窓から入る月明りに照らされた薄暗い一室、そこには二人の女性が4人用のソファーに座っていた。
赤髪の女性の前のテーブルには半分ほど入った酒瓶とタバコで埋め尽くされる灰皿。
銀髪の女性は赤髪の女性の膝を枕にして横になっている。
床には空っぽの酒瓶がそこらじゅに散らかっており、空気中にはタバコの臭いが充満している。
「恋ちゃん……」
「……月」
月はさびしそうな声で恋の名前を呼び、恋はそれを慰めるように優しく月の髪を撫でた。
恋に髪を撫でられた月は恋の服を掴んでる手の力をほんの少しだけ強めた。
二人の体にも
薄幸そうな二人の美女の風景は不謹慎ながらある種の美しさが疑える。
「今日は、大丈夫なの?」
「……タバコのおかげ」
恋はタバコ、月はアルコールに依存する日々が続いている。
それは誇銅がいなくなったことによりあふれ出したものを収めるためである。
恋は前の世界を含めた怒り、月は前の世界も含めた悲しみや空虚感である。
だが今の二人は何かに依存しながらでもそれを抑え込んでいる。
二人が酒やタバコに
もし月かいなくなれば恋はたった一人で三大勢力へ戦いに向かうだろうし、逆に恋がいなくなれば月は自身の悲しみや空虚感に押しつぶされて自ら命を断つだろう。
二人は互いにそれを懸念してるのである。
「……傷」
「ああ、これね。ちょっと自分でも止められなくて。
でも大丈夫だよ、破面の再生能力が低い私でも一日あれば治るから」
「……」
「心配してくれたありがとう。
大丈夫、私は恋ちゃんのそばにいるよ」
恋と月はそうやってお互い依存しあう関係にある。
床に散らばった酒瓶と大量の吸い殻、月の自傷痕だけを見ると二人はまるでDV夫と妻のようにも見える。
だが二人の関係性はそれに共通するものがあるのかもしれない。
「帰りたいね~あの日に」
「……うん」
「もし帰れたら~誇銅さんの反対を押し切ってでも引っ越しをさせて、三大勢力の手の届かないところで幸せに暮らすの。
そして家族みんなで笑顔の毎日が始まる」
月は恋の空いてる片方の手を握り、恋は咥えてるタバコを灰皿に乗せてもう片方の手で月の肩に手を置く。
二人は互いのぬくもりを感じて心地よい安心感を共有する。
普段は絶望に身を置く二人のほんの少しの間だけの安息。だがそれもすぐに現実に引き戻されてしまう。
現実に引き戻されながらも偽りの安息にすがりつく。
互いが存在し続ける限り偽りの安息が消えることはない。
「盾子姉さんはこれからどうするつもりなんだろう?」
「……わからない」
「誇銅さんの仇をとればこの気持ちから解放されるかな?」
「……きっと晴れる」
月の声はどんどん涙声になってきた。
恋は肩に乗せている手を放して月の髪を撫で始める。
恋の手に慰められた月は自分の袖で涙を拭いて泣き止む。
それを見て安心した恋だったが月を撫でる手は止めない。
互いが互いを必要としてる。
どれだけタバコや酒で紛らわせても結局最後に止める要素となり得るのはお互いの存在だけ。
互いを必要として互いを支えあい、互いに依存しあう。
だけど埋まることのない空虚感はいつまでも二人を苦しめる。
だからこそ二人は求める、自分たちを救ってくれる安息を。
誇銅という安息を失った二人に再び安息が訪れるとは限らないが二人はその日を待ち続けるしかない。
その日が来る前に壊れないように。
二人とも目をそむけているがわかっている、誇銅以外に自分たちに真の安息を与えてくれるものはないと。
だが二人は安息の地を求めてさまよう事しかできない。
「目が覚めたら部屋のお掃除するね」
「……このままでも構わない」
「ダ~メ、お部屋はきれいにしておかないと。
それが終わったらごはん作るから」
「……ありがとう。恋も手伝う」
「ふふ、ありがとね」
◆◇◆◇◆◇
ファイル君に言われた通り僕は片方の扉を選択した。
扉を開くとまず目に入ったのが本、次に目に入ったのも本。
周りを見回しても目に入るのは本、本、本、本、本だらけ。
本棚の道を進むと今度は古くて立派な扉にたどりつく。
その扉を開けるとそこにはさっきとは比べ物にならないくらい、まるで世界中の本を集めたかのような巨大な図書館へとたどり着いた。
そしてそこには何度か会ったことがあるおじいさんがたった一つだけある椅子に座って本を読んでいる。
「ふむ、ようこそワシの仕事場へ。
まあお掛けなさい」
おじいさんはそう言って懐から杖を取り出して軽く振るう。すると地面からおじいさんが座っている椅子と同じ椅子が出てくる。
僕はおじいさんに言われるままその椅子に座った。
なれない雰囲気にオロオロしてる僕を見ておじいさんは優しい笑みで少し笑う。
それにしても不思議な雰囲気だ、まるで魔法使いが出てくる映画の中に入ってしまったようだ。
「初めまして日鳥誇銅よ、ワシとしてはお菓子でも出してゆっくりとお話ししたい気分じゃがあいにくここは飲食禁止じゃし君としても早く試練をクリアして帰りたいじゃろうからな」
「おじいさんの試練をクリアすれば生き返れるのですか!?」
「正確には第一の試練じゃ、普通は二つの扉からそれぞれ11の試練を受けてもらってそれぞれの扉に書かれてるアルカナへ進む。
愚者ならば運命~隠者と小さい数字へ進んで最後は愚者へ。
世界ならば正義~刑死者と大きい数字へ進んで最後は世界へ。
だが今回は特例としてどちらを選んでも道のりは同じ、2つの試練を受けたのちに最後の試練を受けてもらう」
おじいさんは立派な髭を触りながら説明する。
僕は一刻も早く試練をクリアして生き返って家族のもとへ帰りたいと思った。だけど説明はちゃんと聞かないといけないことも理解している。
そんなもどかしい気持ちを抱えながらじっと辛抱しておじいさんの話を聞く。
「それぞれのアルカナの守護者が試練を言い渡す、試練の内容は守護者ごとにだいたい決まっておる。
ワシは隠者の守護者、そして試練は謎解きじゃ。時間は無制限、この膨大な
僕は恐怖した。おじいさんがどんな謎を出題するのかわからないが、おそらくこの膨大な図書館を探し回らないといけないような問題であろうことは想像に難くない。
こんな膨大な数の本から一つの答えを探し出すなんていったいどれだけの時間がかかるのだろうか!?
一刻も早く家族のもとへ戻りたいと考えていた僕には拷問や死刑宣告にも等しい言葉だった。
「じゃが、君の願いからすればそれはあまりにもかわいそうじゃ、それにワシは今回にぴったりの謎を決めきれんかった。だから君には解くのではなく思い出してもらうことにした」
そう言っておじいさんは僕が来るまで読んでいた本を手に取って僕に渡した。
その本のタイトルは『日鳥誇銅』僕の名前が大きく書かれている。
僕が本を開こうとするとおじいさんは本の表紙に手を置いて僕が開くのを止める。
「おっとまだ開いてはならんぞ。
その本は君が今まで生きてきた人生が詰まっておる、その本を開いた瞬間君は自身の人生の中を旅することになる、本のページをめくるようにその時代を思い出すだけでな。
君に探してもらうのはワシとの最初の出会い、そこでワシが君に与えた忠告を思い出してもらう。
後これは老人の独り言じゃが、君と初めて会ったのは君が5歳の時じゃったな、おばあちゃんの家に遊びに行って元気にはしゃいでおったのう。
―――――さあ、いそいでゆっくりと思い出すんじゃ」
おじいさんは手を引いて僕の目をしっかりと見て微笑む。
ありがとうございます、おじいさん。
僕は目を閉じて5歳の時を思い出しながら本を開く、確かお父さんの車でおじいちゃんの家に行ったんだ。
あの時も幸せだったな~、前世ではおじいちゃんとおばあちゃんも僕にまったく関心を示してくれなかったし。
でもこっちのおじいちゃんとおばあちゃんは僕のことをとってもかわいがってくれた。田舎に行くといつも近くの小さな神社に行ってお参りをしてから周りを探索して遊んだりしてたね、神社にいた猫と遊んだり狛犬に飴をあげたり。
◆◇◆◇◆◇
目をあけると目の前にはおじいちゃんの家があった。
周りもさっきまでの図書館ではなくて田舎の風景が広がっている。
「おじいちゃん早くはやく~」
「あんまり急ぐと転んで
小さい僕がおじいちゃん一緒に玄関から出てくる。
小さい僕は僕の方へ走ってきて僕を貫いて僕の後ろへ走っていく。
なるほど、ここでの僕の扱いはこんな感じなんだね。
それから小さい僕のおじいちゃんは近くの神社に来ていた。
お賽銭を投げて二礼二拍手一礼、そしておじいちゃんは神主さんに小さい僕を紹介してからそのままおしゃべりを始める。
小さい僕は神社内を一人で探索し始めた。
そんなに大きくない神社内のおじいちゃんに目の届く範囲での探索、きっと小さい僕にはそれも冒険だったんだろうね。
池の鯉を眺めたり一匹しかいな狛犬に飴をお供えしている小さい僕。だが、東側の鳥居をくぐった瞬間小さい僕の世界が変わった。
景色は何一つ変わっていないがなんだか不気味な雰囲気が漂う。不安になった小さな僕はおじいちゃんのところへ行ったけどそこにはおじいちゃんたちはいなかった。
不安が限界に近づいた小さな僕はその場で泣き出しそうになってしまう。
そんな時、小さな僕の目の前に現れた一人の女性が現れた。
「はわ……」
優しそうな笑みを小さな僕にかけてくれた女性は今の僕にとってはとても心強かっただろう。
その女性は特にあやしいといった雰囲気はなく服装も白い帽子と白のワンピースという別に変った服装でもない。
「ぽぽぽ」
ただし3m近くの身長があるけど。
これだけで怪しい所が無くてもちょっと警戒しちゃうよ。てか3mの身長から見下ろされるのはちょっとしか恐怖だね。
「ぽぽ」
「お姉ちゃん、すごくおっきいね」
「ぽぽぽ」
だけど小さい僕は人がいたことに安心したようで泣き止んだ。
長身の女性はゆらゆらと僕に近づいて来てしゃがんだ状態で小さな僕をじっと見る。
長身の女性から敵意は一切感じないけどとてつもなく不気味な威圧感のようなものは感じる。
普通なら子供でも近づかないと思う。
「おじいちゃんがどっか行っちゃった~~」
小さい僕はちゅうちょなく長身の女性に近づいて行った。
かなり不審な感じがするでしょ!
知らない人が自分の顔を何をするわけでもなくじっと見てるんだよ!?
小さい僕は警戒心ゼロか!?
長身の女性もこの反応には予想外だったらしくあたふたする。
だが、すぐにうれしそうな表情に変わって小さな僕を抱き上げた。
「ぽぽぽ~♪」
「ぽ~ぽぽぽ~ぽぽ~ぽ~♪」
(ウトウト……)
小さい僕はその女性の子守歌と優しく背中をたたくリズムで夢の中へと落ちてしまった。
このままじゃ誘拐される! このままじゃ確実に! 僕どうなっちゃうの!?
「待て」
長身の女性が小さな僕を抱いて後に振り返って歩き出そうとした時聞き覚えのない声が長身の女性の足を止めた。
声の方を見るとそこには柴犬ほどの大きさの白い犬が一匹。
声の主はもしかしてこの犬?
「まったく、人間の男の幼子が好きなのは理解しておるが人間の子はわれらの領域の瘴気ですぐに死んでしまう。
その子は帰してやれ、おぬしも子供を殺したくはないだろ」
「ぼぼ……」
長身の女性は反省してしゅんとなった。
やっぱり声の主はこの犬だったんだ。
「その子はとてもかわいい子だからな、子供好きのおぬしが思わず持ち帰りたくなる気持ちもわからんでもない」
「ぽぽぽ~」
「弁解することはない、おぬしが子供に危害を加える気がないのは知っておる。
初めの一回は故意に人間の子を連れ去ってしまったが、以降は人間の子が誤ってこちらの領域に足を踏み入れないようにしてるではないか。
今回は危うく神隠ししてしまうとこだったがな。今までのように遠くから眺めるだけがお互いのためだ。
まあ、自身の
「ぽぽぽぽ~///」
白い犬の言葉で顔を真っ赤にする長身の女性。
この長身の女性も悪い人(?)ではなかったみたいだね。
まあ人懐っこい小動物はかわいいという心境みたいな感じかな? 今回は。
僕はおじいちゃんと神主さんからは見えない日向になってる場所にゆっくりと寝かされた。
長身の女性は小さな僕の頬を一撫ですると姿を消す。
白い犬は小さな僕に近づいて、
「おぬしがくれた飴、うまかったぞ」
そう一言残して消えていった。
そうして僕は神主さんと話し終えたおじいちゃんの抱っこされて家に帰ることに。
おじいちゃんたちの家での小さな僕は幸せそうな表情で笑っていた。
確かこれが元気なおじいちゃんとと会った最後の年だったっけ。翌年おじいちゃんたちは元気がなく神社でおじいちゃんたちが元気になりますようにってお願いしたっけ。
結局おじいちゃんたちはその年に他界しちゃった。
懐かしいな~。
深夜になって小さな僕はぐっすりと眠りについた。
「どんな気持ちで小さな僕は寝てるんだろう」
僕は小さな僕の頭に手を置いた。
すると突然僕の目の前の景色が変化してしまう。
本が大量に山積みなっている古い本屋のようなところ、そこには隠者のおじさんが座っている。
小さい僕もおじいさんの前でおじいさんの顔を見上げていた。
おじいさんは小さな僕に何か話してる、僕は二人のところへ近づく。
「人間として平穏な人生を送りたいなら最初の悪魔の誘いには乗ってはならない。
その悪魔は君を虚ろに扱い破棄する機会を狙うであろう。
人間を捨てなければ君には幸せな平凡を約束される。
君くらいの年にはまだ難しい言葉じゃろうが詳しくは教えてやれんのじゃ、ルールじゃから。
まあおっきくなるまで覚えておくがよい」
これがおじいさんが僕に言った最初の助言……。
悪魔の誘い……リアスさんたちとの出会いはこの時から運命づけられてたんだ……。
なるほど、これがおじいさんが僕にした助言だっただ。
そして同時にもう一つ思い出したことがある。僕は数か月前にもおじいさんと夢の中で会っているということ。
そこでは確か手遅れ的なことを言っていた気がする。あの時はどういう理由かわからないどころが覚えてすらいなかったけど、手遅れとはまさにその通りの意味だったんだね。
僕の視界が徐々にねじ曲がっていく。そして所々に何もない真っ白な空白が現れ始めた。
僕の目の前は真っ白に包まれていった。
◆◇◆◇◆◇
「思い出したようじゃな」
気が付くと僕はあの図書館に戻ってきていた、過去に行く前の座ったままの態勢で。
手元を見ると閉じた状態の本が一冊。ただし上になっていたはずの表紙は裏側に変わっている。
「これで隠者の試練は終了じゃ。さあ、次の扉に進むがよい」
おじいさんは本棚と本棚の間にある扉を指差した。
優しい笑顔で次の道を示すおじいさんを目の前に僕はその場を動かずに手元の本に視線を落として本のページをピラピラ触る。
「……もしも……僕がおじいさんの助言を覚えていれば……僕は大切な人を悲しませることはなかったんでしょうか……?」
僕は小声でおじいさんにそう問いかけた。
俯いてる僕の視界には自分の名前が書かれた本しか映らないけど、おじいさんが椅子に深く腰掛けなおした音は聞こえる。
おじいさんはさっきと変わらない優しい声で答えてくれた。
「儂の使命は訪れたものに平等に助言を与えることじゃ。たとえ相手がいかに幼くともたった一度だけ助言を与える。
すまんがあの年で儂のとこに来たことはあきらめてくれ。
そしてき君の質問の返答じゃが、もしも君が儂の助言を覚えていて助言に従ったなら少なくとも今の家族とは出会えんかったじゃろうな」
おじいさんの言葉で僕は自分の質問の無意味さを痛感させられた。
悲しませることがなかったかなんて『もしかしたら』は過去には通用しない。それがあるのは未来だけ。
だったら僕が今一番恐れる『もしかしたら』は帰れないことだけだ。
僕はもう一度決意を固めて顔を上げる。
そこにはうれしそうに微笑む優しい老人の表情があった。
「血のつながりがなくとも家族の絆は偉大じゃ。
だが気を付けるのじゃ、奴はそこを巧みに攻めてくるぞ」
僕はおじいさんに本を返して一礼してから扉に向かって歩き出す。
そして扉を開けて次へ進んだ。
「彼らに出会わなければ普通の幸せを手に入れられたが、彼らに出会わなければ今の家族もなかった。
誇銅にははたしてどちらが幸せな選択肢だったのか。難解じゃの~……」