フォー・ゼロの星が導く異世界生活   作:ヤマト・ゼロ

10 / 13
前回のフォー・ゼロは

盗品蔵にて徽章を盗んだフェルトと出会い

交渉を始めるスバル

スマホと交換で徽章が手に入るかも

とおもった矢先、盗品蔵に新たな来客

が現れた。


第10話「交・渉・決・裂」

スマホを取引物件として出し、説明を続けるスバル。

 

その価値をロム爺が高く評価して、交渉が大分進展した頃…。

 

コンコン。

 

扉を鋭く、二度叩く音がふいに蔵の中に響き渡った。

 

「…お?もうこんな時間か。

多分アタシの客だから見てくるわ」

 

跳ねるように立ち上がり、フェルトの姿が入口の方へ。

 

「なんだ、誰か来る予定だったのか?」

 

「いや、儂も詳しくは聞いとらんが、

フェルトの依頼主じゃろう」

 

「う…フェルトの依頼人…。

ってことは、盗みの依頼主だよな…」

 

「やっぱりアタシの客だったよ」

 

フェルトが変に愛想よく笑いながら戻ってくる。

 

「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ、座るかい?」

 

暗にスバルにどけと手振りで指示して、彼女の愛想は背後の相手に向けられる。

 

それが交渉相手か、と心持ち緊張しつつ相手をうかがい、スバルは少し驚いた。

 

フェルトが招き入れたその人物が、見目麗しい女性だったからだ。

 

身長の高い女性だ。スバルと同じぐらいの背丈に、年齢は二十台前半くらい。

 

顔立ちは目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美人で、

 

病的に白い肌が薄暗い蔵の中でもはっきりと目立つ。

 

黒い外套を羽織っているが、前は開けているのでその内側の肌にぴったり

 

張り付いた同色の装束が目につく。細身ながらも出るとこの出たナイスバディだ。

 

そしてスバルと同じく、この世界では珍しいとされる黒い髪の持ち主。

 

背を越して腰まで届く長い髪を編むように束ねて、指先でその先端を弄んでいる。

 

どことなく妖艶な雰囲気の大人の女性だ。

 

スバルにとって縁がない上に、経験値もかなり少ない稀有なキャラである。

 

端的に言えば、超ドギマギせざるを得ない。

 

精神的に優位をとられて、思わず席をフェルトに譲ってしまうスバル。

 

空いた席にフェルトが腰掛け、その左隣に棍棒を携えるロム爺、

 

右隣に緊張が隠せないスバルが立ち

 

その後ろにヴィルヘルムさんが控える。

 

わりと物々しい出迎えを受けた女性だが、

 

彼女はそれを気にした様子もなく小首を傾け、

 

「部外者が多い気がするのだけれど」

 

「予想外の客なんだが、

お邪魔させてもらうぜ」

 

「悪いけど、

関係無い人は…ね?」

 

彼女はスバルに流し目で忠告する。

 

「この小僧は既にフェルトと交渉中じゃ、

つまり、お前さんの競争相手じゃな」

 

そこへ、ロム爺が簡単な状況説明をしてくれる。

 

「ロム爺、公平に頼むぜ!」

 

「もちろんじゃ、この商売、信用が大事じゃからな」

 

公平にやってもらわなければ勝ち目がないからな。

 

「さて、約束のブツはここだ。

これでいいんだろ?」

 

フェルトは懐から徽章を取り出し依頼人へ見せる。

 

「念の為の確認だが、

お前とこの人の関係は?」

 

二人が親しい関係の場合、いくらロム爺が公平だからと言って。

 

フェルト自身が彼女を選んだ場合は最悪だからな。

 

「ロム爺も言ってただろ。交渉相手、依頼主。

アタシにこいつを盗ってくるように、

話を持ち掛けてきた相手さ」

 

―なら問題ないが、

 

「―!?この徽章は…スバル殿、これはいったい」

 

後ろに控えていた、ヴィルヘルムさんが

 

徽章を目にした途端に表情が強張りスバルを問いただす。

 

「え?ああ、そうです。

俺の探し人がこれを無くして困ってて…」

 

「…スバル殿が探していたのは、

銀髪の少女ということでしたか?」

 

以前にも話した内容をもう一度確認するヴィルヘルム。

 

「え?はい、そうですよ」

 

「………」

 

何故そんなことを聞くか分からないスバルは素直に答える。

 

すると、ヴィルヘルムさんは考え込むように沈黙してしまう。

 

「申し訳ありませんが、

この取引は見逃せなくなりました。

この徽章は、あるべき所へ返さねば」

 

「あるべき場所?

ヴィルヘルムさん、それって…」

 

―どういうこと…

 

と尋ねたかったが、ヴィルヘルムの発言は相手が悪かった。

 

盗んだ少女と、その盗みを依頼した人物の目の前で、

 

盗まれたものを盗まれた相手に返すと宣言したのだ。

 

それは敵対宣言にも等しい宣告であり、

 

「―なんだ。

貴方達、関係者なのね」

 

――エルザの冷たい殺意を実行に移させるのに、十分な意味を持っていた。

 

「―ッ!!

スバル殿、危ない!」

 

「え、ちょっ!うわわわ」

 

横合いからヴィルヘルムがスバルを庇い、

 

彼女の攻撃を剣ではじく。

 

「やっぱり思った通り、貴方腕が立つのね。

これは楽しめそうだわ」

 

嬉しそうな声を上げ、ヴィルヘルムを見つめる彼女。

 

その彼女の手には、不釣り合いな凶器が鈍い輝きを放ちながら握られている。

 

――ククリナイフ、というスバルの知識がその凶器に該当するだろうか。

 

刃渡り三十センチ近いナイフ、その刀身はくの字に折れており、

 

俗に内反りとされる刀剣の一種だ。先端の重みで斧のように、

 

獲物を断ち切る武器と聞いたことがあった。

 

その刃を振りかざし、彼女は先ほどまでと変わらない微笑みを浮かべている。

 

体勢からして、一度はその刃が振り切られたのだろう。

 

だとすれば、その軌道上にいたスバルを助けたのは、

 

剣ではじいてくれたヴィルヘルムさんということだ。

 

「い、いきなりなんだってんだよ!

何しやがんだ!?」

 

一瞬のしかも意識の外で行われた出来事にスバルは動揺していた。

 

「貴方達にはとても悪いのだけれど、

状況が変わってしまったの。

だから、死んでもらえるかしら?」

 

どうやら彼女はここに居る全員を殺すつもりのようだ。

 

「もらえるかしら…で訊けるお願いか!

冗談じゃねぇぞ!」

 

「冗談じゃねーのはこっちの方だ!

なんなんだ、どうなってやがる!」

 

状況の急展開についてこれない人物がもう一人いたようだ。

 

「この状況…フェルト、逃げるぞ!」

 

「けど、ロム爺……!」

 

「命あっての物種よ。

それに、あの女のことは

あの男がケリをつける。儂らは邪魔じゃ!」

 

ロム爺は彼女の相手をヴィルヘルムに任せて、入口へと走る。

 

「くそ!覚えてやがれ、黒女!

テメー、絶対に許さねーかんな!」

 

フェルトが女性に捨て台詞を吐き、ロム爺の後を追う。

 

「ははっ、薄情にも無事逃げてくれたな」

 

だけど、それでいい。いてもこいつに殺されるだけだからな。

 

「ただし、俺達の事は、逃がしてくれそうにねぇけど!」

 

俺達が逃げるにはこの女を突破するしかないか。

 

「スバル殿、下がっていていただけますか」

 

「…えっ?せっかくの二対一の状況だ。

何言ってんだよ、ヴィルヘルムさん―」

 

「この者、かなりの手練れと見ました。

前に出てこられましても、

貴方を守り切れるかどうか」

 

俺だって戦える。と言いたかったスバルだったが、

 

ヴィルヘルムの言葉によりかき消される。

 

 

「そ、そんなにヤバそうな相手なんですか…?」

 

「この老骨が一瞬たりとも気を抜けぬ相手、

といえばよろしいでしょうか」

 

「へ、へぇ~…」

 

要するに俺は足手まといって事か。

 

「はぁっ!」

 

掛け声と共にヴィルヘルムさんが斬り込む。

 

その剣筋は素人同然のスバルからしても達人と呼ばれる

 

領域だと理解できる。

 

「期待しているわよ、私をたのしませてね」

 

一方で向かい合う女性の技量も異常の領域にあった。

 

片手にぶら下げたククリナイフを揺らしながら、

 

その攻撃の中に彼女の黒影は滑るように立ち回り。

 

斬られれば斬殺を免れない凶器を前にして、

 

それこそ本当の意味の紙一重で、

 

彼女は身をかわし時には弾きながらヴィルヘルムさんと戦っていた。

 

「あいつ…!

ヴィルヘルムさんもだが、なんて腕だよ!?」

 

「黒服に黒装束、そしてその刀剣。

なるほど、噂に聞く『腸狩り』だとすれば、

この剣力にも納得がいきます」

 

「あら、私の事をご存知なの?

貴方みたいな人に知られていて、

悪い気はしないわね」

 

「なんだその超物騒な異名…!」

 

相手の正体を看破したヴィルヘルムは

 

透き通る青い双眸で相手を見据える。

 

その視線に彼女は身じろぎし、

 

「でも、私はもっと楽しみたいの。

まだ楽しませてくれるんでしょう?」

 

「ご期待に沿えるかは分かりませんが」

 

二人は暫しの沈黙の後、再び動き出す。

 

「―ッ!」

 

鋭い呼気を放ち、女性が手にしたククリナイフを首目掛けて一閃。

 

走る銀色は空気すら殺し尽してヴィルヘルムの首に襲いかかる。

 

「…む。

―はぁぁぁぁ!」

 

ヴィルヘルムは即座に反応し、剣でナイフを弾く。

 

「素敵、素敵だわ!

―でも、これはどうかしら?」

 

彼女は懐から小型のナイフを取り出し、

 

ヴィルヘルムに向けて投擲する。

 

「―せぇい!」

 

ヴィルヘルムはナイフを紙一重で回避し、

 

ナイフを持つ彼女の手を斬る。

 

「ぐっ…」

 

女性の手を切断することは無かったが、

 

痛みにより武器を落とす事には成功した。

 

「武器を失えば、勝ち筋も見えぬはず。

潔く、投降されされてはいかがですか?」

 

武器を失った女性にヴィルヘルムは投降を促す。

 

「…それは無理ね。趣味ではないもの」

 

女性は俯きながらヴィルヘルムの提案を断る。

 

「では、致し方ありませんな。

―お覚悟を」

 

「くっ!」

 

ヴィルヘルムがトドメを刺すために剣を振り上げその時、

 

ヴィルヘルムを睨みつけてここまでかという彼女の表情が崩れ、

 

その表情は笑みへと変わった。

 

「…ふふ」

 

「その笑み…くっ!

まだ一本、隠していたか!」

 

彼女は外包に隠してあったもう一本のククリナイフを引抜き、

 

ヴィルヘルムの一瞬の隙を突き、胴体目掛けナイフで斬りつける。

 

「逃がすと思った?

せっかくお近づきになれたのに」

 

「この間合いを一息に詰めるか…。

躱しきれぬとは…不覚」

 

ヴィルヘルムは即座に回避したが、反応が間に合わず、

 

腹を斬られてしまった。

 

「これで五分五分…

いえ、私の方がまだ少し有利かしら?

いずれにせよ、おしまいにしましょう」

 

ヴィルヘルムは重症ではないが足手まといのスバルがおり、

 

相手は片手を負傷しているが、まだ余裕の表情であった。

 

「ヴィルヘルムさん!

てめぇ、この…っ!」

 

ヴィルヘルムがやられたことにかっとなったスバルは

 

女性に向かって殴りかかろうとした。

 

「スバル殿…!

此方に来ては…いけません…!」

 

「いいところなの、邪魔しないで」

 

スバルの拳は彼女に当たることもなく

 

容易に避けられ、その際にスバルはおなかを斬られてしまう。

 

「ぎ、ああああ!」

 

「―ッ!!」

 

守るべきスバルがやられ動揺するヴィルヘルム。

 

「うぐ、がぁぁぁ!

熱っ、熱い、熱い…熱い?

腹が、血が、こんな…ぁ」

 

一歩、二歩、よたよたとよろめきながら歩き、肩から壁にぶつかり、

 

滑るように崩れ落ちる。見下ろす眼下、

 

腹部からはとめどなく血が溢れ出し、

 

腹圧に耐えかねて中身がこぼれ落ちそうになっている。

 

震える片腕でその中身を腹に戻そうとするが、

 

こみ上げてくる血塊に遮られ叶わない。

 

「スバル殿!」

 

「ぁぅ…うぁ…」

 

何故だろうか、この感覚は前にも感じたことがあったような…。

 

「貴方がいけないのよ…?

せっかくの素敵な時間に、

横槍を入れるんだもの」

 

笑いながら彼女は言う。

 

「おのれ、腸狩り…」

 

痛い、痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「とても素敵な赤い色…。

さぁ、戦いを再開しましょう。

貴方の色も確認させて…」

 

腹、血が、いっぱい出て、死ぬ?

死ぬのか?このまま、死ぬ?いつ?

いつ死ぬ?もう死ぬ?死ぬ死ぬ死ぬ。

エルザとヴィルヘルム、

 

逬る剣戟の音が盗品蔵に響く。

 

その音がゆっくりと、遠くなる。

 

遠くなっていくのが、わかる――。

 

痛みが、苦しみが、怒りが、悲しみが、ただただ漆黒の恐怖に塗り潰される。

 

視界の利かない世界で、いつ命の灯火が消えるのかわからない世界で、

 

スバルの空虚となった心を支配するのは、ひたすらに襲いくる死への恐怖のみだった。

 

いつ死ぬ、わからない怖い死がやってくる

のが怖いいつ死ぬのか今死ぬのかもう死ぬ

のかまだ死なない死ぬなら死ぬ死んで

 

「くっ…スバル殿、お気を確かに!

想い人へ徽章を届けるのでしょう!?」

 

想い人…徽章…?

やだ、死にたくない…俺、俺は

こんな、こんなこんなこんな

 

「ゆっくり…ゆっくり、ゆっくり…。

体から、熱が引いて行って…」

 

なぶるように、ねぶるように、悼むように、愛しむように、

 

慈しむように、女性の声が終わっていくスバルの鼓膜をゆるやかに叩いている。

 

「―スバル殿!!」

 

俺を呼ぶヴィルヘルムさんの声も遠くに感じる

 

「ふっと搔き消えて、おしまい」

 

―あ、死んだ

 

そんな感慨を最期に、ナツキ・スバルの命はあっけなく潰えた。

 

 




次回のフォー・ゼロは

二度目死を体験したスバル。

だが、目を覚ませば、八百屋の前に居た

訳も分からず混乱するスバル。

そんなスバルの目の前に

銀髪の少女が通りかける

彼女の名を呼び引き留める

スバルだったが、

彼女の反応は思いがけないものだった。

次回 第11話「徽・章・窃・盗」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。