「隠れてないで出てきたらどうですか?」
湖の畔の森にて、声を張り上げる女が一人。
言うまでもなく、オレである。
「もしもーし?聞こえてますよねー?」
答える声が無かったので、もう一度呼びかける。
森の中で独り言を喋り続ける女とか軽くホラーなので、さっさと答えて欲しいのだけど。
いるのは分かってんだから、さっさと出てこいや。
「…俺の潜伏を見破るとは、ただ者ではないな?」
そうして、やっと姿を見せたのは、弓を持った金髪のイケメン。
耳が長く、エルフであることが分かる。
彼は「千里の狙撃手ヴァルト・ワヌ・ワウドゥ」。初期実装SSRの1人で、パハルの兄。
類まれな聴力と弓の腕による、超長距離射撃を得意とする。
流石に「千里」というのは比喩だが、2㎞か3kmくらいの距離だったら狙いを外すことは無いとかゲームで語られてたと思う。具体的な数値までは覚えていないけれど。
無論、ただの弓の技術でそんなことは出来ない。魔術があるからこそ到達できる領域だ。
戦場の外側から、音で判別して実力者・指揮官ばかりを狙撃する。しかも、急所を一撃。
やっぱり、SSRは化け物過ぎるな。
「いえ、正直、当てずっぽうでしたよ」
「なんだと?」
「数日前に視線のようなものを感じた気がしたので、誰かいるかもしれないな、と。今の状況では、隠れられそうな場所はこの森くらいですしね」
「つまり、俺はまんまと鎌を掛けられたというわけか」
「ふふ、そうなりますね」
正直に白状すると、視線すら感じていない。彼の隠密は完璧だった。
単純に、2章で彼の出番があるので、この時点で尾行してきている可能性が高かったからだ。
こうやって特殊な会話を発生させておけば、ゲームに反映されるかもしれないし、利用させてもらったに過ぎない。
「それで?俺に何の用だ。ティエラ・アス」
「あれ?名乗りましたっけ?」
「俺は耳が良くてな。離れていてもお前たちの会話は聞こえていた」
「えっ…」
「おい待て、その反応は何だ。どうして自らの体を抱きしめて数歩下がる必要がある」
貴方の耳が良いのは知ってたよ?知っていたけどさ。
だって。
よくよく考えたら、それって…。
「オレや他の女性陣の湯浴みの音とか着替えの音とか、そういうの全部聞いてたってことですよね……。ごめんなさい、ちょっと無理です」
「ば、馬鹿なことを言うな…!そういうことには、ちゃんと配慮していた…!」
「聞こえることは否定しないんですね。そもそも、聞こえていなければ配慮も出来ませんよね」
「ち、違うぞ!断じて違うぞ!俺は妹の無事を確認していただけだ!」
あ、このヒト、からかうと面白いタイプだ。
冗談とかに慣れていない感じが弄っていて楽しい。
「妹さん、ですか?その耳ということは…」
「あぁ。パハルの兄だ。森の外にいるはずのない妹を見かけて、事態を把握すべきだと考えた」
「つまり、血の繋がった妹さんの生活音に聞き耳を立てていた、と。率直に言って気持ち悪いですね。生理的に無理です」
「だから違うって!?」
白い肌を赤く染めて抗弁するヴァルト。
その必死さが面白いのだが。
「ふふ、冗談ですよ。3割くらいは」
「少なくないか!?」
「…冗談はこれくらいにして。事情を詳しく教えてもらっても良いですか?」
「誤解を解く意味でも話すしかないだろう…」
◇◇◇
「なるほど。貴方は盗まれた秘宝を取り戻すために故郷の森を旅立った。けれど、掟では一度森の外に出た者は戻ることは出来ない、というわけですね」
「あぁ。それは覚悟の上だったから構わない。だが、妹が森の外にいるのは理解可能な範疇を超えていてな。掟に従えば、パハルも森には戻れない」
2度と故郷に帰れない。家族と会えない。それを覚悟で使命に殉じる…というのはオレには理解できない。理解したいとも思わない。
けれど、「エルフの秘宝」はエルフたちの安全を護るために重要なモノでもある。つまり、結果的には妹や家族を護ることに繋がるわけで。そういう意味では、彼の動機は理解できるのだ。
少なくとも、
妹を大切に想う兄のシンパシーみたいなものかもしれない。
「パハルさんはお兄さんを追いかけて飛び出した、と言っていましたよ。「使命なんて知らない、家族を独りにする方が悪い事だ」…と言っていました」
「本当に馬鹿だな、アイツは…」
キツイ言葉の割に、そこには毒が感じられない。
ヴァルトの口元は少し緩んでいるようでもある。
気持ち分かるなー。
「心配な気持ちと照れ隠し…というのは理解できますが、そんなことを言ってはいけませんよ。兄冥利に尽きる、いい妹さんじゃないですか」
「…確かにそうだな。俺には勿体ないくらいの最高の妹だよ」
「合流はしないんですか?森の外に出てしまったのなら戻れないのでしょう?なら、一緒に旅をしても…」
「それは出来ない。家族と共にあれば使命への覚悟が薄れてしまう。この使命を終えるまで、俺は独りで進み続けるつもりだ」
「そういうものですかね…」
うーん。これはどうだろうな?
もしも隣に元気な宙音がいたら、オレは異世界生活を受け入れて元の世界に帰るのを諦めただろうか?
いや、その場合でも帰ろうとしただろうな。
向こうに残される母さんのこともあるし、友人にだって会いたい。元の世界で紡いだ全てがオレにとって大切なものだ。
「少しここで待っていてくださいね。直ぐに戻ってきますので」
「なんだ?まさかパハルを連れてくるつもりか?」
「いえ、違いますよ。まぁ、信じてください」
理解できない相違もあったが、同じ「兄」のよしみ。
森に独りで引きこもるだけの寂しいバカンスを変えてやろうではないか。
◇◇◇
「とりあえず、これを」
「…なんだ?料理に見えるが」
再び戻ってきたオレの手には、肉やら野菜やらが載った皿。
先程のバーベキューの残り…ではなく、オレが食うための分だ。
予め別に確保しておかないとオレの食べる分など残るわけがない。主にルネのせいで。ルネ以外もみんな食べ盛りだから結構食べるし。
「えぇ、そうです。どうぞ召し上がってください。余りもので申し訳ないですけど」
「…話が見えないな。どういう理由で俺に施しをする?それはお前が食べる分だろう。聞こえていたからな、知っているぞ」
ヴァルトと会うのは決めていたので、彼の分を別に用意しておくのも考えた。
けれど、それだと正体不明の潜伏者に最初から食事を振舞うつもりだった、という不可解な状況になってしまう。
そういう些細なことで疑われてしまうのは嫌だし、ロールプレイが崩れるのは絶対に避けたいのだ。
そんなわけで自分の分を分け与える。
ぼっちで皆の輪に入れない生徒を、女教師ティエラは見捨てたりしないのだ!
「陣中見舞い?みたいなものですよ。貴方だけ薄暗い森の中で忍耐の日々…というのは良くないです。折角のバカンスなのですから」
「俺は別に…」
「オレが嫌なんです。オレの楽しむ気持ちが曇ってしまうんです。…そういうことにしておいてください。受け取らないとパハルさんに言いますよ。お兄さんが貴女の生活音を聴いてましたよーって」
本音を言えば、オレはそんなの気にしないがな。ヴァルトがどうだろうと、オレは楽しむときは楽しむ。全力で。
「ふ、ふざけるな!絶対に言うんじゃないぞ!……はぁ。何を言っても無駄なようだな。絶対に引かないという強い意志を感じる。ならば、有難く頂くとしよう」
「それは良かったです。バカンス中、朝昼晩持ってきますね」
「女がそういうことを軽々しく言うな。こんな薄暗い森で、男の元に足しげく通うなど。もっと自分を大切にしろ。……どうしても引かないのならば、俺が頃合いを見て受け取りに行く。それで構わないだろう」
「えぇ、そうですね。そうしてくれるとオレも楽です。心配してくれてありがとうございます」
おっと、ちょっと身持ちが緩んでいたか。
元々は男だった+精神に色々混じってる…という複雑な状態だから、距離感が変になることがあるのかもしれないな。滅多に無い事だけど、今後も気をつけよう。
「最後に1つ聞かせてくれ。何故お前は俺を警戒しない?俺の言い分を簡単に信じたのは何故だ?」
「パハルさんから聞いていたお兄さんの特徴そのままだった、というのが1つ。もう1つは共感、ですかね」
「共感、だと?」
「オレにも妹…みたいな存在がいたんですよ。だから、シスコンの気持ちは分かるんです」
この「妹」は言うまでもなく宙音のことだ。
しかし、これが仮にゲームのテキストになっても、砂漠で少しの期間一緒に過ごした「ピエラ」とかに置き換えれば問題は無いだろう。
そういえば、あの子は元気にしているだろうか。歌が尋常ではなく上手い女の子だった。
原作に関わるキャラでは無さそうだったこともあり、成り行きで面倒を見ていたのだ。
砂漠生活は結構大変だったので、彼女の歌は丁度良い癒しになった。
砂漠編が始まる前に1位を達成して帰るつもりだし、彼女は実装キャラじゃないモブだ。万に一つも再び会うことは無いだろうけれど。
「しすこん…?言葉の意味は分からないが、あまり褒められている気はしないな」
「いえ、兄や姉にとっては誉め言葉の筈ですよ」
「はは。余計に意味が分からないな」
◇◇◇
「そうだ、オレからも最後に1つ聞きたいです」
「なんだ?」
「パハルさんの恰好、お兄さん的にはどうなんです?」
「正直、意味が分からない。身内として恥ずかしい事この上ない。精霊様の為したことに不満があるわけではないが、穴があったら入りたいな」
「ですよねー」
参考までに調べてみたら、某紅い弓兵さんは4㎞以内であれば高速で動いている対象でも余裕で射抜けるらしいですね。ちなみに、銃での狙撃の最高記録が3.5㎞らしいです。どっちもヤバ過ぎない??