◆◆◆
私はピエラ。姓は捨てた。捨てられた。
カクタケアル。全てはあの薬から始まった。あの白い薬が幸せを全て壊していった。
裕福では無くとも、幸せな暮らしだった。パパとママと、私と。3人とも歌が好きで良く一緒に歌った。ママは凄く上手で、パパはビックリするほど下手で。でも、それで良かった。上手い下手なんか関係なくて、3人で歌を歌えていればそれだけで良かった。
でも。
パパは薬にのめり込んで、次第に私やママに暴力を振るうようになった。
少しずつ、少しずつ飲む量が増えていって。どんどんどんどん間隔が短くなって。心配して止めるママと私を殴って、もっともっと飲むようになって。
やがてママは家を出て行った。……別の男の人と一緒に。パパとは似ても似つかない人だった。どこか胡散臭い人だった。
私は連れて行ってもらえなかった。要らない子だったんだろう。パパと私はママに捨てられた。
その後、パパは余計に薬にのめり込んだ。やがて暴力も無くなった。その頃にはパパの目には私なんて映っていなかったから。
私は見向きもしてもらえなかった。どうでもいい子だったんだろう。私はパパに捨てられた。
だから私は。
一人街を離れ、今日も夜の砂漠に繰り出す。
◆◆◆
昼間の砂漠は灼熱。地獄そのもの。歩くだけで死に直結する。
対して、夜の砂漠は昼間とは異なって寒い。全ての熱が失われたかのような砂の大地は、昼間と違って旅人を拒みはしない。私たちは、その上を歩むことを許される。
――でも、砂漠は砂漠。地獄であることは少しも変わらない。
私たちが行動できるということは、他の命も行動できるということ。魔蠍を始め凶悪な砂漠の怪物たちが星空の下に湧き出る。獲物を求めて徘徊する。
全てを燃やし尽くし、全てを拒絶する灼熱の世界。
全てを受け入れて殺し合わせ、誰も帰さぬ闇の世界。
どちらも地獄には変わらない。どちらも待つのは死だけなのだから。
それでも、私は夜の砂漠を進む。歩くことの許された地獄へ。怪物たちの食事場へ。
怪物たちに見つかれば確実に死ぬ。この過酷な、食料の乏しい世界で、やっと見つけた食事を逃すほど怪物たちは甘くない。そんな間抜けな奴は早々に干乾びて死んでいる。
だから、恐れるだけ無駄だ。隠れようにも砂漠に身を隠せる場所もない。なら覚悟を決めて足早に進む。少しでも速く目的を達して帰る。
気を付ける事があるとすれば、せめて帰り道を見失わないよう真っ直ぐ進むこと。それだけ。
――でも、そこまでして帰りたい場所なんて。もう私には無いけれど。
「……あった」
やっと見つけたのはカクタケス。これを取って戻ってくるのが私の今の仕事。
パパを狂わせた薬の原材料。切れ込みを入れるだけで毒素をまき散らす、危険な危険な植物。
当然、切り取って運ぶ者も毒まみれになる。危険だから誰もやりたがらなくて、だからこそ私のような子供でも仕事にありつける。
私以外にも多くの子供達が、こうして夜の砂漠でカクタケスを採取して生計を立てているのだった。
「……はは」
近づいて切り取ろうとしていると、どうしてか笑えてきた。
なんで私、こんなに頑張っているんだろう。
死を覚悟しながら地獄を進んで、それで取りに来たのが全ての元凶なんてさ。可笑しすぎて笑うしかない。
――いつからだろう。泣きたいときに笑うようになったのは。
――いつだっただろう。最後に幸せだと思って笑えたのは。
最初は泣いたら貴重な水分が出て行ってしまうから、だから泣かないようにしようと思って。
でも、いつしか泣き方そのものを忘れてしまって。そのうち、正しい笑い方も忘れてしまって。
――それでも。
それでも私は歩いている。進もうとしている。
もう何もないのに。生きていても良い事なんてないのに。
ねぇ、なんで。どうしてなの。
どうして私はまだ足掻こうとしているの。
この足はどこを目指しているの。私はどこに行きたいの。
誰か教えて。教えてよ。私は何を求めて――
『
――その時、歌が聞こえた。
◆◆◆
それは混沌の生み出した、奇跡の舞台だった。
無数の星に彩られた夜空と、乾ききった死の砂漠。
二つに両断された世界の中心で、境界線上にて女が歌う。
枯れ果てた大地の上で、水と緑の精霊が歌う。
遠く輝く星々に手を伸ばし、星の精霊が歌う。
『
其は。
命無き世界に響く、観客のいないソロライブ。
この混沌の世界は、死の砂漠は、満天の星空は――今この時、その女一人の為にある。
『雨に風につけても 思ひいづる故郷』
その世界に来訪者が1名。
幼き少女は漠然と、しかし確信していた。
紛れ込んだ異物は歌い手ではない。聴き手である己に他ならないと。
『志を果たして いつの日にか帰らん』
少女にとって、その歌は理解出来ぬ異郷の歌。
聞いたこともない音の羅列で構成された、意味も分からぬ奇妙な歌。
されど、何故なのだろうか。
少女の胸の内には浮かぶ。脳裏には過る。
二度と戻らぬ、失われた過去の幸せが。親子3人で共に歌った昔日の日々が。
『山は青き故郷 水は清き故郷』
故に。
哀しくも温かな一滴がポタリと零れて、落ちて。
そうして、死の砂を僅かに濡らした。
――それが少女と精霊の出逢いだった。