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さて。いざ状況打開のための話し合いを……という流れだったはずだけど。
「お兄さんたち、流石に馬鹿じゃないの? 切羽詰まった状況でこそ、もっと良く考えなきゃ駄目でしょ。というわけで正座」
「え……?」
「正座も分からないわけじゃないよね」
「えっと、一応知ってるけど……」
「じゃあ正座」
大森林に向かう機兵の事とか経緯を一通り話し終えたら、何故か正座をさせられてしまった。
「まず常識的に考えてよ。樹兵は確かに強力だけど……強力だからこそ、大森林全ての植物を同時に樹兵化して操るなんて無理に決まってるじゃないか」
「あれれ? そうっだったっスかね?」
なるほど、確かに。どれだけ強力な魔術も、相応の魔力が無ければ発動する事すら出来ない。
僕の魔術は威力こそあるけど、発動までには魔力を装填するし、使い過ぎれば魔力が底をついてしまう。
「パハル姉が居た頃……つまり、秘宝があった頃は可能だったよ。あれは大森林防衛の要だったから」
「あ! そういえば秘宝は盗まれたんだったっス!」
「……何のために掟破ってまで森から出たんだよ、パハル姉」
「秘宝を奪い返すために森を出たヴァルト兄ちゃんを追いかけてっスよ!」
「なら何で奪われたこと忘れてるんだよ……」
パハルさんと、彼女の兄のヴァルトさんが探しているエルフの秘宝。それは大森林の防衛システムに密接に関わる物らしい。
それが奪われてしまった時に機械都市の侵攻……なんだか出来過ぎている。もしかしたら偶然では無いのかもしれない。
「秘宝が無いなら樹兵はどうやって動かしてるの?」
「実力のあるエルフたちが数人がかりで起動させてる。……それでも、森のごくごく一部を樹兵化するので手一杯だけどね」
「じゃあ、さっきのは……」
「多分、近くに斥候が居たんだと思うよ。斥候が術師に場所を伝えて、周囲の樹だけを樹兵化したんだと思う。半分くらいは幻術も混ざってたんじゃないかな。燃費が悪すぎるし」
なるほど、そういうことか。
毎回、僕たちの周囲だけを樹兵化すれば、包囲状態は維持される。
「えっと、じゃあ今は監視の目から逃れられてる……ってこと?」
「そうだよ。ハッチを使って斥候を振り切るスピードで脱出した。途中まで森の外に出るコースで進んでいたから、今頃は森を出たと勘違いしてるんじゃないかな」
ヒメロス君曰く。長老たちもパハルやリエスを本気で抹殺するつもりはなく、二度と近付こうとしないように脅すのが目的なのだろう……とのこと。
「ついでに、この付近は僕の秘密基地なんだ。ハッチを隠すために幻惑魔術を施してある。だから今は比較的安全ってわけ。分かった?」
……凄い。
僕は僕自身の年齢を覚えていないけれど、おそらく彼と大して変わらない。けれど、彼の方がずっと深く物事を考えている。
「ところで、そのハッチ? って何なんっスか? 機兵だけど味方って事で良いんスかね?」
すると。視界の隅でずっと良く分からない動きをしていた機兵“ハッチ”についてパハルさんが尋ねた。
正直、正座している間ずっと気になっていたから、聞いてくれて助かった。
「えーっと、どこから話せばいいのかな……」
ヒメロス君は、そう言って少し悩んだ後、「そもそも……」と切り出し話し始めた。
「僕、たまに森の外に出てるんだ。他のエルフにばれないよう細心の注意を払って」
「え!? 駄目じゃないっスか、掟破りっスよ!」
「それパハル姉が言う?」
「……それもそうっスね!」
ふと思う。僕の見知ってるエルフと言えば、大都会育ちのリエスさん、掟破り放浪中のパハルさん、そして密出入国常習犯のヒメロス君……なわけで感覚が麻痺してしまうけれど、きっと凄まじく異常な事なんだろうな。
そのことが、ヒメロス君の“森の外に出てる”発言に対するパハルさんの驚きようから良く伝わってきた。
「それって、ばれたら勿論……」
「追放だろうね。二度と大森林へは戻って来れない。家族にも会えなくなる」
「そこまでの覚悟で……一体何故なのですか?」
リエスさんからの問いかけに対し、彼は迷うことなく即答した。
「気になってしまったから」
語る彼の眼はキラキラと輝いていて。
「森の外には何があるのか。どんな世界が広がっているのか。ヒト、動植物、景色、衣食住に祭事。ありとあらゆる世界が集まったカオスという世界。そこには一体何が待っているんだろうって。理由なんてそれだけだよ」
彼の声音は、溢れそうなくらいのドキドキとワクワクに満ち満ちていた。
「――それに、ここに居るヒトたちは僕の事とやかく言えないでしょ」
そのように指摘されてみれば……。
救世の旅を続けている僕。
兄を探して旅を続けるパハルさん。
母の遺志を伝えに旅をしてきたリエスさん。
全員、故郷を離れて自分のしたい事をしている身。成程、彼の事をとやかく言える立場で無いのは間違いなかった。
「ま、ともかく。パハル姉がまだ森にいた昔から、僕は独りで外に出ていたんだ。そして、ハッチと出会った」
少年の話は続く。
なんでも、機兵はボロボロに故障した状態だったらしい。
「最初は鉄屑という言葉がピッタリな有様だったんだ。森の生活じゃ機械に関する知識なんてロクに集まらないし、そもそも何なのかすら良く分からなかったよ」
それでも。未知の世界へと繋がる鍵になる……そう考えた少年は、必死に鉄屑を森の中へと運んだ。
他のエルフたちの目を盗んでは、少しずつ少しずつ。テコの原理、魔術、その他諸々……思いつく限りの方法を使って大きくて重い鉄屑を運んだ。
どうしても森の外へと出られない日は、鉄屑を隠す場所としての秘密基地を整える事に精を出した。必死に魔術を学び、研究し、結果として……今日この時まで長らくエルフたちの目を欺き続けることとなった秘密基地は完成した。
「なんとか森に運び入れた後は夢中でいじくったよ。壊しては組み立てて再び壊す。その繰り返し」
「昔から、たまに全然姿が見えない時があるなーとは思ってたっスけど、まさかそんな事してたとは驚きっス」
森の外に出ては使えそうな部品を探し、戻って来ては機械弄り。
そんな日々を続けること十年近く。
機械科学文明と対極の世界で生まれ育った少年は、ついに異なる世界の機兵を直してしまった。
「まぁ、7、8割は元々搭載されていた自己修復機能のおかげだったみたい。ごく僅かにだけど機能していたらしくて、数年かけて修復出来たんだって」
『謙遜は不要。停止していた自己修復機能が作動したのはヒメロスのおかげなりすれば。手当たり次第の分解と組み立ての過程で、切れていた回線が繋がったんだっちゅーの』
少年がハッチと名付けた機兵は、長い手足をゆっくりと上下させながら言葉を紡ぐ。
見ている限り、その不可思議な挙動に意味はないようだ。
あと、語尾も少し変な気がする。
「……ありゃ。さっきの高速機動でまた何処かイカれちゃったな。辛うじて動くようになっただけのポンコツだから、頻繁に挙動や喋り方がオカシクなっちゃう」
『ポンコツちゃうわっくす』
「ま、こんなだけど。大本の機械都市の指示系統からは完全に独立してるし、役立つ場面はあると思うよ」
「その言葉……もしかして力を貸してくれるの?」
彼らが協力してくれるなら心強い。
そう思っての発言だったのだけど……。
「ううん。違うよ」
あっさりと否定されてしまった。
でも、包囲からの脱出だけで十分すぎる。凄く助かった。これ以上を望むのは高望みだろう。
「逆だよ。僕がお兄さんたちに力を貸すんじゃない。お兄さんたちが僕に協力するんだよ」
「……え?」
あれ? つまり、どういうこと?
協力してくれる……ってこと?
「……話を戻して、お説教の続き。一度は手酷く断られた所に真正面から向かっていくとか正気なの? 追い返されるに決まってるじゃないか」
……彼の言う通りだ。
けれど、他に方法が……。
「真正面からで駄目だったら裏口を使う。言って聞かないのなら交渉材料を用意する。馬鹿正直に戦うだけじゃなくて搦め手を使わなきゃ」
すると。ヒメロス君は僕に右手を差し出しながら告げた。
「という訳で。ダメダメなお兄さんたちに任せておけないから、僕の計画に3人とも参加してもらうよ。……停滞した大森林に風穴を開ける大作戦に、さ」
ティエラ先生からの評価。
●パハル→理由が“家族(兄)のため”なので理解可能。及第点。
●リエス→同上。故人だけど“家族(母)のため”だから許容範囲。赤点回避。
●ヒメロス→理解不能。知的好奇心のために血の繋がり捨てる覚悟とか意味不。オンライン教育推奨。
●キズナ→論外。世界のためとかワケワカメ。単位没収で落第。
★総評→どいつもこいつも簡単に故郷捨てるな。補修決定。