さて、と。
双剣『葬送』『回帰』と同じくらい慣れ親しんだ相棒、『日食黒衣』。これはオレの種族を「人間」と錯覚させる力を持つだけでなく、ある程度ならば自由にデザインを変えることが出来る。
色が「真っ黒」から変わらないのは難点だが…。「日食」、即ち「太陽すら隠れる」「太陽さえ姿を変える」という概念を流用した衣であるので、色は変えられない。
多少ならば、太陽関連でオレンジ色の模様は出せるかもしれないが。そうすると、「太陽が隠れ切っていない」と解釈され、オレの認識誤認が薄れる。
なので、とりあえず浴衣は真っ黒に。帯は…淡く深みのある青色で良いだろう。瑠璃色というんだったかな?黒い浴衣の落ち着いた雰囲気に合うはずだ。
そして、ここからが一番重要だ。
浴衣や着物といった和の装いは、振る舞いが大切なことくらいは知っている。
黒衣はオレのイメージで浴衣に変化したが、所詮は素人仕事。「服」の概念精霊がつくった水着に勝てるわけがない。
ならば、「着こなし」で勝負するべきだろう。
とはいえ、だ。
そもそも、現代日本の一般男子高校生に女性の浴衣の振る舞い方など分からない。
同時に、精霊としての「
だが、オレを構成する要素にはもう1つある。
およそ46億年という馬鹿げた期間を積み重ねた、我らが母なる星「地球サマ」だ。
別に地球サマが日本文化や和装のプロフェッショナルというわけではない。ずっと地球上の文化・文明を見続けてきたから、それなりの心得はあるらしいが。基本的にはド素人だ。
しかし、である。
和装の振る舞いの本質とは何であろうか?
細かいマナーや厳しいルール?違うだろう。それは大切だが、本質ではない。特にマナーは、あくまでもマニュアル。
マナーもルールも、そうするのが美しいからこそ生まれたものに他ならないのだから。
では、着物が目指した「美」とは何であろうか?
何故あんなに身動き取りにくい装いになったのか。それは恐らく、求められたのが静かな美だったから。一歩下がって殿方を立てる大和撫子、籠の中の鳥、貞淑にして控えめな女性像。活発快活で男勝りの女傑よりは、お淑やかな女性が好まれた。
それが今の時代にどうこうとか、男女平等が云々という話ではなく、昔はそうだったというだけ。かつての日本社会はそういう女性を求めていたし、女性たちもそんな美しさに近づこうとしていた。
そして、そうであるならば。
地球サマは完璧な「着こなし」を披露できる。普段は唯我独尊ゴーイングマイウェイだが、決して慌ただしくはない。ちょーっと価値観と行動がぶっ飛んでるけど、基本的には泰然自若。
キズナ君とのファーストコンタクトの前後くらいじゃないかな、取り乱したのは。
46億年の歳月は伊達ではない。経験の豊富さでは、誰も地球サマには敵わないだろう。
経験の観点では、
星>>>(超えられない壁)>>>人間>精霊となっている。
ちなみに。
魂の大きさは、
星>>>(超えられない壁)>>>人間=精霊
戦闘力(魂の出力)は、
星>>>(超えられない壁)>>>精霊>人間
家事力・生活力では、
人間>>>(超えられない壁)>>>星=精霊
である。
要するに、精霊は全く役に立たない。
頼むぜ、「地球サマ」。セリフは「俺」が考えるから、ロールプレイよろしくな。
◇◇◇
まったく星使いの荒い人間よ。
だが、悪い気はしない。むしろ好ましい。
長く、数多の命を見続けてきた。
それこそ、海に生じた生命が陸へと進む頃から、永い時を。
特別な事は何もしていない。何も出来なかった。自由に動かせる身体も、ファンタジーな権能も有していなかった故な。…今の言葉では「放任主義」か。或いは、天変地異は「虐待」か?
「
植物から動物、果ては細菌まで。あらゆる姿の子が、千差万別な成長をしていった。
その中においても、「人間」という種は実に特異的で興味深い成長を魅せる。
二本の足が地を離れ変じた腕。其は、あらゆる地平を切り拓く翼となりて。聳える霊峰を、刻まれた海溝を、広がる天空を、地下の大空洞を、草木なき凍土を、人間は翔け抜けた。
果てしなき時に区切りを設け、数に意味を与え、音に想いを込め、万物に名を与える。未知を既知へ、神話を科学へ、空想を現実へ。その歩みに果ては無かった。
そして。その手は今や、宙を掴もうとしている。
ならば、おそらく…否、間違いなく。
そう遠くない未来、異なる世界への道さえ切り拓いてみせるのだろうよ。
それを「
それでも。
一抹の寂しさを覚えるのも事実であった。
子の成長を嬉しく思う気持ちに嘘は無くとも、己の手を離れ行く事に思う所はある。
そんな折、一つの魂が異界に強奪された。
子が成長の果てに、自らの意思で、積み重ねた技術で到達するのなら構わない。
然れど、それが異界の者の手で強制的にとなれば話は異なる。そんな狼藉を赦す道理など、この蒼き星の何処にも存在し無い。
…と憤慨した所で、何が出来るわけでも無かったのだが。
そして――。
「
妹を救い、故郷へと帰りたい、と。その切なる願いが真っ直ぐに。
まこと、人の発想には驚かされる。
奴は厳密には、「
そして、「地球」に帰りたいと我武者羅に足掻く様は、実に愛い。
その姿を見て、「
そうさな。あの憐れな者…「テラ」とか言ったか。奴の最終目的が成就した暁には、あの人間を…。
いや、これは流石に気が早いか。
背後に気配を感じる。ふむ、どうやら目的の人物が来たらしい。
「キズナ」。蒼き星より強奪された魂の持ち主。
「キズナ…」
えぇい、五月蠅いわかっておるわ!左様に喚くな!「キズナ
この、ろーるぷれい、とやらは面倒くさくて敵わん。
「…君ですか。良い夜ですね」
おい待て。本当にそれを言うのか?「
流石にそれは…。
何、明日の朝餉を自由に決めて良い、と?
…ふむ。よかろう。ならば契約成立だ。
「むー。女の子が普段と違う服装をしていたら感想を言うものですよ?それとも似合ってなかったですか?」
この「
今日の昼餉、夕餉と重たい食事が続いた故な、さっぱりとした物が食いたい。
そうさな、新鮮な魚の刺身を所望する。
なに?面倒だと?戯けた事を抜かすな。先の契約を忘れたとは言わせぬぞ!
「夏は楽しい季節でもありますが、言い知れぬ哀しみを抱く季節でもあるとオレは思います」
ふむ。そういうものなのか。
口から紡ぐ言の葉は、「
「
「そんな季節ですからね。ある風習になぞらえて、私の…。オレの身に宿る死した想い。それに供養をしようかと思いまして」
確か、「盂蘭盆会」なる風習があったな。「お盆」とも言っただろうか?
…あの風習は好ましいものだ。祖霊を祀る事、それ即ち命の連なりを意識する事。由来の1つに母への孝行があるのも好い。
「全てが造り物で、偽物。叶う意味のない想い。そんな感情は死んでいると表現するべきでしょう?それだけのことですよ」
中々に興味深い言い回しをするではないか。
全てが造り物で偽物というのは正しい。概念精霊「ティエラ・アス」の肉体は「星地流斗」が設定し、「テラ」の力を借りて創造されたもの。
その際に材料となった「陽川絆を大切に想う誰かの想念」は概念でしかなく、そこに記憶は無い。「陽川絆を大切に想っていた誰かの感情」そのものでは無いのだ。
「陽川絆」に惹かれるのは、単純にソレが精霊としての使命だから。その感情は正真正銘の偽物だ。
故に。その恋心と呼ぶのも烏滸がましい偽物の感情が「叶う」ことに意味は無い。
あの日、その「使命」を「陽川絆」が否定した時、概念精霊「ティエラ・アス」は真に存在する価値の無いモノとなった。
「それは違う」
ほう?それを違うと、貴様は言うのか。
この「
「
それを違うと、そう言うのか。
「ティエラさんの過去に何があったのか、僕は知らない。…覚えていない、が正確なのかもしれないけれど。でも、1つ言えることがある」
良い。許すぞ、人間。
貴様の答えを聞かせて見せろ。
「今ここにいるティエラさんは本物だ。偽物なんかじゃない」
……ふむ。
「僕と会話しているティエラさんは、美味しい料理を作ってくれるティエラさんは、皆を支えてくれるティエラさんは、目の前にいる1人だ。僕にとって、僕たちにとっての本物はここにいる。他のヒトなんて知らない」
くっ、くはは!
これは何とも滑稽だ!
「…そう、ですか。他ならぬ貴方がそう言うのですね。…ありがとうございます、キズナ君」
そうか!他ならぬ貴様がそれを言うのか!
あの「想い」を完全否定した貴様が、それを「本物」だと宣う。
詳しく知らぬからこそ言える戯言。
…これは、後で「
難儀だな。「
まぁ、良かろう。数年程度、星の感覚では瞬き程度の刹那。
もう少し、この遊興に付き合ってやろう。
終焉までの一時の夢に、な。