ソシャゲで人気投票1位にならないと帰れない!   作:夢泉

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20話 概念消失領域アルニマ・下

◇◇◇

 

 

 時間は少し遡って。

 まだ大森林へと向かう途中。あの巨大な湖を過ぎた頃の話。

 

「やっぱりティエラさんの食事は最高っスね! 今日も美味かったっス!」

「ありがとうございます、パハル。……そうだ、エルフの秘宝について詳しく教えてもらっても良いですか? 少し気になっていたんです」

 

 大森林の世界樹にとある精霊がいることをゲーム知識で知っていたオレは、後々の布石の為、そんな質問をパハルに投げかけていた。

 

「なんか凄い魔力の塊っス」

「随分アバウトですね……」

「うーん。実際のところ、詳しく知らないっスよ。あれは精霊様が授けて下さった物っスから」

「精霊様? ……そういえば、エルフは概念精霊を信仰していると聞いたことがありますね」

「その通りっスよ!」

 

 無論、全ては演技。

 “俺”は既に秘宝がどういうモノなのかも、それを授けた存在が何者なのかも知っている。

 だが、ある程度は切っ掛けが無いと後々面倒になるのだ。具体的には、その情報をいつどこでどうやって入手したのか、という設定の辻褄合わせが厄介極まりない。

 翻って、ここで軽く会話しておけば、後で回想シーンみたいな感じで挟めば良いだけなので描写的にも楽だ。

 パハルとの会話に精霊の知識を合わせて推理した、程度なら矛盾も少なかろう。

 

「えーっと。どっから話せば良いっスかね? ……そもそも、ウチたちの世界に精霊様はいなかったっスけど」

 

 概念精霊はカオス世界のモノ。

 もっと正確には、その元となった“アルニマ”世界から生じている……言うならば、カオスの先住民みたいな存在である。

 それでは。何故、エルフたちはカオスの概念精霊を信仰するに至ったのだろうか?

 確かに、概念精霊はカオス全土で信仰されている。精霊教なんて世界宗教まで存在するくらいだ。

 だが、外部との交流を徹底的に絶ってきたエルフが、一際敬虔な信仰を捧げているのは少々奇妙な話。そこには明確な理由が存在していて――

 

「凄く昔、大森林がカオスの一部になった直後の話っス。大森林がカチンコチンに凍りついたっスけど……」

 

 当たり前の話だが。世界が……星が異なれば気候も異なる。生息する動植物もまた、その環境に適応して進化していくのであり、環境が唐突に変化すれば一斉に死滅してしまう事態も起こりえる。

 カオスにおける世界融合の際も、そうした問題は常に存在している。熱砂の荒野が続く世界と氷雪の銀世界が隣り合って融合を果たした結果、気象が荒れに荒れまくった事もあったそうだ。

 同じように、大森林もまた異常気象に見舞われ、全ての木々が厚い氷の中に閉じ込められる事態となった。

 

「それを“冬”の概念精霊様が救ってくれたらしいっス。その時に貰った物がエルフの秘宝っスよ」

 

 「春」「夏」「秋」「冬」の概念を有する4体の精霊を中心に、複数の精霊はそれらの問題を調整・解消することを“使命”の一環として行っている。

 そして、精霊が環境を整えている間に、各世界の生物はカオスの環境に適応していく事となるのだ。

 エルフの秘宝とは、その際に“冬”の概念精霊が用いた超々高密度の魔力結晶体……カオス全土においても文句なしSSRクラスの超々レアアイテムだったのである。

 

「エルフたちは精霊様に感謝し、それ以来、外部からの存在を拒絶しつつも、精霊様だけは歓待し続けてきたっス」

「……それほど頻繁に精霊が大森林に来るのですか?」

「ウチも一度精霊様を迎える祭り、精霊祭は参加したことがあるっスよ。だいたい100年に1、2回くらい訪れるらしいっス。……ただ、どの精霊も世界樹の中に入ったきり、二度と外へは出てこないらしいっスよ。本当に謎な存在っス」

「出てこない……そうですか、なるほど」

 

 ……まぁ、それもそうだろう。

 それらの精霊の共通点は、“使命を終えている”という事。使命を終えた精霊はアルニマに還る……具体的にはアルニマに溶けて消えるのだ。精霊たちは、アルニマへと続く“入口”として世界樹を目指して来ているに過ぎない。

 “世界の中心”という概念を有していた世界樹は、カオスの一部になる際、アルニマと強く結びついた。その結果、アルニマへと通じる入口の1つとなったのだ。

 もっとも。世界中に無数に存在する入口の中から、わざわざ世界樹を選ぶ精霊が多いのも事実。高い世界樹が非常に目立つこと、外部と交流を絶っている大森林なら予想外の邪魔をされないこと……そして、エルフたちに歓待されることも理由の1つなのだろう。

 長い使命の旅路を終える頃には、精霊も少しだけ人間らしい感情を抱くようになる。だから、死ぬ前に少しでも楽しい思い出を、と考えるのかもしれなかった。

 

「あ、そういえば。ウチが参加した精霊祭は、さっき話した“冬”の概念精霊様を迎えたっスよ。その精霊様も世界樹から出てこなかったっスけど」

「……そうですか。ありがとうございます、パハル」

「いえいえっス! 美味しいご飯のお礼っスよ! 何かの役に立てば幸いっス!」

 

 ともかく。これで情報源の辻褄合わせは完了だ。

 この会話から推理した体で、あの概念精霊に会いに行くことが可能となった。WF最初の冬イベに関わってくる、元“冬”の概念精霊ウインターに。

 最初の関門である2章。どうしても影が薄くなるようなら、ソイツの事を利用させてもらうとしよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――時は戻って、アルニマ領域。

 

「貴方だって、全てを諦めている訳では無いのでしょう? どこにいたって良いはずなのに、わざわざ此処にいるのですから」

 

 今そこでは、精霊と元精霊が言葉を交わしていた。

 

「そもそも。パハル……あるエルフから話を聞いて変だとは思っていたんですよ。確かに、此処は使命を終えた概念精霊が訪れ、溶けて消えていく場所です。ですが、(オレ)の知る限り、“冬”の概念精霊は悪辣王によって概念を奪われています。なら、世界樹に入ったきり出てこないというのは変ですよね」

 

 この元精霊は概念を奪われた抜け殻のような存在。

 肉体や価値観は精霊のソレ故に入る事こそ出来たが、使命を終えていない現状、この空間に消えてゆくことは出来ない。

 

「…………それは。悪辣王から逃げてるだけで」

「あの怪物が本気になれば、アルニマ領域への侵入など容易いでしょう。ここは安全でも何でもありませんよ」

「…………」

 

 ならば、なぜ彼がずっと此処にいるのか。娯楽の類も一切ない空間に、何年もずっと独りでいたのか。それはきっと――

 

「自分の使命を諦めきれなかったから此処にいた。自分がまだ精霊であること、そして使命が終わったわけじゃないことを確認し続けるために。違いますか?」

 

 元精霊は精霊の問いかけに対し、暫くの沈黙の後、負けを認めるように口を開いた。

 

「……そうだね。その通りだよ。ずっと失った使命に縋ってた。此処にいられる限り、僕様は精霊だって思えるし、身体が消えない限りは未だ僕様の使命は終わっていないって思えたから」

 

 その言の葉に浮かぶのは強い自嘲。こんな自分を笑いたければ笑え、そんな思いが滲み出ていた。

 だから。

 

「そんな貴方に朗報です」

 

 だから。

 精霊は間髪を入れずに告げた。

 

(オレ)の使命に力を貸す事、それは――」

 

 “人間”が用意していた、確実に彼の心を動かす言葉を。

 

「あの悪辣王の計画を叩き潰す事に繋がりますよ」

「…………本当に?」

「えぇ、本当です。ですから――」

「え、ちょっ、待……!?」

 

 言葉の真偽を表情から探ろうとしたのだろう。僅かに布の隙間が大きくなった事を精霊は見逃さなかった。

 神速の動きで腕を隙間に突っ込み、元精霊の腕を掴む。

 そのまま、その華奢な腕に見合わぬパワーで引っ張り上げて――

 

「最初の騒音もそうだけど、もっと淑やかに物事を進められないの? 何ていうか、ガサツだよね、色々と」

(オレ)はガサツじゃないですよ!」

 

 雪のような白髪と、血が通っていないと思えるほどに白い肌。鈍く光る灰色の瞳。

 炬燵から強制的に出された痩せぎす長身の青年は、他の精霊がそうであるように、人外の美貌を有していた。

 

「……でも。そこが君の良い所なのかもしれないね。うん、僕様は嫌いじゃない」

「すみません、今なにか言いましたか?」

「ううん、何でもないよ」

 

 小さく呟かれた元精霊の言葉。それは、“ガサツ”という言葉に怒りを露わにする精霊には届かなかったようだ。

 精霊は特に気に留めず、そのまま掴んだ腕を引いて走り出す。

 そして、告げた。

 

「さぁ、行きましょう! (オレ)たちの使命を果たす為に!」

 

 

◇◇◇

 

 

「――はい、正座」

「…………はい」

 

 ここは精霊ティエラ・アスの精神世界。

 “人間”と“精霊”と“星”。3つの精神が会話を行うことが出来る空間。

 身体がアルニマの外へと出たことで復活した“人間”は、開口一番“精霊”に対して厳しい口調を向けた。

 何故なら――

 

「カップリングフラグには! 気を付けろと! あれだけ何度も!」

 

 正座する“精霊”の首には板が掛けられており、そこには『私は誰かれ構わず誘惑する淫乱精霊です』の文字が書き込まれている。

 

「なぁにアレ!? 全てを奪われて絶望してたところに颯爽と現れて手を引いてダッシュとか!? 青春か!? スポコンか!?」

 

 まぁ、その糾弾する“人間”自体、同じような事を某女傭兵先輩筆頭に多くの者にやってきたA級戦犯初恋泥棒なので、まさしく“お前が言うな”状態ではあるのだが。

 元男なせいで距離感バグ標準装備の“人間”。

 使命一筋で人間関係の機微に疎い“精霊”。

 オスとメスのあれこれなど正直どうでもいい“星”。

 ここにいる誰も気づいていないので、その特大ブーメランを指摘する者がいなかったのだが。

 今回はたまたま、3体の中で(比較すれば辛うじて)良識がある“人間”が、表に出て来れずに第三者視点で精霊の言動を注視していたから気付いただけであった。

 

「さっきの会話、2文で完結出来たよね。『使命に力を貸せ』『悪辣王の計画を挫ける』……必要なのコレだけだよね? そういう予定だったよね?」

「……その。自分を見ているようで放っておけなくて、それで」

「どうして変な同情かけてベラベラと会話するかな!? ああいうのからカップリングが作られたりするんだよ、尻軽精霊!」

「うぅ。ごめんなさい……」

「……おい、人間。照れ隠しもその程度にしておけ。それ以上は精霊が泣くぞ」

 

 ただ、そこで静観していた“星”が止めに入る。

 すると、“人間”は何やら口ごもり、その耳を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声で呟いた。

 

「……でも、まぁ。うん。急遽一人でやらなきゃ駄目って状況じゃ良くやった方だよ。正直、驚いた」

 

 そして。

 顔は逸らしたまま、精霊の頭を撫でつつ「1回しか言わないからな」と前置いた上で。

 

「苦労を掛けたな。ごめん。そして、ありがとう。助かった」

 

 “人間”はそこで1度言葉を区切り。そして、深呼吸を一度すると、意を決したように言葉を紡いだ。

 

「……あと。お前がいなきゃ“ティエラ・アス”が成り立たないなんて当たり前の事だろ。“オレ”は三位一体の精霊なんだから」

「……ふ。『 (オレ)』も1度しか言わんぞ。大義であったな、精霊」

「う、うぇ……」

「だーっ! 泣くな、馬鹿! あぁ、もう! あとは任せたぞ、地球サマ! (オレ)はさっさと入れ替わって好感度調整を頑張ってくるからさ!」

「おい人間! 面倒を押し付けて逃げるな!」

「う゛ぇえええ! お ほ し サ゛マ゛ぁぁぁぁ! ひどりは、独りは、ざみしかったんですよぉおお!」

「えぇい、やかましい! みっともなく泣くな! 騒ぐな! くっつくな!」

 

 

 

 


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