「………」
地平線から太陽が昇る。遠くに見える山々の橋が明るくなっていく。
やうやう白くなりゆく山際って感じだ。…あれは春だったな。
その光景を、オレは身動き1つせずに眺めていた。
「………………………」
蒸し暑い季節だが、朝の清々しさだけは1日の中で異彩を放つ。
暑い季節だからこそ、早朝特有のスッキリとした空気が一層際立つのだ。
清原さん家の少納言さんには悪いけど、オレはムシムシした夜よりは早朝の方が好きかもしれない。
吹き抜ける風を全身で感じる。やはり身動きすることは無い。
「何をしているんだ、ティエラ・アス」
「ヴァルト君ですか。見て分かりませんか?」
「…湖岸で膝を抱えながら、湖に浮かべた果実を注視し続けている様子を見て、それが何か分かるとでも?」
「改めて言葉にされると意味不明ですね、確かに。一応、釣りのつもりなんですが」
地球サマと朝食は魚メインにするって約束しちゃったからさー。
魚料理なら新鮮さは大事だ。というわけで、朝一で食料調達に勤しんでいるわけなのだが。
…調理する時間も考えると凄くマズイ状態だ。どいつもこいつも食う量が尋常では無いし。
ちなみに、釣り開始から1時間ほど。現在の釣果はゼロである。くそったれ。
「釣り?これが?そもそも釣り竿が見当たらないが?」
そうなんだよ。
でも、釣りに使える丈夫な糸が無かったんだもの。仕方なくない?
このファンタジー世界で魚を釣ろうと思えば、ちょっとやそっとの糸では無意味だ。普通に引き千切られる。だって魚も魔力持ってるのだから。
同様の理由で、素潜りで捕まえるのも現実的ではない。めっちゃ速いもん。
で、色々考えた挙句、こういう形をとってみた。
甘い香りを強く放つ果実を湖に浮かべて、それを観察している。
匂いに釣られて来たら、双剣で仕留めて捕まえようという作戦だ。
「…というわけです」
「事情は理解した。理解したが…」
肉ではなく果実なのも理由がある。この世界で肉をエサに魚をおびき寄せようとすると、稀に大変な事態を引き起こす。時々、超巨大な魚型魔獣が寄ってくるのだ。
けれど、野菜や果物だと、比較的安全である。この世界で植物性の食べ物を好む、ということは戦闘に不向きである場合が多い。
限られた手段の中で完璧に考え尽くされた計画であると言えるだろう。オレに知略の適正もあったとはな。これは軍師ティエラの実装も近いかもしれない。
「こんなあからさまな罠に引っ掛かる魚などいるわけがあるまい。それに、だ。昨日、湖に大穴が穿たれたのを忘れたのか。魚たちも警戒を強めているぞ」
地球では引っ掛かるんですー!川にエサ投げ入れたら何の警戒もなく寄ってくるんですー!
こっちの世界では魔力の影響なのか普通の野生動物も妙に賢いけれどね!やっぱり異世界なんてロクでも無い!
「あ、そういえばそうでしたね…」
それはそれとして、ルネのやらかしの件は完全に忘れていた。
おのれルネ…!花火でオレの出番を奪っただけに飽き足らず、ここでも邪魔をするか…!
「お前はしっかりしているように見えて、かなり抜けているな…」
何を言うか。イケメンでも言っていいことと悪いことがあるぞ。
ティエラさんほど頼りになるお姉さんが何処にいるというのか。「抜けてる」なんて表現が相応しいのは…
「いやいや、オレはパハルとは違いますよ」
「妹と比べたら誰でもしっかりしている」
む。それは正論だ。困った。これ以上の反論が出来ない。
「はぁ…。仕方ない。少し待て」
「…?」
なんだ?
彼は突然、目を瞑り。
そのまま湖に向けて弓を構え、魔術で作り出した矢を番えて――
「……聞こえた」
――放つ。
――放つ。放つ。放つ。
続けざまに4連射。
狙いを澄ます時間など無かった。呼吸でもするかのように自然な流れで、一切の淀みなく4本の矢は空気を切り裂き、湖へと着弾。水底へと吸い込まれるように消えていった。
「えっと…?突然、何を…?」
「まぁ、見ていろ」
直後、湖面に小規模の竜巻が発生。
そして、竜巻が消え去ると…
「これで足りるか?」
オレの足元で大きな魚が1、2、3……9匹も並べられているではないか。
口元やエラは動いているから死んではいないようだが、動きは非常に鈍い。これなら逃げてしまう恐れもなさそうだ。
「えっと、くれるんですか?」
「この程度でお前の食事に釣り合う礼になるとは思っていない。だが、僅かでも返しておかなければ、手の付けられない程に借りが増えてしまいそうだからな」
「…?」
あんまり遠回しな言い方をしないで欲しい。地頭は良くないんだ。
ロールプレイで意味深な言葉を言いまくっているオレが言えることでは無いかもしれないけど。
「…要するに、だ。…昨日の食事は美味かった。その礼とでも思ってくれ」
あ、成程ね。
「ありがとうございます。助かりました」
そういうことなら、有難く受け取っておこう。
これだけあれば十分なはずだ。
問題は、死んでいないのに身動き一つとらない奇妙な状態だ。
これは食べて大丈夫なのか?
「…あぁ。それは矢に付与した魔術の影響だ。5分もすれば消え去る程度の弱い麻痺でしかない」
聞けば、最初の3射が1矢につき3匹の魚を貫き、痺れさせた。最後の風魔術を込めた矢が竜巻を発生させて、痺れた魚たちを岸に打ち上げた、ということらしい。
流石はSSR、といったところか。他のSSRと比べて派手さには欠けるけど、尋常ならざる神業だ。
こんな奴らに人気投票で勝利しなければならないとか、やっぱり難易度高過ぎである。
「魚の音を聞いて撃ち込んだ、ということですか?」
「あぁ、その通りだ」
「じゃあ、この湖に住むという、ヌシの音とか聞き分けられませんか?」
下手したらイベントボスの出番が消え去る可能性が出てきたぞ。
音を聞いた彼が注意を促したりしたら、最悪は夏イベが潰れかねない。
「…流石に難しいな。相当な深さと広さに加え、無数の生物が住み着いている。先程の魚たちは浅い領域にいたから聞き分けられたに過ぎない。すまないな」
「いえいえ、大丈夫ですよ!興味本位で聞いてみただけですから!」
ホントに大丈夫だよ!だから、潜って深い所の音を聞こうとかしないでね!
夏イベが潰れたら流石にヤバイ。「WF」自体の人気が下がってしまうと、相対的に最終的な「魂の価値」も下がってしまう。それだと地球へ帰ることは出来ても、妹を救う結末には至れない可能性が出てくる。
原作開始前に障害となる人気キャラを始末する…みたいな手段が取れない最大の要因でもある。キャラクター達の魅力あってこその「WF」であり、「人気投票1位」に奇跡が宿るのだ。
まぁ、そもそもの話。どれだけ卑怯な手を使っても、SSRや人権キャラたちに勝つなんて不可能なのだが。アイツらは基本的に化物だ。
そうだ。話を逸らすためにも、彼に聞きたかったことを聞いておこう。
「あの、話は変わりますが。細長くて、中が空洞で、丈夫な木…みたいなものって無いですか?」
「随分と限定的な条件だな…そんなモノを何に使うつもりだ?」
「ちょっとお昼ご飯に使おうかなーと」
「木を食べるのか…?」
「いえ、そういうわけでは。実はですね…」
考えている内容を彼に説明する。日本の夏の風物詩のアレだ。
「…成程な。そういうことであれば思い当たる節はある。昨日あの森の中で見かけた。あとで持って来よう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
これは腕がなるぞ…!
異世界人がどんな反応をするか、かなり楽しみである。
――――――――
※以下、【ソシャゲで1位】は無関係です!
★宣伝
「ソシャゲで1位」とは別の連載作品です。
『俺「以外」の全員が「2周目」は流石に鬼畜仕様過ぎる。』
https://kakuyomu.jp/works/16817139555369815665
王道の「勇者」と「魔王」の異世界物語…
の筈なんだけど、何かがオカシイ。
え!?敵の全員が俺の攻略法を知っている!?
最高難易度(当社比)のダークファンタジー開幕!
「カクヨム」様で開催中のコンテスト「第4回ドラゴンノベルス小説コンテスト」に応募中です。
駄目もとで戦ってみようと思います。
よろしければ、応援よろしくお願いします。