DOG DAYS ~桜の花が舞う頃に~(凍結中) 作:緋奈桜
「え?」
いやぁ、これは誘拐なのか? 誘拐するのに放送してもいいのだろうか? 説明聞いたときも思ったけど、フロニャルドの戦ってのんびりしてるよなぁ。まぁ、本物の戦じゃないだけいいのかもしれないけど……。
雪花が考え込んでいるうちに話はどんどん進んでいき、ジェノワーズと名乗った3人組は、大陸協定に基づく要人誘拐奪回戦なるものを持ちかけてビスコッティの勇者ことシンクがそれを受けてしまったことで急遽開催されることになった。
「……さん。セッカさん!」
気が付くと隣にいたリコッタが焦りながら雪花の肩を揺すっていた。そこでようやく気が付き、リコッタの方に振り向く。
「ん? 何か言った?」
「さっきから言っていたのであります。これから、お城に向かいエクレ達と合流して戦に向かうのであります。なので、急いでついてきて欲しいのであります」
「わ…わかった。とりあえず、リコについて行けばいいんだね」
「はいであります」
それからリコッタと雪花は急いでお城に向かうと、そこにはエクレールに怒られている勇者――シンクの姿があった。エクレールは、リコッタと雪花の姿を確認すると怒るのを一旦やめてこちらに向かってきた。
「急な戦興業のため、とりあえず今ここにいる者で先行し砦に向かう。リコとセッカはすぐに準備を済ませてくれ」
「了解であります」
リコッタは準備に向かったが、雪花はいきなりのことだった上に準備と言われても何を用意すればいいのかわからないため、少し考えてからとくにすることもないな、と結論付けてからエクレールに声をかけた。
「あのさ、エクレール」
「なんだ?」
「準備って言われても、俺やることないんだけど……」
「武器ぐらい用意しないのか? って、そういえば先の戦では生身だったな。こちらで用意できるものであれば準備するが、得物は何を使うんだ? まさか……素手なのか?」
武器ねぇ、うーん。そうだなぁ……山籠もりしていた時は自分で作った木刀で鍛錬していたし木刀でいいか。爺さんとの稽古の時はアレも使ってたけど、今回は用意できないだろうし……そもそもフロニャルドに木刀ってあるのかな?
「いや、素手はちょっと……エクレール。木刀ってある?」
「木刀? 確か鍛錬で使用するものがあったはずだが、そんなものでいいのか? 遊びや稽古ではないのだぞ?」
「んー、戦についての説明を聞いていた限りでは行けると思うんだよね。要は、相手に一定のダメージを与えればいいんだろ?」
「まぁそうだが……ふむ、なら少し待っていろ。今持ってきてやる」
そう言って、エクレールは木刀を取りに行ってくれた。その間に雪花は、足袋に履き替えて準備運動をしていた。すると、エクレールとリコッタが準備を終えたらしく戻ってきた。エクレールは、木刀と一緒にダチョウのような生物も人数分連れてきてくれたようだった。
「ほら、これでいいか? あとさっさとセルクルに騎乗しろ」
「ありがとう。うん、これなら長さも申し分ないかな。セルクルって? あぁそうか、このダチョウみたいなのがセルクルっていうのか」
雪花が受け取ったのは、どこにでもあるような木刀だった。刀身の長さは2尺5寸程でその場で軽く振ってみると、普段使っている物と重さも長さも大して変わらない。木刀の握り具合などの感触を確かめた後、腰の帯に差し込みセルクルに乗ろうとしたのだが……
「エクレール、こいつにはどうやって乗ればいいんだ?」
どうやらエクレールにとって今の質問は、難しかったようであった。昔から親しみのある生物で、当たり前のように移動手段として使っていればわざわざ聞かれないことであるのだから。それでも、どうにか捻りだした言葉が、
「どう……と言われてもな、手綱を掴んで跨るとしか言えんぞ」
というわけなので、雪花は言われた通りに、実践してみたが案の定転げ落ちてしまった。それでも、何回か挑戦していると乗れたので助かった。シンクはというと、運動神経が良いせいか1発で乗れていた。――なぜすぐに乗れるんだ?
「よし、乗れたみたいだな。それでは行くぞ!」
セルクルに乗って小半時ほど進むと砦が見えてきた。どうやら今回の奪還戦の目的地のようだった。そこで、リコッタと別れて残りの3人はそのまま砦に向かうとこになった。なんでもリコッタは――
「戦場では砲術士をやっているのであります」
とか、なので援護射撃をするそうなのでそちらは任せて残りは突撃隊というわけだ。砦のそばに着くころにはリコッタの砲撃が間に合ったため、敵の間を縫うように門まで進みなんとか中に侵入することはできたのだが……
「リコからの砲撃が止まっちゃたけど、どうしたの?」
「無理もない……砲術士は歩兵に詰められれば無力なんだ。むしろここまでよく持ってくれた。それよりも、セッカはどこに行ったのだ?」
「え? ここにいないの?」
シンクはあたりを見回してみるが、人が多すぎてわからなかった。見える範囲にはいないようだ。
その頃、雪花はというと門の外にいた。なぜこのような場所にいるのかというと、なんとかここまではセルクルに乗って来れたのだが、リコッタの砲撃が着弾する音に驚いたのかそれまで走っていたセルクルが急停止したためにセルクルの上から放り出されたのだった。――うん、ここまで来れたのが上出来だしね。急に止まられたら落ちるしかないよな。
「しまった……置いていかれた……」
そう呟きつつも、敵の残党をすれ違いざまに袈裟切りにした。最初は、木刀ということで相手と打ち合うとこちらの武器が壊れてしまうかもと考え当てる場所を考えつつ戦っていたのだが、途中から考えるのが億劫になり相手の横をすり抜けざまに斬りつけていった。
「どれ、紋章っていうのを使ってみますか」
たしか、自分の紋章を出してから気合を込めるんだっけ? そもそも自分の紋章をどうやって出せばいいんだ? とりあえず、念じてみようか? 口頭で説明されただけではわからないよなー。ま、何事もやってみないとわからないし、やるだけやってみますか。
「紋章発動!」
あ……出た。ていうか、口に出して言ってしまった……。で気合を込めるんだっけ? っと。
すると雪花の後ろに桜色――淡紅色の紋章が現れた。雪花の紋章は真ん中に日本刀を模した形があり、日本刀の鞘と抜身の刀がクロスしておりその周りには桜の花びらが舞っていた。
「せやっ!」
木刀を下段に構えてから気合を発して斜め上に薙ぐ、すると木刀が描いた剣線上に閃光が放たれた。それが、相手にあたると一斉に獣玉化した。――と同時に桜の花びらが舞った。
うおっ!! なんだこの威力……これが輝力を使った紋章術か。思っていたのより凄いもんだなぁ。それに、紋章って疲れるんだねー。今の俺だとこれは連発できないなー。さて、暇になってしまった……シンク達と合流したいがこの壁高いしなぁ。どうすっかな?
門の入口付近にいた敵を倒したので、雪花がどうやって中に入るか考えていると後ろから駆けてくる人の足音を聞いた。何事かと思い後ろに振り返り木刀を構えなおす。すると、駆けてきた人物がこちらの様子を察知し足元に紋章を発動させたかと思うと一瞬で間合いを詰められた。
紋章ってこんな使い方もできるのか……って呑気に考えてる場合じゃないな。
相手は懐から短刀を引き抜いて、そのままの勢いで切り上げてきた。雪花は、すかさず左足を軸にして右足を少し後ろに引き上体を捻ると同時に構えていた木刀を下段に変え相手の胴を狙った。相手は切り上げた短刀を持ち直して、こちらの木刀が当たる寸前に短刀を滑り込ませた。が、受け流すことはできずにそのまま後ろに飛ばされた。
「痛ゥ……。いやぁ凄いでござるな。アレを躱しただけでなく反撃もするとは、相当やるようでござるな」
そう言って何気ない顔で起き上がった。
「いきなり攻撃はどうかと思うが……。かかってくるなら容赦しないぜ?」
「望むところでござる! あっ……そういえば名乗るのを忘れていたでござる。拙者、ビスコッティ騎士団隠密部隊筆頭ユキカゼ・パネトーネにござる」
ふむ、何やら聞き間違いかもしれないが名乗られたならばこちらも応えねば礼儀に反するし、応えるのが道理だな。よし、さっそくアレを名乗らせてもらおう。
「ビスコッティの自由騎士、此花 雪花だ。いざ、参る!!」
相手の名乗りに応えたからには立会いと思い、木刀を構えなおし駆け出す。すると、どうしたことか隠密筆頭は呆然と立ち尽くしたままだった。不思議に思ったが真剣勝負には何ら問題はないと考え、木刀を下段から切り上げにかかったところで意外なところから声が届いた。
「セッカさん~。ユッキー待つのであります~」
「「へ?」」
雪花はその声を聞き、振りぬこうとしていた木刀を慌てて止めた。木刀はユキカゼの顎の手前でぴたりと止まっていた。もしも、声が遅れていたのならば……雪花が声を聞いていなければ、木刀は綺麗な形で当たっていたであろう。木の刀と書いて木刀である。つまり、刀なわけだ。いくら木刀だとはいえ、当たれば痛いどころでは済まない。当たり所が悪ければ骨折などの怪我を簡単に作ることもできるのだ。ここフロニャルドの戦で死にはしないと言っても、いくら攻撃をくらえば獣玉になるとしても、危ないことには変わりない。
「2人とも仲間うちで戦っては元も子もないでありますよ~」
そういえばビスコッティ騎士団ってちゃんと名乗っていたな……。いきなり斬りつけられたからなぁ。頭に血が上ってたか。それはそうと……。
「すなまい、ユキカゼさん。急に攻撃されたもんだから、つい反撃してしまった」
「いやいや、こちらこそセッカ殿が敵かと思い攻撃してしまい申し訳ない。それと、ユキカゼでいいでござるよ?」
「こちらも殿はいらない。それと、聞きたいことができたんだがいいか?」
「なんでござるか?」
隠密筆頭ことユキカゼは、リコッタのそばまで行って何やら袋を受け取りながらこちらに振り向いた。
「えっと、俺に突進してきた時足元に紋章がでてたよな? したらいきなり間合い詰められたんだが。どういうことだ?」
「紋章は身体強化などにも使えるのでござるよ。セッカは知らないのでござるか?」
事情を知らないユキカゼにリコッタが説明をした。すると、最初は物珍しそうに雪花のことを眺めていたのだが話が進むにつれて驚きの表情に変わっていった。
「セッカは紋章なしでレオ閣下と渡り合ったんでござるか! どおりで拙者の攻撃は当たらないわけでござるなぁ」
「いや、あの時は必死に避けただけなんだけど。じゃあさ、俺もユキカゼみたいに瞬発力を上げられるわけなのか? ……ちょっとコツとか教えてもらえないかな?」
「いいでござるよ。まずは……」
リコッタは2人が話し始めたので、これを機に最初の印象を払拭出来ればなどと考えながら聞いていたのだが、今は奪還戦の真っ最中だということを思い出し慌てて2人に駆け寄った。
「なるほど、つまり紋章の使い方が根本的に違うのか」
「そうなんでござるよ。それにしても、本人の口からレオ閣下の時は紋章を使っていないと直接聞くのでは感じ方が違うでござるよ」
「2人とも! 今は奪還戦の真っ最中なのでありますよ。あまり長話はできないであります。今すぐ、砦の中に向かうでありますよ」
「「あ」」
そうだった。今は戦の最中だったな。しかし、この壁どうすればいいかなぁ。
「リコは拙者の背中に乗るでござる。セッカは先程教えた通りに、さすればこの壁ぐらい抜けて砦内に入れるでござるよ」
「おう、わかった。えっと、まず紋章発動して……」
身体強化の紋章は、砲撃と違い奇妙な感覚だった。体をやさしく包まれるような、形容しがたい感覚だった。隠密筆頭――ユキカゼは先に跳躍したので、遅れまいと雪花は自分の足元に紋章を発動して、脚に力を込めて跳躍をしてみた。――結果、砦内に侵入することは可能だった。
「ちょっとまったぁぁ、跳び過ぎだぁぁ」
……だったのだが、そう結果は……。初めての紋章、先程の砲撃というよりも斬撃がうまくいったため安心していたのか、はたまた油断していたのか、雪花は勢いよく塔の高さまで上昇してから体勢を立て直せずにそのまま広場に―詰まる所戦場に―砂埃を巻き上げながら落下したのであった。
以上、書き直したものはここまでになります。