スカイ「朝起きたらちっちゃくなってたんだけど」 作:アメざいく
「ない・・・本当にどこ?」
確か昨日はタキオンさんのラボから出た後、中庭のほうを迂回して美浦寮に向かったはず。・・・一度栗東の自室に戻ったような気もしなくはない。
「・・・あ―――っ、ダメだ、全然思い出せない・・・」
私―――ニシノフラワーは、誰に言うでもなくそうつぶやく。
ブルボンさんに、部屋に試験管が落ちていなかったかどうかメッセージを・・・いや、彼女はきっとスマホが(いろいろな意味で)触れないだろうから、どのみちメッセージを見ることは無いだろう。・・・ライスシャワーさんを経由して伝えてもらおうか。それか口頭で直接ブルボンさんに伝えるしか・・・
・・・いや、そもそも「部屋の中に試験管が落ちてるかもしれない」なんて言葉、何も知らないひとから見れば怪しさ満点じゃなかろうか。・・・勘のいいライスさんのことだ。きっと何かに気づいてしまい、芋づる式に色々とバレてしまうだろう。・・・それだけは避けたい。
「・・・むむむ・・・」
・・・そういえば、ライスさんに花冠の作り方を教えてほしいと頼まれていたのだが、なんだかんだで日程がうやむやになってしまっていた。・・・許してください、ライスさん。
「―――あれ?」
そんな私のすぐ横を、ひとりの鹿毛のウマ娘がすっと通り過ぎていく。・・・それだけなら別におかしい事ではないのだが・・・なんだか不思議な感覚に陥った。とても他人とは思えないような・・・そんな感覚だ。
「あっ・・・あの!!」
声をかけようと、その子が通り過ぎていった方向を見る―――が、そこにはただ廊下の突き当りがあるだけだった。
「―――あれ?」
おかしい。確かにあの子はこっちへ進んでいったはずだ。・・・見当たらない。
(ここには教室のドアも階段も、ベランダすらないはず・・・)
では、彼女はどこに?・・・いやそもそも、なぜ彼女はわざわざ、こんなところに向かって歩いてきていたんだ・・・?
「あっ!!いたいた!!フラワーちゃんっ!!」
ふとそんな声がして振り返る。・・・タンホイザさんだ。ずっと私を探していたのか、その表情は少し疲れているように見える。
「これ、フラワーちゃんのでしょ」
彼女はそう言うと、ポケットから取り出した何かを私に手渡してくる。・・・ガラスの中に閉じ込められた淡い空色が、きらきらと揺れる。
「あっ・・・これ!!」
「あんまり、詳しい事情とかは聞かないから、さ。・・・でも、一個だけ伝えておきたいことがあるんだ~?
―――スカイ、幸せにしてあげてよ」
・・・なんだかこの試験管と一緒に、試験管以上に重たい何かを、一緒に渡されたようで。
「―――はい!!」
「・・・・ん・・・。」
夜。釣り好きで自由人な彼女は、いつものように私の隣で心地よさそうに寝ていた。
・・・これももう最後なのだと思うと、なんだか寂しい。
「・・・スカイさん・・・」
彼女の右手をぎゅっとにぎる。
・・・紅茶に混ぜて飲んでもらった、あの解毒剤。きっと彼女が寝て起きたら、すべては元通りになっているのだろう。
身体も、記憶も。・・・記憶、も・・・。
ちっちゃくなった後のスカイさんと私が過ごした、短かったけどかけがえのなかったあの日々は、きっと最初から存在していなかったかのように、元通りになって消えてしまうのだろう。
「・・・さよなら、ちっちゃいスカイさん」
―――あの後は結局、朝にたどり着かないうちにスカイさんの部屋を出た。美浦寮内を行く当てもなくふらふらとさまよう。
・・・精神的に耐えられなかったからかもしれない。でも一番の理由は、もとに戻って、・・・すべてを忘れてしまった彼女に、会いたくなかったから。
私のちょっとしたわがままからはじまって、わがままで終わった、この数日間。
前までは鮮明に覚えていたのだが、なんだか急に色あせてしまっていくようだった。
「・・・スカイさん・・・」
「呼んだ?」
・・・え、
「うわぁあぁっびっくりしたっ!!」
「にゃっはは~?おはようございま~す」
私の回想と妄想の中からそのまま出てきたかのように現れた彼女・・・セイウンスカイは、いつもの・・・すべてがはじまる前の彼女となんら変わりはないように見えた。
あぁ、やはり、いつも通りのスカイさんだ。・・・苦しいくらいに。
「あっ・・・、おはよう・・・ございます?あっ・・・その!!私これから用事があって・・・その・・・」
そんなの真っ赤な嘘だ。一刻も早くこの場から逃げ出したかっただけだ。・・・スカイさんの少しショックを受けたような表情が、余計私の辛さに拍車をかける。
「だから、私、その・・・」
・・・でも、彼女は私を逃がしてはくれなかった。ふわっとしたお日様のような香りが鼻孔をくすぐる。心臓の鼓動がやけにうるさい。・・・その音がどちらから出ているのか、私には判別できなかった。
逃げようとするたびに、もっと強く抱きしめられて。・・・そして、気づいてしまった。
「もしかして・・・全部、覚えてるんですか・・・?」
「ん~?・・・そ~だね~・・・」
スカイさんはそうとだけ言うと、ふっとわずかに笑う。・・・その表情はどこか紅潮しているようにも見えた。
「・・・ま、ご想像にお任せしま~す」
「え?・・・あっ!!ちょっと!!逃げないでくださ~い!!」
すいーっと滑るように自室へと逃げていく彼女。・・・まぁいいだろう。あの質問の答えは、もうわかっているのだから。
「スカイさーん!!」
彼女の背中に向かって、そう声をかける。・・・そよ風に揺られて、カーテンが揺れる。綺麗な空色の似合う彼女が、こちらを振り向く。
「大好き、ですから!!」