続いている。

そんな彼とはもう小学校に入る前からの付き合いであり、もはや腐れ縁とも言える。

 

気の置けない仲であるからこそ、お互いに言葉の掛け合いもド付き合いも慣れっこだ。まあ、主に殴っているのは私だけど。

 

 

「とはいえなぁ、お前の好物ってなんだっけ?」

「え、塩辛。あと、あたりめ」

「ちなみに、お菓子とは?」

「せんべいとチータラ」

「それで、中身おっさんって言われてキレるの、理不尽じゃね?」

 

いいじゃん、塩辛好きでせんべいつまむ美少女。きっと見ているだけでいい酒のつまみになると思うよ。

 

もっとも、外面は別にしても、中身の品質偽装については正直否定しきれない。長年の染みついた感性というのは中々変えることが難しいのだ。

 

ましてや、それが今生の生よりも長年染みついたものとなると尚更だ。肉体が変わってもそう簡単に趣味嗜好を変えるのは難しいものだとつくづく思い知らされる。

 

そして、その度にこんな境遇に追い込んだ存在に対して恨み言の一つもぶち負けたくなる。

 

ファッキン神様、次はドロップキックだけじゃ済まさない。

私が空の彼方の愉快犯に対して呪詛の言葉とともに、脳内サンドバックでボコボコにしていたところ、黙り込んだ私に対してタケが話しかけてくる。

 

「んで、セミちゃんはこんなところで何してんだ?」

「それが聞いてよ、タケ。私の語るも涙な盛大な理由をさ」

「どうせ、この前の分の始末書、出すの忘れて慌てて仕上げているとかだろ」

「……タケ、あんたいつの間にそんな超能力に目覚めたの?」

「ん~超能力とは違うかな。日頃の行い見りゃわかる」

 

そういって彼は私の後方を覗くようにしてみた。ご丁寧に右の人差し指をちょいちょいと差しながらだ。その仕草を訝しむ私の背に、まるで刺すような気配が私を射抜いた。抜き身の刃を背中に当てられたようなその気配に、私は背中から嫌な汗が滴り落ちるのを感じた。

 

「……良いご身分ね、美郷。ねぇ、私に仕事を押し付けてのんべんだらりとする気分は大層気持ちいいのでしょうね?」

 

 

「……ははは、嫌だなぁ、そんなこと、忘れてなんて決して———」

「———言い訳、無用!!!」

「ちょ、ま、つぐっちゃん! ぎ、ギブ! 関節が、肩が曲がっちゃいけない方向にいっているって! 待って、それ、以上はあああああああああああああ!!!!!!」

「人が、睡眠時間、削っているのに、今日なんて朝起きたら、口元にニキビできてんのよ!誰のせいなのかしらね!!」

「すみませんすみません!! 私、私が悪かったから!! タケ! アンタも見てないで助けて!!」

「嫌だよ、継姫ガチで切れてんじゃん。てか、パロスペシャルか。生で見たの初めてだわ。いいもん見れて感謝感謝」

「あんた、呑気にコーラ飲みながら見てんじゃないわよ! 見せもんじゃあだだだ! 継姫様ごめんなさい!!」

 

どうやら、私を助けてくれる正義の味方はこの場にはいないらしい。

寝不足とイライラがマックスのつぐっちゃんに開放されたのは、そこから10分の時間を要した。

 

結論、寝不足の人間を怒らせてはいけない。お姉さんとのお約束だ。

 

 

「それで、始末書はあとどれくらいで終わりそうなんだ?」

「ん~つぐっちゃんがかなり手伝ってくれたから、あとは細かいところ直したら終わりかな」

「お前、あんま継姫頼りすぎるなよ。さすがに気の毒になるわ」

「まあね、私もさすがに断ったのだけど」

 

そういって、私はいつの間にか寝落ちしていたのだろう、机で寝息を立てている同僚に視線を向ける。自分の仕事もあるだろうに、私の尻ぬぐいの手伝いまでしてくれる彼女には本当に出会った時から頭が上がらない。

 

「『目の前でしかめっ面されるほうが仕事の邪魔』って言って、人の仕事を勝手に持って行っちゃうの。ホント、良い娘だよね」

「……だな。継姫には俺も足を向けて寝られないわ」

「なに? 惚れちゃった? ダメだよ! つぐっちゃんは私のなんだから!」

「そこでそんな反応されると、さすがに俺もどういっていいか分からんわ……」

 

私のからかいに、しかめ面をこちらに向けるタケから視線をまた継姫に戻す。今でこそ同僚な彼女だが、私もタケも彼女のおかげでこうして他愛無い話ができる日々を過ごすことができている。まさに命の恩人ともいえる彼女が、同級生の女の子と知ったときは腰が抜けるくらいに驚いたものだ。

 

彼女に拾ってもらった、助けてもらった命だ。だからこそ、返せる恩を少しでも返したいと思うのだけれど、中々どうしてうまくいかないことのほうが大半だ。今回の始末書についてもその結果ともいえる。

 

「始末書、なんで書くことになってんだっけ?」

「独断専行と、民間人への過剰接触、あとは器物破損とかだったかしら」

「ということは、いつものってことか」

「いや、確かにいつもと似たようなものだけど、今回はいつもとは違うわよ!」

「ほう、何が違うか言ってみ?」

「壊したものが今回は車よ、前回は公園の現代アートだったかしら」

「目くそ鼻くそじゃねえか」

 

彼は苦笑交じりに、呆れたように答えた。しかし、どこかからかうような視線を急に厳しげなものに変えると、どこか言いづらそうに話しかけてきた。

 

「……なあ、別にお前が無理する必要、ないんだ。俺もいるし、継姫だっている。お前が無理して戦う必要ないんだ。それに、戦うことのリスク、お前だって分からないわけじゃないんだろ、美郷?」

 

タケは、いや、尊はそう言葉を濁しながら話してきた。

 

 

分かっている。彼の言う通り、私一人が無理に戦わなくても、他にも戦える人はいる。むしろ、私はこと戦いにおいてはある条件を除けば下から数えた方が早いくらいに弱い。いや、下手したら最弱とも言ってもいいかもしれない。そんなこと、誰かに言われなくても分かっている。

だけど、だとしてもだ。

 

「タケ、弱いからといって、誰かを守れないなんてことはないんだ。それは、タケだって知っているはずだよ」

「それは、あの頃と今とじゃ状況も……‼」

「同じだよ、私からすればね。それに、私一人がいるだけで救われる命だってあるんだ。けど、それは言い換えれば私が戦いの場にいなければ、失われるかもしれないものでもあるんだよ。私は、それを分かっていて安全なところで笑って過ごせるほど、頭が良くないだけなんだ」

 

分かるでしょと、そう口には出さないものの、私の中で答えは決まっている。

 

私の言葉に言い返したくなるものの、私の意思が梃子でも動かぬと悟ってくれたのだろう。顔を逸らして歯を食いしばりながら、口に出せない想いを押し殺しているのがわかった。

 

私は彼の想いをあえて無視することに申し訳なさを感じる。しかし、譲れない約束のためにも、今はそんな彼の優しさを受け入れるわけにはいかない。

 

戦いから離れるということは、言ってしまえば尊のそばを離れることにもなるからだ。

それだけはだめだ。私が、いや、俺が市ノ瀬美郷である限り、尊のそばから離れるなどという選択肢は最初から存在しない。

 

彼の運命を変えること、彼が幸せになること、それが彼女たちとの間に交わした約束だから。そして、その日が来るまでは私は戦うことをやめるつもりはない。ましてやその日を迎える前に犬死なんてもっての他だ。

 

「……それでも、少しは戦いでも他人を頼ることを覚えなさい」

 

何時から聞いていたのだろう。私たちの言い合いに目が覚めたのか、気まずい空気が流れる中でつぐっちゃんが寝起きで目を薄く開きながら話しかけてきた。

 

「雑務では他人を巻き込むくせに、戦闘に限っては独断専行に走るのは悪い癖よ」

「頭では分かってはいるんだけどね。それでも、目の前で助けられる人がいるなら私は迷わず行くよ」

「そう……ホント、仕方ない人」

 

そういって、継姫は普段は厳しい視線を緩ませながら私を見る。やんちゃな子供を見るかのような視線にむずがゆくもなるも、この厳しくも優しい同僚の、いや友人の思いに私も恥ずかしくて思わず視線をそらしてしまう。

 

尊もそんな私たちを見ながら、先ほどまでの強張った顔を緩ませている。

 

「いや~青春しているね~、お姉さん、君たちの友情に思わずにやけちゃいそう。これぞ、十代にだけに許された特権ってやつよね」

 

私たちの少し重たくなった空気を吹き飛ばすかのような、そんな持ち前の明るさを持ち合わせたような声が会話を遮る。

 

 

少し汚れた白衣に、肩まで伸びた赤身がかかる髪は、整える時間もなかったのか、寝癖で所々跳ねている。特徴的な真っ赤な唇は、色気を感じながらもまるで血を啜ったのではとも揶揄されるくらいにその存在感を露にしている。

 

獰猛な獣を連想させるつり上がった瞳は彼女の苛烈な性格もあり、睨まれたら寿命が一年縮むともっぱらの噂だ。

 

もちろん、そんなことを彼女に面と向かって言おうものなら、物理的に寿命が縮むことだろう。

 

そんな私たちの上司にして、担任の仁方仁美が入り口に片手をつきながらこちらをニヤニヤと笑いながら見ていた。

 

「仁方先生、言い方がババ臭——なんでもありません」

 

瞬間、背筋を襲う悪寒に私は慌てて口を閉じた。視線に明らかな殺気を感じたからだ。

 

「よろしい、考えるより先に言葉がでるのはあなたの悪い癖よ、市ノ瀬」

「先生は手が先に出るのを改めた方がよろしいのでは?」

「私は良いのよ、寸止めできるし。殺す一歩前的な意味だけど」

「全然、全くをもって大丈夫と言える要素ながないと思うのは俺だけか?」

「安心しなさい、少なくとも死にかけまで殴っておいて、無実を勝ち取れるような法律はこの国にはないわ」

「うるさいわねぇ、私が法律だからいいのよ。殴ってワリイで無罪放免、これが私の六法全書よ」

「ずいぶん中身の薄い法律書だこと」

「どっちも当たれば痛いと言う点だけは共通だね」

 

私たちの非難に「うるせぇ、ガキどもだなぁ」と口にしながら、仁方先生は自分の机へと向かう。そうして自身のパソコンを立ち上げると、彼女の背にあるモニターへある画像を写し出す。

 

それは、人だ。いや、これは人だったものと言うべきだろう。少なくとも、体中の体液を抜かれ、バラバラにされた結果、元の原型がわからなくなっているものを人とは言えない。

 

そして、散らばった遺体の周囲に走る、いくつもの傷跡。何か細長いもので叩きつけたような痕跡が地面に残っている。思わず目を反らしたくなるその写真を、私たちはそれぞれに異なる感情で見ていた。嫌悪、憎悪、そして、戦いへの歓喜。

 

それぞれに想いを浮かべる私たちを見ながら、実に愉快そうに笑いながら上司は言う。

 

 

「喜べクソガキども、仕事の時間だ」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「現時点での被害者は5名。いずれも背景に類似点はなしだ。共通点は全員、暗がりの小道に入った瞬間にいなくなくなっていること。そして、すべて体液が抜かれミイラにされたのにちバラバラにされていることだ」

 

そういうと、仁方先生は同じような惨殺された被害者の写真を表示した。

写真に映る生前の姿と物言わぬ死体となった姿では比較しようがないくらいに姿を変えてしまっている。およそ人が行ったとは思えぬ殺し方だ。

いや、むしろ人がしたというのならば幾分が救いがあったかもしれない。少なくとも、遺族も恨みを抱ける対象がいるのだから。

 

 

「警察も殺人事件で表向きは捜査を継続している。だけど、お前たちに私が話をしている時点で、犯人を警察が見つけるということは絶対にない」

「UAP……」

「そういうこと、胸糞悪いことにだけど、私らにお鉢が回ってきたわけ」

 

ぽつりと継姫がこぼした一言に、仁方先生は獣を連想させるような獰猛な顔つきで答えた。

 

UAP、未確認不定形生物(Unidentified Amorphous Parasite)から銘打たれたこの生物は、ある日を境にこの世界に敵意を表した。彼らに明確な姿形はなく、本来は不定形なアメーバのような存在だ。一見すると大した脅威ではない彼らだが、生物に寄生することにより、人類に牙を向けることになる。

 

しかも、厄介なことに人類が長い年月をかけてきた自慢の武器たちでは一切の傷がつけられないという特性を持ち合わせている。

 

長い人類史の裏にいつの間にか現れ、そしてその猛威をひそかにふるい続けている、それがUAP、私たちの敵だ。

 

 

「つい先ほどお偉いさんからうちに泣き言が入った。今すぐやんちゃする化け物を仕留めてこいってね」

 

 

彼女はそういうと、胸元から吸いなれたタバコを取り出した。金色のパッケージに英字で【平和】と印字されている。それを慣れた手つき咥えると火をつけた。部屋中に独特の植物を燃やす匂いが広がり、一気に部屋が煙たくなる。

 

「先生、この部屋禁煙ですよ」

 

たまらず継姫が先生に文句をいう。しかし、そんなことは言われ慣れているのか、彼女は火を消すことなく、

 

「馬鹿野郎、仏さんの前で線香あげないと失礼でしょ」

 

といって強く吸い込むと、煙を天井に向かって吐き出した。

 

「タバコを線香と言い張るのは先生だけっすよ」

「細くて煙を出してりゃ、線香もタバコも似たようなものよ。ついでに殺菌効果もある」

「自然界からしたらむしろ、ニコチンは劇薬ですけどね」

「良薬、口に苦しってか」

「馬鹿につける薬はないともいうわね」

「はっ、言ってろ」

 

私たちの文句を適当に聞き流しながら、先生は説明を続ける。

 

「今回の事件、被害者の殺され方以外にもいくつかの共通点があるわ」

 

そういうと、彼女は別の画面を表示する。それは被害者の消えたと確認されている場所をマッピングしたものだ。表示されている失踪場所はバラバラで一見すると共通点がないようにも見える。

 

「これで何かわかるんですか」

 

見ていても何かわからなかったからか、尊が代表して質問をする。

 

「確かにこれだけ見たらなんの共通点もない。でも、こうすると」

 

彼女はそういうと、表示されている画面を進める。画面はバラバラになっていた被害者の失踪した地点を結ぶと、そこには不自然なほど綺麗な正円が浮かび上がってきた。驚くことに、その円の中では1人もいなくなった被害者が目撃されていない。

 

「こいつは何らかの方法で、この境界線をくぐったやつを捕まえた挙句、わざと痕跡を残すように失踪地点に遺体を放置してやがるわけ。中々の愉快犯、そうは思わない?」

 

どこか試すような口ぶりをしながら、仁方先生は私たちを見た。その視線を合わせることなく私は眼前に表示された画面をにらみつける。まだ見える犯人、それがどんなやつで、何を目的にしているのかはわからない。だけど、こいつがいる限り、誰かが死ぬというのだけは確かだ。

 

これ以上、好きにさせるわけにはいかない。私は二人の頼もしい同僚の顔を見た。二人とも、根ざす気持ちに差はあれど、これ以上の被害を出さないという思いは一緒だ。

 

やる気も気合も十分、さあ、とっとと探しに行こうと逸る気持ちをさえぎるように、先生が衝撃的な言葉をかけてくる。

 

「というわけで、今回も楽しい楽しい害獣駆除なわけだけど、一ノ瀬、アンタは今回サブとして二人のサポートに回りなさい」

「はぁ!? なんでよ!?」

「何でも何も、アンタ、前回、前々回と余計な被害を出しすぎなのよ。いい加減、余計な出費を出すなって会計の連中から嫌味を聞く身にもなりな。な~にが、『化け物を退治するのと、特科が街を壊し切るののどちらが先ですかね』よ! 私らが街を壊すほうが早いに決まっているんだから、少しくらい多めに見ろっての」

「先生、弁解すべき点はそこじゃないと思いますよ。もっとも、美郷が壊しすぎという点については否定できませんけど」

「だな、その点は俺も同意」

「馬鹿な……孤立無縁、だと」

 

上司、同僚からの言葉に、私の膝はショックの余りに崩れ落ちる。確かに、少し、ちょっと、まあそれなりに被害を出しているかもだけど。人命を救うためには仕方ない犠牲なのだから多めに見てもいいじゃないかとも思う。

 

「まあ、美郷の戦い方が荒っぽいのは確かだもの。今回はおとなしくしてなさい」

「うう、つぐっちゃんが冷たい……正直な言葉は時に人を傷つけるんだよ」

「あら、ごめんなさいね。でも、正直は美徳ともいうわよ」

「そんなに大切なら普段からしまっておいてよ~」

「そう? 美郷への言葉は正直であることに価値がないから言っているのだけど」

「遠慮がないにしてもひどくない!?」

「漫才はそのあたりにしな」

 

先生は掛け合いをいい加減うるさいと一括し、雰囲気をガラリと変えて私たちを見回した。その切り替えの早さと、纏う雰囲気の変化が仁方仁美という人間が未だ前線で戦う戦士だということを改めて実感する。首の後ろがひりつくような緊張感に襲われる中、彼女は告げた。

「何にしろ、美郷の能力は応用が利かない分、相手の正体が掴めないうちはおとなしくしていなさい。それと、今回は周防、伊波の2名がメインで当りなさい」

「俺らだけですか? あいつ等はどうしたんですか?」

 

本来、私たちの部隊には他にメンバ―が二人いる。が、突然始まったブリーフィングに彼女たちの姿はなかった。遅れているだけかとも思ったがどうやら違うらしい。

「今回、被害者が消えるにしてもどうもその前後の行動が胡散臭いのよね。何やら怪しげな人影をみたという話もあるし。あの二人は先に現地で調査に向かわせているところよ。一ノ瀬は彼女たちと合流してサポートに回ってちょうだい」

「了解です!」

「周防、伊波は失踪地域の円の中心付近で待機。調査隊から応答があり次第急行しなさい」

「「了解」したわ」

そうして、一通り命令を下すと、改めて視線を鋭くしながら彼女は告げた。

「相も変らぬくそみたいな事件だが、私らが遅れた分だけ無力な人が食われていく。これ以上、見知らぬ誰かの涙を流させる前に、この事件、とっとと終わらせるわよ!」

「「「了解!!」」」

 

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