「それで、その計画って?」
停滞を望み、変化を拒む大森林。
そこに生まれ育ちながら、外の世界を知りたいと願った少年が立てた計画。それは――
「名付けて、世界樹抹消大作戦かな」
「……………………はい?」
――なんか、とんでもない計画だった。
◆◆◆
「何を……! 何を言ってるっスか、ヒメちゃん! 世界樹が無くなったら大森林そのものがどうなるか! 下手したら
「そこまでの影響があるんですか!?」
いつもの天真爛漫さをかなぐり捨てて叫ぶパハルさん。リエスさんも追随する。
対して、ヒメロス君は落ち着き払った様子で「その反応が全てだよ」と言ってから続けた。
「爺様たちが言ってる“森と共に滅ぶ”なんてのは所詮妄言。一種の現実逃避で、現実なんて見ちゃいないんだ。いざ、滅びの時が来たら絶対に後悔するに決まってるのさ」
「それは、そうかもしれませんが……」
確かに。“世界の滅び”なんて言葉にするのは簡単だけど、実際にイメージするのは難しい。
いざ目の前にすれば慌てるだろうというのは納得できる話かもしれない。
「だから、本当の滅びである機兵の大軍が押し寄せる前に、
「……偽物?」
「うん。全ては嘘。まやかしの幻。ハッチを隠していた魔術を改変して幻影の魔術をつくりだしていてね。それを使って世界樹が腐り落ちていく幻影を見せる……そういう計画だった」
「……? どういうことっス?」
「だった……? 過去形?」
幻という事は大森林を滅ぼすつもりではないらしい。良かった。そこは一安心。
だけど、計画の全容はイマイチ分からない。
「さっきは壮大な言い方をしたけれど、本来は仲間内でワイワイ考えただけの悪戯みたいなものだったんだ」
若いエルフたちの中には外の世界に憧れる者も少なくなく、そういった者達で集まって考えたのだと彼は語る。
「どうせ直ぐ幻影だとはバレる。それでも、少しでもエルフたちの中に危機感が芽生えれば良いなって……それだけの幼稚な計画だったんだ」
……彼はそう言うけれど。10歳の少年が同族や国の事を思って何かを為そうとする。そのために仲間を集め、計画を練り、準備を整えてきた。それはとてつもなく凄い事なんじゃないだろうか。
「あの巨大な世界樹を丸ごと包む幻影だから膨大な魔力が必要になる。1年かけて魔力を術式に貯めてたんだけど、今は未だ4割くらいしか溜まっていない。世界樹の一部が腐る幻影……くらいにしか出来ないと思う」
「……それほど大規模な魔術なのですね」
僕とは違って幼い頃から貴族として魔術勉強に打ち込んできたリエスさんが驚愕するくらいだから、きっと余程の規模なんだろう。
でも……
「ですが。今この危急の時に実行してどうするのです? 余計に混乱を招くだけかと思うのですが」
……そう。その通りだ。
リエスさんが指摘するように、エルフたちは世界樹の腐敗と機兵の侵攻という2つの巨大な危機に直面してしまう。長老たちが言っていたように「森と運命を共にする」なんて諦めてしまうヒトだって出てくるかもしれない。
「そうじゃないんだ。2つをバラバラの危機としてじゃなくて、地続きの同じ危機として知らしめるんだよ」
「……んん?」
理解が及ばないようでパハルさんが唸っている。
正直、僕も全く同じ心境。
「つまり、世界樹の異常に混乱しているエルフに向かって、機兵が攻めてきている事、さらに世界樹が腐ったのも機械都市の仕業だって喧伝するんだ」
「……んー?????」
「なるほど、そういうことですか……」
リエスさんは何かを掴んだらしい。
えっと、世界樹が腐っていく光景を機械都市がやったことにして、それで……?
「ほとんどのエルフは機兵なんて知らない。機兵が攻めて来てるなんて聞いてもピンと来なくて対応が遅れる。でも、それに対し……」
「世界樹の危機というのは身近で分かりやすい。それを引き起こした存在が攻めてきているという事にしてしまうのですね」
「そう! そうすれば長老たちは無理でも、戦って森を守ろうとするエルフだって少なからず出て来てくれるはずだと思うんだ!」
……成程。そういうことか。
要するに、エルフたちが奮起できる“戦う理由”を与えようと。彼はそう言っているのだ。
この作戦、確かに筋は通っているし、樹兵に足止めされているだけだった僕たちとは比べるべくもない。
……けど、なんだろう。何かが引っ掛かる。
「ただ、これだけじゃ戦ってくれるエルフは極々一部だと思う。あと一手、エルフたちの度肝を抜くような一手があれば……」
いやいや、今は悠長なことを考えてる場合じゃないだろう。
ルネ、ティエラさん、ピスカ、パドロン、ナナシ、テトマ、サーカスさんにミニア。皆が戦ってくれてる。今は僕に出来ることをしないと。
えっと……度肝を抜く一手が足りない、んだよね。
度肝を抜く。驚かせる……
「あのさ。そういえば、リエスさんが苗字を名乗った時に長老さんたちが凄く驚いてたよね?」
「え、えぇ。正しく上を下にの大騒ぎといった様子で。絶叫しながら驚かれていましたが……」
「え? あの長老たちが絶叫する? ……そりゃ、外から来たエルフなんて驚愕ものだけど、それでも爺様たちが驚いて声を上げるなんて信じられないよ。参考までに、リエスさんの本名を教えてもらうことは出来る?」
「勿論です。私の名はリエス・テーベ・ロワ・ラモワティエと……」
瞬間。ヒメロス君の顔は驚愕に染まった。
一体、この名前にどんな意味があるというのだろう?
「ロワ!? ロワって
「長老たちの時も思ったっスけど、何をそんなに慌ててるっスか?」
「馬鹿! 馬鹿姉! あと馬鹿!」
「3回も言ったっスね! 馬鹿って言った方が馬鹿なんスよ!」
「エルフの常識なんだよ! 何で知らないんだ、馬鹿!」
「また言ったっス!」
そうして。
パハルさんと言い争いを続けるヒメロス君は、ついにリエスさんの名が持つ真の意味を口にした。
「ロワってのは断絶したエルフの王族だけが名乗れた名なの!」
「王族……?」
「あー、なんかどっかで聞いたような気がするっスね? そっかぁ、王族っスか~……うっそ、王族!?」
「遅いよ、馬鹿姉!」
王族。リエスさんの場合はクイーンかプリンセスになるのかな?
エルフ2人の反応を見る限り、尋常ならざる事のようだけど……。
当のリエスさんは理解が追いついていないようでオロオロと戸惑うばかりだ。
「あ、あの……王族とはどういうことですか? それに、途絶えたとは?」
「いける、いけるよ! 腐り落ちる世界樹に、迫る外敵、絶望の中で颯爽と現れる古の王族! この筋書きならいけるよ!」
戸惑いながらも発したリエスさんの疑問は、興奮するヒメロス君の耳には入らなかったらしい。
彼はそのままピョンピョン跳ねながら喜んでいる。
「これなら殆どのエルフたちが最高の士気で戦える! 機械都市にだって大打撃を与えられるはずだよ!」
「ちょ、ちょっと待って! 機械都市に大打撃ってどういうこと? 防戦するだけじゃないの!?」
リエスさんが気になっているようだから、代わりにエルフの王族について尋ねようと思っていたけれど。
その前に聞き流せない言葉があった。リエスさんには悪いけど、この事を最優先に聞かなきゃならない。
僕はてっきり押し寄せてくる機兵を追い払うだけかと思っていた。だけど、もしかして……
「何を言ってるんだよ。遠隔制御の機兵を追い払っただけじゃ意味なんて無い。壊れたら新しく造ればいいだけなんだろ、機兵ってのは」
……それは、その通りだ。
けれど。それは……
「だったら、機械都市の指導者や住人たちに、この森を攻めるのは危険だって思い知らせなきゃ駄目だよ。そうじゃなきゃ、また直ぐに、今度はもっと数を増やして苛烈に侵攻してくるだけじゃないか」
……駄目だ。
今まさに生まれ育った場所を奪われようとしている者に対し、部外者である僕がとやかく言えるわけがない。
彼は真剣で、エルフの置かれた状況は深刻。彼が言っている事は間違っていなくて、機械都市の都市長を説得し損ねた僕には代わりに示せる道がない。
僕は何もいう事が出来ずに立ちすくむだけ。
そのまま計画が実行される流れのように思われた。
けれど――
「反対っス」
――パハルさんが静かに、されど力強く、その一言を発した。
「ウチはヒメちゃんの計画に賛成できないっス」
僕の内心に燻っていたのと同じ言葉を。
◆◆◆
「反対って! 何を馬鹿言ってんだよ、パハル姉! もう時間も無いし、他に方法だって無いじゃないか! どうせ何も分かっちゃいないんだろ!」
「……分かってるっスよ。ヒメちゃんがやろうとしてるのは、嘘の悪事をでっちあげて、皆に黒い感情を植え付けて、それで血みどろの戦いをさせようって……そういう事っスよね?」
部外者の僕が言えなかったこと。
どうしても上手く言葉に出来なかったこと。
それを、追放されているとはいえ、ここで生まれ育ったパハルさんが堂々と言葉として紡いでいく。
「……それの! それの何がいけないって言うんだ! 攻めて来てるのは向こうだ! どう考えても悪じゃないか!」
「けれど、世界樹を腐らせてはいない。それはヒメちゃんがやろうとしてる事っスよね? 侵攻は悪い事っス。けど、嘘の悪事を押し付けて良い理由にはならないっス」
「そんなの……! そんなの理想論だ! 血を流す覚悟も無く何かが守れるわけが……!」
「大森林を守るために戦って血を流す。そのことは否定しないっス。ウチだって、その覚悟はあるっスよ。けど、その理由に嘘が混じるのは良くない……きっとそれは、どうにかして戦いが終わっても残り続ける傷跡になるっス。いつか誰かが蒸し返してしまうっスよ」
いつも朗らかに笑う彼女からは想像もつかない真剣な表情でパハルさんは言葉を紡いでいく。
「ウチは兄ちゃんを探してカオスを旅して、色んな争いを見たっス。誰もが色んな理由で戦っていて、どっちかが全部悪いなんて事は滅多に無かったっスよ。それに、どれだけ身勝手な理由で始まった戦争でも、戦う兵士たちには各々の護りたいモノがあったりしたっス」
思い出すのは城塞都市と遊牧民の争い。
あれは両者が同じ地の先住を主張して争っていた。
恐らく。大昔にどちらかの指導者が嘘をついたのは間違いない。それが今まで続いて、長い年月の中で真実は完全に忘却されてしまった。
結果として、2つの勢力は何代も何代も出口の見えない争いを続けていたのだ。
「色んな世界がごちゃ混ぜになって、色んなモノが絡まって解けなくなって。それでカオスはずっとずっと戦争を続けて来たっスよ」
そんな事が、世界中の各所で日常的に起こり続けてきた。
それがカオスという世界。歪な複合の世界。
「ウチはそれを悲しい事だと思いつつ、見て見ぬふりをしていたっス。兄ちゃんを見つけるっていう理由に逃げて、何かをしようとは思わなかったっス。これからもずっとずっと続いていくものだと諦めていたっスよ」
混沌とした世界。種族が、主義主張が、歴史が、文化が、あらゆるモノが入り乱れる世界。
正義が無数に乱立し、そんな世界で人々は己の
「……けれど。キズナ君は、キズナ君と旅をする皆は違ったっス。このカオスから戦争を無くそうって本気で動いてたっス」
僕だって、ワールドイーターという危機を知らされたから動き出したに過ぎない。
けれど、旅の中で色んな人と出会った。
最初にルネと。次にティエラさん。ピスカとパドロンは対立を超えて仲間になってくれた。ナナシやリエスさん、パハルさん。……色んな人と出会いながら、このカオスを守りたいって心の底から思うようになったんだ。
「ヒメちゃんが始めようとしている事は、キズナ君たちが歩んでいる道を真っ向から否定するっス。……だから、ウチは認められない。賛同できないっスよ」
そんな僕たちの旅路を見て、パハルさんは肯定してくれているのだ。
「……ここまで格好つけたこと言ったっスけど、正直こっからはノープランっス! でも! 救世をしようって本気で進むキズナ君たちなら、きっと何か思いつくっスよね! 丸投げでメンゴっスけど!」
この大森林を故郷として大切に想う一人のパハルさんが、僕たちのやり方を貫くべきだと言ってくれている。
僕たちなら何か思いつくだろうと信じてくれている。
重い期待だ。
けれど。
「……ありがとう、パハルさん」
――これに応えなくて、カオスを1つになんて出来るわけがない。
「ヒメロス君。僕も君の作戦には賛同できない」
だから。
僕たちらしいやり方で行こう。
「……僕に1つ、考えがある」
なお、故郷や家族を守るためなら嘘だろうが毒だろうが乱用するのが当作品の主人公。
※諸事情で投稿した15話を一度消して書き直しました。
大変申し訳ありませんでした。